魔法使いの幼馴染を助けたら俺も魔法使いになってしまった件について ~灰色の対極~

若椿 柳阿(わかつばき りゅうあ)

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第二章 天使時間の歯車

2-28 天使時間の末路といえるもの

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 事の顛末、と言えるほどのものはない。でも、あったことは確かに伝えなければいけないものだから、とりあえず重要だと思った事実についてを思い出す。



 結局、訳も分からないまま打ち上げられ、そうして歯車に辿り着く。歯車にたどり着いた瞬間に手と足が歯車に触れたから反発する。天音さんが言っていた通りに逆再生でもするかのように。

 ぎぃ、ぎぃと耳を破壊する歯車の音が嫌で仕方がなかったことを覚えている。だから、天音さんに言われたままに、僕は血液をすぐにその歯車に垂らした。

 ──侵食するように、歯車が錆びていくように。僕の血液からすべてが無に還元されていく。最初から存在してはいけないものとして否定されるように、天使時間の歯車は──浄化された。



 消失した歯車によって、僕は落下する。それを、いつの間にか行動していた天音さんに空中で拾われて、そうして落下したのだけれど……。

 「──今のは、なんだ?」

 訳の分からない実感。ありえないことの連鎖のようなもの。僕の血で歯車が消え去ったことについてもそうだけれども、異様にも思える一つの光景。

 ──何かが、落ちるのを見た。

 僕も彼女とともに落ちてはいるけれど、それとは別に、何かが落ちるのを、眩しい光に照らされながら、僕は見たのだ。

 



 「見に行ってみよう」

 僕からではなく、天音さんからそんな提案をされて、先ほどの落下物の近辺に行くことになる。少し距離は離れているようにも感じたものの、走ってしまえば数分で辿り着ける位置。空中でどの辺りに落ちているのかについては把握していたから、地上についての散策は早かった。

 そして世界についても動きだしている。走っている僕たちを異様なものでも見る目で観察する大人の姿。その光景を見て安心感を覚えて、落下したであろう場所に赴く。

 ──そうして、目の前の状況がよくわからなくなる。

 「は?」

 状況を認識して、どうしようもない声を出す。

 見慣れない光景の路地裏。それこそが見慣れているような気もする光景の中で、人の死体と、──少年の、串刺しになっている死体と、長身の何か。

 「あ、あくまどもォ」

 喉底から出すように、少年はそう呟いた。

 「悪魔ァ?どの口が言ってやがるんだジジイ」

 悪魔と言われた長身の何かは、串刺しにされている──いや串刺しにしている槍を、更に深く突き刺して、少年を──沈黙させた。

 そして、その姿を認識する。

 ──悪魔と似つかわしいほどに黒ずくめの服装をした、女の人。その髪色は現実的なものではなく、アニメのキャラクターのように非現実的な水色の髪。

 その姿を見て、天音さんは呟いた。

 「──お、お姉ちゃん?」

 そう、呟いたのだ。

 お姉ちゃん。お姉ちゃんということは、天音のお姉さん?でも死んだのでは?ああ、違う。単純に今はいないと彼女は言っていたような気がするから、だから違うのかもしれない。

 「──ん?その声は天音?」

 そう声を返しながら、黒ずくめの女は振り返る。

 路地裏でも、天音が放った光は世界を照らし続けている。だから、──見えてしまう。きっと、に。

 その女は、天音さんを視界に入れる。

 「うっわぁ!久しぶりじゃん。元気にしてた?そっかぁ、あの光は天音のまほ──」

 そうして、その女は更に僕を視界に入れる。

 「──た、環」

 「──え?」

 その女から、僕の名前が響く。

 「──退散!」

 そして、いきなり目の前の惨状を残して、その女は槍とともに飛び上がった。

 残されたのは、串刺しにされた痕跡のある少年の死体と、そしてただの死体だけ。

 「……今、僕の名前を」

 ──誰だ?

 僕には知り合いが少ない。だからこそ、知らない人間が自分の名前を出すことの違和感を覚えずにはいられない。

 ──記憶にない。

 「──気にしなくていいよ、今は」

 「……そんなこと言われても」

 気にするな、と言われる方が無理だ。

 「こんど、わたしが全部教えてあげる」

 「……本当に、君は何でも知っていそうだね」

 「……だいたいのことなら、だいじょうぶ」

 「そっか」

 意識が呆然としそうになる感覚。でも、どうしようもない。

 「とりあえず、立花先生のところに戻りなよ」

 「……そうしよっか」

 状況がわからないままだけれど、そのままで停滞していても仕方がない。世界はもう動きだしたのだから。

 「あと、たまきくんにお願い」

 「お願い?」

 そうして、彼女は呟いた。

 「──わたしのこと、誰にも話さないでね」







 「ええと、もっと詳細を教えてくれないかな」

 「そうしたいのは山々なんですけど、教えられる情報がないというか……」

 『空間』に戻ってみると、嬉々とした様子で質問攻めをしてくる自傷教師。でも、その質問に答えを返すことはできない。

 ──何を話せばいい。彼女にお願いされたから、どこまでも話せないような気もしてくる。

 ここで約束を守らなければ、僕のことについては一生わからないものとなりそうだ。だから、その詳細を立花先生に伝えることは、何一つしてできやしない。

 「……とりあえず、何とかなった、ってことでいいのかな?」

 「……まあ、それでいいと思います」

 少年は、立花先生が願うように殺された。これ以上に天使の時間は発動されず、僕たちは普遍的に流れる時間を生きることができる。

 ──だから、どうした?

 あの路地裏での光景は、一生目から離れるような気がしない。答え合わせをするみたいに、天使の時間は在原 環の正体とも言えるものを確実にさらしたのだ。

 「何か隠していそうだな……」

 「僕も、何を隠しているか知りたいんですけどね……」

 でも、その正体についてを自分が理解していない。

 パズルのピースはそろった。だから、そのピースで絵を演出することはできるものの、その絵が何なのかを、僕は理解することができない。

 「──まあ、いいや。苦労を掛けたね。ありがとうね」

 「……どういたしまして」

 僕がやったことではない。でも、そうしなければ嘘は突き通せない。

 そうして空間を後にする。どこか解け落ちた氷の雫のように、はぐれているような気がするのは、きっと気のせいではないのだ。







 吸血鬼事件は終息した。路地裏での少年の殺人事件が取り上げられたものの、犯人については不明とされ、それ以降に吸血鬼事件を取り扱うものはなくなり、世間で騒がれるような事件は、もう存在しない。

 「あー、ロマンあったのになぁ」

 葵はつまらなそうな顔で、魔法教室の帰路を一緒に歩く。

 「ロマンなんて、塊もなかったでしょ」

 「そうでもないよ!最近、吸血鬼の恋愛ドラマとか見てみたけれど、結構面白かったりするんだよ?」

 「さいですか」

 葵は、見て見ぬフリをするように、あの夜のことについては触れない。触れられたとしても、答えられる材料を僕は持ち合わせていないから、それでいいとも思える。

 「そういえばさ、私の……」

 「……私の?」

 彼女の言葉を待ったけれど、それから声は返ってこない。

 「やっぱなんでもないです!」

 「……そうかい」

 恥ずかしそうに、葵はまた改めて前を向いた。何を言いたかったのかは気になるけれど、この際それはどうでもいい。

 ──脳裏にちらつく、天音と一緒に見た路地裏の光景。

 ───その惨状よりも、決定的な何かがちらつく意識。

 ────が、あの黒ずくめの女の左手にもあったこと。

 ─────天王寺 天音は、おそらくその答えを知っている。

 彼女は、すべてを知っている。

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