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しおりを挟む試験大会は盛況のまま幕を閉じた。
会場を後にした天人たちがそれぞれの日常へと戻っていく中、晴君は隣を歩く千晴に目を向ける。
片手で顔を覆い、何かを堪えるよう俯いている彼に、晴君はそっと気遣うように声をかけた。
「えっと……一位取れなくて残念だったね、千晴」
「……いえ、それもそうなんですけど、どちらかというと皆におだてられるがまま調子に乗って『一位取れるかも』とか満更でもない気持ちになっていたことが恥ずかしいのと、自分が一位じゃなかったことに驚きすぎて、実際に一位を獲った桜鈴に祝いの言葉ひとつかけられなかったことを猛省していたたまれない気分になっています」
「く、詳しくありがとう」
「うわあっ」と思い出して苦しむように頭を抱える千晴を見ながら、晴君は大会の結末を思い返していた。
試験が終わった後、いち早く千晴が退場する通路に向かった晴君は、そこまで何とか歩いてきていた満身創痍の彼を受け止め即座に神力での治療を施した。
血を失いすぎていた千晴が完全に回復するには時間がかかったので、誰もいない控室で少し休憩し、同時に大量の血液を吸っていた衣装を着替えさせて……というようなことをしていたら、千晴を連れて観戦席に戻れた時には既に投票が終わってしまっていた。
え!?僕も入れたかったのに!と晴君が落胆の衝撃で固まっている横で、感動の涙を流しながら千晴を絶賛していたのは桜鈴だ。
雨君も神力操作で雨を使ったのが嬉しかったのか、公平にという手前言葉少なではあったが、短くも表情や態度から明らかに気持ちのこもった称賛を千晴にくれているようだった。
投票が出来なかった悲しみと、千晴が褒められている嬉しさという両極端の複雑な感情を晴君が持て余す暇もなく、瞬く間に票の集計は終わり、試験合格者と今大会の一位通過者が発表される。
勿論、千晴も桜鈴も合格者に名を連ねていた。
そして、多くの合格者の中の頂点に君臨していたのは、可愛さで会場を虜にした桜鈴であった。
千晴は唖然としていたが、桜鈴も千晴が一位で通過すると思っていたのか、千晴と同じかそれ以上に唖然としていたように思う。
雷君だけが当然ですが?と言わんばかりに冷静で、桜鈴を抱き上げて舞台上の表彰台にまで連れて行っていた。
桜鈴応援団の熱狂的な祝福の叫びを耳にしながら大会は幕を閉じ、また表彰後、多くの人に囲まれていた桜鈴とも再び出会うことはなく、既に控え室の荷物も回収していた晴君と千晴は、今こうして二人、帰路についているのであった。
晴君は、未だ肩を落とす千晴を見ながら、しかし彼の心情にはまるで見合っていない、ムズムズと留めておけない高揚に口角が上がるのを抑えられずにいた。
千晴もその晴君の視線に気付いたのだろう。そして馬鹿にされているとでも思ったのか、「ニヤニヤして何ですか」と非難するような目を向けてくる。
その邪推すらいじらしく、晴君は緩んでしまう顔をそのままに口を開いた。
「千晴、凄くカッコよかったよ」
唐突なその賛辞に、気落ちしていた様子の千晴は一瞬きょとんと目を丸くして、それから徐々にじわじわとその頬を赤く染めていく。
その反応を見た晴君は更に心を温められながら、試合で見た千晴の素晴らしい剣舞を思い出していた。
今まで千晴がその目で見てきたこと、経験してきたことが全て伝わる魅力的な演技だった。
とりわけ終盤、傷もふさがらないまま、決して倒れないという意志を感じるその舞は驚くほど強かで、誰もがその儚さのうちに混じる力強さに、生きている者だけが出せるその輝きに目を奪われていたように思う。
勿論晴君もその一人で、舞台の中心で舞い踊る千晴を思わず息を止めて見入ってしまっていた。そして演奏が止む寸前、確かに己へと向けられたことがわかる感謝と幸福を示すような満面の笑みに、どうしようもない愛おしさで全身が熱く震えたのを覚えている。
負った傷への心配と不安、純粋な剣舞への感嘆、この日までの千晴の成長を尊ぶ気持ち、晴君の存在を肯定し、包み込んでくれるかのようなその視線へのとめどない歓喜、自身の手を離れてもやっていけるだろうことに関する少しの切なさに至るまで、何もかもが入り混じった巨大な感情が身体の内側で溢れ出さんばかりに弾けて、胸がぎゅう、と詰まって苦しいほどだった。
到底その感情に言葉という形は追いつかず、結局は千晴への称賛という一つのなんということはない一言に収束する。
あまりにも平凡で簡素。しかしそれ以上の何で飾っても、きっと陳腐な感情の羅列にしかならないことは明白だった。
であればこの一言こそが、晴君が千晴に伝えたい想いだ。
千晴は照れ臭さからか、少しの間視線を彷徨わせていたものの、数秒経って気持ちは落ち着いたらしい。
まだ赤みの残る顔でやや視線を俯かせた彼が、聞き取れるか取れないかギリギリの小さな声で告げた。
「そう見えたなら良かったです。……貴方のために舞ったので」
「──、」
その発言に、思わず呆気にとられてしまう。
咄嗟に晴君が何も言えないでいると、時間の経過とともにみるみる赤くなった千晴から「なんか言えよ…!」と我慢の限界を示すような軽い小突きが腕に入った。
ああ、そうか。あれは、僕に向けられていた舞だったんだ。そうか。そうかあ……。
再び心がじわりと打ち震える。熱を帯びた感情が胸を満たし、うまく息を吸うこともできないが、その苦しみすら幸福だった。
しかし、ここで感激に浸って黙ったりなどすれば、千晴からの追撃は必至。それを正確に察知していた晴君は、慌てて彼へ返事をする。
「ごめんごめん!でも納得したよ。千晴が僕のために舞ってくれていたから、僕もずっと君から目が離せなかったんだ。……ありがとう。本当に、何よりも素敵な舞だった。また見たいな」
「……またはありませんよ。合格できましたし。で、でもまあ、暇な時とかに?室内で、なんか、ちょっと舞うくらいなら全然……、だからニヤニヤこっち見るのやめろ!」
「ご、ごめーん!だって千晴が可愛いことしか言わないからぁ!」
緩んでしまう頬をどうにもできないまま、晴君は真っ赤になって憤慨する千晴から逃げるようにして数歩前へと足を進めた。
そのまま振り返り、視線の先でむくれる彼へと話しかける。
「次の面接試験で最後だね」
「はい。確か人格が大丈夫なら通過するんでしたよね」
「じゃあもう天徒になったも同然だ!お祝いしよう!お祝い!」
千晴は「気が早いですよ」と苦言を呈しながらも、その顔は満更でもなさそうだった。
その様子に晴君も嬉しくなって、試験を頑張った千晴を労いたい気持ちが強くなる。
ああもう、千晴が喜ぶこと全部してあげたい!
まず思いつくのは美味しい食事だが、料理は千晴の方が断然上手だし、晴君が作るとなると褒美どころか罰になってしまうため候補から外す。
何か欲しい物でも、とも思ったが、千晴は前からそんなに物を欲しがる方じゃない。聞いても熟考して困らせてしまうのは目に見えていた。
……後は、何ができるんだっけ、僕って。
試験の準備期間、千晴に教えられることが何もないと悩んでいた時と全く同じ状況に陥っている晴君だった。
「僕ごときの力で、どうやったら千晴を喜ばせられるかな……」
「何で急にそんな後ろ向きなんですか。いいですよ『おめでとう』とか言ってくれれば。それだけで十分です」
「そんなのじゃ僕の気が済まないよ!……あっ、そうだ!千晴、何か僕にして欲しいことない?」
「……して、ほしいこと?」
千晴は、まるでそれが初めて聞いた単語であるかのように繰り返すと、再度自分の中へ落とし込むように「先生にして欲しいこと……」と長考の姿勢に入ってしまった。
これも困らせてしまったか、と晴君は一瞬焦ったが、以前欲しい物を聞いた時とは違う、ないものを無理やり絞り出すような悩み方ではなく、どちらかというと無限にある中から厳選した一つを選ぼうとしているようなどこか鬼気迫る苦悩を感じる。
やって欲しいことが沢山あるのなら何でもいくつでも言って欲しかったが、そんな風に真剣に悩む千晴も可愛らしくて、またも晴君は頬を緩めながらそれを眺めていた。
ややあって、ようやく千晴は要望を一つに絞れたようだ。
少し頬を上気させながら、意を決した風にバッ!と晴君を見上げた千晴が口を開ける。
──その瞬間だった。
「こんにちは」
ひどく穏やかで落ち着いた声が二人の背後からかかる。
何でもない挨拶だ。しかし話しかけられた誰もが惹きつけられるその声色のままに、晴君と千晴は揃って振り返った。
視線の先で穏やかに微笑んでいたのは、この天界で最も高い地位を欲しいままにする光帝陛下だ。
まさかの存在に息を呑む二人。その反応に、陽光を反射させる美しい髪をサラリと揺らして笑みを深めた陛下は、威圧感を感じさせない柔らかな口調で語りかける。
「今日はお疲れ様。とても素晴らしい試合だったよ。……千晴、君?だったかな」
「……あり、がとうございます」
急に労りの言葉を賜った千晴が、慌てた様子で手を合わせ、礼の姿勢をとった。混乱と緊張で固くなる千晴の横で、晴君も同じように頭を下げる。
すると、光帝陛下の視線が動きのあったこちらへ向いたのが分かった。
光り輝く姿とは反対に、何の光も通さないようなその深い藍の瞳が晴君を映して止まる。
勝手な居心地の悪さに、自然と身体が硬くなっていた。
「まさかこんな場所で貴方に会えるとは思っていませんでしたよ。酷いな。僕の時は観戦なんてしてくれなかったじゃないですか」
「お久しぶりです。光帝陛下」
「いやだな、そんな他人行儀な態度。前みたいに普通に喋ってくださいよ」
晴君に対して丁寧な、そして気安さの混じる対応をする陛下。
頭を上げるよう言われ、姿勢を戻したその時、隣で同じく頭を上げた千晴が戸惑うような目で晴君と陛下を行き来していた。
……気になるのも当然だ。
千晴のその反応を見てクスリと笑った陛下が続ける。
「随分可愛がっているんですね。剣捌きも素晴らしかった。貴方が教えたんですよね?僕にそうしたみたいに」
「えっ」
千晴が純粋な驚きから声を上げ、しかし咄嗟にまずいと思ったのか、急いでその口を噤んだ。
陛下はそれを気にした様子もなく、逆に黙して視線を下げる晴君の方へ問いかける。
「僕と千晴君、どちらの方が覚えがよかったですか?」
「……どうかな。二人とも同じくらい優秀だったよ」
「それはそれは、期待が持てますね」
ニコリと嬉しそうに笑った陛下は、短いそのやり取りの後、本題に入るべく今一度千晴の方を見やった。
やや身を強張らせた千晴が、緊張を孕んだ目で陛下を見返す。
「千晴君、僕は君をスカウトに来たんだ」
「す……?」
「え、ちょっと!?」
その単語の意味を理解できた晴君が、首を傾げていた千晴を慌てて自身の方へ引き寄せた。
言葉の真意を陛下に問おうとする前に、かの御方は清潔な手袋がはめられたその手を千晴の眼前へと差し出し、そして告げる。
「──僕の天徒にならないかい?」
……桜鈴ちゃん。面接試験の前に、自分の天子が光帝陛下に青田買いされてしまった時はどうすればよかったんだっけ。
急な展開に唖然とする晴君は、完全に試験の知識を依存しきっている桜鈴に、脳内で助けを求めることしかできないでいた。
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