天界への生贄の持ち込みは禁止されています

椿

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『桜鈴!桜鈴っ! えへへ、ついつい私もノッちゃった!みんなが一体になって楽しめるいい試合だったね!思い出すなあ~自分の昇格試験の時のこと』

 拍手の波がようやく静まり、次の試合が始まるまでのつなぎとして歌君が談笑を始めた頃、何やら晴君らの周辺が騒がしくなった。
 聞こえる声の様子から、応援の熱狂とは異なるどこか険悪な雰囲気を感じる。

 何か揉めてる?

「貴様ァ!ウタ君を裏切る気かッッ!」
「ちっ、違うでござる!自分でもまだ戸惑っているでござるよ!ウタ君は拙者の全て……この身を捧げて応援し続けると誓ったでござる!しかし……しかしどうしても先ほどの天子、桜鈴殿の愛らしい笑顔と健気に頑張るその姿が頭から離れないのでござる~~!ウタ君と桜鈴殿、どちらか一人など選べない!二人を平等に愛すことは罪でござるか~~!?」

 それは例の如くと言うべきか、法被集団の一員が発端となっているものだった。どうやら仲間同士で言い争っているらしい。
 大会が始まってからもう何度も彼らの雄たけびを聞いてきた晴君は、この程度の声なら全然ビクつかずに聞けるな…、などと、彼らの怒号を自身の大声耐性を計るための検査音声として聞き流せていたが、桜鈴の試合の余韻に浸りたい雷君からすれば、害悪な騒音以外の何物でもなかったようだ。
 眉を寄せ不機嫌をあらわにした彼が、「節度を重んじる……?」と低い声でぼやいた。
 それを受け、行動を起こしたのは雨君である。
 席選びをした張本人である彼は、その責任を果たさなければとでも考えたのか、軽くため息をついた後、自身の席を立った。

「流石に目に余るな。少し話してくる」
「穏便にね。あ、僕が行こうか?」
「冗談だろ」
「どういう意味それ!?」

 さっさと騒ぎの中心へ向かっていく雨君を、残された晴君と雷君が目で追う。
 彼は言い争いをしていた二人の間にすっと割って入ると、まず互いを物理的に引き離して落ち着かせた。
 おお、手慣れてる……。
 ややあって、冷静さを取り戻した彼ら一人一人から話を聞いていた雨君は、その後、周囲を取り囲んでいた天人たちにも何やら指示を飛ばし、……そして何故か、その中から十人ほどをぞろぞろと引き連れこちらへ戻ってくる。
 雨君は晴君らの前で彼らを指し示すと、普段と変わらない凛とした表情で告げた。

「こいつらが雷の天子に付くそうだ」
「「「よろしくお願いします!!」」」
「何がどうなって!?」

 雨君の背後で一斉に頭を下げた法被集団。そんな彼らに圧倒されつつも困惑が止まらない晴君へ、雨君が簡潔に説明を添える。

「組織内部で分裂が起こっているようだったから、派閥ごとに席を分けさせた。おいお前達、他の観戦客の迷惑になるような真似はするなよ」
「「「はい隊長!」」」
「お前達の隊長になった覚えはない!統率者は自分たちで勝手に決めろ」
「「「はいっ!」」」

 完全に統率してるよこの人……。

 短時間で争いを収束させた功労者である雨君は、まるで一仕事終えたとでも言わんばかりに席へ戻ると、始まったばかりの次の試合に集中しだした。
 自分が連れてきた集団にはもう興味がないようだ。自作の評価表を埋めるのに夢中になっている雨君に、置いてけぼりを食らった十数名の彼らは少しだけ居心地悪そうにまごつく。
 しかし、彼らがそうしていたのもほんのわずかな間だ。やがて、集団の中から一人、前へと足を進める人物が出てきた。
 黒髪に分厚い眼鏡をかけ、利発そうな顔立ちをしているその青年は、先程の言い争いの中心で「ござる」を連呼していた人だ。覚えやすい。
 彼は機敏な動きで雨君と晴君にびしっ!と手を合わせた礼をすると、奥の雷君に向かって声を張った。

「お初にお目にかかるでござる、雷の君!桜鈴殿の師にあたる貴君に、どうか拙者らの活動をご承認いただきたく!」

 雷君は青年──もとい「ござる君」にちらりとも視線を向けず、完全無視を決め込む。
 ……うるさいの嫌だったのかな。
 一向に返事をしてくれない雷君に、ござる君は晴君の横で明らかな戸惑いを見せていた。
 いつも雷君を諫める雨君は、試合に集中しているせいでこちらのやり取りなど一切聞いていなさそうだ。
 ……ってことは、これどうにかするの僕!?
 自身の役割に気づいてしまった晴君は、雷君とござる君の顔をばっ!ばっ!と往復しながら必死に頭を回転させる。
 えっと…、僕もよく雷君に無視されるけど、大体そういう時は雨君に促された後も「別に」だけで終わることが多いし、何か不満がある時は結構態度とか顔に出してくれている気がする……。だとしたら、今のこのスンッ、とした表情は無言の了承を示しているに違いない!
 自分のすべきことを正確に把握した晴君は、自信ありげにござる君を見上げた。

「『いいよ、認めます』って言いたいんだと思う…!」
「本当にござるか~~!!」

 前方には喜色に顔を明るくさせるござる君。そしてその直後、後方からはパチ…ッ、と微弱な電流の音と共に、怒りにも似た重苦しい圧を感じた。
 あ、なんか違ったみたい。

「仲間内で一番ツラの綺麗なやつに変われ。こいつの悪癖だ。悪いな」

 明瞭な声が場を割る。それは雨君からの助け船だった。
 彼は「いい加減にしろ」と不機嫌さを垂れ流す雷君の頭を一発叩くと、すぐさま何事もなかったように視線を試合と評価表へ戻す。
 指示を受けたござる君は慌てて仲間の元へと戻り、ひそひそと何やら話した後、間を置かず一人の天人を連れてきた。
 清潔感のある装いをした細身の青年は、その控えめな立ち姿のままおずおずと口を開く。

「は、初めまして、雷の君。桜鈴さんを陰ながら応援する我々の活動を……どうか、お認めいただけませんか?」
「ついさっきまで別人に熱を上げていた君らを?随分面の皮が厚いみたいだね」

 雷君は、まるで先程のことなどなかったかのようなすまし顔でスラスラと返事をした。
 え、どういうこと?顔が綺麗な人としか話さないの?僕それ初めて聞いたんだけど。……あれ、僕がいつも無視されるのってそういう?
 唖然とする晴君をよそに、細身の青年はぎゅう…、と胸元で両手を強く握りしめ言葉を紡ぐ。

「申し開きのしようもありません。……でも、本気ですっ!本気で桜鈴さんを好きになって、桜鈴さんが幸せになるよう全力で支えたいんです!」

 緊張でぎこちないながらも、そのまっすぐな熱意は雷君にも伝わったのだろう。
 彼は検分するような鋭い視線で青年を一瞥すると、「……勝手にすれば」という短い了承の返事だけして再び前を向いた。
 次の瞬間、集団がわあっ!と一斉に歓声を上げる。
 互いに肩を叩き合い、喜びを分かち合うその様子を眺めながら、晴君は、なんか僕、全然役に立ってない割に心には深い傷を負った気がするんだけど……、と、彼らとは明らかに差のある何とも言えない感情で席に収まっていた。
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