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第一章 灰色の現実
1-5 というわけでここです
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「眠いんですけど……」
「まあ、深夜二時だもんね」
夜遅くの時間帯、葵と約束していたので、きちんと目覚ましをかけて起きたものの、どうしても不完全に起こされた眠気については解消できる気がしない。
「でも、これからはこれが日常だよ。慣れていかなきゃね」
「……嫌だなぁ」
嫌だ。本当に嫌だ。
割と無趣味で過ごしてきたからこそ、生活の中では睡眠を重要視した生活をしているのだけれど、それを阻害される日常に関しては、結構本気で嫌だったりする。
「でも、魔法、使いたいんでしょ?」
「……はい」
「それなら慣れなきゃだね!」
深夜だというのに、葵については眠気を感じさせないほどにハイテンションである。なんなら昨日(日付的には一昨日)から、るんるんと楽しみにしている様子ではあった。
というわけで、もうあれから二週間は経過している。
魔法使いだ、と言われた当日。結局動くことはままならず、魔法についての学習やら授業とやらを聞く余裕があるわけもなく、とりあえず僕の身体の状況が良くなるまでは保留、ということになった。
三日目には動けるようにはなったものの、それでも電流が身体の節々に焼き付く感覚は拭えず、そうして一週間して少し痛みがマシになっていき、そうして二週間後の今になって、ようやく元の身体の調子に戻ってきた、という具合である。
母さんには、留守にしている間は葵の家に泊まっていた、という言い訳をしておいた。実際は保健室で三日目まで先生にお世話になり(いろいろと隠蔽をされた)、そうしてその後は葵の家で実際にゆっくりしていたのだけれど、母さんにすべてを話すと心配をかけそうなので、一部分の事実しか話していない。ただ、その一部分の事実で「とうとうやったのね」と返してきたから、僕はそれについては知らないふりをした。
輸血だけ。輸血だけだから……。魔法使いの世界では婚姻レベルらしいけど。輸血だけだから……。
……ともかく、その間に葵から聞けることは聞いたけれど、彼女の説明は抽象的過ぎて、正直頭に入っていない。
先生も僕の隠蔽(といっても保健室のベッドにシーツで隠して放置)に忙しくて話すことができなかったので、結局魔法使いになったあの日から、魔法についての知識はからっきしである。
かろうじて理解できたことは、葵の家族も魔法使いだ、ということ。彼女も片親で父しかいないから、その父だけが魔法使いということらしい。
というわけで、深夜二時。夏だというのにそこそこの湿気が残って気持ちが悪い感じを覚える気候の中、僕は葵の家の中にいる。
もともと葵は僕の家に来るつもりだったらしいが、母はこの一件については何も知らないし、なにか心配させるのは嫌だったので、とりあえず葵の家で事を行う運びになったのだ。
「それじゃあ、教室に”転移”しちゃうよー」
葵はそうして、前と同じようにポケットからナイフを取り出していく。
当たり前のように、いつも行っていると言わんばかりに、左腕に赤い線を描いて、血が垂れていく。
……二回目だから、まだ見慣れない。この光景に見慣れることは来るのだろうか。
「Enos Dies, Farafarta Sainas, Dimeltar Plaitt」
きっと魔法の呪文なのだろう。彼女は僕が療養しているときにも基礎的な知識を教えようとしてくれてはいたけれど、あんまり理解ができなかったから、そんなことしか思うことはできない。
「よし!環、手をつなぐよ!」
「……え、あ、はい」
そう言われて、僕は葵の手を握る。
周囲に青い光があふれていく。彼女の腕から垂れていた血は、綺麗に無と化していて、傷ついていた皮膚でさえも何事もなかったように──。
……というか、僕も魔法を使うことになるのなら、葵が今やったみたいにリストカットしなきゃいけないのかな。
……嫌だな、普通に。
そんなことを考えている間にも、魔法はまだ進行しているようだ。確か、転移とか言っていたはず。
青い光に包まれて、そうして目の前が光だけになっていき──、そして──。
──目の前が、暗くなった。
強烈な青い光が目に焼き付いて、周囲を確認しようにも上手く視界に捉えることができない。
でも、どうやら転移はしたらしい。青い光はなくなったのだから、きっとそうなのだろう──。
「──あれ?ミスっちゃった?」
……葵がそう呟いた。
◇
葵の魔法の発動にはミスがあったらしく、結局僕たちは転移をすることができなかった。青い光が消えた後も、どうしようもなくそこは葵の家でしかない。
「おっかしいなぁ」
その後も二度ほど同じようなことをやったのだけれど、そのどれもが失敗していく。葵は更に三度目の魔法を敢行しようとしたのだけれど、流石にそろそろリストカットの絵面を見ているのが精神衛生上悪かったから止めた。
「ここからその魔法学校って遠いの?」
「んや?遠いってことはないんだけど……」
というか魔法教室なんだけどね、と口を添えながら、葵は困ったように顎を手でさすりながらそう返す。
「……単純に、他の敷地から入らなければいけないから、見つかったら面倒?みたいな?」
「よし葵!もう一回、転移魔法とやらを頑張ってくれ!」
深夜に他の何かしらの敷地に入るということを考えたら、何かトラブルが付きまとう印象がある。これは精神衛生がどうとか言っている場合ではない。
……結局、その後にもう一回、魔法を発動したのだけれど、それで転移をすることは叶わず、そうして僕らは歩き出すことになった。
◇
「というわけでここです」
そういって葵と一緒に家を出てたどり着いた場所は──。
「……学校?」
「うん、学校」
昔……、というか二年前まで通っていた中学校を目の当たりにする。というか、この前まで過ごした保健室のある学校がここだ。
「……え?まさか保健室で勉強するの?」
なんとなく想像したことを口に出すと、葵は「そんなわけないじゃん」と笑いながら、普通に敷地へと侵入していく。
昔馴染みの学校の敷地に入る。なんというか、それだけで罪に問われそうだけれど、葵の魔法の調子は悪そうだし、魔法というものに好奇心を抑えられないのだから仕方がない。
僕は葵に続いて、フェンスから侵入し、そうして後ろをついていく。
「ここです」
連れてこられたのは、学校の裏庭というか、裏側にある壁だけが存在して”いた”場所。確かその壁の向こうには理科室があったはずなのだけれど……。
──どういうことなのか、壁には大きな空洞が空いていて、そこに理科室を思わせる教室は存在していない。
空洞の先には暗闇しか存在していない。異界と通じていそうな雰囲気のある、ただの大きな穴。
「……こんなところあったんだね、知らなかったよ」
「そりゃあそうっすよ。一般人にバレたら大問題だから、魔法使いにしか見えないし、入れないようなシステムになってるんだって」
「ほぇー……」
……いまいち、魔法というものを信じ切れていない自分がいるけれど、目の前の空洞を見ると、それだけで魔法というものの信ぴょう性が高まるような、そんな気持ちになる。そして、それがきちんと見えているということは自分自身も魔法使いになったのだな、という浮ついた自覚が心を渦巻いた。
「それじゃ行こっか」
「……うん」
そうして、僕と葵は、その空洞の中に侵入した。
「まあ、深夜二時だもんね」
夜遅くの時間帯、葵と約束していたので、きちんと目覚ましをかけて起きたものの、どうしても不完全に起こされた眠気については解消できる気がしない。
「でも、これからはこれが日常だよ。慣れていかなきゃね」
「……嫌だなぁ」
嫌だ。本当に嫌だ。
割と無趣味で過ごしてきたからこそ、生活の中では睡眠を重要視した生活をしているのだけれど、それを阻害される日常に関しては、結構本気で嫌だったりする。
「でも、魔法、使いたいんでしょ?」
「……はい」
「それなら慣れなきゃだね!」
深夜だというのに、葵については眠気を感じさせないほどにハイテンションである。なんなら昨日(日付的には一昨日)から、るんるんと楽しみにしている様子ではあった。
というわけで、もうあれから二週間は経過している。
魔法使いだ、と言われた当日。結局動くことはままならず、魔法についての学習やら授業とやらを聞く余裕があるわけもなく、とりあえず僕の身体の状況が良くなるまでは保留、ということになった。
三日目には動けるようにはなったものの、それでも電流が身体の節々に焼き付く感覚は拭えず、そうして一週間して少し痛みがマシになっていき、そうして二週間後の今になって、ようやく元の身体の調子に戻ってきた、という具合である。
母さんには、留守にしている間は葵の家に泊まっていた、という言い訳をしておいた。実際は保健室で三日目まで先生にお世話になり(いろいろと隠蔽をされた)、そうしてその後は葵の家で実際にゆっくりしていたのだけれど、母さんにすべてを話すと心配をかけそうなので、一部分の事実しか話していない。ただ、その一部分の事実で「とうとうやったのね」と返してきたから、僕はそれについては知らないふりをした。
輸血だけ。輸血だけだから……。魔法使いの世界では婚姻レベルらしいけど。輸血だけだから……。
……ともかく、その間に葵から聞けることは聞いたけれど、彼女の説明は抽象的過ぎて、正直頭に入っていない。
先生も僕の隠蔽(といっても保健室のベッドにシーツで隠して放置)に忙しくて話すことができなかったので、結局魔法使いになったあの日から、魔法についての知識はからっきしである。
かろうじて理解できたことは、葵の家族も魔法使いだ、ということ。彼女も片親で父しかいないから、その父だけが魔法使いということらしい。
というわけで、深夜二時。夏だというのにそこそこの湿気が残って気持ちが悪い感じを覚える気候の中、僕は葵の家の中にいる。
もともと葵は僕の家に来るつもりだったらしいが、母はこの一件については何も知らないし、なにか心配させるのは嫌だったので、とりあえず葵の家で事を行う運びになったのだ。
「それじゃあ、教室に”転移”しちゃうよー」
葵はそうして、前と同じようにポケットからナイフを取り出していく。
当たり前のように、いつも行っていると言わんばかりに、左腕に赤い線を描いて、血が垂れていく。
……二回目だから、まだ見慣れない。この光景に見慣れることは来るのだろうか。
「Enos Dies, Farafarta Sainas, Dimeltar Plaitt」
きっと魔法の呪文なのだろう。彼女は僕が療養しているときにも基礎的な知識を教えようとしてくれてはいたけれど、あんまり理解ができなかったから、そんなことしか思うことはできない。
「よし!環、手をつなぐよ!」
「……え、あ、はい」
そう言われて、僕は葵の手を握る。
周囲に青い光があふれていく。彼女の腕から垂れていた血は、綺麗に無と化していて、傷ついていた皮膚でさえも何事もなかったように──。
……というか、僕も魔法を使うことになるのなら、葵が今やったみたいにリストカットしなきゃいけないのかな。
……嫌だな、普通に。
そんなことを考えている間にも、魔法はまだ進行しているようだ。確か、転移とか言っていたはず。
青い光に包まれて、そうして目の前が光だけになっていき──、そして──。
──目の前が、暗くなった。
強烈な青い光が目に焼き付いて、周囲を確認しようにも上手く視界に捉えることができない。
でも、どうやら転移はしたらしい。青い光はなくなったのだから、きっとそうなのだろう──。
「──あれ?ミスっちゃった?」
……葵がそう呟いた。
◇
葵の魔法の発動にはミスがあったらしく、結局僕たちは転移をすることができなかった。青い光が消えた後も、どうしようもなくそこは葵の家でしかない。
「おっかしいなぁ」
その後も二度ほど同じようなことをやったのだけれど、そのどれもが失敗していく。葵は更に三度目の魔法を敢行しようとしたのだけれど、流石にそろそろリストカットの絵面を見ているのが精神衛生上悪かったから止めた。
「ここからその魔法学校って遠いの?」
「んや?遠いってことはないんだけど……」
というか魔法教室なんだけどね、と口を添えながら、葵は困ったように顎を手でさすりながらそう返す。
「……単純に、他の敷地から入らなければいけないから、見つかったら面倒?みたいな?」
「よし葵!もう一回、転移魔法とやらを頑張ってくれ!」
深夜に他の何かしらの敷地に入るということを考えたら、何かトラブルが付きまとう印象がある。これは精神衛生がどうとか言っている場合ではない。
……結局、その後にもう一回、魔法を発動したのだけれど、それで転移をすることは叶わず、そうして僕らは歩き出すことになった。
◇
「というわけでここです」
そういって葵と一緒に家を出てたどり着いた場所は──。
「……学校?」
「うん、学校」
昔……、というか二年前まで通っていた中学校を目の当たりにする。というか、この前まで過ごした保健室のある学校がここだ。
「……え?まさか保健室で勉強するの?」
なんとなく想像したことを口に出すと、葵は「そんなわけないじゃん」と笑いながら、普通に敷地へと侵入していく。
昔馴染みの学校の敷地に入る。なんというか、それだけで罪に問われそうだけれど、葵の魔法の調子は悪そうだし、魔法というものに好奇心を抑えられないのだから仕方がない。
僕は葵に続いて、フェンスから侵入し、そうして後ろをついていく。
「ここです」
連れてこられたのは、学校の裏庭というか、裏側にある壁だけが存在して”いた”場所。確かその壁の向こうには理科室があったはずなのだけれど……。
──どういうことなのか、壁には大きな空洞が空いていて、そこに理科室を思わせる教室は存在していない。
空洞の先には暗闇しか存在していない。異界と通じていそうな雰囲気のある、ただの大きな穴。
「……こんなところあったんだね、知らなかったよ」
「そりゃあそうっすよ。一般人にバレたら大問題だから、魔法使いにしか見えないし、入れないようなシステムになってるんだって」
「ほぇー……」
……いまいち、魔法というものを信じ切れていない自分がいるけれど、目の前の空洞を見ると、それだけで魔法というものの信ぴょう性が高まるような、そんな気持ちになる。そして、それがきちんと見えているということは自分自身も魔法使いになったのだな、という浮ついた自覚が心を渦巻いた。
「それじゃ行こっか」
「……うん」
そうして、僕と葵は、その空洞の中に侵入した。
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