魔法使いの幼馴染を助けたら俺も魔法使いになってしまった件について ~灰色の対極~

若椿 柳阿(わかつばき りゅうあ)

文字の大きさ
123 / 143
第四章 異質殺し

4-38 心臓の記憶

しおりを挟む


 朱音から翌日の作戦についての話が終わると各々の自由時間となった。自由時間とは言いつつも、俺は眠るだけしか選択肢がなかったし、天音たちも特に作戦決行まですることはなかった。

 彼女らは安宿の方へと戻っていくらしい。どうせ俺も眠るだけなのだから、特に呼び止めることはしなかった。そうして睡眠に励もうと、ベッドの隙間に寝ころんでいると、身体の中にある疲れを重く感じているのに、それでも目覚めた意識が寝ることを許してはくれなかった。

 何か頭の中に引っかかる懸念がある。言葉にするための具体性はつかめないけれど、それがどうしてもこびりついて離れることはなく、もどかしい感覚だけが反芻する。

 身体は少しずつ動くようになってきた。その拍子に何度か寝相を変えてみたりして、なんとか眠ることへと専念しようとするけれど、それで簡単に眠ることはできなかった。三日間ほど寝ていたらしいのだから、きっと寝過ぎていることもあって寝付くことができないのかもしれない。

 はあ、と俺はため息をつく。誰もいない空間に、それは虚しく響き渡った。

 散歩にでも行こう。

 見慣れない街で、親しむことはできないかもしれない国の中で、唐突に散歩をするだなんて不用心かもしれない。だけど、何かをしていないと落ち着かないのだから、と心の中で誤魔化して、俺はゆっくりと起き上がる。

 気だるさはある。重さがある。いつもよりも背中に重くのしかかる気だるさが身を包んでいる。でも、身体は動くのだから、ちょっと散歩をするくらいはいいかもしれない。

 俺は起き上がった後、立ち上がって朱音の部屋を後にする。彼女らに対して申し訳なさを少しだけ抱きながら、俺は外の空気を味わいに外に出た。





「なにしてんだよ」

 朱音が暮らしている宿から数歩ほど外へと歩いたところで、唐突に声がかかって、その拍子に心臓がぴくりと弾んでしまった。

 声をかけられるとは思わず、静かに言葉をかけてきた主へと振り返ると、そこには不満そうな表情を浮かべている朱音がいた。俺にはその表情が怖かった。

「ちょっと散歩にでも行こうかと……」

「ん? ごめん、聞こえなかったわ。もう一度言ってくれないか?」

「……えと、寝ます」

「そうだよな。当たり前だよな。三日間も寝ていた重症の患者が、目覚めていきなり外に散歩に行くとか有り得ないもんな」

 な? とこちらに同調を促す声を彼女は出している。俺はそれに渋々頷くしかない。

「というか、散歩をしても面白くねぇだろ。ここら辺、何か面白いものがあるわけじゃないし」

「……なんか、眠れないんだよね」

 俺は素直に言葉を吐いた。俺の言葉に、朱音は「まあ、昼寝した後の夜ってなかなか眠れないもんではあるけどよ」とよくわからないことを言った。

「でも、眠れなくても目を瞑ればいい。そうしたら時間の境目も曖昧になって、いつの間にか寝た気分にはなる。なんたって明日でこの事件を終わらせなければいけない。お前にはやってもらうことがあるからこそ、ここではゆっくり休んでもらいたいんだけどな」

 彼女の言いたいことはわかる。わかっている。ここで休むことの重要性も、必要性も。

 けれど、どうしても頭の中に引っかかることがある。具体性のなかった表現が、そうして口から零れた。

「──俺って、対極を受け容れることができていないのかな」

 俺の言葉に、彼女は沈黙をした。

 ……僕は対極を受け容れた。それは確かに物理的ではあったかもしれない。心臓を交換することで、彼を、……対極を受け容れたつもりだった。この心臓の交換で、それでも俺が生きることができたのならば、きっとそれは本物だと。それが受容なのだと。

 でも──。



『──いや、あるだろうが』



 ──あの時、確かに僕の中には対極が顕現した。

 模擬戦闘で雪冬を殺そうとした時のように、天使時間で魔法使いを殺そうとした時のように、教会の空間で天音を殺そうとしたときのように。

 僕は、確かにあの時、対極を自分の身に宿していた。

 自分の恐怖は塗りつぶされていた。それはもう自分のものではない、と対極は語っていた。

 対極が僕の体を支配した。そのうえで、適切な判断を、悪魔祓いとしての特性を生かして、苦しいあの場面を打開した。

 対極は自分の中にいる。嫌いで仕方なくて、それでも自分でしかない対極が、自分の中に──。

「──いや、お前はきちんと受け容れたんだろうさ」

「……何を根拠に」

「前も言わなかったか? 髪色だよ、髪色」

 そう言ってから朱音は僕の方に近づいて──。

「──痛っ」

 僕の頭髪を抜いた。そして頭髪を抜いてから、その髪を見せびらかすようにこちらに向けてくる。薄い暗闇の中でもわかるように、どこか白のような薄い灰色がそれに沁みついている。

「すべからく対極を受け容れた魔法使いの頭髪は元の色とは異なるものになる。まあ、なんで髪なのかっていうのはよくわかってないけど、そういうシステムだと思った方がいい。これが根拠」

「……でも、心臓を交換した作用かもしれないだろ──」

「──それなら、なんでお前はずっと『俺』と自分を語り続けているんだ?」

 朱音は言葉を吐いた。

「お前が元の一人称である『僕』から『俺』へと変わったのは、……変えたのは、対極に対する報いというだけではないはずだ。お前の中に対極があるからこそ、お前はそんな一人称を使うんだろうよ」

「……それならなんで」

 対極はあの時顕現したのか。

 そして、また対極が何か想定外の行動を起こすのではないか。

 そんな不安が心を蝕んでいるのだ。

 自分が自分ではなくなってしまうような、そんな感覚に、僕は恐怖を抱かずにはいられないのだ。

「──心臓には心が宿る」

「──え?」

「──って、言われてるらしいぞ」

 朱音は続けた。

「まあ、正確には記憶らしいんだけどな。心臓の記憶とかって聞いたことがないか?」

「……ないけど」

「私も詳しいことは知らない。眉唾みたいな話だとも思うし、それを信じるか信じないかは環次第だよ。

 でも、実際に臓器移植をした結果、その臓器元の人格や記憶が、移植された人物に宿るケースがある、……とかなんとか。……まあ、ファンタジーみたいな話だと私も思うけど」

 彼女は苦笑した。きっとさ、と言葉を続けて。

「お前の中には対極の心臓がある。その記憶が、心がお前の中に生まれることもあるだろうさ。対極を受容しても、お前の中にアイツがいるのも仕方のないことだろ」

「……それなら、また──」

 また、天音を殺そうとするかもしれない。葵を殺すことにつながるかもしれない。もしくは関わりがなくなった雪冬や明楽、立花先生さえも──。

「──それだったら、天音を助けるようなこともしなかっただろうさ」

 僕は、息を呑んだ。

「天音から聞いた状況では、きっとあのまま環が何もしなければ、天音は魔法に殺されていただろうね。けれど、環は、……というかあの時のお前はそうすることをせず、天音を守るために自分を傷つけて魔法に立ち向かったんだよ。そんなやつが、これから知っている魔法使いを殺そうとするか?」

「……」

 そうであってほしい。そうであってほしいと、心から願う。

 朱音は「まあ、あの時の行動をお前自身で行えたのならよかったんだけれども」と余計な言葉を付け加える。

 そして。

「まあ、大丈夫だよ」と彼女は言った。

 いつも男勝りな口調で話す彼女が、初めてにも感じる柔らかい雰囲気で、姉としての口調で。

「環なら大丈夫だから。ね?」

 にこっと彼女は微笑んだ。

 そこには確かに昔見た姉の姿があったような気がする。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした

新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。 「もうオマエはいらん」 勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。 ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。 転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。 勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

【もうダメだ!】貧乏大学生、絶望から一気に成り上がる〜もし、無属性でFランクの俺が異文明の魔道兵器を担いでダンジョンに潜ったら〜

KEINO
ファンタジー
貧乏大学生の探索者はダンジョンに潜り、全てを覆す。 ~あらすじ~ 世界に突如出現した異次元空間「ダンジョン」。 そこから産出される魔石は人類に無限のエネルギーをもたらし、アーティファクトは魔法の力を授けた。 しかし、その恩恵は平等ではなかった。 富と力はダンジョン利権を牛耳る企業と、「属性適性」という特別な才能を持つ「選ばれし者」たちに独占され、世界は新たな格差社会へと変貌していた。 そんな歪んだ現代日本で、及川翔は「無属性」という最底辺の烙印を押された青年だった。 彼には魔法の才能も、富も、未来への希望もない。 あるのは、両親を失った二年前のダンジョン氾濫で、原因不明の昏睡状態に陥った最愛の妹、美咲を救うという、ただ一つの願いだけだった。 妹を治すため、彼は最先端の「魔力生体学」を学ぶが、学費と治療費という冷酷な現実が彼の行く手を阻む。 希望と絶望の狭間で、翔に残された道はただ一つ――危険なダンジョンに潜り、泥臭く魔石を稼ぐこと。 英雄とも呼べるようなSランク探索者が脚光を浴びる華やかな世界とは裏腹に、翔は今日も一人、薄暗いダンジョンの奥へと足を踏み入れる。 これは、神に選ばれなかった「持たざる者」が、絶望的な現実にもがきながら、たった一つの希望を掴むために抗い、やがて世界の真実と向き合う、戦いの物語。 彼の「無属性」の力が、世界を揺るがす光となることを、彼はまだ知らない。 テンプレのダンジョン物を書いてみたくなり、手を出しました。 SF味が増してくるのは結構先の予定です。 スローペースですが、しっかりと世界観を楽しんでもらえる作品になってると思います。 良かったら読んでください!

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

処理中です...