天界への生贄の持ち込みは禁止されています

椿

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「桜鈴です」

 中から聞こえた「入れ」という低音を合図に、桜鈴が扉を開ける。
 緊張から、千晴の呼吸はやや浅くなっていた。
 雷君と対面するのは7年前のあの日以来初めてである。あの時の、桜鈴のために怒り、こちらに冷たい目線を向けてきていた雷君の印象が強く、少しだけ苦手意識がある千晴だった。
 それに今は、こんなふざけた格好をしているわけで……。
 桜鈴なら似合うだろうが、俺が身の丈に合わない煌びやかな服を着たところで滑稽なだけだ。逆に雷君への侮辱と取られて門前払いされる可能性もあるのでは…?
 ここにきて段々と不安感に押しつぶされそうになる千晴を置いて、桜鈴は室内へとスタスタ足を進めた。
 千晴も慌ててそれを追いかける。

 作業部屋だろうか。畳はなく、板張りの床が主体となった生活感のないその一室に、7年前と変わらない姿で彼は佇んでいた。
 日当たりのいい窓辺に飾ってあった観賞用の花の水を新しいものに変えていたようだ。
 作業を終え、その美青年の切れ長な視線がこちらに移される。
 黒く艶めいた直毛の隙間、外の光を反射して光る雷君の金眼が、桜鈴の正面で微かに柔く細められるのを見た。

「桜鈴、試験合格おめでとう。自分から褒めてもらいにくるなんて可愛いことするね。流石オレの天子」
「身に余る光栄です、雷君」

 桜鈴は胸の前で手を合わせ、恭しく礼をする。
 しかし彼が格式張っていたのはそこまでで、雷君が手招きをするとまるでその手に吸い寄せられるように近づき、自分から頭を彼の掌に収めるよう位置取った。
 そうして「偉い偉い」と頭を撫でられた桜鈴の表情は、すぐにえへへ…と照れ混じりの喜色に溢れたものに変わる。

 しばらくそうやって二人の世界を満喫していた様子の桜鈴だったが、その途中でハッ!と夢から覚めたような顔をして、多大に後ろ髪を引かれながらも何とか千晴の元まで戻ってきてくれた。
 折角の時間を邪魔して申し訳ない…。

「雷君、試験結果の件でお聞きしたいことがあって。友人の千晴くんが不合格だったんです。彼はぼくよりもずっと頭が良くて、だから何かの間違いではないかと……」
「友人?」
「!」

 急に鋭い目を向けられ、反射で千晴の肩が揺れる。
 視線から逃れるように、急いで手を合わせてお辞儀する千晴だったが、下げられたその顔は、いつの間にか近くに来ていた雷君にグッ、と顎ごと持ち上げられた。
 結構な力が入っているその指は千晴の頬に食い込み、ぶに、と肉を寄せ集め、唇を突き出させる。
 額にかかっていた髪をふっ、と吐息で払われた後、その金眼が品定めするように千晴を見た。

「及第点」
「……は」
「特に服がいい。喋っていいよ」

 何かに合格しないと喋れもしないのか……。
 比較的あっさり解放された顎を撫でながら桜鈴を見やると、「可愛いって!」という囁きと共に、満面の笑みが返ってくる。
 言い表しようのない複雑な感情が千晴の胸中を渦巻いた。

 気を取り直して。発言許可が下りた千晴は、目の前の執務机についた雷君へ問う。

「試験、ほぼ満点だったと思います。それなのに不合格だった訳を知りたいです」

 答えを待つ間の沈黙が酷く長く感じた。
 じっ、とこちらを見つめる瞳が一度瞬いた後、雷君は告げる。

「おまえには天徒になるための素質が無いからだよ。桜鈴とその他の合格者にはあった。それだけ」
「素質……?」
「おまえみたいな天子はそもそも師事者に試験すら受けさせてもらえない筈だけど」

 一瞬、世界から音がなくなったようだった。
 俺には天徒になる素質がなくて、それを先生も知っていた?
 だから止めてた?どうせ俺は試験に合格する筈がないと、そう思っていたから…?

 呆然と身体から力をなくしていく千晴を前に、雷君は物憂げな溜息を漏らす。

「だしに使われたわけだ」
「……え?」
にだよ。オレの気を惹きたいんだろうけど、自分の天子まで利用するなんていよいよなりふり構わなくなってきたな」

 ……??
 発言の意図が分からず黙っていると、それをどう思ったのか、雷君は重ねて告げた。

「何、気付いてなかったの?おまえの師事者、オレの事が好きで事あるごとに干渉してくるんだよ。本当に鬱陶しい……。オレを天候区に引き抜くのに成功したからって、それだけで何で「イケる」と思えるわけ?別にこっちはおまえどうこうで天候区行きを決めたわけじゃないし。勘違いもここまでくると病気だろ。まあ、こんな美人が近くにいたんじゃ夢見たくなる気持ちも分かるけど」

 一方的に喋ってきて、やれやれ…といった感じで頬杖をついた雷君。
 そんな彼の発言を一拍遅れで反芻した千晴は思った。

 何言ってんだコイツ????

 意気消沈の最中であっても到底無視できなかった雷君のその主張に、千晴はようやっと喉から声を絞り出す。

「違うと、思います」

 力なく掠れた声だったが届いたようだ。
 雷君は器用に片眉を上げた。

「自分の師事者を敬っていたい気持ちも分かるよ。でも残念。見なよこの花。全部アレからオレに送られてきたやつ。花に罪はないから置いてやってるけど」

 花瓶に生けられている複数の花を示されて、見覚えのあるそれに、千晴の中でやっと点と点が繋がる。
 それ、先生が桜鈴への礼で贈った花。
 桜鈴が自分で飾って楽しんでたんじゃなかったのか?雷君に渡していた?何で??
 いやまあ贈った後のことは桜鈴の好きにしてもらって構わないんだが、今回に限っては変な勘違いを生ませてしまっているというか……。
 事実確認のためにそろり、と隣を見ると、桜鈴はどこか鬼気迫った顔で手持ちの用紙に筆を走らせていた。

「桜鈴?何を…」
「ごっ、ごめん!ぼくも自分で自分が分からないんだけどっ、何だか、この情報は書き止めておかなきゃって思って…!雷君がこんなに饒舌なのも珍しいし!こ、今後何かの役に立つかもしれないでしょ!?」

 何の役に??
 桜鈴からの謎の圧に押されていると、またも目の前でふう、と気怠げな溜息を吐いた雷君が告げる。

「告白してこようもんならボッコボコに振ってやる準備できてるのに、いつまで経っても伝えてこないその意気地なさも鬱陶しい。総評、鬱陶しい」
「いえ、違うと思います」
「天子には分からないか」

 あしらわれてカチンときた。
 千晴へのぞんざいな扱いにではない。話の通じなさと、晴君が雷君を好いているなどというそのあり得ない勘違いの内容、そして、例え雷君の中だけの妄想(重要)であろうとも、自分を好いてくれている晴君に対して、簡単にその気持ちを踏み躙るようなことが出来るその人格に怒りを覚えたのだ。
 この人の間違いを正したい。そんな強い想いが千晴から冷静さを失わせる。
 次に千晴の口から出たのは、明確な攻撃性を秘めた正論だった。

「先生が貴方の事を話しているのを聞いたことがないですし、その花も貴方宛ではなく元々は桜鈴への贈り物です。先生から好かれている、というのは貴方の勘違いだと思います」
「何?根拠でもあるの?」
「はい。あの人の特別は俺なので」

 シン。
 直後広がった沈黙に、千晴も自身の発言を省みる時間を与えられた。
 ……今俺は、物凄く自信過剰で、恥ずかしい事を言わなかったか…?
 じわじわ己を侵食していく羞恥と共に、汗ばむ程の発熱が全身を襲う。
 一拍遅れて、桜鈴の筆が紙を滑る音がした。

「『あの人の特別は』、『俺なので』…っ」
「やめてくれ」

 しかしそんな千晴の犠牲を払ってしても、雷君の強固な意思は曲がる様子を見せない。

「ああそうか。アレにだしに使われたのを認めたくないんだ」
「っだから違います。今回の試験は俺の独断で受けました」
「師事者の署名がいるだろ」
「……、お、俺が、書きました…」

「──おまえ、自分が何言ってるか分かってる?」

 雷君の怪訝な声に、羞恥に火照っていた千晴の身体から、ザァッ、と血の気が引いていく。
 晴君が雷君の事を好いている、などという酷い妄言を否定したい気持ちが先走って、盛大に口を滑らせてしまった。

「……、いい。下がれ。喋り疲れた」


 *

 バタン。
 閉めた扉がやけに重く感じる。
 あの言葉を最後に、桜鈴と二人、部屋から追い出されてしまったのだ。
 今更になって黙って聞いておけば良かった、と強い後悔の念が千晴を襲う。しかしどれだけ悔やんだところでもう取り返しはつかない。千晴の受験資格は取り消されてしまうだろう。
 ……どうでもいいか。どうせ、不合格だったわけだし…。

 千晴はぎゅ、と目を瞑って必死に心の平常を保った後、桜鈴の方を振り向く。
 折角色々協力してくれたのに、こんな結末になってしまった事を謝罪したかった。
 しかし、

「何だろうこの気持ち…すごく身体が熱い…。何か、何かがぼくの中で生まれては弾けてる気がする…。大好きな人同士の絡みが見れたから…?いやそれにしては…でもそうじゃないなら何なの…?この今まで感じたことのない高揚感と多幸感は…」

 何やら考え事に夢中のようで、最後まで千晴の声は彼に届かぬままだった。
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