天界への生贄の持ち込みは禁止されています

椿

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 静まった通路を進み、試験者用の控え室に近づくと、そこは会場とはまた違った雰囲気のざわめきが広がっていた。
 中は一つの大部屋になっているのだろう。壁沿いに複数の扉が設置されているそこで、どの扉なら開けていいんだろう…と晴君は一瞬思案する。
 と、丁度その時。中央に構えられた両開きの扉から、一人の少年が現れた。
 踏み出した瞬間、ひらりと風を受けて後ろへ揺れるような、柔らかくとろみのある上品な布地の衣装。ほんのり光沢を湛えた羽衣は淡い桃色に染められ、ただ愛らしいのではない、まるで薄曇りの春空を想わせる情趣深さをその人物に与えていた。
 髪は丁寧に編み込まれ、美しくまとめられている。そしてその結び目を飾るのは、しゃら、と動くたびに微かな音を立てる、小さな花の装飾を添えた繊細な金細工の髪飾りだった。
 彼はそれを揺らし、同じく優美な仕草でこちらを向く。
 薄紫の目と視線が交わった。
 その瞬間、薄付きの化粧を施している愛らしい顔がぱっ、と花開くように綻び、そしてすぐさま恥じらいを含んで逸らされる。
 その姿は、まるで大輪の花が咲く直前のふくよかな蕾を思わせるような、誰もにその未来を期待させる洗練された可憐さを感じさせるものだった。

「桜鈴ちゃん....?」

 確認するように名を呼ぶと、その少年はややぎこちない足取りで晴君のそばまで寄って来る。
 そして、袖に包まれた手で羽衣の端をそっとつまみ、口元を隠すようにしてこちらを見上げると、「はい...」と顔を赤らめながら返事をした。

「一瞬誰か分からなかったよ!すごく可愛いね」
「あ、ありがとうございます……っ。あの……衣装は……雷君が、直々に仕立ててくださって……。か、髪飾りも……お兄様方が、ぼくに似合うものを、って……」

 一生懸命に言い募るその小さな声を聞き逃さないよう、晴君は少しかがんで丁寧に耳を傾ける。
 言葉のひとつひとつが、周囲から注がれた優しさと大切にされる日々を滲ませているようだった。
 晴君が頷くたび、少しずつ大きく明るくなっていく桜鈴の声に、思わず顔が緩む。
 そういえば、彼とこうやって二人きりで話したことはなかったかもしれない。晴君の前ではやはりまだ恐縮している感じがある桜鈴だが、こうやって自身の事を話してくれるということは、少しは心を許されていると思ってもいいだろうか。
 そう考えて胸を温かくすると同時、つい先程、敵意剥き出しの聖からも彼自身の話をされたことを思い出して、判断材料の不明確さに少しだけ気持ちを沈ませた。

「って、ご、ごめんなさい!ぼくのことはいいんです!ぼくが可愛いのは当然なので」
「う、うん。そうだね」
「今、丁度晴れの君を呼びに行こうと思っていたところで!……そのっ、千晴くんが、それはもうすんごいことになってて……!」
「そ、それはもうすんごいことになってて!?」
「呼んできますね!」

 大丈夫なやつ…?と若干の不安に駆られながらも、その場で待つこと数十秒。桜鈴はすぐに戻ってきた。その手の先にもう一人、同じ年頃の少年──千晴を引き連れて。

 一歩、足を踏みしめて扉から姿を現したその姿に、晴君は思わず息を呑む。
 千晴の衣装は見慣れた和装だった。しかし普段着ているようなそれとはまるで違う。
 酷く上質に感じられる濃紺の着物。それを素体として、所々に静かな華やぎを添える金と白の装飾が折り重なった、上品ながらも人目を引く見事な衣装だ。赤い肌着は差し色になっているようで、千晴が動くたび鮮やかに覗くその紅がまた美しかった。
 そして装飾は衣服だけでなく、千晴自体も優美に飾り立てている。暗い髪をなぞるように添えられた繊細な金の髪飾りは、星のような慎ましさを持ちつつも、確かな輝きで彼をより一層美しく彩っていた。

 桜鈴に背中を押されるようにして晴君の前にまで来た千晴。
 前髪が上げられており、普段よりもよく見える二つの目が気恥ずかしそうに彷徨って、それから晴君を見上げた。

 数ある装飾の中で何より輝いているのは、やはりその瞳の赤だ。
 眩しいほど鮮烈なのに、内側から滲むような温かみと優しさが宿るその一等星は、どこに居たって晴君の目を惹いて止まなかった。
 じわりと、晴君の胸が興奮で熱を帯びる。

「……びっ…くりした。すごく綺麗だね。似合ってるよ千晴」
「過分な世辞はいいです……。衣装は、すごいですけど」
「衣装『も』ね。……千晴が着ると、まるで晴れた夜空みたいだ」

 もっとよく顔が見たくて、晴君は、照れからやや下向きに逸らされていた千晴の頬に手を添えた。
 力を入れて動かさずとも、千晴の目は自然ともう一度晴君を見つめる。
 桜鈴と同じ、控えめな化粧が千晴の表情に華やかな輪郭を添えていた。晴君は千晴を彩る全てを一番近くで堪能してから、最後に、その親指で血色のいい頬を酷く優しくなぞる。
 心からの感嘆が、自然と言葉になって溢れ出た。

「本当に綺麗」
「……っ、」
「桜鈴ちゃん、こんなに素敵な衣装を作ってくれてありがとう。必ずお礼をさせてね。……桜鈴ちゃん?」
「……、へっ!?あっ!?えっ!?なっなんですか!?やっぱりこの先の視聴には何らかの対価が必要ですか!?」
「? い、いや、衣装のお礼をさせて欲しいなって……」
「あっ、なんだそっちか……。ぼくはただ千晴くんに自分の理想と欲望を押し付けただけで……、寧ろこんな機会をいただけて光栄です!ジロジロ見てしまってすみません!あとはお二人でごゆっくりーーっ!」

 桜鈴はそのまま、何かに追い立てられるように忙しなく去っていった。
 ぽつんと残された二人は、少々呆気にとられる。しかし、自分たちが今からやるべきことを思えば、これは最善の状況だといえるだろう。

「ちょっとだけ移動する?」
「……はい」

 顔を隠すようにそっぽを向いた千晴が、ややぶっきらぼうに返事をした。

 *

 控え室のざわめきから少しだけ離れた薄暗い物陰。人目のないその場所で、晴君と千晴は密やかに向かい合っていた。

「動きやすさとかは大丈夫?」
「はい。意外に可動域は広めです」

 千晴はそれを証明するように腕を大きく上下に動かしてみせる。
 何その動き。可愛い。全身で教えてくれようとしてるの可愛い。
 晴君の脳内は一瞬にしてそれで埋め尽くされ、もはや衣装の窮屈さだの着崩れだのといった心配事はどこかへ飛んでいっていた。
 でれっと表情が緩みかけたその時、「あの……」と少しの不満感を滲ませた声と、何かを促すようにこちらを見上げる千晴の視線が晴君を現実へと引き戻す。
 そうだった。僕は千晴の可愛さを堪能するために控え室まで来たんじゃない。……いやまあ、千晴の晴れ姿でもう九割がた満足しちゃってるけど……。しかし千晴にとってはここからが本番だ。
 気を引き締め直した晴君は、千晴の頬に自身の指の背をそっと当てた。急だったからか、ビクリと彼の身体が小さく震える。晴君は驚かせたことを詫びるように、震えが伝わってきたその指で千晴の頬をゆっくり撫でた。

「緊張してる?」
「してませんけど」

 そっけなく答える千晴だが、その身体は硬い。
 無理もない。あんな大勢の人の前で演技をしなきゃいけなくて、しかもそれが、誰かと比べられて出来栄えを評価される試験だなんて。
 僕だったら今頃逃げ出して、お気に入りの岩場で人間観察しながらくつろいでるところだよ。
 千晴はよくやってる。偉すぎる。真面目で、頑張り屋さんで………え待って本当に偉すぎ。
 どんどん湧き上がってくる尊さに変な声が出そうになるのを必死に耐え、晴君はぐっと唇を噛み締めた。それでも抑えきれず漏れ出た「ふぎ…」という情けない音に、千晴が怪訝な目を向ける。
 まずいまずい。
 咄嗟に取り繕った晴君は、真剣な顔つきを装って千晴に問いかけた。

「今回は神力も結構使うと思うから、入るだけ入れたいんだけどいい?」
「何でもいいので、早くしてください。あんまり戻りが遅いと怪しまれますから」
「あっそうだよね、ごめん」

 慌てて千晴に顔を近づけると、鼻先が交差する位置で「するね」と一応小さく声をかける。
 急な接近に驚いたのか、その目をまん丸に見開いていた千晴は、晴君の言葉を聞いた瞬間、ぎゅ、と堅く目を瞑り、赤みの増した顔でぎこちなく頷いた。
 それを合図に、唇を重ねる。
 触れ合った瞬間、またもビクリと震えた千晴の身体を宥めるように、晴君は千晴の耳を指ですり…、と柔く揉みこんだ。
 最初こそ身体が強張り、小さく鼻に抜けるような声が聞こえていたが、神力を体内に送るごとにそれは無くなっていく。
 段々と力が抜けていく千晴の身体を腰に回した腕で支えつつ、晴君は口付けが途切れないよう、密着を強くした。

 いつも何も考えず適当な量の神力を入れていた晴君だが、その際に、もうこれ以上入らない、となったことは一度もなかったし、入れる量の大小で千晴の身体に異常がみられたりもしなかった。
 安全性は保たれていると考えて、今回は千晴に神力を渡せるだけ渡そうと考えていた晴君。
 しかし、
 ….....あれ?まだ入るな.......。
 ......え?まだ?……まだ入っていくんだけど!これ、下手したら僕の神力全部入っちゃうんじゃない!?
 本当に千晴に神力が渡せているのか不安になるほどの上限のなさに、晴君は止め時がわからなくなる。
 流石に戸惑いを感じ始めたその時、千晴が晴君の胸を強く押した。

「ぶはっ!」
「!」

 晴君を突き飛ばす程の力が入ったそれによって、二者間の神力の共有が途切れる。
 離れた位置で「はあっ!はぁ…っ」と息を乱す千晴の顔は、真っ赤で苦しそうだった。どうやら上手く息が吸えていなかったようだ。

「ごめん息出来てなかった?鼻でしたらいいよ、って痛ぁ!?神力込められると物凄く痛い!」
「……んで平気なんだよ…っ」

 良かれと思って助言するが、何が気に障ったのか、肩にそこそこ強めの挙が飛んできた。
 ぼ、暴力…!絶対に雨君の影響だ!悪影響!千晴が雨君から悪影響受けてる!!
 まあそれは追々雨君を責めるとして……。
 渡し過ぎたかに思えた神力だったが、しっかり制御出来ているのをみるに、このままで何も問題なさそうだ。
 千晴の呼吸が落ち着いてきたのを見計らって、晴君は問いかける。

「体調はどう?」
「別に!!」
「よし、頑張っ──」

 言いかけて、ふと思い出したのは、直近の聖との会話だった。
 ──これは失望したという話です
 不自然に言葉を切った晴君に、千晴は不思議そうな顔を向ける。

 晴君にとって千晴は、出会った時からずっと失望とは真逆にいる存在だった。
 別にそれを誰も彼もに知らしめたいと思っているわけではなかったけれど。強い光で溢れている上層では目も眩むだろうから。この優しい煌めきを視界の端にでも入れてみたらいいのに、と少しの同情心が湧いた。
 そんな自己満、千晴には全くもって関係ないことであるし、気にして欲しくもないが。
 「先生?」と呼びかけてくる千晴に、晴君は告げる。

「千晴、君だけを見てる」

 一瞬、千晴の目が驚いたように見開かれた。しかし、それはすぐに真剣な眼差しへと変わって、

「はい」

 力強いその返事には、疑いようのない希望が宿っていて、晴君は思わず溢れた満面の笑みをそのまま千晴へと向けた。

 試験が、始まる。
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