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しおりを挟む「雨を降らせたかったから今まで神力を抑えてたの?賢いやり方とは思えないな」
嫌味っぽく言った聖が、降りしきる雨に濡れながら自身の舞を続ける。
しかし、今まで彼を美しく照らしていた光は雨粒の乱反射によって拡散し、その姿を不明瞭なものにさせていた。
望んだ効果を発揮できなくなっているそれを、聖もすぐ理解したらしい。「ああ、そういうこと」と短く呟くと、光の演出をすべて断ち切る。
その潔さに千晴は思わず息を呑んだ。
今まで有利に働いていた武器を迷いなく捨て去る判断ができるのは流石だ。もう少し惑ってくれればいいものを、と悔しさが滲むが、それよりも「聖だったらそうするよな」という期待通りの行動に、千晴の聖への尊敬が増していた。
以前雨君の元で見た、太陽の光が雨に影響される光景。記憶に残っていたそれを頼りに、この試合でも雨は聖の光に変化をもたらしてくれるのではないか、と思っての行動だったが、当たりだった。
しかし勿論これだけで聖が止められるとは思っていない。
千晴は先程の聖による光を使った攻撃を思い出しながら、自身の頭上に雨粒を集めた水球を浮かべた。
光の代わりだ。
千晴が剣を振り下ろすと同時、無数の水の粒が鋭い矢のように放たれ聖へと襲いかかる。
聖は初撃を危なげない跳躍でかわしてから、先程の千晴と同じように、自身を追いかけながら地面を抉るそれを舞台全体を使った身軽な動きで次々と避けていった。
縦横無尽に舞うその姿は、光をなくしてもなお変わらない、輝くような存在感を示している。
しかし、この舞台は千晴が聖の攻撃を凌いだあの時とは随分と様変わりしていた。
水球による攻撃が全て終わる前に、千晴は聖の元へと駆け出していた。
ふわりとひときわ高く跳躍していた聖が千晴の動きを察知して空中で体勢を変え、剣を構えて追撃の姿勢をとる。
しかし、着地の瞬間、濡れた地面がほんのわずかに彼の足を滑らせた。
待っていたのはこの一瞬の綻びだ。
千晴が力を込めて剣を振りぬくと、それは聖が構えていたものと激しい音を立ててぶつかり、そして、体勢を崩していた彼の方が吹き飛んだ。
直後、千晴の全身にバチ…ッ!とまばゆい電光が散ったかと思うと、空気を割く雷鳴を轟かせながら凄まじい速度で飛ばされた聖の元へと追いつく。
自身の行きつく先で剣を振りかぶる千晴に、聖の目が大きく見開くのが見えた。
「泥臭い訓練が役に立ったみたいだ」
「──!」
ドンッッ──!!
振り下ろした剣が聖を地面に叩きつけた。
轟音と共に土煙が激しく舞い、観戦客全員に攻防の結末を示す。
手応えはあった。これでしばらく聖は動けないはずだ。
千晴もその結果を確かなものと認識し、少しの達成感をその胸に宿した──その瞬間だった。
戦慄くような雷鳴の轟き。
一瞬の閃光が視界を白く染め、それと時を同じくして、冷たい痛みが千晴の腹を貫いていた。
「──やめてくれるかな。ちょっと人の粗をつついた程度で勝ち誇った顔するの」
土埃が晴れる中見えたのは、自身の腹部に埋め込まれた刀身と、掠り傷一つすら負っていない聖の姿。
千晴は視界の端にひらりと舞う花びらを捉えて、自身の誤算を明確なものにした。
千晴でさえ種類の違う複数の神力操作が出来たのだ。千晴より全てが勝る筈の彼が、光の操作しかできないなどということはあり得ない。
花を操って衝撃を吸収し、雷光に乗った瞬間移動で千晴を刺したのだ。
口元と瞳だけを不自然に笑みの形に歪めながら、聖は言い聞かせるように告げた。
「引き立て役ご苦労様。 もう十分だから」
剣を引き抜かれ、千晴は舞台の端まで蹴り飛ばされる。
咄嗟に受け身をとり、無様に倒れ伏すことだけは免れたものの、膝をついたその姿勢から動くことができなかった。
いつの間にか雨は止んでいて、舞台上に残った水面に千晴の赤い血がほんのわずか滲む。
腹を押さえる手の隙間から温かい体液が後ろにも前にも絶え間なく流れ出し、紺の衣がじわじわと黒に染まっていくのが見えた。
心臓の鼓動が耳元でひどくうるさく鳴っている。じくじくと焼けるような患部の痛みが時間を経るごとに強くなり、息もまともにできないでいた。
これは駄目だ、動けない。完敗だ。
血が止まっていないところを見られれば人間だとばれてしまう。出血量が増すような激しい動きなどもってのほかだ。
……いや、ばれるばれない以前に、このまま死んでしまうかもしれない。
とにかく、試合が終わるまで動かず止血をして、舞台裏で晴君に治療してもらえるのを待つしかない。
幸い衣装の生地は暗色なので、服に血を吸い込ませている内は周囲からは出血量も判断できないだろう。
最後、試合が終わったその後にだけ立てればいい。
それまではこうして、舞は諦めて大人しく、
──舞は神への捧げ物だよ。足が千切れても、首が飛んでも、踊り切らないと駄目
ふと、舞の訓練をしていた時の雷君の指摘が思い出された。
瞬間、自然と意識の外に追いやっていた音楽が一気に耳へと戻ってくる。
止まっていた息が、ハッ、と乾いた笑いと共に微かに漏れた。
あの人の言葉で背筋を正されるのは少しばかり不服だったが、そんな千晴の心情とは裏腹に、身体は素直だった。
膝を付いた足に力が入る。下がっていた視線が前を向く。
一度舞い始めたら中断なんて許されない。何があっても最後まで踊りきらないと。
だってこれは、千晴の何よりも大事な、晴君に捧げるための舞なんだから。
千晴は痛みを堪えながら立ち上がった。
力を入れて噛みしめ過ぎた歯がごり…っ、と鈍く鳴る。
衣装の下で血が溢れ続けている実感があった。布は生暖かくなり、逆に身体は冷えていく。
頭も一緒に冴えてくれるのが丁度よかった。命の危機に瀕した身体が本能的に思考を絞っているだけかもしれないが。
膝をついていたのはほんの数秒程度だろう。
その証拠に、聖も千晴を刺した位置から動いていない。
というより、何かに気を取られ、舞うことも忘れて立ち尽くしているように見える。
しかし、そんな聖の事情を汲み取れるほど今の千晴の血液量は多くなかった。
ゆっくり、聖の方へ足を進めると、それに気づいた彼が見たこともない引き攣った顔でこちらを見る。
「…っ、待って、何かおかしい!神力が…っ」
発言の途中で踏み込んだ千晴は、雨で濡れた舞台を滑るようにして剣を振った。
当然の如く即座に反応して剣を受けた聖。しかし、身体強化は施しているものの、手負いで、力も弱いはずの千晴の攻撃に、彼はまるで押し負けるかのように後方へ弾かれた。
あまりにも簡単に崩せてしまったそれを変に思いつつも、聖はこんなものじゃないという実体験から追撃しようと千晴が更に踏み込むと、彼は焦ったように叫ぶ。
「──っ、ボクに何をした!こっ、こんな試合は無効だ!」
そういえば、何故聖は神力を使ってないんだろう。雨もやんで、最初みたいに光を利用し放題なのに。
……もしかして、千晴の怪我を気遣ってくれているんだろうか。
紳士的だ。やっぱり聖はカッコいい。
もう一度剣をぶつけると、身体強化もない聖の身体は簡単に吹き飛ばされた。
地面に尻もちをついた彼はそのまま立ち上がらず、何故か千晴を見上げた状態で顔を青ざめさせ、身体を震わせている。
千晴が再度剣を掲げると、その刀身を映した彼の大きな瞳が、恐怖にもとれる仕草で余計に見開かれた。
「や、やめろ、こっちにくるな!……っ、やめ…っ!」
千晴はその顔めがけて剣を振り下ろし、
──そして、彼の正面で静止させる。
剣が迫るその瞬間に固く目を閉じていた聖が、待っても来ない衝撃に恐る恐る薄目を開けたが、
彼の視界には、すぐ横を通り抜けた千晴のたなびく裾だけが映り込んでいた。
舞台の中心へと移動した千晴は、観客の視線を一身に受けながら静かに身構え、音に合わせて舞を始める。
重厚感のある演奏が、試合の終わりに近づくにつれ熱が入り、更に盛り上がりを増していった。千晴の舞もそれに合わせて徐々に力強く、そして大胆になっていく。
痛みは都合よく消えてくれたりはしなかった。動くたびに、貫かれた腹に張り裂けるような激痛が走って息が止まる。しかし、その強い痛みこそが今、千晴の意識をこの世界につなぎとめていてくれていた。
脂汗が額を伝う。動きが鈍くなりかけるたび、千晴は歯を食いしばって一歩踏み出し、無理やりに身体を動かしていた。血液不足で情けなく震える腕を、旋回中に剣を掴む手に力を込めて必死に押さえつける。
姿勢は保たれているだろうか。無様な動きになってしまっていないだろうか。不安が付きまとうが、そのたびに千晴は自分を見てくれている晴君の目を思い出し、気持ちを鼓舞させていた。
千晴は故郷の村で神楽を見たことがあった。それは剣舞ではなかったが、神に捧げる舞という意味では同じものだったように思う。
神楽は千晴の記憶にある限り、暗闇の中、ごうごうと燃え盛る複数の松明の中心で行われていた。
誰もが寝静まる夜更け、華やかな装束を纏った大人が情緒ある笛や太鼓の音に合わせて優雅に舞う。
雑用に駆り出されていた幼い千晴は、明々とした炎の光に照らされるその賑やかな舞を見て、子供ながらに思っていた。
このように目立つ踊りをすることで、多くの人間の中から神様に見つけてもらい、村の豊穣を叶えてもらうのだと。この神楽は、数多の人間が暮らすこの暗闇の中で、それでも『ここにいる』と神様に気づいてもらうための舞なのだと。
身体全体を使った舞の中、刺された布の裂け目から上着が乱れ、深紅の肌着が露わになる。
神力が尽きた雲は散らされ、晴れた空から徐々に差し込む光が一人美しく舞い踊る千晴を照らしていた。
雨で濡れた地面が鏡のように青空を反射させて、まるで何もない天空で千晴だけが存在しているかのような錯覚に陥らせる。
それは、どこにでもいる小さな夜の星が太陽に見つけてもらおうと必死にもがくような、そんないじらしくも健気な舞だった。
やがて曲が終わりに向かう。その寸前、千晴は晴君の席へと目を向けた。
血の気が失せ、霞んでしまう視界の中で、しかし何故か、彼と目が合ったことだけは千晴にもしっかりと知覚することができた。
見つけてくれている。俺を、見てくれている。
その事実が、今この瞬間どうしようもなく嬉しくて。千晴の顔には自然と、幸福で仕方がないと示すような心からの笑みがこぼれていた。
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