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第四章 異質殺し
4-25 本当にイギリスだ
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◇
くぐもった空気の中にいる。視界は暗闇の中にある。呼吸をすればするほどに、煙たく感じる空間の空気が肺に淀む。つっかえるような埃の束が喉を刺激して咳き込みそうになる。俺はその衝動を抑えながら、なんとか瞼を開けた。
瞼を開けても視界は暗い景色のままだった。そして視界は暗いままだったから、自分が立っているのかどうか、ということさえも覚束なくなる。手足の感覚も微妙なもので、長い時間、波にさらわれているような、そんな現実の世界に寄った感覚を味わっていた。
「……大丈夫か?」
そんな声をかけられていたことに気が付いたのは、しばらく思考を泳がせた後だった。聞き馴染みのある声に安堵感を覚えながら、俺は、大丈夫、とだけ返答した。本当は大丈夫ではなかったけれど。
視界の暗闇は変わらない。けれど、だんだんとその暗闇という空間にも慣れてくる。
ここはどうやらどこかの部屋らしく、暗い中であっても家具らしきものが置いてあったり、木製の壁が目の前にあることは理解できる。
どこか夢のような浮遊感が意識を渦巻いて仕方がない。俺は踏みしめるように息を強く吐くと、三半規管のブレを修正するように、何度か頬を叩いて目を覚ますようにした。
「魔法酔いでもした?」
天音の声が後ろから聞こえた。その声に振り向いて「魔法酔い?」と聞いてみる。
「転移魔法を初めて使う人にはありがちな症状。もともといた場所から、いきなり違う場所に転移するから、その空間に身体が適応できなくて酔っちゃうんだよ。わたしはもう慣れたけどね」
「なるほどね」
そうかもしれない、と付け足して返しながら、俺はだんだんと鮮明になる暗闇の中を歩き回ってみる。
部屋の中は暗いままだ。どこかの民家の一部屋のような狭さであることは理解できる。特に娯楽らしい娯楽というものは置かれていないみたいで、シンプルに寝具と化粧台だけが視界に入る。暗闇の中でも微妙に反射する鏡の埃っぽさに、再び咳き込みそうになりながらも、俺はそろそろ取り戻した自分らしさを認識する。
「……ここ、どこ?」
確かに魔法は使われたらしい。そして、朱音が言っていた通りに天音の魔法を反発することはなく、俺たちは無事に転移をすることができたようだ。白い景色の中にいないということがなによりの証明であり、俺は魔法を反発しなかったことに少しだけ安堵した。
それでも、想像していた場所とは限りなく遠い。イギリスに飛ぶということだったから、それらしい海外の雰囲気を感じ取れる場所へと飛ぶのだと思ったけれど、目の前にあるのは物置小屋のようなシンプルな寝床だけだ。
状況がつかめないまま、俺は心のままにそう言葉を吐くと、朱音は「部屋だよ。私の部屋」と返してくる。
その言葉を咀嚼して、改めて周囲を見渡しては見るけれど、それらしい実感というものはわかない。なにより、この部屋には部屋らしい人間らしさや人間臭さがないように思えた。
「……本当に?」
「なんだ環。お前、イギリスのど真ん中にでも転移すると思ったのか? そりゃお前、人がいる中で転移するわけにもいかねえだろ?」
「……いや、まあ、それはわかるんですけど」
俺が言いたかったのは、ここが本当に朱音の部屋なのか、という問いだったのだけれど、それを彼女は汲み取ることができず、呆れたような言葉を返してくる。それに対して呆れてしまいそうだったけれど、俺はともかく何度か呼吸を繰り返していった。
「まずは、掃除をするよ」
俺の声に、朱音はあからさまに嫌そうな声を出していた。
◇
部屋が暗かったのは、彼女が窓から雨戸も閉めていたせいだった。部屋の中に電灯こそはあったものの、スイッチが反応することはなく、ただ暗いままだったので、俺は換気の意図もこめて窓を開ける。
日射が埃を照らして、一筋のレーザービームでも当てるように部屋へと光を差し込んでいく。あまりの埃の多さに辟易をしながらも、それでも緩和されていく部屋の埃臭さに安心しながら、そのまま開いた窓からの景色を視界に収めていく。
「本当にイギリスだ」
実際にここがイギリスなのかはよくわかっていない。けれど、日本にはないそれらしい空気が確かにある。
日本のようにアスファルトで舗装されている道もあるけれど、それよりもはるかに多くを占める芝生の面積。そして日本にはない建築をされているイギリスらしい民家が目の前には立ち並んでいる。
「まあ、そりゃな」
朱音は至極当然というように言葉を吐く。俺はそれを耳にして、ようやく非現実という概念に触れることができたのだろうか、とそんな実感を覚える。
信じていなかったわけじゃない。確かに転移の魔法を使ったのだから、そこから移動をするのは不思議なことではない。だが、今までは魔法を反発していたし、目の前に非現実的なことがあっても、それを自分のものにはできなかった。だからこそ、実際に目の前の景色が異色であればあるほどに、浮ついたような感覚を覚える。
自然と、すげぇ、と言葉を吐く。無意識的な言葉に「今までは反発しかしてこなかったもんな」と苦笑をする朱音の言葉が聞こえてきた。
「私も最初に魔法を使ってもらったときはびっくりしたもんだからなぁ。反発しないことにも驚いたし、本当に魔法ってこの世界にあるんだ、と不思議な感覚にもなった。だから、安易にこの言葉は吐きたくはないが、今の環の感慨も、わかるっちゃわかるよ」
彼女の言葉を耳にして、俺もそれに頷いた。
きっと、これは悪魔祓いにしか感じ取れない感覚なのだろう。だからこそ、この気持ちは朱音と共有できるような気がした。
「天音! すごいよ本当に!」
ニコニコとしながら、俺は天音のほうへと向き直る。そんな俺の様子に、彼女は同じようにニコニコと微笑む。
「わたし、魔法使いだから」
そうして天音は誇らしげに、そんな台詞を吐いたのであった。
くぐもった空気の中にいる。視界は暗闇の中にある。呼吸をすればするほどに、煙たく感じる空間の空気が肺に淀む。つっかえるような埃の束が喉を刺激して咳き込みそうになる。俺はその衝動を抑えながら、なんとか瞼を開けた。
瞼を開けても視界は暗い景色のままだった。そして視界は暗いままだったから、自分が立っているのかどうか、ということさえも覚束なくなる。手足の感覚も微妙なもので、長い時間、波にさらわれているような、そんな現実の世界に寄った感覚を味わっていた。
「……大丈夫か?」
そんな声をかけられていたことに気が付いたのは、しばらく思考を泳がせた後だった。聞き馴染みのある声に安堵感を覚えながら、俺は、大丈夫、とだけ返答した。本当は大丈夫ではなかったけれど。
視界の暗闇は変わらない。けれど、だんだんとその暗闇という空間にも慣れてくる。
ここはどうやらどこかの部屋らしく、暗い中であっても家具らしきものが置いてあったり、木製の壁が目の前にあることは理解できる。
どこか夢のような浮遊感が意識を渦巻いて仕方がない。俺は踏みしめるように息を強く吐くと、三半規管のブレを修正するように、何度か頬を叩いて目を覚ますようにした。
「魔法酔いでもした?」
天音の声が後ろから聞こえた。その声に振り向いて「魔法酔い?」と聞いてみる。
「転移魔法を初めて使う人にはありがちな症状。もともといた場所から、いきなり違う場所に転移するから、その空間に身体が適応できなくて酔っちゃうんだよ。わたしはもう慣れたけどね」
「なるほどね」
そうかもしれない、と付け足して返しながら、俺はだんだんと鮮明になる暗闇の中を歩き回ってみる。
部屋の中は暗いままだ。どこかの民家の一部屋のような狭さであることは理解できる。特に娯楽らしい娯楽というものは置かれていないみたいで、シンプルに寝具と化粧台だけが視界に入る。暗闇の中でも微妙に反射する鏡の埃っぽさに、再び咳き込みそうになりながらも、俺はそろそろ取り戻した自分らしさを認識する。
「……ここ、どこ?」
確かに魔法は使われたらしい。そして、朱音が言っていた通りに天音の魔法を反発することはなく、俺たちは無事に転移をすることができたようだ。白い景色の中にいないということがなによりの証明であり、俺は魔法を反発しなかったことに少しだけ安堵した。
それでも、想像していた場所とは限りなく遠い。イギリスに飛ぶということだったから、それらしい海外の雰囲気を感じ取れる場所へと飛ぶのだと思ったけれど、目の前にあるのは物置小屋のようなシンプルな寝床だけだ。
状況がつかめないまま、俺は心のままにそう言葉を吐くと、朱音は「部屋だよ。私の部屋」と返してくる。
その言葉を咀嚼して、改めて周囲を見渡しては見るけれど、それらしい実感というものはわかない。なにより、この部屋には部屋らしい人間らしさや人間臭さがないように思えた。
「……本当に?」
「なんだ環。お前、イギリスのど真ん中にでも転移すると思ったのか? そりゃお前、人がいる中で転移するわけにもいかねえだろ?」
「……いや、まあ、それはわかるんですけど」
俺が言いたかったのは、ここが本当に朱音の部屋なのか、という問いだったのだけれど、それを彼女は汲み取ることができず、呆れたような言葉を返してくる。それに対して呆れてしまいそうだったけれど、俺はともかく何度か呼吸を繰り返していった。
「まずは、掃除をするよ」
俺の声に、朱音はあからさまに嫌そうな声を出していた。
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部屋が暗かったのは、彼女が窓から雨戸も閉めていたせいだった。部屋の中に電灯こそはあったものの、スイッチが反応することはなく、ただ暗いままだったので、俺は換気の意図もこめて窓を開ける。
日射が埃を照らして、一筋のレーザービームでも当てるように部屋へと光を差し込んでいく。あまりの埃の多さに辟易をしながらも、それでも緩和されていく部屋の埃臭さに安心しながら、そのまま開いた窓からの景色を視界に収めていく。
「本当にイギリスだ」
実際にここがイギリスなのかはよくわかっていない。けれど、日本にはないそれらしい空気が確かにある。
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「まあ、そりゃな」
朱音は至極当然というように言葉を吐く。俺はそれを耳にして、ようやく非現実という概念に触れることができたのだろうか、とそんな実感を覚える。
信じていなかったわけじゃない。確かに転移の魔法を使ったのだから、そこから移動をするのは不思議なことではない。だが、今までは魔法を反発していたし、目の前に非現実的なことがあっても、それを自分のものにはできなかった。だからこそ、実際に目の前の景色が異色であればあるほどに、浮ついたような感覚を覚える。
自然と、すげぇ、と言葉を吐く。無意識的な言葉に「今までは反発しかしてこなかったもんな」と苦笑をする朱音の言葉が聞こえてきた。
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彼女の言葉を耳にして、俺もそれに頷いた。
きっと、これは悪魔祓いにしか感じ取れない感覚なのだろう。だからこそ、この気持ちは朱音と共有できるような気がした。
「天音! すごいよ本当に!」
ニコニコとしながら、俺は天音のほうへと向き直る。そんな俺の様子に、彼女は同じようにニコニコと微笑む。
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