天界への生贄の持ち込みは禁止されています

椿

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 天徒は攻撃的な態度を崩さず告げる。

「いつもの業務を放ってまでそれを運びたいって言い出したのはお前でしょ?さっさと済ませて持ち場に戻って。皆迷惑してるのが分かんないの?」
「も、申し訳ありません…」

 一瞬で萎縮してしまった桜鈴は、青ざめた顔でなんともか細い謝罪を返した。それでも天徒の苛立ちは収まりを見せないようで、はあっ、とわざとらしい溜息を吐いた後に、今度は千晴の方へと目を向ける。
 頭の先から足元まで何かを審査するようにジロジロと見られ、最終的に嫌悪を隠さない様子で視界から追いやられた。
 彼は再び桜鈴を睨みつけて、

「他の天子に擦り寄って手伝わせてたんだ。本っ当、節操ないよねお前って。雷の品格を穢すような真似しないでもらっていいかな?お前みたいに下品な出来損ないと同列だと思われたら、恥ずかしくてまともに外も歩けないからさ」

 指導などとは到底思えない嘲りの言葉に、桜鈴は声も出せないまま下を向く。
 泣きそうに唇を噛み締めたその表情を目にして、頭で考えるよりも先に口が動いていた。

「あなたが桜鈴を手伝ったらどうですか」
「千晴くん…!?」
「……お前、誰に口きいてんの」

 電撃が走り抜けたかの如く、一瞬にして空気が張り詰めた感じがあった。
 一触即発なそれに、当事者の二人ではなく、桜鈴が慌てたように反応する。

「ぼ、ぼく、ここから1人で運ぶよ!千晴くん、手伝わせちゃってごめんね!」
「!」

 桜鈴はまるで花瓶を奪うように自身の方へと引き寄せた。
 千晴の手から離れた花瓶の重みは、当然ながら全て桜鈴の方へとかかることになる。
 千晴が声をかける前にこそ一人で花瓶を支えていた桜鈴だが、分散していた重みを急に戻されてもすぐには順応しきれなかったのだろう。
 桜鈴は体勢を崩し、そして、支えきれなかった花瓶が地面に向かって落ちる。

「あ…っ!」

 そんな息を呑む声の後、甲高い破壊音が鳴り響いた。
 尻餅をついた桜鈴の周りに、花瓶の破片と水が散らばる。そして、見事な桜を咲かせた枝も水に塗れ、石畳を滑って無残に花弁を散らせた。
 あまりに大きく響き渡った音に、通行人が会話もやめて振り返り、通路が水を打ったように静まり返る。

「オイ!!」

 そんな中で響いた怒声に、桜鈴の体は可哀想な程大きくびくついた。
 そこには、憤怒に震える天徒の姿があった。

「何やってんの!?それ雷君が気に入ってる花瓶でしょ!?どうすんだよこれ!」
「あっ、…ぁ、」

 捲し立てられるが、桜鈴は萎縮してしまって何も言えない。そんな状態の桜鈴に、天徒は更に苛立ったような顔をしてチッと舌を打つ。
 それから諦めたように大きなため息を吐いて、

「もういい。私から雷君に報告しておくから。お前は早くそれ片付けて元の業務に戻って」
「えっ、」
「自分だけ目立って雷君に気に入られようとしたんだろうけど、失敗に終わって残念だったね。でも喜びなよ。雷君にはしっかりとお前が花瓶を割ったことを伝えておいてやるから」
「──、」

 意地の悪い嘲笑が桜鈴を見下ろした。
 天徒が言ったその言葉は、桜鈴が最も恐れていたことだ。きっと彼はそれを分かっていて、明確に桜鈴を傷付けるためだけに言っていた。
 それを正面からまともに受け取った桜鈴は、声すら失ったまま小刻みに震えだす。血の気が引いた顔は真っ白だった。呼吸もどこか普通じゃない。
 千晴はすかさず桜鈴の視界を遮るようにしゃがみ込む。

「大丈夫か」

 気休めの言葉だ。大丈夫なんかじゃないのは、その惨状と桜鈴の顔を見ればすぐに分かる。
 だが言葉は何でも良かった。桜鈴と、天徒の視線を自分へと向けられるのなら。
 涙を溜め込んだ桜鈴の瞳が千晴へと焦点を合わせた。それを見て、まだ周りを認識する余裕があることに少しだけ安心する。
 次いで天徒に視線を向けてみるが、……予想通り。先程まで嘲りに上向いていた口角が、一気に気分を害したように引き下がっていた。

「さっきから何なのお前。天徒に対して礼儀がなってないな。どこの所属?」
「晴れ」
「!」

 答えると、その天徒は一瞬驚いたように目を見開く。
 その反応を見て千晴は、もしかしてあの人は天界で一目置かれている人なんだろうか、などと推し量るが、次の瞬間、その思考は打ち砕かれる。

「──ぶはっ!ああ、人間狂いの変人から師事されてるんじゃ、まともに教育されていないのも当然か。……身なりにも全く気を遣っていないようだし。お前みたいなやつが一瞬でも触れた花瓶が雷君の目を汚さなくてよかったよ。雷君は綺麗好きなんだ。そちらのもの好きな師事者とは違ってね」

 正直、自分は感情の起伏が少ない方だと思っていた。
 それは色々な感情表現が上手な人が周りに居たから、それと比較してというのもあったし、何より自分に関することが心底どうでもよかったから、何かに反発したり、怒ったり、そう言った感情が出てきにくかった。
 だが、さっき泣きそうな顔をしていた桜鈴を見て、自然に天徒を攻撃するような言葉が出たことで、分かったことがある。
 桜鈴は最初から、俺の話す事や見た目の事、無知なことも、全部馬鹿にせず会話をしてくれた。俺はそれが当たり前ではないことを理解している。だから好感を持った。
 そして、自分以外のどうでもよくない相手に関することなら、ちゃんと心から怒れるのだということを知った。

 だから今も、俺を通してあの人晴君を見下してくる目線に、胸にどろっと重いものが纏わりつくような不快な感情を覚える。
 そう、これは純粋な怒りだった。

「じゃあ雷君は、口だけじゃなく心まで汚いあなたの事が嫌いなんですね」
「……、どうやら矯正が必要みたいだね」

 見下した対象から歯向かわれるのが我慢ならなかったのか、天徒はその額にいくつも青筋を浮かべると、ゆらりと腕を前方に掲げる。すると、すぐにパチパチと小さな電磁波が天徒の周囲で音を立てて弾けだした。
 雷が落ちる前のような、湿った空気が千晴の顔に纏わりつく。
 今までも経験してきたことだったため、目の前の彼が今から千晴に何らかの危害を加えようとしていることは感覚で分かった。
 少しだけ身構えると、千晴の後ろでへたり込んだままだった桜鈴が焦ったように這って前へと出る。

「やめ、やめてくださいお兄様…!い、いやです…っ、だめです…、や、やめて…」
「黙れ、指図するな。たとえ所属の違う天子であっても、無礼者には思い知らせておかないとうちが舐められるでしょ。庇い立てするならお前も矯正の対象だよ。嫌だろ?──うるさく泣き喚いてるもんね」
「──っ」

 ひゅ、と息を呑み、声もなく震える桜鈴に、千晴は振り返って告げる。

「大丈夫。痛いことには慣れてる」
「ち、が……っ」

 安心してもらおうと思ったのに、千晴の意思とは反対に、顔をぐしゃりと歪めた桜鈴の目からは、溜まっていた涙がいくつも零れ落ちた。

「躾の時間だぞ!!」

 こちらの都合など鑑みない、さながら天災のような暴虐。
 強烈な光が視界を覆って、千晴はたまらず目を閉じ、衝撃に備えるように身を硬くする。
 瞬間、ドン!と激しく空気が裂ける音がした。
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