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ただひたすら剣を振る、入学試験を受けに行く。(2)

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「あまり眠れなかった……」


 あっという間に試験当日の朝。
 窓から見える景色がまだ薄暗い中、俺はのそりとベットから起き上がる。

 ちなみに勉強は一切していない。一夜漬けでどうこうできるものじゃないので、昨日は一日中ひたすら剣を振って現実逃避した。


「毎回ここに寝ぐせが立つな。寝方の問題か?」


 ベッド横の姿見で髪を確認すると、いつもと同じところに寝ぐせが立っていた。
 短めに切り揃えた黒髪を押さえつけるが、俺の寝ぐせはそんなにヤワじゃない。
 硬い髪質のせいか、水で濡らさないと太刀打ちできなかった。


「本当に大丈夫なんだよな。父さんは迎えがくるって言ってたけど」


 試験開始時刻は午前九時。しかし、俺はまだ王都から遠く離れた実家にいる。
 俺が生まれ育ったリィード村から王都レグルスまでは馬車で丸三日かかる。

 普通に考えたらもう絶対に間に合わないが、父さんが誰かに連絡して謝罪した結果、学院の人が転移魔法で俺を迎えに来てくれることになったらしい。


「……顔でも洗うか」


 あくびを噛み殺しながら部屋を出て、俺は階段を下り、洗面所へ向かう。


「おや、朝早いんだね。おはようギルバート君」


 廊下で見知らぬ人と出くわした。
 困惑しながらも、とりあえず挨拶を返す。

 美しい女性だった。スーツを着こなした彼女はスタイルがよく、その立ち姿は気品に満ち溢れている。俺より背が高い。

 髪色はパッと見た感じ俺や母さんと同じ黒に思えたが、目を凝らしてみると青みがかった紫だというのがわかった。


「大きくなったね。いやはや、子どもの成長は早いな」


 スーツ姿の女性は感慨深そうに俺の頭を撫でる。
 どうやら向こうは俺のことを知っているようだが……誰だ?
 俺は愛想笑いを浮かべながら、全力で脳をフル回転させる。


「あら、あんたたち廊下で何やってるの? 朝食できたわよ」
「ありがとうございます先輩。すみません、朝食までいただいて……」


 スーツ姿の女性と母さんが親しげに話している。少なくとも不審者ではなさそうだ。
 どういう関係なんだろうか。母さんのことを先輩と呼んでいる。


「ん? どうしたんだいギルバート君。私の顔に何かついているかね?」
「あっ、いえ、なんでもありません」
「あはははっ。ジェシカの顔に見惚れてるだけだよ。ウチのは年上好きだからね」
「ちょっ、母さん!?」


 いきなり何を言ってるんだ。確かに俺は年上が好きだが……母さんはどうしてそれを知ってるんだ? 母親こわ。

 と、そんなことを考えているうちにスーツ姿の女性――ジェシカさんに正面から抱きしめられた。……何がとは言わないが大きい。


「そうなのかい? ギルバート君」
「く、苦し……ッ!?」


 激しいスキンシップだった。顔に当たる柔らかい感触を楽しむ余裕がない。
 俺は母さんに目で助けを求めるが、にやにやと笑いながら立ち去ってしまった。
 まずい、意識が、死ぬ……



 ◆◆◆



「――おっと、息子よ。そういえば紹介がまだだったな」


 家族三人+ジェシカさんで朝食後のお茶を飲んでいると、父さんが思い出したように言った。


「こいつはジェシカ・デトーリ。父さんたちの一つ後輩で、ルヴリーゼ騎士学院の学院長だ」


 いや学院長かよ。思わずお茶を噴き出しそうになったぞ父さん。


「先輩方には学生時代、大変お世話になりました。本当に楽しい二年間でしたよ」


 目を細めたジェシカさんは、昔を懐かしむように茶をすする。


「えっ。母さんも学院に通ってたの?」
「あれ、あんたには言ってなかったっけ」
「聞いてない聞いてない……ん? いや、そういえば父さんに聞いたような」
「言ったぞ息子よ」
「あたしも学院の卒業生なのよ。思い出すわね~、お父さんとの出会い」


 そこから両親の馴れ初め話に突入する。
 俺が生まれる前の話は聞いていて楽しくもあるが、なんとも言えないこっぱずかしい気持ちになった。

 我慢できなくなった俺は逃げるように自室へ着替えに向かう。
 そして――


「忘れ物はないかい? ギルバート君」
「はい。ジェシカさん」


 黒の制服を着込み、学生鞄を背負った俺は、家の前に出てきていた。
 実技試験で自前の武器を使うため、腰には使い慣れた長剣ロングソードを帯びている。


「一発ぶちかましてこい、息子よ」
「しっかりね」


 両親からの激励に振り返り、力強い頷きで答えて、再びジェシカさんの方に向き直る。


「出でよ、繋ぐ世界の道標みちしるべ――【転移門サークル・ゲート】」


 ジェシカさんが魔法を唱えると、小さな漆黒の渦が出現した。
 その渦は瞬く間に広がっていき、やがて俺たちを上回るほど大きくなった。


「では行こうか。我がルヴリーゼ騎士学院に」


 にこりと笑って、この中へ入るよう促すジェシカさん。
 覚悟を決めた俺は、漆黒の渦に一歩踏み出した。
 視界が闇に呑まれたのは一瞬だった。


「ここは……」


 気づけば俺は、見慣れぬ部屋の中に立っていた。


「おはようございますっ。あなたがギルバート・アーサーさんですか?」
「ッ――!?」


 俺は反射的にバックステップで距離を取る。
 突然、可愛らしい女の子が横から俺の顔を覗き込んできたのだ。
 気を抜いていたのもあるが、気配をまるで感じなかった。


「あわわわ。あ、あのですね、わたしは怪しい者ではありませんよ!」


 女の子は近づいてこようとするが、逃げるように後ずさって一定の距離を保つ。
 得体の知れない恐怖に、額に滲んだ汗が頬を伝った。


「ギルバート君、どうだい私の学院長室は。なかなか立派だろう?」


 俺から少し遅れて、ジェシカさんが【転移門】から出てきた。
 母さんに持たされたのだろう。両手いっぱいにお土産を抱えている。


「……って、何をやってるんだい君たち」


 互いに見合ったまま動かない俺と女の子を見て、ジェシカさんは不思議そうに目を瞬かせた。
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