魔法使いの幼馴染を助けたら俺も魔法使いになってしまった件について ~灰色の対極~

若椿 柳阿(わかつばき りゅうあ)

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第一章 灰色の現実

1-14 ──馬鹿らしいですね

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 「そんなに腕を切るのが嫌なら、とりあえず指からでもやってみればいいんじゃないかな」

 「それでいいなら最初からそう言ってくださいよ」

 結局、魔法の発動ができなければ、元も子もないので、妥協案として先生から提案される。……実際は指を切るのもいやだけれど、とりあえずはここから乗り越えていくしかないから、改めて心の準備をする

 「あ、ちなみに出血量によって魔法の規模が変わってくるから、そこだけは留意していようか。指から出る出血量だと、せいぜい水鉄砲よりも小さい規模くらいだと思うけれども」

 まあ、それについてはしょうがないだろう。ぶっちゃけ腕を切るということよりかはだいぶとマシに思える。

 「おーし、環。一緒に頑張ろうぜ」

 「明楽くんはそろそろ腕を切れるように練習ね」

 「……ういっす」

 そうして明楽くんはうなだれた。少しばかり可哀相だと思うけれど、まずは自分のことについて考えなければいけないだろう。

 ──確かに切ることによる痛みや血を見ることに対しては未だに抵抗感が拭えないままでいる。けれども、魔法教室に来て初めて親近感を覚える人がいたことが、うれしさを覚えずにはいられない。

 価値観を変えることに対して精一杯になろうとしたからこそ、彼の存在は僕にはとても大きく思えた。

 「それじゃあ仕切り直してやってみようか。

 まずは出血、そして血が垂れてきたら詠唱だ。詠唱するときにはきちんと自分が魔法を発動できる姿を想像すること。その想像を現実にする覚悟で魔法を発動するんだ」 

 「はい!」

 僕は先生の掛け声に合わせて大きな返事をして、黒いナイフを握る。刃を見て、そこから指を眺める。どこの指を切るか迷うけれど、結局、勢いのままに小指を切りつけた。

 ──熱いと誤解しそうになるほどの、細い痛み。僕が黒い刃で切りつけたことにより、小指に確かに入る赤い線。それを認識して、少しの生理的な気持ち悪さが漂うけれど、そこから少しの血液が出ていることに安堵をする。

 切れた。切れた。切ることができた。そして、確かにぽたぽたと、葵がやった時とはまるで小さい勢いではあるけれど、血が床に落ちていく。浅く切ったから、それで血が出ないことが不安だったけれど、確かにそこにはきちんと血液が、僕の血液がぽたぽたと垂れている。

 「環くん、詠唱詠唱!」

 「あ、はい!」

 血が垂れたことにばかり意識を向けていたから、詠唱のことを忘れていた。

 なんて詠唱すればいいのか、頭の中で整理をして、──僕は言葉を発する。

 「Enos Dies,Merctor」

 先生に教えてもらった詠唱。水が出る魔法。自分の中で最大限できるほどに、想像と妄想を繰り返して、自分の手元に水流があふれる想像をする。それは微々たる水の量かもしれない、けれども、ここを乗り越えなければ、僕はいつまでたっても魔法使いになることはできないのだから。

 ──だんだんと、傷がふさがる。描いたはずの赤い線は、もともと人間であったとは思えないほどに凄い速さで回復をして、僕は魔法の想像を行った。 

 ──けど。

 「……出ないね」

 そうして、血液があふれることはそれ以上になく、そして、それ以上に魔法が発動することもなく、ただただ腕を突き出すだけの元人間の男子高校生が、そこにいるだけとなった。





 一応、指を切ったことを先生に褒められて、その後も嫌な気持ちを乗り越えながら、何度も指を切る。痛みになれることはないけれど、当初持っていた嫌悪感は吞み込むことができるようになってきて、そうして僕は何度も、何度も、指を切った。

 「やっぱり指じゃ駄目なのかなぁ?」

 そんな言葉で腕を切ることになって、そうして今度は最初の抵抗感よりも軽い気持ちで腕に線を描いてみて詠唱をする。その頃には落ち着いて魔法を詠唱することはできていたはずなのに、それでも、それでも──。

 魔法は、現実を上書きすることはなかった。





 「何をやっているんですか?」

 遅れて転移してきた眼鏡の天原くんは、僕の出血する行為を眺めている彼らに混じっていた。彼の前だからと別になにかを気負うことはなく、彼の言葉に意識を向けることはなく、繰り返して腕に赤い線を描き続けた。

 痛みに慣れることはない。自傷行為を行うたびに刻まれる確かな肉を刻む刃の感触と、どくどくと鼓動を感じさせる鋭く重い痛み。血液が垂れて、そうして詠唱を繰り返しても、その血液は他の魔法使いのように無に還元されることはなく、ただただ血液に雫が溜まり続けていく。

 「も、もうやめたほうが……」

 葵がその光景を見て止めてくるけれど、一度かかったエンジンを止める勇気は僕にはない。ここで切ることをやめてしまえば、それ以降に切る事に対して、また新たに抵抗感が生まれる気がする。

 だから、何度も、何度も、何度も何度も何度も繰り返さなければ──。

 「──馬鹿らしいですね」

 天原くんが、呟いた。

 「できない、ということを自覚もせずに、ただただ結果を生まない自傷行為を繰り返し続ける。本当に愚かでしかないんですね。……人間っていうのは」 

 この前と同じ、敵意を孕ませた言葉。

 「……それの何が悪いっていうんだよ」

 僕は、失血してふらついた意識の中、ほぼ意図せずに言葉を吐いていた。

 「別に君に迷惑をかけているわけじゃない。僕が魔法を発動できるように頑張っているだけなのに、それをどうして──」

 「それで、この魔法教室の授業は今止まっているんですよ?気づいていないんですか?」

 その言葉で、周囲を見渡す。

 ……そうだ。先生が僕に付きっきりになっているから、他の生徒は一切この場で授業を受けることができず、そうしてただただグロテスクな光景だけを彼らに見せている。

 確実に、僕のこれで時間を奪い続けている。そのことに、ようやく気づいて僕は、持っている刃を仕舞い込んだ。

 気まずい空気。誰かが口を開くことはなく、そうして停滞した時間を続ける。僕も、葵も、明楽くんも、そうして天原も特に言葉を紡ぐことができずに。

 「──今日はここまでにしておこっか」

 そんな立花先生の言葉で、気まずい空気に蓋をされる。でも、蓋をされただけじゃ、より真空のような感覚が肺を占有するだけだ。

 「……すいませんでした」

 かろうじて残っていた酸素に言葉を吹き込む。その言葉を全員聞いてくれてはいたのかもしれないけれど、──それは誰にも届いてほしくはない、一つの謝罪だった。
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