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第四章 異質殺し
4-24 存在不定義
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◇
朱音の言っていた四時間という距離は嘘ではなかったようで、しばらく俺たちは白い空間を歩き続けた。特に目印のようなものもなく、ただ出口から遠ざかることしかできないから、景色にはなんの変化もない。そして、ここまで変化もなにもない道を歩いたことがなかったから、肉体的というか、精神的な疲弊も積み重なってくる。
そんな時、俺は変化を求めて携帯を開いてみた。
葵と同じ携帯。どうせ暇だというのならば、今のうちに何か歩きながら機械のことを理解しようと、画面をつけてみる。幸い左上に表示されている電波は立っていて、空間でも問題なく使用できるようだった。これは、空間でもきちんと現実の世界にもつながっている、ということを示しているのかもしれない。そう考えると、朱音が先ほど言っていた座標についても確かな事実なのだろう、と一人で勝手に納得する。
それにしても暇だった。四時間という長時間、次第に俺たちの会話もなくなっていく。ただ黙々と歩く行為についても意味を見出せなくなって、やはり携帯に逃げ場を求めてしまう。
それで思いついたことは、どうせ携帯を持っていて、この空間でも電波が通じるというのならば、葵に連絡をしてみよう、という悪戯のような事柄。
いきなり電話をかける、というのは少しハードルが高いし、電話に向けて話しかけている姿を、目の前にいる朱音たちに見られるのは恥ずかしい。だから、適当にメッセージというアプリを起動して、購入当初に交換した連絡先を開いてみる。
『空間なう』
とりあえず、思いついた文面を送ってみる。なう、という言葉が今時っぽいな、とか自分で笑いながら、そんな文面だけを打ち込んだ。空間のことを話すのはどうなのか、という躊躇が一瞬生まれたけれど、葵には魔法使いに関連している人物だということは明かしているから、特に問題はないと納得した。
そして、すぐに返信が来る。
『ひまなんですか』
俺はひらがなだけになっている届いた文面に微笑みを誤魔化すことができず、うん、とだけ返信してみた。きっと、もっとやりようのある文面もあっただろうけれど、これ以上変な話題を繰り広げて葵を困らせたくなかった。
それから連絡が来ることはない。来ても、それ以上の会話を紡ぐことはできなさそうだったから、これでいいと思った。
◇
それからの時間、本当に四時間、ずっと白い空間を歩き続けた。
携帯、というか、電子機器に詳しいらしい朱音に操作方法を聞いたり、天音に携帯を自慢するように見せつけたりして、適当に写真を撮って遊んだ。天音と二人だけのツーショットを撮った後、『私は?』と不貞腐れた風にこちらを見る朱音の視線に耐えられなくて、朱音と天音のツーショットも残した。そして最後には『たまきも一緒に』と天音が言うから、三人で歩きながら集合写真を撮った。序盤こそはつまらなかったものの、後半はそんな携帯の機能に感心しながら時間を潰せたから、四時間というのもあっという間に過ぎていった。
そんな頃合いで。
「見えてきたな」
そうしてたどり着いた、というよりも見えてきたのは、つきたてられた十字架の槍、もしくは十字の薙刀のようなもの。どこか見覚えがあるように感じたのは、俺の対極騒動の時や、天使時間が終わった時に朱音が持ち合わせていた槍だからだろう。
「本当にここなの?」
「ああ。目印を用意しておいた甲斐があるだろ?」
彼女は、ふふん、と誇らしげに胸を張る。そうして彼女は胸を張ったかと思えば、槍のほうにまで近づいて、それに手を触れる。
「よし、座標はここだから。天音、頼んでいいか?」
朱音の言葉に、天音は、うん、と頷く。そしていつの間にか取り出していた白いナイフの刃を空間に光らせて、彼女は慣れたように腕に赤い線を描いていく。
久しぶりに見る光景。久しぶりだからこそ、忘れていた怖気が身に戻ってくる。ずっと前までは自分もしていたこと、いつからか慣れてしまった行動、そして、忘れようとしたがゆえに取り戻した血に対する恐怖。
そんな俺の感情など気にすることはなく、天音は言葉を吐く。
「Enos Dies, Farfarta Sainas Thers Examedia」
聞きなれていた言葉。俺が使うことはもうない、言い忘れてしまった言葉。
そうして、天音が垂らしていた血は魔法に還元される。赤い線は肌色に戻って、傷口などなかったように世界は強制する。
同時に、世界は青い光に包まれていく。非現実的としか思えない青い光の球が、天音を、朱音を、俺をも包んで加速する。
葵と一緒に見た、最初の転移魔法。そのときに見た記憶が頭の中に想起する。
あの時はできなかった、反発してしまっていた魔法。でも、天音のおかげで俺は魔法を受け容れることができる。彼女のおかげで、反発せずに転移することができる。
──けれど、俺が魔法を使えないという事実は変わらない。忘れかけていた劣等感が過るけれど、この劣等感を忘れてはいけない、と頭の中に刻みながら、青い光に身を委ねて──。
──そうして、世界は暗転した。
◇◆
世界は暗闇に包まれた。どこまでも暗闇の中だった。視界に入る情報はひとつもなく、自分の姿さえもおぼつかない。それは、きっと何もない無というものだった。それ以外には何もなかった。
無があった。無がそこにはある。底にある。空にある。
無いが在る。
それを、今の俺なら理解することができるような気がした。
どうして理解できそうだと思ったのだろう。──お前が俺を受け容れたから。
どうして声が聞こえるのだろう。──お前が俺を受け容れたから。
どうして俺は声を心地よくとらえているのだろう。──それは、俺がお前であり、お前が俺であるという安心感を抱くから。
──存在の不変性について、普遍性について、不偏性についてを考える。──自由度がある。
目の前には無がある。──目の前には無があった。
存在しないが存在している。──それは矛盾の塊だ。
それを存在として定義していいのかはわからない。──きっと、それは存在の不定義として扱われる塊のようなものだ。
俺はきっとこれを理解できる。──俺は、きっとこれになれる。
俺はきっとこれを理解する。──俺は、きっとこれになる。
俺は、誰よりも灰色《モノクロ》だから。──俺は白《プラス》とも黒《マイナス》ともつかない灰色《ゼロ》だから。
俺は灰色《ゼロ》だから。──俺は灰色《お前》だから。
朱音の言っていた四時間という距離は嘘ではなかったようで、しばらく俺たちは白い空間を歩き続けた。特に目印のようなものもなく、ただ出口から遠ざかることしかできないから、景色にはなんの変化もない。そして、ここまで変化もなにもない道を歩いたことがなかったから、肉体的というか、精神的な疲弊も積み重なってくる。
そんな時、俺は変化を求めて携帯を開いてみた。
葵と同じ携帯。どうせ暇だというのならば、今のうちに何か歩きながら機械のことを理解しようと、画面をつけてみる。幸い左上に表示されている電波は立っていて、空間でも問題なく使用できるようだった。これは、空間でもきちんと現実の世界にもつながっている、ということを示しているのかもしれない。そう考えると、朱音が先ほど言っていた座標についても確かな事実なのだろう、と一人で勝手に納得する。
それにしても暇だった。四時間という長時間、次第に俺たちの会話もなくなっていく。ただ黙々と歩く行為についても意味を見出せなくなって、やはり携帯に逃げ場を求めてしまう。
それで思いついたことは、どうせ携帯を持っていて、この空間でも電波が通じるというのならば、葵に連絡をしてみよう、という悪戯のような事柄。
いきなり電話をかける、というのは少しハードルが高いし、電話に向けて話しかけている姿を、目の前にいる朱音たちに見られるのは恥ずかしい。だから、適当にメッセージというアプリを起動して、購入当初に交換した連絡先を開いてみる。
『空間なう』
とりあえず、思いついた文面を送ってみる。なう、という言葉が今時っぽいな、とか自分で笑いながら、そんな文面だけを打ち込んだ。空間のことを話すのはどうなのか、という躊躇が一瞬生まれたけれど、葵には魔法使いに関連している人物だということは明かしているから、特に問題はないと納得した。
そして、すぐに返信が来る。
『ひまなんですか』
俺はひらがなだけになっている届いた文面に微笑みを誤魔化すことができず、うん、とだけ返信してみた。きっと、もっとやりようのある文面もあっただろうけれど、これ以上変な話題を繰り広げて葵を困らせたくなかった。
それから連絡が来ることはない。来ても、それ以上の会話を紡ぐことはできなさそうだったから、これでいいと思った。
◇
それからの時間、本当に四時間、ずっと白い空間を歩き続けた。
携帯、というか、電子機器に詳しいらしい朱音に操作方法を聞いたり、天音に携帯を自慢するように見せつけたりして、適当に写真を撮って遊んだ。天音と二人だけのツーショットを撮った後、『私は?』と不貞腐れた風にこちらを見る朱音の視線に耐えられなくて、朱音と天音のツーショットも残した。そして最後には『たまきも一緒に』と天音が言うから、三人で歩きながら集合写真を撮った。序盤こそはつまらなかったものの、後半はそんな携帯の機能に感心しながら時間を潰せたから、四時間というのもあっという間に過ぎていった。
そんな頃合いで。
「見えてきたな」
そうしてたどり着いた、というよりも見えてきたのは、つきたてられた十字架の槍、もしくは十字の薙刀のようなもの。どこか見覚えがあるように感じたのは、俺の対極騒動の時や、天使時間が終わった時に朱音が持ち合わせていた槍だからだろう。
「本当にここなの?」
「ああ。目印を用意しておいた甲斐があるだろ?」
彼女は、ふふん、と誇らしげに胸を張る。そうして彼女は胸を張ったかと思えば、槍のほうにまで近づいて、それに手を触れる。
「よし、座標はここだから。天音、頼んでいいか?」
朱音の言葉に、天音は、うん、と頷く。そしていつの間にか取り出していた白いナイフの刃を空間に光らせて、彼女は慣れたように腕に赤い線を描いていく。
久しぶりに見る光景。久しぶりだからこそ、忘れていた怖気が身に戻ってくる。ずっと前までは自分もしていたこと、いつからか慣れてしまった行動、そして、忘れようとしたがゆえに取り戻した血に対する恐怖。
そんな俺の感情など気にすることはなく、天音は言葉を吐く。
「Enos Dies, Farfarta Sainas Thers Examedia」
聞きなれていた言葉。俺が使うことはもうない、言い忘れてしまった言葉。
そうして、天音が垂らしていた血は魔法に還元される。赤い線は肌色に戻って、傷口などなかったように世界は強制する。
同時に、世界は青い光に包まれていく。非現実的としか思えない青い光の球が、天音を、朱音を、俺をも包んで加速する。
葵と一緒に見た、最初の転移魔法。そのときに見た記憶が頭の中に想起する。
あの時はできなかった、反発してしまっていた魔法。でも、天音のおかげで俺は魔法を受け容れることができる。彼女のおかげで、反発せずに転移することができる。
──けれど、俺が魔法を使えないという事実は変わらない。忘れかけていた劣等感が過るけれど、この劣等感を忘れてはいけない、と頭の中に刻みながら、青い光に身を委ねて──。
──そうして、世界は暗転した。
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世界は暗闇に包まれた。どこまでも暗闇の中だった。視界に入る情報はひとつもなく、自分の姿さえもおぼつかない。それは、きっと何もない無というものだった。それ以外には何もなかった。
無があった。無がそこにはある。底にある。空にある。
無いが在る。
それを、今の俺なら理解することができるような気がした。
どうして理解できそうだと思ったのだろう。──お前が俺を受け容れたから。
どうして声が聞こえるのだろう。──お前が俺を受け容れたから。
どうして俺は声を心地よくとらえているのだろう。──それは、俺がお前であり、お前が俺であるという安心感を抱くから。
──存在の不変性について、普遍性について、不偏性についてを考える。──自由度がある。
目の前には無がある。──目の前には無があった。
存在しないが存在している。──それは矛盾の塊だ。
それを存在として定義していいのかはわからない。──きっと、それは存在の不定義として扱われる塊のようなものだ。
俺はきっとこれを理解できる。──俺は、きっとこれになれる。
俺はきっとこれを理解する。──俺は、きっとこれになる。
俺は、誰よりも灰色《モノクロ》だから。──俺は白《プラス》とも黒《マイナス》ともつかない灰色《ゼロ》だから。
俺は灰色《ゼロ》だから。──俺は灰色《お前》だから。
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