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第四章 異質殺し
4-7 すべて消えてしまえ
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◇
「顔色悪いね」
天音は俺の表情を覗いた後、からかうようにくすくすと笑いながらそう言った。俺はそれに、うっす、と適当な返事をして、ひたすら外の空気を肺にため込むこをと意識した。
長く並んでいたジェットコースターには乗ることができた。乗ることができたというか、乗ることができてしまった。並んでいる以上、その運命が変わることがないことはわかっていたけれど、それでも目の前にある絶叫系アトラクションに乗ることには、相応の抵抗があった。
どこか三半規管がぶれるような感覚がする。体重をかける足の感覚が不安定で、何かに寄りかかっていないとバランスを保つことができない。そんな不安定な状態だからこそ、先ほどジェットコースターに乗ったことが改めて思い出して、眩暈を覚えてしまう。
どうしようもない緩急の連続だった。しがない遊園地だというのに、一回転するレールを走ったジェットコースターの迫力。焦らすようになかなか高く上り詰めてはくれない意地悪な仕様であったり、そのどれもが自分の胃をかき混ぜてきた。
はあ、とため息を吐くことしかできない俺を、天音はずっと楽しんで笑っているようだ。この半年間で感じていたことではあるけど、彼女の性質は少しばかりS気があって、今回はそれが存分に発揮されているような気がする。
魔法教室で過ごしていた時と現在では全く違う人格なのではないか、と感じられるほどに、緩急の度に、わー、と声を上げたりしていたのも印象的だ。俺は叫ぶことしかできなかったけれど、きっと天音のような楽しみ方ができれば、また違った視点で楽しむことができたのかもしれない。
未だに平衡感覚が保てない俺を支えるように、天音は俺の腕に絡んでくる。わざとらしく体重を天音にかけさせてくるように引っ張り具合、密着する布の感触がなんとなくカップル気分を味わわせてくるような感じ。
でも、彼女がそうしてくれるのは優しさなのかもしれない。俺はその優しさに甘えるように、少しだけ寄りかかって、なんとか立って歩くことを意識した。
「すこし、休憩しよ」
「……おーけー」
気だるげな声で返事をすると、天音はにっこりと笑って、視界の奥にあるベンチのほうへと歩いていく。
どうせなら落ち着くために、何か飲みたい気分になる。騒いでいる胃の感覚に慣れることはなく、俺は適当に周囲を眺めながら天音の腕に引っ張られていく。
そうして入る視界の中、ジェットコースターの列が未だに崩れる様子はない。目玉と言うだけあって、先ほどよりもさらにヒロが後ろのほうまで続いているような気がする。いや、気がするというか、おそらく、確実に。
その人波には、やはり家族連れ、恋人連れ、もしくは友達と絡むような、そんな親しい仲を見るだけでも理解できるような、そんな人ばかり。俺にも、そんな人がいれば──。
──そんな思索の時、俺の視界に入ってきたのは。
■
長蛇の列の後方に並んでいる。結局ジェットコースターへと乗ることになったけれど、立花先生がいろいろなところに興味を持っては立ち止まるので、仕方ないというべきか、だいぶと遅れてジェットコースターへの列に並ぶことになった。
「葵ちゃんはジェットコースターとか得意なの?」
魔法教室の面々は順不同という具合で、適当にその列に並んでいる。そんな最中、水月先輩が明楽くんとの腕組みを解きながら、私のほうを見てそう言った。名残惜しそうにしている明楽くんの顔がちらついて、そっと私は目を逸らした。
「ええと、初めてなのでわかりません」
「そうなんだ! ここのジェットコースターね、ネットでも取り上げられることがあるくらいだから、もしかしたらいい刺激になると思うよー!」
間延びした声をあげながら、彼女はにっこりと微笑んでいる。そして用が済んだと言わんばかりに、先輩は前のほうを向いていく。「──なにあれ」
突如、水月先輩の声があがった。
驚きというか、戸惑いと表現するべき声音。その声音の対象が気になって、私も下げていた視線を彼女と同じ方向に視線を向け──。
──白色の髪、長い髪の女の子。
────そして。
──────灰色の、煤のような髪色をした男の子。
どこかで見た、顔だと思った。
◇
──そこには葵がいた。
────心の中で、いつも求めている彼女がいた。
……いいや、葵だけじゃない。
魔法教室の知っている面々が、そこにいる。
紛れるような、知らない人もいるけれど。
──────でも、俺の視界の中にあるのは。
────────彼女の存在、それだけで。
──どうして彼女が、葵が、ここに?
そんな思いが、乗り物酔いしていた頭を一瞬で覚ましていく。
■
『わからない』と誰かが言った。
耳に音は届かなかった。
喧騒ばかりが耳に入って、それ以上に情報は入らなかった。
それならば、この声はどこから聞こえてくるのか。
声の主はわからないまま、私はその言葉を聞いていた。
『どうして彼がそこにいるのだろう。どうしてそこに彼女がいるのだろう』
誰の声かはわからなかった。わからなかったし、聞きたくない言葉だと思ったから耳をふさいだ。
それでも、声はずっと聞こえてしまう。
『どうしてあそこに私はいないのだろう。どうしてあそこに私がいないのだろう。どうしてあなたはそこにいるのだろう。どうして私は──』
──耳をふさいで、理解するのは、私の心音だった。
言葉がはっきりと聞こえるたびに、心臓の鼓動が加速していった。
──感情が、逆巻いていく。
自分じゃない、誰かの声が、耳に、──『心』に『浸』食『し』て『く』る──。
──どうして私はこんなことを考えているのだろう。どうしてあそこに私はいないのだろう。どうして彼女があそこにいるのだろう。どうして彼があそこにいるのだろう。なぜ私が求めたすべてを彼女は持っているのだろう。なぜ私が求めた彼は誰かと一緒にいるのだろう。
どうしてこんなことを考えてしまうのだろう。
どうして彼のことを感情に反芻するのだろう。
どうして心臓は軋むのだろう。
『考えたくない』
心は確かにそう呟いていた。蝕んでいた感情が自分から切り離されていく。
けれど、同感だと思った。
声と同じ感情を、私は抱いていた。
『考えたくない、かんがえたくない、かんがえたくないかんがえたくないかんがえたくない──』
それは、とても五月蠅くて。
『──消えてしまえ、消えてしまえ、消えてしまえ。すべて消えてしまえ。彼も、彼女も、私も、こんな思考も』
耳に痛く響く叫び声でしかなくて。
『──すべて消えてしまえ』
──どうしようもない、醜い現実逃避でしかなかった。
「顔色悪いね」
天音は俺の表情を覗いた後、からかうようにくすくすと笑いながらそう言った。俺はそれに、うっす、と適当な返事をして、ひたすら外の空気を肺にため込むこをと意識した。
長く並んでいたジェットコースターには乗ることができた。乗ることができたというか、乗ることができてしまった。並んでいる以上、その運命が変わることがないことはわかっていたけれど、それでも目の前にある絶叫系アトラクションに乗ることには、相応の抵抗があった。
どこか三半規管がぶれるような感覚がする。体重をかける足の感覚が不安定で、何かに寄りかかっていないとバランスを保つことができない。そんな不安定な状態だからこそ、先ほどジェットコースターに乗ったことが改めて思い出して、眩暈を覚えてしまう。
どうしようもない緩急の連続だった。しがない遊園地だというのに、一回転するレールを走ったジェットコースターの迫力。焦らすようになかなか高く上り詰めてはくれない意地悪な仕様であったり、そのどれもが自分の胃をかき混ぜてきた。
はあ、とため息を吐くことしかできない俺を、天音はずっと楽しんで笑っているようだ。この半年間で感じていたことではあるけど、彼女の性質は少しばかりS気があって、今回はそれが存分に発揮されているような気がする。
魔法教室で過ごしていた時と現在では全く違う人格なのではないか、と感じられるほどに、緩急の度に、わー、と声を上げたりしていたのも印象的だ。俺は叫ぶことしかできなかったけれど、きっと天音のような楽しみ方ができれば、また違った視点で楽しむことができたのかもしれない。
未だに平衡感覚が保てない俺を支えるように、天音は俺の腕に絡んでくる。わざとらしく体重を天音にかけさせてくるように引っ張り具合、密着する布の感触がなんとなくカップル気分を味わわせてくるような感じ。
でも、彼女がそうしてくれるのは優しさなのかもしれない。俺はその優しさに甘えるように、少しだけ寄りかかって、なんとか立って歩くことを意識した。
「すこし、休憩しよ」
「……おーけー」
気だるげな声で返事をすると、天音はにっこりと笑って、視界の奥にあるベンチのほうへと歩いていく。
どうせなら落ち着くために、何か飲みたい気分になる。騒いでいる胃の感覚に慣れることはなく、俺は適当に周囲を眺めながら天音の腕に引っ張られていく。
そうして入る視界の中、ジェットコースターの列が未だに崩れる様子はない。目玉と言うだけあって、先ほどよりもさらにヒロが後ろのほうまで続いているような気がする。いや、気がするというか、おそらく、確実に。
その人波には、やはり家族連れ、恋人連れ、もしくは友達と絡むような、そんな親しい仲を見るだけでも理解できるような、そんな人ばかり。俺にも、そんな人がいれば──。
──そんな思索の時、俺の視界に入ってきたのは。
■
長蛇の列の後方に並んでいる。結局ジェットコースターへと乗ることになったけれど、立花先生がいろいろなところに興味を持っては立ち止まるので、仕方ないというべきか、だいぶと遅れてジェットコースターへの列に並ぶことになった。
「葵ちゃんはジェットコースターとか得意なの?」
魔法教室の面々は順不同という具合で、適当にその列に並んでいる。そんな最中、水月先輩が明楽くんとの腕組みを解きながら、私のほうを見てそう言った。名残惜しそうにしている明楽くんの顔がちらついて、そっと私は目を逸らした。
「ええと、初めてなのでわかりません」
「そうなんだ! ここのジェットコースターね、ネットでも取り上げられることがあるくらいだから、もしかしたらいい刺激になると思うよー!」
間延びした声をあげながら、彼女はにっこりと微笑んでいる。そして用が済んだと言わんばかりに、先輩は前のほうを向いていく。「──なにあれ」
突如、水月先輩の声があがった。
驚きというか、戸惑いと表現するべき声音。その声音の対象が気になって、私も下げていた視線を彼女と同じ方向に視線を向け──。
──白色の髪、長い髪の女の子。
────そして。
──────灰色の、煤のような髪色をした男の子。
どこかで見た、顔だと思った。
◇
──そこには葵がいた。
────心の中で、いつも求めている彼女がいた。
……いいや、葵だけじゃない。
魔法教室の知っている面々が、そこにいる。
紛れるような、知らない人もいるけれど。
──────でも、俺の視界の中にあるのは。
────────彼女の存在、それだけで。
──どうして彼女が、葵が、ここに?
そんな思いが、乗り物酔いしていた頭を一瞬で覚ましていく。
■
『わからない』と誰かが言った。
耳に音は届かなかった。
喧騒ばかりが耳に入って、それ以上に情報は入らなかった。
それならば、この声はどこから聞こえてくるのか。
声の主はわからないまま、私はその言葉を聞いていた。
『どうして彼がそこにいるのだろう。どうしてそこに彼女がいるのだろう』
誰の声かはわからなかった。わからなかったし、聞きたくない言葉だと思ったから耳をふさいだ。
それでも、声はずっと聞こえてしまう。
『どうしてあそこに私はいないのだろう。どうしてあそこに私がいないのだろう。どうしてあなたはそこにいるのだろう。どうして私は──』
──耳をふさいで、理解するのは、私の心音だった。
言葉がはっきりと聞こえるたびに、心臓の鼓動が加速していった。
──感情が、逆巻いていく。
自分じゃない、誰かの声が、耳に、──『心』に『浸』食『し』て『く』る──。
──どうして私はこんなことを考えているのだろう。どうしてあそこに私はいないのだろう。どうして彼女があそこにいるのだろう。どうして彼があそこにいるのだろう。なぜ私が求めたすべてを彼女は持っているのだろう。なぜ私が求めた彼は誰かと一緒にいるのだろう。
どうしてこんなことを考えてしまうのだろう。
どうして彼のことを感情に反芻するのだろう。
どうして心臓は軋むのだろう。
『考えたくない』
心は確かにそう呟いていた。蝕んでいた感情が自分から切り離されていく。
けれど、同感だと思った。
声と同じ感情を、私は抱いていた。
『考えたくない、かんがえたくない、かんがえたくないかんがえたくないかんがえたくない──』
それは、とても五月蠅くて。
『──消えてしまえ、消えてしまえ、消えてしまえ。すべて消えてしまえ。彼も、彼女も、私も、こんな思考も』
耳に痛く響く叫び声でしかなくて。
『──すべて消えてしまえ』
──どうしようもない、醜い現実逃避でしかなかった。
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