天界への生贄の持ち込みは禁止されています

椿

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 晴君が会場へ戻った時には、既に最初の試合が始まっていた。
 観戦客の視線の中心で、煌びやかな衣装を纏い音楽に合わせて舞い踊る二人の天子。
 演奏は歌君の歌を支えていた奏者らによって続けて行われているらしい。
 別席に移った歌君も、会場の熱を保ちながら、観客が舞に集中できるよう軽やかな語り口で実況と解説を織り交ぜていた。彼の明るい声が響くたび、会場内の空気がさらに高揚していくのを肌で感じる。
 短い試合時間は想像していた以上にあっという間だった。終了の合図と同時、音楽と舞が止み、そしてその静寂と変わるように、会場からは天子達の健闘を讃える拍手が一斉に巻き起こる。

「良い舞だったね」
「ああ。神力の操作もそれなりに出来ていた」

 拍手の中、隣からの同意に嬉しくなった晴君が雨君を見やると、彼は真剣な面持ちで手元の用紙に何かを書きつけていた。

「……なにそれ」
「評価表だ」
「えっと、何かそういう仕事任されてる?」
「個人用だ。観戦するからにはしっかりと審査をするのが道理だろう」

 流石雨君。君は天界一真面目な男だよ。
 感心しつつも、これ以上話を広げて「貴様もやれ」なんて言われてしまったら非常に面倒くさ……困るので、晴君は「へえー」とだけ抑揚なく返しておいた。
 しかしその直後、かすかな疑念が頭によぎる。
 あれ、ちょっと待てよ?この試験大会で投票できるのは一人一票のみ。その上でこんな風に厳正な審査をしているということは、つまり……?

「千晴に票入れてくれるんじゃなかったの雨君!?」
「そんなことは一言も言っていない。勿論応援はするが、票を入れるかどうかは千晴の実力次第だ。贔屓は出来ん」

 な、なんだってーー!?
 仲間だと完全に信じ切っていたのに、まさかの裏切りである。
 驚愕と非難の視線を向ける晴君だったが、その対象であるはずの雨君は既に次の試合へと意識を集中させていた。
 天子の名前と評価項目が細かく書かれた新たな表を前に、またも真剣な眼差しで筆を走らせている。
 本気度が違う。
 説得が不可能だということを悟った晴君は、すごすごと目の前の観戦に戻った。

 第二試合で流れていた曲は、先ほどとはまた違うものだった。もしかして、試合をする天子に合わせて即興で演奏をしているんだろうか。器用だなあ。
 五分という試合時間は本当に短い。天子たちは次々と入れ替わり、試合は順調に進んでいく。そして剣舞も絶え間なく続いていた。
 観客の熱は時間が経って衰えるどころか、歌君の巧みな盛り上げに煽られてか、むしろ最初よりも勢いを増している気さえする。
 そして、複数の試合を見る中で晴君は一つの気付きを得ていた。
 ……何か、舞ってばっかりじゃない?全然戦わなくない?剣のぶつかり合い一切なくない?
 剣の訓練については、晴君が半ば強引に千晴に教えていたものだ。師事者らしいことができるのが嬉しくて、素直に言うことを聞いてくれる千晴の優しさに甘えて随分時間と体力を費やさせてしまった自覚はあった。
 それだけに、もしあの訓練がまったく試合の役に立たないなどということになれば、晴君は千晴に合わせる顔がない。
 勿論その訓練だけが原因で千晴の剣舞が悪いものになるとは微塵も思っていないが、なんか、千晴に「あいつ余計な訓練させやがって…」って失望されるのが嫌っていうか、ほらやっぱり師事者としては少しでも尊敬されていたいっていうか、千晴からキラキラした目を向けられる雨君が羨ましいっていうか。
 焦燥から、晴君の全身にうっすら嫌な汗が滲む。
 そんな時、ぱっと目の前の対戦表に映し出された見知った名前に、思わず声が出た。

「あ、次桜鈴ちゃんだ」

 自身の天子の名前に反応したのか、雨君を挟んだ隣で目に被せものをして明らかに眠っていた風な雷君がピクリと身体を揺らす。
 その後、モゾモゾと姿勢を正しだした彼の様子を横目に見ながら、晴君は、そういえば桜鈴ちゃん、自分に戦闘訓練は必要ないって言ってたけど、それはこの状況を見越したうえでの戦略だったのか…!などと、自身の焦りへ更に薪をくべていた。発汗量が増す。
 と、そんな心境の中で始まった試合だったが、
 ──開始一番、相手の天子が剣を振りかぶり、桜鈴へと攻撃を仕掛けてきた。

「わっ」

 かろうじて反応は出来たようだ。相手の剣は、桜鈴が咄嗟に前へ翳したそれとぶつかり、ギンッ!と甲高い音を立てる。
 先程まで無いものとして扱いかけていた戦闘展開に思わず声が出た晴君だったが、それは他の観客も同様のようだった。

『おっとぉ!今大会初めての剣のぶつかり合いだー!早々に再起不能にして自分に視線を集中させた状態で舞うつもりかな?いいね、私そういう過激なのも好き!』

 歌君のどこか興奮した風な声が拡声器を通して響き渡る。感情を共有してくれる彼によって、会場の空気もそのどこか危うい期待感に熱を帯びている気がした。
 対戦相手の攻撃は一度で終わるはずもない。次々と打ち付けられるその剣撃に、桜鈴は防戦一方だ。
 そして、相手は剣舞として舞いながら攻撃を繰り出せているが、桜鈴の方は剣を受け止めるのに精一杯で、とても舞う余裕などない。
 このままでは、まともに舞うこともできないまま時間切れだ。
 もしかして、千晴の衣装を作ってくれたことによる寝不足も影響してるんじゃないか?などという罪悪感も混ざり、ハラハラと試合を見守る晴君だったが、不意に視界の端に映った雷君は、双眼鏡のようなものを使ってじっと桜鈴の姿を捕捉しながらも全く焦った様子がない。
 意外だ。雷君は桜鈴のことをものすごく可愛がっているようだったから、そんな天子が一方的に攻撃されているこの現状は、師事者である雷君にとって許しがたいことかと思っていたのだが……。
 そうやって晴君が試合から目を逸らしてしまっていた一瞬の隙に、会場を大きなどよめきが走った。
 慌てて舞台へと視線を戻す晴君。
 どうやら、桜鈴が相手の剣で弾き飛ばされてしまったらしい。
 桜鈴は激しく剣をぶつけられた衝撃のまま、ズシャッ!と地面へ倒れこむ。
 咄嗟に神力で生み出した花を緩衝材にして怪我は免れたようだが、この様子では、彼の勝ち目は相当に薄い。
 そしてそれは、どんなに落ち着いて状況を俯瞰できる外野より、当事者である桜鈴が1番身に染みて理解できていることだろう。
 しかし、彼の目は決して悲観に暮れてなどおらず、ただ真っ直ぐ前を向いていた。

 画面に大きく映し出されるその勇姿。
 桃色の柔らかな花弁が舞い散る中、大きな瞳に涙を溜め、息を乱しながらも決して諦めず何度も剣を構える、そんな健気な姿に、晴君の胸は掻きむしられんばかりにキュウッ、と収縮する。
 ああもう…っ、何とかならない!?何とか挽回できない!?
 手に汗を握りながら祈るように試合を見守っていると、不意に、通路を挟んだ隣席から声が上がった。

「……かわいい」

 あまりに明瞭なその一言に、晴君は思わず「え?」と声を漏らしてそちらを見る。
 声の主は、歌君のことを熱狂的に応援していた法被集団の中の一人だった。
 そしてその彼の言葉を皮切りに、まるで感染でもするかのように周囲の人々が次々と同じ言葉を声に出し始める。

「かわいい!」
「ああ、可愛い…っ!」
「何だあの天子、可愛すぎる!!」

 広がった認識は、やがて一つのざわめきとなり、会場全体へと波及していくようだった。
 桜鈴が再び相手に打ち倒され、花を散らして倒れると、「ああ…っ!」と嘆息にも似たどよめきが起こる。やがて観戦席からは、桜鈴を倒した相手へのヤジまで飛び出した。

「テメッ、ゴルァ!何してくれとんじゃあ!」
「暴力反対ーー!!」
「かわい子ちゃんの舞を見せろーーっ!」

 きゅ、急にどうした!?いや、そりゃ桜鈴ちゃんは可愛いけど!
 異様な騒がしさを見せる観戦席に、晴君が集中して試合を見れなくなった頃、隣の雨君が前方から一度も視線を逸らさぬまま冷静に呟いた。

「花の香りか」
「え?」
「一種の洗脳だ。神力で天人の感覚に作用するような香りを作って、会場に拡散させているんだろう。以前歌君が音の天子として昇格試験に出場した際、歌で同じようなことをやっていた」
「そんなのアリなの!?」
「立派な神力操作だ。ただ使用者によって効果に偏りがあることと、持続性にも欠けることからあまり浸透はしていないがな」

 桜鈴は、その愛らしい顔立ちを活かした表情管理と庇護欲を誘う仕草によって、洗脳の効果を最大限に高めているのだろう。
 動けば動くほど花の香りは広がり、苦境でも健気に前を向く姿が観客の情を揺さぶる。それこそが桜鈴の狙いで、今、彼の弱さはこの場において最も強い武器だった。
 だから戦闘訓練も必要としていなかったんだ。
 作戦は雷君が考えたんだろうか。それとも自分で?どちらにしたってすごい。

 晴君はこの試合で、剣舞を用いた試験の奥深さを味わっていた。
 どれだけ美しい舞を極めても、それを発揮できなければ終わりだ。同じように、武力を見せつけて評価されるような単純なものでもない。
 自身の得意分野を軸にしながら、あらゆる工夫と趣向を凝らした者にだけ勝機を掴むことができる。そんな各々の個性が光る競争を、晴君はひどく魅力的に感じていた。

 歌君の試験も、どんなものか見てみたかったな。

「歌君の試験っていつの話?よく覚えてたね」
「今大会の開催にあたって過去の評価表は全て読み返してきたからな」

 観戦者側がこんな全力なことあるんだ。自分の天子も出てないのに。
 そう思ったものの、これ以上話を広げて「貴様もやれ」なんて言われてしまったら非常に面倒くさ……面倒くさいので、晴君はまたも「へえー」とだけ抑揚なく返しておいた。
 やがて、観客席のヤジが効いたのか、自身の評価が下がることを危惧した相手が攻撃の手を止める。
 そうなったことで、桜鈴はようやく自身の舞を披露し始められていた。

 流れるような移動に、薄桃の羽衣がひらりとしなやかな尾を引く。激しい競り合いで疲れているはずなのに、それを一切感じさせない柔らかな表情と、指先まで研ぎ澄まされた剣舞は素人目に見ても見事だ。
 桜鈴が動くたびに彼の周囲に桜の花びらが散ることもあって、舞台の上で自由に舞う彼の姿は、春風に舞う桜吹雪のような万人の心をくすぐる可憐さがある。
 大多数の視線を集めていたところからのその完成された剣舞に、観客の心はすっかり魅了されていた。
 誰もが息を呑みながら桜鈴の一挙一動を視線で追い、晴君もまた思わずほう、と熱いため息を吐く。

「……はっ、これも全部香りの効果!?」
「いや、流石に役職に就くほどの神力を持っているやつには効かん。貴様のは素だ」
「僕のは素か」

 雨君の冷静な指摘が入ったと同時、試合は終わりを告げた。
 舞も演奏も止んだというのに、観客の熱は冷めやらず、あちこちから「桜鈴!桜鈴!」と掛け声がこだまする。
 試合中一度として動かなかった雷君は、桜鈴の姿が舞台から消えた後でやっと双眼鏡を下ろしていた。
 彼は椅子の背もたれにゆっくりその身体を預けると、静かに目を閉じる。ふーー、と長く息を吐き出したその顔は、これまで見たどの瞬間よりも満ち足りて見えた。
 先程の桜鈴の試合を瞼の裏で反芻し、一瞬一瞬噛み締めているようなその時間を邪魔しないように、晴君は贈ろうと思っていた称賛の言葉を飲み込んだ。
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