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しおりを挟む「天王領直下 天候区において、人間界の雨の管理をしている雨君だ。覚えておけ、晴れの天子」
「真面目で口うるさいタイプの部下だよ、千晴」
「黙れ天候区一嫌われ者の上司」
「えっ」
僕、天候区一嫌われてるの…?
空気を和らげようと、雨君の硬い自己紹介にやや冗談交じりに返したらとんでもない鋭利な情報が跳ね返って来た。
なん…それ…落ち込む…。
「そ、そういえば雨君は、僕に天子が出来たこと驚かないんだね」
「天候区中で噂になっているぞ。昨日仕事もせず遊び方けていたこともしっかり耳に入っているからな」
「本当に申し訳ございませんでした今から精一杯お仕事頑張らせていただきます」
ヤダ凄い睨んでる。
圧をかけられ、晴君は一応礼儀かなと思い投げかけていた世間話を即刻諦めた。そして、雨君がどさ、どさ、と目の前へ積んでいく書類をただただ遠い目で眺める。
これが今日晴君が片付けなければならない仕事らしい。あれも…ついでにこれも…、とぶつぶつ聞こえるので、多分締め切りとは無関係のものも追加されているのだろうが、もうこれ以上彼を刺激したくはなくて口を噤んだ。
どさっ、とまた積まれた書類越し、ふと、もう少しで隠れて見えなくなってしまいそうな千晴が、置いてけぼりになってしまっているのが見えた。
人間である事を隠し通すのが決まったは良いが、千晴とはまだその具体的な方法を話し合えていない状況だ。
多分雨君は僕を信頼してないから、今日は確実に仕事が終わるまで側で見張るつもりだろう。そして彼はどちらかといえば察しがよく、色々気が付く方の天人だ。一緒に居る時間が長ければ長い程、当然人間だとバレる危険性も高くなる。
……何か粗が出ても困る。今日のところは千晴には別室に移ってもらった方が良いだろう。
「千晴はあっちの部屋に居てもらっていい?好きな事してていいから」
「!…はい」
「待て」
立ち上がりかけた千晴に、雨君から鋭い制止の声がかかった。声色からして誰かを責めるためのそれに、二人してドキッと身を強張らせる。
何だ?今のやり取りで何か変なところがあったか?もしかして、もう千晴が人間だということがバレた、なんてことはないよな…?
「な、何?どした?」
一生懸命平静を装って聞くと、隣の雨君はゆっくりこちらを見やって、
「まず自分の天子に人間の真似事をさせていたことを謝らんか腐れ外道!!」
「すみませんでした千晴ッッ!!」
責められてるのは僕でした!
ゴンッ!と机に額を打ち付ける勢いで頭を下げた晴君。躊躇も誇りもない。そんな些末なことよりも、今は雨君の機嫌を損ねない事が大事だった。
瞬発的な謝罪の甲斐あり、満足したようにうむ、と大きく一度頷いた雨君。しかし彼は次いで千晴にもその鋭い視線を向ける。
「お前も天子であれば正しく役目をこなせ。来客に飲み物を出すことくらい常識だろ」
「!」
「あっいいよ、水なら僕がやるから」
「馬鹿なことを言うな。天子を教育するのも師事者の務めだろう。おい天子、早くしろ」
「ちょっと待ってよ」
戸惑いつつも、雨君の指示通り動こうとしていた千晴。それを手で制した晴君は、隣でふんぞり返る男を見やった。
彼の機嫌を損ねないのは大事だが、それは晴君自身を天秤にかけた場合だ。もしも千晴にまで影響が及べば、当然それを見過ごすことはできない。
自然と声に硬さが帯びる。
「千晴は僕の天子だ。君はこの子に命令できる立場じゃない」
「立場で言うなら俺は雨君だ。目上の者を敬い、気遣うのは礼儀であり常識だろう。いい加減な貴様の代わりに教えてやっているんだ。感謝して欲しいくらいだが?」
「この場所で一番目上なのは僕だ。人に礼儀と常識を謳うなら、君の僕に対するその言動は違うんじゃないの」
元々ギュッと中心に集められていた雨君の眉が、片方だけピクリと上向いた。空気が張り詰めたような気配がして、場に緊張感が走る。
目の前で雨君が大きく息を吸った。そして、
「仕事の締め切りを守らない者に人権も敬われる権利もなーーい!!」
「その通りでしたごめんなさーーい!!」
「今回の予定表も俺が来なければ忘れてどうなっていた?ん??」
「ありがとうございますいつも助かってます……、ふぐぅ…世話になりすぎて反抗できないぃ…」
ピリついた空気はもって数秒だった。勢いのいい怒鳴り声を浴びて瞬時に萎縮した晴君は、先程の毅然とした態度はどこへやら、哀れっぽく肩を竦め瞳を潤ませる。
その時、コト、と目の前のちゃぶ台に湯呑みが置かれる音がした。千晴だ。
天界の飲み水は人間界のような井戸とは違い、大天木の根から得られる。そのため各住居に根と繋がった水道が整備されているのだが、それは当然人間界には存在しない設備。千晴には扱い方もまだ教えていない。
しかし彼は晴君が料理をしていた時のことを覚えていたのだろう。そこから見よう見真似で水を注いできてくれたのだ。
この険悪な空気感を打ち消すために。
なんっっって賢くて優しくて気遣い上手なんだ君はァ!!
はいこの千晴が初めて注いでくれた水、聖水~千晴水道使用記念物~としてこの世の至宝に認定しました。世界に二つとない極めて貴重な水だ。今まで生きてきた中で一番美味しい水に違いない。やだ勿体なくて飲めないよこんなのぉ!!
ごめんありがとう千晴。君は本来こんな雑用なんてしなくていいのに、僕が庇いきれなかったばかりに。
というか、そもそも僕が千晴を天子だとか言っちゃったから悪いのであって、千晴が本当に天子だったとしたら雨君の言う教育も間違ってなくて……。
うん。はい。僕のせいです。後でもう一回ちゃんと謝ろう。
土下座したい心と抱きしめてよしよししてあげたい心が拮抗し、その全てを出来ない現状に晴君は思わず抑圧の歯軋りをした。
雨君は早速千晴の注いだ水に口をつける。
ちょっと!?もっとありがたそうに飲んでくれません!?千晴が初めて注いだ聖水なんですけど!?唯一無二の至宝なんですけど!?しかも僕よりも先に飲む!?とか!?
ギリギリギリ、抑圧の歯軋りが勢いを増した。
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