天界への生贄の持ち込みは禁止されています

椿

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 そんな大人達のあれこれを知る由もなく、階段を駆け下りてくる軽やかな足音が響く。

「雷君、戻りましたーっ!」
「桜鈴」

 艶のある衣服をひらめかせながらこちらへと向かってきていたのは、試合を終えたばかりの桜鈴だった。
 まだ衣装もそのまま、頬に高揚の色を帯びた彼は、立ち上がった雷君の元までたどり着くと、自身のために広げられていたその腕の中へ勢いのまま飛び込む。

「素晴らしい剣舞だった。流石俺の可愛い天子」
「はいっ!雷君にそう言っていただけて、天界一可愛い桜鈴は幸せですぅ♡」

 雷君によって当然のように抱き上げられた桜鈴は、髪が崩れないよう配慮された頭や頬への撫でつけをうっとりと目を細めながら堪能していた。
 しばらく経って、試合前以上につやつやした肌と幸福な熱を帯びた桜鈴が出来上がる。その後、雨君と雷君の間の席に座らされた桜鈴は、今にも湯気が出そうなほどにほっくほくだった。
 師弟の水入らずの時間が落ち着くのを待っていた晴君は、その瞬間を狙って身を乗り出し、彼へと労りの言葉を贈る。

「桜鈴ちゃん、お疲れ様。すごく良い試合だったよ」
「あ、ありがとうございますっ、晴れの君!」

 ぴゃっ!と照れたように羽衣を掴んで顔に寄せた桜鈴が可愛らしくはにかんだ。
 晴君がそれにほっこりするより先に、後方に居た集団が一斉に攻撃を食らったかのような唸り声を上げる。

「敵襲!?」

 苦し気な声に思わず振り返る晴君だったが、その他人事ではなさそうな距離感は、事情を知らない桜鈴の目にも明らかだったのだろう。「こちらの方々は…?」と不思議そうに小首を傾げられて、後方からの唸り声というか悶え声が更に激しさを増した。
 直後、前に出てきたのは、先程雷君に挨拶して桜鈴を応援する活動の了承を得ていた細身の青年である。
 近くに現れた桜鈴に歓喜と動揺が隠せない様子の集団から一歩抜け出した彼は、勇気を振り絞った真っ赤な顔で口を開いた。

「おおお桜鈴たん…っ!」
「たん?」
「さ、さ…っ、ささっきの、剣舞……けん、ぶ…っ、」

 言葉をもつれさせながらも必死に何かを伝えようとする彼に、自然と全員の意識が集中する。
 そして、

「も、──もう、目が釘付けだったよぉ~!動くたびに揺れる裾とそこから覗くもちもちの生肌っ、お、お兄さん、正直目のやり場に困っちゃったナ…!でもでも、そんな中にも一生懸命さがキラリと光ってて、お兄さんのハートにズッキューン♡だったよ!こんな可愛い子が頑張って踊ってる姿見たら、色んなところが元気ビンビンです(笑)ナンチャッテ(笑)」

 バリィッッ!!
 言い終わるか否かというところで、強い電撃を浴びせられた青年がバターンッ!と勢いよく倒れた。
 それをした張本人である雷君は、泡を吹いて気絶した彼を蔑むように見下ろして、一言。

「 解 散 だ 」
「ご、ご容赦をーーー!!こやつは推しの前になると動揺してせくはら発言をしてしまう悪癖があり…!もっ、もう二度と桜鈴殿の前で口を開かせないでござるからーー!!」

 ござる君は「だからこいつを表になど出したくなかったでござるー!」なんて半べそで嘆きながら、雷君に許しを乞うように、倒れた青年の顔へぐるぐると過剰なほど布を巻きつけていた。
 そ、それ窒息するんじゃ…。

 その後、雨君によって分けられた席へと戻った彼らは、警戒心を感じさせないその位置でせめて桜鈴への気持ちだけは伝えたいと思ったのか、息を合わせて「「「桜鈴さん!!応援してますッッ!!」」」と声を張る。
 突然大声で名前を呼ばれた桜鈴は、少し恥ずかしそうに身を縮めていた。

「あ、ありが、」
「桜鈴、無視して」
「やかましいぞ!他の観戦客の迷惑になるような真似はするなと言っただろうが!!」

 大会で賑やかなのは、どうやら舞台上だけでも、試合中だけでもないらしい。

 *

 雷君の攻撃と雨君の叱責により事態は一旦の収束を見せ、桜鈴応援団(仮)は新しい席へと静かに収まっていた。
 新たな試合も始まった頃、やっと席で落ち着くことができた桜鈴が雨君越し、晴君へと控えめな声で呼びかける。

「あの、晴れの君。その、ぼく、千晴君を応援するために色々用意してきたんです…!鉢巻と、うちわと…、」

 桜鈴は持っていた手提げ袋の中を漁り、そこから取り出した小道具をひとつひとつ晴君に手渡してきた。
 ところどころに千晴の名前や応援の言葉が見えるそれは、彼の言う通り、千晴を応援するためだけに作られた物なのだろう。
 気持ちがこもっていることが一目でわかる丁寧に形作られたそれらに、晴君はいたく心を揺り動かされると同時、あの寝不足の状態でこんなものまで作っていたのか……と恐れにも近い感心を抱いた。

「ありがとう、桜鈴ちゃん。……いつの間にこんなものを?」
「衣装を作り終わった後、どうしても熱が冷めやまなくて。余った生地で工作したんです。大好きな千晴君の晴れ舞台ですから、応援も全力で挑まないと失礼だと思って」

 桜鈴の目はまっすぐに澄み切っていた。まるでこちらの問いが非常識とすら思わせられる程だ。
 なんかもう、自分の試合よりも千晴の応援にかける熱量の方がすごい。僕と千晴は嬉しいけど、桜鈴ちゃんはそれでいいの……?
 晴君の心配をよそに、桜鈴は先程から応援道具を疎まし気に睨んでいた雷君を振り返ると、「雷君は桜鈴の永遠の存在理由です♡」などと師事者への配慮も欠かさなかった。なんてできた天子なんだ。
 雷君も「知ってる」と澄まし顔で返事をしつつ、しかし溢れ出る歓喜の感情は隠せていない。後には「雷君も一緒に千晴君を応援しましょう!」と半ば強引に押し切られる形で応援道具を持たされていた。良いように転がされている。
 雨君の分も準備があると桜鈴が言うので、彼にも応援道具一式を譲ってもらい、天候区一同の応援準備が整った。
 そんな時、ふいに背後から控えめな声がかかる。
 晴君だけに届くようなひそめた声の主は、先程の騒動の中心人物であるござる君だ。
 桜鈴に警戒心を抱かせないためか、姿を隠してまで何の用だろうかと思っていると、彼が懐から取り出したのは、なにやら細長い棒だった。

「僭越ながら、こちらの『ぺんらいと』なるものも中々良きでござる。皆様でどうぞ。使い方は──」
「えっ、君達が使うために持ってきたんじゃないの?」
「何を仰る。推しの幸せが拙者達の幸せ。桜鈴殿の大切なご友人の試合とあらば、拙者達も応援は惜しまないでござる」

 にっと微笑まれて、彼より更に後方の席に視線をやると、桜鈴応援団の面々が揃って親指を立てているのが見える。
 礼を言って棒を受け取り、ござる君が席へ戻るのを見送った晴君は、自身の席に腰を落ち着けた後、時間差でこみあげてくる感情に胸を熱くした。
 晴君の手元に集められた、千晴のための色々な道具。
 皆が千晴を想ってくれていることが嬉しくて、また、そんなふうに想われている千晴のことが誇らしかった。
 試合が始まる前に雨君に感じていたのと同じ、身体の内側がふつふつと沸き立つような歓喜に、晴君は自身の頬が緩むのを抑えられないでいると、ちょうど試合が終わった合間の時間にこちらを見た雨君が一言。

「どうした。顔面がだらしないぞ」
「うん、これ一応笑顔っていうんだ」
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