魔法使いの幼馴染を助けたら俺も魔法使いになってしまった件について ~灰色の対極~

若椿 柳阿(わかつばき りゅうあ)

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第三章 灰色の対極

3-24 灰色の対極

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 目の前にいる存在については殺意しか覚えない。退魔衝動とか、そういうものとは関係なく、自分自身だからこそ殺してしまいたい感情が渦巻いている。

 これが、自分自身の対極なのだろう。白髪の姿を見て、嫌悪感しか抱けない。見るたびに殺意が湧くのだから仕方がない。

 僕は、走り出した。

 それと同時に走り始める対極の姿。あらゆる行動が自分と同じで気持ちが悪い。一挙一動すべてが、自分自身であると世界が肯定している。それを自分自身で拒否をしたくてしようがない。

 だから、真っすぐ向かってくる身体を避けるように、走る軌道を逸らしていく。それをやはり真似するように違う方向に対極は逸れていく。互いに円を巻くように。

 ──どこまでも鬱陶しい。

 手元にナイフがあれば刺してぼろぼろにしてやりたい。刃物で肌を貫いて、そうしてすべてを否定したい。だが、手元にナイフはない。どこで消失したかを思い出せば、朱音が存在を崩落させたのだ。だから、ここには自分の身ひとつしかない。

 『だから、ここでは自分の身一つだけなのだ』

 対極とはそういうものだ、そう対極は語る。その言葉が鬱陶しい。これを受容しようだなんて、どこまでも地獄のような感覚を覚えずにはいられない。

 ──朱音は、これを受け容れることができたというのか? これを受容したというのか? 理解することができない。自分の存在が間違っているのかもしれない。本来は肯定されるべき内なる自分と言われても、そのすべてを肯定することは自分にはできないのだ。

 あれは殺意の塊だ。あれは灰色の劣等にまみれているどうしようもないクズで仕方がないだろう。

 幼い頃から背中に這いよっていた劣等感、自分自身のすべてを否定して肯定する矛盾の塊。僕は、これを殺さなければいけない。

 軌道を横に逸らしても意味がないなら、真正面に向かいあうしかない。

 自分の身一つしかないなら、これから始まるすべては拳での暴力だ。足での破壊だ。自分自身を破壊するために自分自身を投げ出さなければいけない。

 角度をさらに横そらして、対極と相対する。視線が合う。視線を合わせるから視線が合う。対極は自分と同じ行動しかとらない。

 距離を詰めて、そうして目の前に対極を見据える。僕が止まればアイツも止まる。その次に行うべき動作を一瞬思考する。

 ──そして、行動。

 右手が前に突き出る。そうして重なる拳の感触。同じ威力で重なり合う一つの円形ともいわれるべきウロボロスのような気持ち悪さ。

 意識を加速させなければいけない。あいつよりも早く行動しなければ対応することなどできやしないだろう。だから、なるべく早い行動を──。

 そんなことを考えていると、飛んでくる脚部、目の前に歪んだ弾道のように走るその蹴りの動作を、加速させたつもりの意識で寸前で身体を逸らして交わす。

 ──自分と同じ行動だけをとるというわけでもない、ということだ。今僕は蹴りの動作については考えてはいなかった。それをアイツがなしたのだから、いよいよ本格的に殺し合いだ。

 でも、行動がすべて同じにならないなら、そこに勝機はある。

 体を上部に逸らした勢いで、回転を上部に生む。頭が地面につきそうになる錯覚。加速した意識で、それはゆっくりと行われる。そうして上げられる脚部。アイツの顔面を捉えようとして、──すぐにそれは外れた。

 空ぶったケリはそのまま体を回転させた。だが、自分で起こしたことのない身体の動作に骨が軋む感覚がする。だが、着地をしなければいけない。受けをとらなければ、その先は確実に対極に殺されるのだから。

 加速した意識の中でとらえる対極の行動を見据えなければいけない。頭部を可能な限り逸らして、視界に捉える。

 ──だが、その時にはもう遅かった。

 目の前に拳がある。だから、捉えるときにはその思考は遅すぎる。

 ──物理的に反発する感覚。頭部に響く鈍い痛覚、鼻を詰まらせたように、極限まで呼吸ができなくなる錯覚。どうしようもないほどに痛みで喘ぎそうになる自分を置いて、その衝撃は頭部から身体へと駆け抜けて、そうして──、勢いは後方へと逸れていく。

 体が飛んでいる。自分自身にそんな力があるわけないだろうに、対極については非現実的な力を持っているように思えて仕方がない。

 『これが、本来の悪魔祓いの力だからな』

 飛んでいる意識に語りかけてくる対極。どんなに距離を離しても、心の一部だから伝ってしようがない、感情の一部がそこにはある。

 『朱音がナイフを崩落させたのも、悪魔祓いが持つ力だ。人間には到底出すことのできない力を際限なく扱うことができるからこそ、あそこでナイフは──』

 ──五月蠅い。五月蠅いんだよ。どこまでもどうしようもない感情を伝播させてくるんじゃない。鬱陶しくて仕方がない。脳裏が、大脳が、その裏側で痒くなる衝動がある。お前は僕じゃないのだから、それを伝うのは気持ちが悪くて仕方がないんだよ。

 『俺はお前なんだけどな』

 お前がそう受容しようとも、僕がそれを受容できないのだから黙っていてくれ。僕はお前が殺したくて仕方がないのだ。お前は今すぐ僕に殺されるべきなのだ。だから、黙っていればいい。

 『気持ち悪いよ、本当に』

 ──対極は語る。

 『お前はどうしようもなく俺であり、俺はどうしようもなくお前だということに気づいているくせに。俺がそう語るのだから、お前は確実に気づいているんだよ。裏腹の気持ちは俺なんだよ。それを認めない姿が気持ち悪くてしょうがねぇ』

 「──黙れよ」

 『黙るわけがないだろうに』

 対極は嘲笑した。それが鬱陶しいと言っているだろうに。

 そんな心の問答が終わるころに着地をする感覚がある。着地の感覚というよりかは、落下という衝撃の方が正しいだろう。

 声をあげそうになる。変な角度でついた骨の軋みが、背中から伝ってくる。そのまま勢いで後方に転がる。

 『まあ、いいや。俺はお前になるだけなんだからな』

 対極はそうして笑う。にやけた顔が気持ち悪くて仕方がない。

 お前は僕じゃない。お前は僕じゃない。お前は僕じゃない。どうしようもなく、お前はお前でしかなく、僕は僕でしかないのだから、お前の存在は否定されるべきなのだ。

 ──立ち上がる。否定するべき存在を改めて視界に入れる。

 アイツは既に走り出している。それならば、その勢いを利用することを考えた方がいいだろう。

 『お前は俺なんだから、そんな画策に意味もないだろうに──』

 自問自答。自問自答。永遠に続く自問自答。すべてがあいこになるように仕組まれた自問自答の殺し合い。自分自身が自分自身を殺すために行うべき戦い。

 ──対極にはすべてが伝わっている。対極だから、自分自身のことが伝わっている。ならば、研ぎ澄ませば、僕にもアイツの行動を把握することはできるかもしれない。

 『──だが、それもひとつの受容なんだろ?』

 馬鹿みたいに笑う声が感情に伝播する。だが、殺すために受容しなければならないというのなら、僕は受容したうえでお前を殺せば、それでいい。

 研ぎ澄ませ、研ぎ澄ませば──。

 (──葵は、僕の事なんて好きではなかったんだ。今の在原 環という存在を彼女は否定したのだ)

 ────考えてはいけない感情が、伝播する。

 (彼女は僕を否定したのだ。彼女は僕という存在を否定したのだ。彼女はなんでも受け入れてくれると思っていた。彼女はそう言っていたから、その甘さにつけこもうとした。彼女なら僕をすべて受け入れてくれると。すべて、受け入れてくれるから、彼女に寄り添われることを想定して──)

 ──考えてはいけない感情。考えるな。自分を殺めることだけを考えなければいけない。

 殺めて殺めて殺めて殺めて殺めて殺めて殺めて殺めて殺めて殺めて殺めて──。

 『殺めている場合かよ』

 嘲笑する声に気づいた時には、もう行動を止めていた。

 ──これはいけない。

 『だから、お前は灰色なんだ』

 その台詞とともに繰り出されるしなる脚部が寸前にある。

 これは、避けようがない──。

 脇腹に伝う衝撃。今までで喰らったことのないほどの威力。人生で初めて得る確実な殺意の衝撃。

 ──抉れる感覚がする。爪先が確実にあばらを砕く。音がする。音が聞こえて耳まで響く。

 「ぐぼぁっ」

 声にならない音と吐瀉物が破棄される擬音。

 蹴りの勢いは地面に足をつけているだけじゃ相殺することはできず、そうして宙を舞って、空間の奥の方へと消えていく。

 ──僕は、このまま対極に殺されるのだろうか。

 空を舞いながら、加速した意識で反芻する。

 ──どちらにしろ、殺される運命だ。

 きっと僕はアイツには勝てない。

 ──着地の衝撃がした。

 それと同時に、諦観が心を渦巻くのだ。

 



◇◆

 時間の経過とは、過去の自分を殺すことでしかない。昔抱いていた人格、感情、記憶。そのすべては今の自分によって殺されている。経験とは人を殺す行為なのだ。経験をすればするほどに、過去の自分は消失する。体験をするからこそ感受性を得て、過去の自分の感情はすべて上書きされる。

 生きるということは、過去の自分を殺すことでしかない。生きるということは、過去の自分の否定である。だから、今行っているすべては、生きるという行為だ。

 自分自身を殺すために行う生きる活動行為。

 受容しても、受容しなくとも、結局はその経験により、自分は死ぬ。それならば。

 ──もう、いいか。

 『……なるほど』

 対極は面白い、と呟いた。それが選択肢だというのならば、それを俺は受容してやろうと。

 ──ここから始まるのは一つの終末作業。

 この徒労でしかない殺し合いの究極点。

 灰色の対極の結末。

 それを僕も俺も彼も其れも肯定する。

 ──受容した。

 ──ゆっくりと立ち上がる。受容の結末はここである。それを互いに肯定している。対極も、僕も。自分自身であるからこそ。

 お前が僕であるというのならば、そのすべてを受容してやろう。いいさ、それが結末なのだ。

 これからやることは、確実に受容とは逸脱した行為。普遍的には考えられない事。異常が過ぎる行動。だが、もうそれでいい。

 ──これで死ななければ、受容してやる。

 僕と対極は互いに向き合った。

 互いに真正面を見定めて、認識を行い、そうして互いに向かって歩き出す。二倍の速度で詰められる歩行距離。息を合わせて、そうして見つめあう。

 未だに腹部の衝撃が拭いきれない。だが、もうどうでもいい。それをかみ殺してでも、僕は受容をしなければいけないのだから。



 それが生きるという行為なのだから。



 『本当にいいんだな?』

 ──ああ、もうこれでいい。



 本当にこれでいいのか。その自問はいつまでも終わらない。何度も何度も繰り返した思考の反芻。だが、終わらないからこそ、それを飲み込むべきなのだ。

 すべての記憶が反芻する。幼い頃の記憶、母との会話、無駄に過ごした学校での時間、魔法教室で触れ合った異質たちとの思い出、葵の表情。

 葵。

 葵。

 ──葵。

 ──彼女に言葉は紡ぐことはできた。その上で受容されなかったのなら、もう後悔はない。……悔しさはあるけれど、結局それも自分自身の甘えだ。すべて彼女に甘えようとしたつけだ。しようがない。

 残したことはないか。やり残したことはないか。

 ……ない。そんなものはない。やるべきことはないはずだ。やるべきことはたくさんあったからこそ、もうふりかえらない。この先の結末には、そんなものは必要ないのだ。

 「それじゃ、いこうか」

 ──拳を貫き手に構える。それを合図としたように、互いにそれを向けて振りかぶった。

 どこまでも異常な行動性。肯定されるべきかもよくわからない本質のない行動。屁理屈みたいな衝動。自分が自分だからと証明するために行われる過程。

 ──胸部を貫く痛みがそこにはある。痛みというだけでは表現しきれないほどに、線が身体を震わせるような拒絶しか覚えない感覚がする。

 ──そして、僕が対極を貫いた胸部の温もりと脈動を、しっかりと感じる。

 ──選んだ結末とは、互いの心臓を受容すること。

 僕はどうあってもこの対極を受け容れることはできそうにない。葵への感情、魔法への劣等感、魔法使いに対する殺意、そのすべてが気持ち悪くて仕方がない。

 吐きそうだ、ひどく吐きそうだ。でも受容しなければいけない。受容のために受け入れるべき嘔吐感。物理的な感覚も相まって、今すぐに生理的にやめなければいけないのはわかっている。

 ──だが、これが灰色の対極の選択だ。結末だ。白とも黒ともつかない、はっきりとしない結末が僕らしい。

 確実に拍動を続けている臓器を探して見つける。それを確かに握った。

 ──命の尊厳がここにはある。命の選択がここにはある。僕を生かしているすべてがここにある。



 精神的に受け入れることができないのならば、──物理的に受け容れる。



 だから、僕と対極は共に作業をする。

 ──僕らは、互いにそれを引き抜いた。

 ──途端に感じる喪失感。喪失という言葉だけでは過不足すぎる存在の否定。虚無と言われる空白、ちぎれるすべてのなにか。その瞬間にあらゆる行動を終えてしまいたくなる身体的な機能のすべて。

 受容したくない。受容したくない。ここで僕は死にたくない。でも、死ぬことが生きることにつながるのだから、これもまたひとつの生きることの肯定なのだ。

 悪魔祓いにはないはずの、巻き戻りの性質が作用しているのか、未だに傷はふさがろうとしている。心臓がなくとも生きることを選択しようとしている。

 ──そこに対極の心臓を埋め込んでしまえば、それで生きてしまえば、もう認めるしかない。

 お前は僕で、僕はお前なんだと。

 白も黒もつかない、どうしようもない結末のなかで、そんな結果が後に残るなら。それでも僕が生きていたのなら

 僕は、──灰色の対極なのだ。 

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