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第四章 異質殺し
4-EX5 迫真の演技というもの
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◇
「ほーら天音? お手、してみよっか」
妙な猫なで声、というか普段とは違う女性らしい雰囲気を朱音は出しながら、天音に向かって指をほいほいと手繰り寄せるように振った。「わんっ!」と天音はそれに反応して、丁寧に犬のお座りのように天音に向き合ってから、朱音が差し出した手に合わせるようにした。
「えらいねー、天音はいい子だねー」
「わんっ! わんわんっ!」
これまた女性らしい声、というか猫なで声を朱音は上げながら、喜んでいる天音の頭を撫でていく。それに満足そうな笑顔を浮かべている天音の様子を見て、いつもこれくらいに感情がわかるようならいいのに、と俺は思った。それはそれとして、胃につっかえるような重みがどことなく気持ち悪くて、頭がぐるぐるする。
「天音、ばーん!」
朱音はそう言いながら、指を拳銃のように立ててから、それを天音に向かって振っていく。
「ぐっ……」
俺はなんとなく、ただ倒れるだけに終わるであろうと想像していたけれど、犬の芸以上に迫真のような顔で、一瞬天音の表情は死んだように凍り付き、ゆっくりと床にぱたん、と倒れていく。
……えっ、そこまでやる?
「おねぇ……、ちゃん──」
「──ま、待って! ごめん、ごめんって!」
あまりにも迫真の演技に、猫なで声で夢中になっていた朱音も心苦しいような、鬼気迫る顔になって、そして泣きそうなほどに顔をしわくちゃにした。いや、冗談だってわかっているはずだろうけれど、それでも朱音も絆されてしまったように、どこか演技の世界に入っている。
「わ、私は大事な人を殺してしまったのか……?」
「……いや、演技に入り過ぎでし──」
「──うるさい、いいところなんだよ」
「──ょ……、って、あっ、はい」
俺のツッコミも虚しく、途端にこちらを睨んでくる朱音の怯んで、言葉を飲み込んでしまう。
その後、朱音は床に膝をついた。
「私は、……私はぁ!!」
くそ、くそぉ! と何度も床に手を叩きつけて、その無念さを表現している朱音。それやると、床下に音が響いて子供たちが心配するからやめてほしいのだが、演技に入り込んでいる彼女に俺は言葉を告げることはできそうになかった。
「……もう、いいか」
そう言いながら、朱音は拳銃(指)を自身の額に突きつけて、ぽとり、とひとつの雫を瞳からこぼしていく。上をきちんと見て、まるで天音が天国に行ったかのような表現をする彼女のその演技は、こういってはなんだけれど丁寧でしかない。丁寧すぎるゆえにわざとらしいような気もするけど。
「今行くよ、天音……」
ばんっ、と朱音はそう付け足しながら拳銃を発砲したように指を振る。その動作に連続して、更に撃った方向に倒れるようにした。
こうして、自室に二つの死体もどきが出来上がる。
「……」
「……」
「……え? もう終わったよね?」
ぴくりとも反応しない朱音と天音。悲劇の一幕でこの物語らしきものは閉じられているというのに、それでも未だに彼女らは動こうとしなかった。
──突如として、脛に衝撃が走った。
「痛ぇ!」と俺は悲鳴をあげて、衝撃の方に視線を向けはするけれど、視線を向ければ一瞬足を動かしていた朱音の体はまた違う方向へと向いていた。なんだよ、と朱音に問いかけるけれど、朱音は特にそれに反応することはなく、静かに他所を向いている、というか目をつぶっている。
──まさか、この芝居に乗っかれと?
……いや、いやいやいや。どうして僕がそんなことをしなくちゃいけないんだよ。そもそもこういった軽いノリっていうのが僕は好きじゃないし得意じゃないわけで、そんなにノリよく生活できていたのならば、そもそも葵以外にも友達がわんさかできていたわけで──。
──そして、脛に再びの衝撃。
「痛いって?!」
「……」
脛を攻撃してきた朱音当人の方に視線を向けてみる。かかとでぶつけてきた重みのある衝撃は、確かな鈍痛をそこに引き起こしている。彼女の表情に、というか口の方に視線を向ければ『ハ ヤ ク ヤ レ』と苛立ちを覚えているような雰囲気で口を動かしている。
……えぇ? この流れ、本当に乗っからなきゃいけないのだろうか。
とは言いつつも、これは朱音の誕生日会を目的に企画したものであって、お酒を飲んで頭がふらついていたとしても、その主人公である朱音の命令を無視できないことはなんとなく自分でも理解している。
ここは心を無にして、朱音に乗っかることが最善なのではないだろうか。
それが、僕にできる最大の朱音に対する誕生日プレゼント、なのだろうか。
「……ふう」
僕は大きく息を吐いた。
これまで、あまりやってこなかった軽いノリ、便乗のその類。
学校に行っていた時、そして葵が隣にいなかった学生生活を過ごしているときに、何度か目撃したショートコントのような周囲の人間の掛け合い。
それは別に、ここにいる朱音と天音のような迫真のものではなかったにしろ、それでも確かにそれによって関係性は営まれていたはずだ。
ああ、ここで僕は大人にならなければいけない。
そういった社会性というものを僕は身に着けて、大人にならなければいけないのだ。
こほん、と喉を鳴らした。自分にできるのかはわからない。だが、これも一つの試練だと思いながら、ぐるぐるとしている頭を覚ますように頭を振る。
そして──。
「ウ、ウワー。アカネトアマネガー。ナンデコンナコトニー」
──僕は、迫真の演技を開始した。
「ほーら天音? お手、してみよっか」
妙な猫なで声、というか普段とは違う女性らしい雰囲気を朱音は出しながら、天音に向かって指をほいほいと手繰り寄せるように振った。「わんっ!」と天音はそれに反応して、丁寧に犬のお座りのように天音に向き合ってから、朱音が差し出した手に合わせるようにした。
「えらいねー、天音はいい子だねー」
「わんっ! わんわんっ!」
これまた女性らしい声、というか猫なで声を朱音は上げながら、喜んでいる天音の頭を撫でていく。それに満足そうな笑顔を浮かべている天音の様子を見て、いつもこれくらいに感情がわかるようならいいのに、と俺は思った。それはそれとして、胃につっかえるような重みがどことなく気持ち悪くて、頭がぐるぐるする。
「天音、ばーん!」
朱音はそう言いながら、指を拳銃のように立ててから、それを天音に向かって振っていく。
「ぐっ……」
俺はなんとなく、ただ倒れるだけに終わるであろうと想像していたけれど、犬の芸以上に迫真のような顔で、一瞬天音の表情は死んだように凍り付き、ゆっくりと床にぱたん、と倒れていく。
……えっ、そこまでやる?
「おねぇ……、ちゃん──」
「──ま、待って! ごめん、ごめんって!」
あまりにも迫真の演技に、猫なで声で夢中になっていた朱音も心苦しいような、鬼気迫る顔になって、そして泣きそうなほどに顔をしわくちゃにした。いや、冗談だってわかっているはずだろうけれど、それでも朱音も絆されてしまったように、どこか演技の世界に入っている。
「わ、私は大事な人を殺してしまったのか……?」
「……いや、演技に入り過ぎでし──」
「──うるさい、いいところなんだよ」
「──ょ……、って、あっ、はい」
俺のツッコミも虚しく、途端にこちらを睨んでくる朱音の怯んで、言葉を飲み込んでしまう。
その後、朱音は床に膝をついた。
「私は、……私はぁ!!」
くそ、くそぉ! と何度も床に手を叩きつけて、その無念さを表現している朱音。それやると、床下に音が響いて子供たちが心配するからやめてほしいのだが、演技に入り込んでいる彼女に俺は言葉を告げることはできそうになかった。
「……もう、いいか」
そう言いながら、朱音は拳銃(指)を自身の額に突きつけて、ぽとり、とひとつの雫を瞳からこぼしていく。上をきちんと見て、まるで天音が天国に行ったかのような表現をする彼女のその演技は、こういってはなんだけれど丁寧でしかない。丁寧すぎるゆえにわざとらしいような気もするけど。
「今行くよ、天音……」
ばんっ、と朱音はそう付け足しながら拳銃を発砲したように指を振る。その動作に連続して、更に撃った方向に倒れるようにした。
こうして、自室に二つの死体もどきが出来上がる。
「……」
「……」
「……え? もう終わったよね?」
ぴくりとも反応しない朱音と天音。悲劇の一幕でこの物語らしきものは閉じられているというのに、それでも未だに彼女らは動こうとしなかった。
──突如として、脛に衝撃が走った。
「痛ぇ!」と俺は悲鳴をあげて、衝撃の方に視線を向けはするけれど、視線を向ければ一瞬足を動かしていた朱音の体はまた違う方向へと向いていた。なんだよ、と朱音に問いかけるけれど、朱音は特にそれに反応することはなく、静かに他所を向いている、というか目をつぶっている。
──まさか、この芝居に乗っかれと?
……いや、いやいやいや。どうして僕がそんなことをしなくちゃいけないんだよ。そもそもこういった軽いノリっていうのが僕は好きじゃないし得意じゃないわけで、そんなにノリよく生活できていたのならば、そもそも葵以外にも友達がわんさかできていたわけで──。
──そして、脛に再びの衝撃。
「痛いって?!」
「……」
脛を攻撃してきた朱音当人の方に視線を向けてみる。かかとでぶつけてきた重みのある衝撃は、確かな鈍痛をそこに引き起こしている。彼女の表情に、というか口の方に視線を向ければ『ハ ヤ ク ヤ レ』と苛立ちを覚えているような雰囲気で口を動かしている。
……えぇ? この流れ、本当に乗っからなきゃいけないのだろうか。
とは言いつつも、これは朱音の誕生日会を目的に企画したものであって、お酒を飲んで頭がふらついていたとしても、その主人公である朱音の命令を無視できないことはなんとなく自分でも理解している。
ここは心を無にして、朱音に乗っかることが最善なのではないだろうか。
それが、僕にできる最大の朱音に対する誕生日プレゼント、なのだろうか。
「……ふう」
僕は大きく息を吐いた。
これまで、あまりやってこなかった軽いノリ、便乗のその類。
学校に行っていた時、そして葵が隣にいなかった学生生活を過ごしているときに、何度か目撃したショートコントのような周囲の人間の掛け合い。
それは別に、ここにいる朱音と天音のような迫真のものではなかったにしろ、それでも確かにそれによって関係性は営まれていたはずだ。
ああ、ここで僕は大人にならなければいけない。
そういった社会性というものを僕は身に着けて、大人にならなければいけないのだ。
こほん、と喉を鳴らした。自分にできるのかはわからない。だが、これも一つの試練だと思いながら、ぐるぐるとしている頭を覚ますように頭を振る。
そして──。
「ウ、ウワー。アカネトアマネガー。ナンデコンナコトニー」
──僕は、迫真の演技を開始した。
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