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58.え、覚えてな…?
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ガタガタとする音、振動で飛び上がる体……朦朧とする意識が徐々にクリアになるにつれ、私は荷馬車の中に転がされていることに気づいた。
「……え? なんで? ぎゃっ! いたっ……!」
平らな道ではないのか、馬車が跳ねるたびにごろごろ転がってしまい、あちこち体を打ちつける。手をつこうにも後ろ手に両手を縛られていて、身動きが取れない。
体が痛いし、何が起こっているのかわからなくて不安過ぎる……怖い。
どうして荷馬車の中にいるの? どこに向かってるの? 王宮にいたはずなのに……。
……嫌な予感がする。
もしかして、ルートヴィヒ様がずっと気にしてた、違法商団とやらに誘拐された……?
え、待って。本当に誘拐されちゃったの!?
それって、魔獣騎士団に恨みを持つ人たちなんだよね? 最悪の場合、私は殺されちゃうんじゃないの!?
「うそでしょ……」
ようやく不遇な奥様生活から抜け出せ、もふもふカフェをオープンするという新しい目標もできた。これからの人生が楽しみになのに……。前世は二十八歳で交通事故死した社畜、今世は世間から悪女認定された気の毒な二十歳の若奥様? 私、長生きできない運命なの……?
そのうち馬車は速度を落とすと、完全にその動きが止まった。とっさに寝たふりをしようとぎゅっと目を瞑る。荷馬車の御者が誰かと会話しているのか、次第に話し声が近づいてきた。
薄暗かった荷台が明るくなったのをまぶた越しに感じる。幌が開けられたのだろう。
「……そこの転がっている女だ」
「へぇ、こいつか。間違いないんだろうな?」
「ああ。じゃあさっそく試してみるか」
「そうだな。別人ならそのまま食われちまうだろうし、探してたあの時の子どもなら死なないだろう」
そんな会話が聞こえてきたと思ったら、荷台に男が乗り込む気配が。足音が近づいくる。怖い怖い怖い……! クラリス、震えないで! 耐えるのよ!
ぎゅっと奥歯を噛み締め、握ったこぶしに力を込める。男は私を担ぎ上げるとどこかへ運んでいくようだ。肩に荷物のように乗せられ、お腹が圧迫されて苦しい。
こみ上げてくる吐き気と息苦しさをなんとか我慢していたら、突然放り投げられた。
「痛っ!」
「ははっ、やっぱり起きてたか。こざかしい女め」
バ、バレてた……。
もう自分でも顔が真っ青なのがわかる。鉄格子越し、二十代くらいのヤンキー風のハンターと四十代くらいで太ったネズミのような商人風の男が二人。
素顔を私に晒している時点で、彼らが私を無事に返すつもりがないのだと悟った。
「……こ、こは、どこ? な、何が、目的なの?」
体だけでなく声まで震えてしまう。ガチガチと歯がぶつかり、視界が滲んでいく。怖い。心臓の音が耳の中で聞こえる。ヤンキー風ハンターがにたにたと笑った。
「質問に答えてやろう。ここは山奥にある、変わり者の貴族が所有する別荘ってやつだ。馬に乗って一時間かかってようやく人里にたどり着く辺鄙な場所ってことだな。叫んでも周囲には民家ひとつないから、無駄に騒ぐなよ」
騒いでも無駄なのか……。運よく逃げ出せても助けてもらえないってことなのね。ネズミ商人はうれしそうな顔で私の手を縛っていたロープを切ると、薄ら笑いを浮かべた。
「さあ、昔のように魔獣を治してもらおうか」
「……は? 一体何を言って……」
「おまえ、ガキの頃死にかけた魔獣を生き返らせたじゃねえか。覚えてないとは言わせねえぞ」
「え、覚えて……」
ない、って言ったらどうなるの? 本当に知らないんだけど……。
「治せなかったら死ぬだけだ。おっとぉ……、あんなに痛めつけたのにすげえ殺気だな」
「おい、女。必要そうなものはその部屋にぶち込んどいた。せいぜい頑張れよ」
「っ……!」
コツコツと遠のく、二人の足跡が響いた。ひやりとした重苦しい空気が充満する中、男たちの姿が完全に遠のいたことを確認してから、目線だけ動かしてみた。
……岩肌? 洞窟の中に檻を作ったのかな。人里離れた洞窟の中の檻。ここはなかなか見つからないでしょうね……。それにしても、ものすごく血生臭い。
「グフゥッ……ッ、フンッ! ブフォッ……!フゥッ……!」
で、どう考えても背後から荒々しく興奮した鼻息みたいのが聞こえるのよね……。
振り返るのが怖い。人間じゃないよね……。小動物ならまだしも、大きい動物だよね? 魔獣……? 怖い。怖いよぉ……。
「フンッ……グルル……ッ」
「うぅっ、カヤぁ……、ぐすっ、アロルド団長ぉ~、ドラちゃ~ん……、んぐっ…………ルートヴィヒ様ぁ……」
だけど、どれだけ泣いたって助けは来てくれない。
「えぐっ、えぐっ……ぐふっ……ひぅっ……!」
しばらくの間、私のむせび泣きが響いていたけど、ひとしきり泣いたことで少しだけ冷静になれた。
……死ぬのを待つくらいなら、逃げ道を探さないと。馬で一時間掛かっても、二~三日も歩けば人里に出れるはず。
「……んぐっ」
拭っても拭っても溢れてくる涙を手のひらで拭く。
まずは背後を確認しないと。
恐る恐る、ゆっくりと振り返った視線の先。
そこには、漆黒の毛並みの中から鋭い黄金の瞳が光る、巨大な魔獣がいた。
「……え? なんで? ぎゃっ! いたっ……!」
平らな道ではないのか、馬車が跳ねるたびにごろごろ転がってしまい、あちこち体を打ちつける。手をつこうにも後ろ手に両手を縛られていて、身動きが取れない。
体が痛いし、何が起こっているのかわからなくて不安過ぎる……怖い。
どうして荷馬車の中にいるの? どこに向かってるの? 王宮にいたはずなのに……。
……嫌な予感がする。
もしかして、ルートヴィヒ様がずっと気にしてた、違法商団とやらに誘拐された……?
え、待って。本当に誘拐されちゃったの!?
それって、魔獣騎士団に恨みを持つ人たちなんだよね? 最悪の場合、私は殺されちゃうんじゃないの!?
「うそでしょ……」
ようやく不遇な奥様生活から抜け出せ、もふもふカフェをオープンするという新しい目標もできた。これからの人生が楽しみになのに……。前世は二十八歳で交通事故死した社畜、今世は世間から悪女認定された気の毒な二十歳の若奥様? 私、長生きできない運命なの……?
そのうち馬車は速度を落とすと、完全にその動きが止まった。とっさに寝たふりをしようとぎゅっと目を瞑る。荷馬車の御者が誰かと会話しているのか、次第に話し声が近づいてきた。
薄暗かった荷台が明るくなったのをまぶた越しに感じる。幌が開けられたのだろう。
「……そこの転がっている女だ」
「へぇ、こいつか。間違いないんだろうな?」
「ああ。じゃあさっそく試してみるか」
「そうだな。別人ならそのまま食われちまうだろうし、探してたあの時の子どもなら死なないだろう」
そんな会話が聞こえてきたと思ったら、荷台に男が乗り込む気配が。足音が近づいくる。怖い怖い怖い……! クラリス、震えないで! 耐えるのよ!
ぎゅっと奥歯を噛み締め、握ったこぶしに力を込める。男は私を担ぎ上げるとどこかへ運んでいくようだ。肩に荷物のように乗せられ、お腹が圧迫されて苦しい。
こみ上げてくる吐き気と息苦しさをなんとか我慢していたら、突然放り投げられた。
「痛っ!」
「ははっ、やっぱり起きてたか。こざかしい女め」
バ、バレてた……。
もう自分でも顔が真っ青なのがわかる。鉄格子越し、二十代くらいのヤンキー風のハンターと四十代くらいで太ったネズミのような商人風の男が二人。
素顔を私に晒している時点で、彼らが私を無事に返すつもりがないのだと悟った。
「……こ、こは、どこ? な、何が、目的なの?」
体だけでなく声まで震えてしまう。ガチガチと歯がぶつかり、視界が滲んでいく。怖い。心臓の音が耳の中で聞こえる。ヤンキー風ハンターがにたにたと笑った。
「質問に答えてやろう。ここは山奥にある、変わり者の貴族が所有する別荘ってやつだ。馬に乗って一時間かかってようやく人里にたどり着く辺鄙な場所ってことだな。叫んでも周囲には民家ひとつないから、無駄に騒ぐなよ」
騒いでも無駄なのか……。運よく逃げ出せても助けてもらえないってことなのね。ネズミ商人はうれしそうな顔で私の手を縛っていたロープを切ると、薄ら笑いを浮かべた。
「さあ、昔のように魔獣を治してもらおうか」
「……は? 一体何を言って……」
「おまえ、ガキの頃死にかけた魔獣を生き返らせたじゃねえか。覚えてないとは言わせねえぞ」
「え、覚えて……」
ない、って言ったらどうなるの? 本当に知らないんだけど……。
「治せなかったら死ぬだけだ。おっとぉ……、あんなに痛めつけたのにすげえ殺気だな」
「おい、女。必要そうなものはその部屋にぶち込んどいた。せいぜい頑張れよ」
「っ……!」
コツコツと遠のく、二人の足跡が響いた。ひやりとした重苦しい空気が充満する中、男たちの姿が完全に遠のいたことを確認してから、目線だけ動かしてみた。
……岩肌? 洞窟の中に檻を作ったのかな。人里離れた洞窟の中の檻。ここはなかなか見つからないでしょうね……。それにしても、ものすごく血生臭い。
「グフゥッ……ッ、フンッ! ブフォッ……!フゥッ……!」
で、どう考えても背後から荒々しく興奮した鼻息みたいのが聞こえるのよね……。
振り返るのが怖い。人間じゃないよね……。小動物ならまだしも、大きい動物だよね? 魔獣……? 怖い。怖いよぉ……。
「フンッ……グルル……ッ」
「うぅっ、カヤぁ……、ぐすっ、アロルド団長ぉ~、ドラちゃ~ん……、んぐっ…………ルートヴィヒ様ぁ……」
だけど、どれだけ泣いたって助けは来てくれない。
「えぐっ、えぐっ……ぐふっ……ひぅっ……!」
しばらくの間、私のむせび泣きが響いていたけど、ひとしきり泣いたことで少しだけ冷静になれた。
……死ぬのを待つくらいなら、逃げ道を探さないと。馬で一時間掛かっても、二~三日も歩けば人里に出れるはず。
「……んぐっ」
拭っても拭っても溢れてくる涙を手のひらで拭く。
まずは背後を確認しないと。
恐る恐る、ゆっくりと振り返った視線の先。
そこには、漆黒の毛並みの中から鋭い黄金の瞳が光る、巨大な魔獣がいた。
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