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しおりを挟む自宅を出て少し横道に入ると、整備された大きな通路へと繋がる。
そこでは、晴君以外の天人がそれぞれ目的を持って行き交っていた。
人が居る場所にまで出るのは初日に案内してもらったきりだ。それでも晴君が教えてくれた仕事場がどのあたりにあるかは何となく記憶していた。
大通りへ合流し、千晴はその道を迷いない足取りで駆ける。
地面に均等に敷き詰められた石畳は綺麗で走りやすかった。立ち並ぶ建物も全て村とは比べ物にならないくらい立派な作りをしていて、劣化など見られない。
歩いてる人も皆身なりが良く上品な感じだ。薄汚れていたり、恰好が見窄らしい人は一人も見なかった。
人とすれ違うたび、少し緊張して身体が硬くなる。自分のようなものが異物だと、見た目でバレてしまわないか不安だった。
彼らは人間とは違い食事の必要がなく、餓えない上に死の概念もない。またこの天界は、昼夜は存在するものの基本的に晴天で、気温も暮らしやすい温度帯のまま一定だ。
天界における天人の暮らしはおそらく、人間の思い描く理想郷に最も近かった。
前に誰かから伝え聞いた話では、そのような世界にはいたるところに豪華な花が咲き誇っている、とのことだったが、実際のところ目立った場所にそんなものはない。
植物でいうと大天木という大きい木はあるが、あれに花は咲くのだろうか。
あの人は花とか、好きかな……。
村でもよく見かけていた、春にだけ木に咲く桃色の花びらと晴君を思い浮かべていると、前方の石畳にちょうどそれと近い色の何かが落ちているのが目についた。
思わず止まって見てみると、
「桜…?」
そこにあったのは、淡い色の瑞々しい桜の花びらが一枚。しかし、こんな住居ばかりのところに花なんてない筈だが。
そう思って周囲を見渡すと、やや前方に桜が見えた。
それは数本の枝だった。淡く色づいた満開の桜が程よい感覚でその存在を主張している、美しい枝。
そしてそれは、千晴の身長と同じくらいの大きな花瓶に活けられており、通路のど真ん中をこちらに向かって進んできていた。
花瓶が、ひとりでに。
……天界では花瓶も道を歩くのか。
飛び上がる程の驚きはなかった。晴君が日常的に、色々な物を手を触れず動かしたりしているのを目にするため、天人とはそういうものなのだ、という認識が千晴にはあったからだ。
だからこの花瓶も誰かが不思議な力で動かしているのだろうと、千晴が咄嗟にそう考えるのも自然なことだった。
再び足を進めて、興味心から、千晴は花瓶を近くで見れるだろう通路の中央に陣取る。
花瓶はひょこひょことどこか危なっかしく上下しており、本当に歩いているみたいだった。美しい桜の枝よりもそちらの方が気になり、花瓶ばかりを注視してしまう。
そして実際にすれ違う時になって、
──花瓶の後ろに人が隠れていたのを発見した。
わっ、と声が出そうになるのを寸でのところで抑えて、少し距離が開いた後にちらりと振り返る。
花瓶の裏に張り付いていた…というか、花瓶を運んでいたのは、千晴よりも少し身長が低い、同年代くらいの子供だった。大きな花瓶に身体がすっぽり隠れてしまうくらいには小柄だ。
いくら天人といえど、その体格で自分の身体以上の花瓶を運ぶのは無茶だろう。やはり重いのか、その足元はふらついていた。
だから花瓶が安定せず、あんなにひょこひょこしていたのか。
そして通路を歩く他の天人はそれを分かっているのか、皆ぶつからないように、またはぶつかられないように、花瓶を避けて速足で通り過ぎている。通りで中央に人がいなかったわけだ。
少しだけその光景を眺めて、手に持つ紙のカサッ、とした感触で我に帰った。
千晴が外に出たのは、この書類を晴君に届けるためだ。早く届けないと、彼が困っているかもしれない。
前を向いて、一歩踏み出す。
……しかし二歩目は出なかった。
あの人ならどうする?
そんな思考が、千晴の動きを止めたからだ。
千晴のような、ボロボロの孤児すら助けた晴君なら。
想像して、花瓶の子供に「持つよ」と笑顔で声をかけているのが見える。
千晴は目の前の紙を一度見下ろすと、潰さないよう丁寧に丸め、自分の腰の帯に挟んだ。
振り返り、反対方向へ駆け出す。
「手伝います」
「ひゃっ!」
後ろから声をかけると、驚かせてしまったか、子供はビクッと大きく肩を震わせ、同時に持っていた花瓶を取りこぼした。
互いにヒュと息を呑むと同時、石畳に向かって落ちていく花瓶。
咄嗟に動いた千晴の身体が、花瓶の下に手を差し込んだ。
それは地面とぶつかる際の緩衝材となり、花瓶は割れずに千晴の方へと倒れ込む。ギリギリのところで支えることができ、ほっと詰めた息を吐いた。
すると、
「ご、ごめんなさい!ごめんなさい!!」
「いえ。俺も急に話しかけてすみません」
慌てふためいた様子で謝罪をされ、千晴はそこで初めて、今まで花瓶に隠れていたその子供の姿をはっきり目にすることが出来た。
桜色が混ざる淡く明るい茶髪は、肩に届かないくらいの長さで整えられており、涙で少し潤んだ垂れ気味の大きな目と、透明感のある白い肌、色付いた唇は、どこかのお姫様と言われても疑いを持たない程に愛らしい。
一目見て千晴は、天人には女もいたのか、という感想を抱いた。目にする天人は皆男だったから、てっきり男しかいないのかと…。
そんなことを考えながら花瓶を持ち上げると、その重さに、先程地面と花瓶の隙間に差し込んだ手がズキッと痛んだ。
想像よりずっと重い。どうやら花瓶の中には水も入っているようだ。……こんなのよく一人で運べてたな。
軽々持ち上げた風には見えなかったからか、少女が慌てて反対側からも花瓶を支えてくれる。両方向から二人で花瓶を持つ形になって、重さが分散された。これなら問題なく運べそうだ。
花瓶越し、戸惑った顔をしている彼女に千晴は問う。
「どこまでですか?」
「えっ、あ、え、えっと、……雷電宮、まで…」
らいでんきゅう…?
聞いたものの、そもそも建物の名前を知らないので何にも繋がらなかった。
千晴がピンときていないことに気付いたのか、少女はここをしばらく真っ直ぐ、と補足する。
進む道さえ分かればそれで良い。案内の通りに行けば辿り着けるだろう。足を踏み出した千晴に、慌てて少女も合わせるようについてきた。
「あ、あのっ、本当にいいの?手伝うって…、あなたも仕事があるんじゃないの?怒られない…?」
まだ混乱が抜けきっていないような、恐怖と不安が混ざり合った顔が花瓶越しに覗く。
しかし、問われた内容が思ってもみないことだったため、一瞬思考が止まった。
褒められることしか考えていなかったが、そうか、怒られる可能性もあるのか。
……怒られ…??
あの人が激昂して俺を殴ったり蹴ったりする想像はどうしてもできない。
でも、もしそうされたとしても、
「殴られたり蹴られたりするのは慣れてるので大丈夫です」
「殴られたり蹴られたりするの!?」
もしかすると回答を間違えたかもしれない。青ざめて震え出す少女を見てそう思ったが、咄嗟に言い訳できるような言葉も持ち合わせていなかったため、千晴は黙ってやり過ごした。
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