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第四章 異質殺し
4-12 ずるいひと
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◇
俺の発した言葉から、しばらく無音が耳の中を支配した。心臓が加速するような鼓動の音だったり、そうでなくともゴンドラの中が軋む音だったり、世界のすべてがそれだけなのではないかと思ってしまうほどに、世界は音の中にある。
言った、発したからには、もうその言葉を拾いなおすことはできやしない。言葉をなかったことにすることはできない。
そうした沈黙の中で、俺は天音の顔を慎重に眺めていく。
彼女が次に行う動作。そのすべてを予想しながら、俺は対処を心の中に浮かべる。
もしかしたら、怒られるかもしれない。怒られるというだけではすまないかもしれない。この観覧車の中で殺されることも、外に出た瞬間に息の根を止められてしまう可能性だってある。
それほどまでに、俺が話した言葉は常識外れの言葉だ。悪魔祓いにとって非現実的としか言えない言葉だ。
相容れない存在である魔法使いと、自ら関わろうとするなんて、そんなの常識的ではない。気持ち悪い、と言われても仕方がないくらいのこと。
そんな俺の言葉に──。
「──ふふ」
──天音は、諦めたように笑った。
◇
「なんとなくね、そうなるんじゃないかって思ってた」
天音はくすくすと笑いながら、そう言葉をつぶやいていた。
そこに殺意が介在することはなく、子どもの遊びを見守るような、慈しみを含んだ笑みを浮かべている。特に憎しみや戸惑いも抱かないような、そんな普通の表情。取り繕うでもない自然とした彼女の表情に、俺は呆気に取られてしまう。
天音はそんな笑顔を振りまいた後、ゴンドラの中で静かに言葉を続ける。
「最初から、ずっと知ってたもん。たまきが葵さんのことが好きって、ずっとずっと前から知ってたもん」
天音は、言葉を続ける。
「わたしじゃ、だめだってことだもんね」
ぽつりと彼女が呟く言葉に、俺は顔を背けたくなった。その衝動をなんとか抑えながら、それでも彼女の瞳を覗いて、真摯に天音へと向き合っていく。
天音は笑顔を続けていた。憎しみや怒りなど、そんな殺意を込めることなく、自然とした笑顔を続けようと心掛けていた。
けれど、声音の中には悲しさが含まれている。
悲しさ、寂しさ、今にも泣きだしてしまいそうな、そんな瞳が潤んでしまいそうなほどに、声には力がなかった。
俺は、それにどう返すべきか。
答えは決まっている。俺は葵を選ぶのだから、天音を選ぶことなどできやしない。そんなの分かり切っている。
俺は、天音を選ばないことを、彼女に告げなければいけない。
どれだけそれが非情であることかを、俺は知っているはずなのに、それでも俺は彼女に言葉を告げなければいけない。
それが、今までの彼女のふるまいに対しての答えだ。
それが俺の責任というものだ。
「ごめん」
俺は、天音にそう言葉を紡いだ。
謝罪という名の拒絶で、彼女に気持ちを伝えた。
そうすることで、俺は彼女に向き合うことを選択した。
そうすることしか、俺には許されなかった。
「そっか」
天音は座席の背もたれに体重をかけるようにしながら、節々の力を抜くようにする。その振る舞いが視界に焼き付いて、きっとこれからもその姿を忘れることなどできやしなさそうだった。
いいや、忘れるなんてことを選んではいけない。
悪魔祓いとして、彼女が今までしてくれたことを忘れてはいけない。葵の代わりを務めようとしてくれていた彼女のことを、忘れるなんて許されるわけがない。
俺の倫理観がそう告げている。その選択を続けろと、心の中で言葉を吐いている。
抱えた申し訳なさを清算するために、俺は彼女の今までを忘れてはいけない。
「──いいよ」と天音は言葉を吐いた。
「わたし、たまきのことが好き。だから、いいよ」
その言葉を聞いて、罪悪感が心に反芻する。
心臓の皮を一枚ずつ剥ぐような痛みに襲われる。これを抱えてでしか、俺は天音に向き合うことができない。
俺は、彼女の好意を利用していた。だから、この罪悪感を拭うことはできない。拭うことはしない。
それを噛みしめて生きることが、天音に対しての礼儀だと、俺はそう思った。
「ありがとう」と、俺が彼女にそう呟くと、天音は自然としていた笑顔から、振り絞るような作り笑いをして、呟く。
「ずるいひと」
確かに、彼女はそう言った。
心の中で、俺は彼女の言葉を肯定する。
俺も、そうだと思うよ。
そんな気持ちは口には出さなかったけれど、それでも心の中でずっと取り留めていた。
俺の発した言葉から、しばらく無音が耳の中を支配した。心臓が加速するような鼓動の音だったり、そうでなくともゴンドラの中が軋む音だったり、世界のすべてがそれだけなのではないかと思ってしまうほどに、世界は音の中にある。
言った、発したからには、もうその言葉を拾いなおすことはできやしない。言葉をなかったことにすることはできない。
そうした沈黙の中で、俺は天音の顔を慎重に眺めていく。
彼女が次に行う動作。そのすべてを予想しながら、俺は対処を心の中に浮かべる。
もしかしたら、怒られるかもしれない。怒られるというだけではすまないかもしれない。この観覧車の中で殺されることも、外に出た瞬間に息の根を止められてしまう可能性だってある。
それほどまでに、俺が話した言葉は常識外れの言葉だ。悪魔祓いにとって非現実的としか言えない言葉だ。
相容れない存在である魔法使いと、自ら関わろうとするなんて、そんなの常識的ではない。気持ち悪い、と言われても仕方がないくらいのこと。
そんな俺の言葉に──。
「──ふふ」
──天音は、諦めたように笑った。
◇
「なんとなくね、そうなるんじゃないかって思ってた」
天音はくすくすと笑いながら、そう言葉をつぶやいていた。
そこに殺意が介在することはなく、子どもの遊びを見守るような、慈しみを含んだ笑みを浮かべている。特に憎しみや戸惑いも抱かないような、そんな普通の表情。取り繕うでもない自然とした彼女の表情に、俺は呆気に取られてしまう。
天音はそんな笑顔を振りまいた後、ゴンドラの中で静かに言葉を続ける。
「最初から、ずっと知ってたもん。たまきが葵さんのことが好きって、ずっとずっと前から知ってたもん」
天音は、言葉を続ける。
「わたしじゃ、だめだってことだもんね」
ぽつりと彼女が呟く言葉に、俺は顔を背けたくなった。その衝動をなんとか抑えながら、それでも彼女の瞳を覗いて、真摯に天音へと向き合っていく。
天音は笑顔を続けていた。憎しみや怒りなど、そんな殺意を込めることなく、自然とした笑顔を続けようと心掛けていた。
けれど、声音の中には悲しさが含まれている。
悲しさ、寂しさ、今にも泣きだしてしまいそうな、そんな瞳が潤んでしまいそうなほどに、声には力がなかった。
俺は、それにどう返すべきか。
答えは決まっている。俺は葵を選ぶのだから、天音を選ぶことなどできやしない。そんなの分かり切っている。
俺は、天音を選ばないことを、彼女に告げなければいけない。
どれだけそれが非情であることかを、俺は知っているはずなのに、それでも俺は彼女に言葉を告げなければいけない。
それが、今までの彼女のふるまいに対しての答えだ。
それが俺の責任というものだ。
「ごめん」
俺は、天音にそう言葉を紡いだ。
謝罪という名の拒絶で、彼女に気持ちを伝えた。
そうすることで、俺は彼女に向き合うことを選択した。
そうすることしか、俺には許されなかった。
「そっか」
天音は座席の背もたれに体重をかけるようにしながら、節々の力を抜くようにする。その振る舞いが視界に焼き付いて、きっとこれからもその姿を忘れることなどできやしなさそうだった。
いいや、忘れるなんてことを選んではいけない。
悪魔祓いとして、彼女が今までしてくれたことを忘れてはいけない。葵の代わりを務めようとしてくれていた彼女のことを、忘れるなんて許されるわけがない。
俺の倫理観がそう告げている。その選択を続けろと、心の中で言葉を吐いている。
抱えた申し訳なさを清算するために、俺は彼女の今までを忘れてはいけない。
「──いいよ」と天音は言葉を吐いた。
「わたし、たまきのことが好き。だから、いいよ」
その言葉を聞いて、罪悪感が心に反芻する。
心臓の皮を一枚ずつ剥ぐような痛みに襲われる。これを抱えてでしか、俺は天音に向き合うことができない。
俺は、彼女の好意を利用していた。だから、この罪悪感を拭うことはできない。拭うことはしない。
それを噛みしめて生きることが、天音に対しての礼儀だと、俺はそう思った。
「ありがとう」と、俺が彼女にそう呟くと、天音は自然としていた笑顔から、振り絞るような作り笑いをして、呟く。
「ずるいひと」
確かに、彼女はそう言った。
心の中で、俺は彼女の言葉を肯定する。
俺も、そうだと思うよ。
そんな気持ちは口には出さなかったけれど、それでも心の中でずっと取り留めていた。
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