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第25話 お願いと犯人

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「お風呂、ありがとうございました」

 深夜。借りた浴衣を着て居間に戻ってきた優奈に、新は「おー」と覇気のない返事をした。相変わらず縁側に横になったまま、動く気配がない。
 髪から滴る水をタオルで吹きながら、優奈は尋ねる。

「お風呂、入らないんですか? お湯、冷めちゃますよ?」
「俺は後でシャワーでも浴びるからいい」
「折角お湯張ったんですから入ればいいのに。ゆっくりしますよ」

 きょとんとする優奈に、新は「お前なぁ」と呆れた様子で呟く。ごろりと半身で振り返って、

「これでも気を使ってるって気付け馬鹿。お前が入った後のお湯に俺が入っていいのかって言ってんだよ」
「えっ」

 そう言われて、優奈は気付く。

「あっ、そ、そっか。そうですよね、いやそう言われると、ちょっと、遠慮して欲しいというか」

 まさか新がそんなことを気にするなんて思わなかったから、優奈は思わずしどろもどろになる。冷めてきた頬のほてりが、また復活する。手でパタパタとあおくが、湿度を浴びた空気は蒸し暑くまったく効果がない。

 そんな優奈をチラリと見て――

「ま、お前が折角勧めてくれてるんだ。若い女の残り湯を楽しむとするか」
「言い方!!!!」

 本気でお風呂に向かいそうだったので、優奈は声を張り上げた。

「……全く……まぁ、構わないですけど」

 顔を真っ赤にしたまま、それを誤魔化すように丹念に髪を拭いて、優奈は座卓の周りに座る。

 虫の声はまだない。代わりに――庭の池に住んでいるのだろか。カエルの騒がしい声が聞こえた。

 新はやっぱり、背を向けたままだった。

「……新さん、お願いがあるんです」
「あぁ?」

 正座をして居住まいを正す優奈に、新はやっぱり、いつも通り不機嫌な返事をする。
 優奈は、静かに言った。

「私を殺した犯人を、捕まえて下さい」

 新は、ややあってから応えた。

「なんで俺が。帆理にでも頼め」

 そこにはめんどくささも、不機嫌さもない。ただ平坦な返事だった。
 その『なんで』に答えるのを、優奈は少しだけ躊躇った。

「だってあの時、『間に合わなかった』って言ってましたよね。私が襲われた時……何か知っていたから――何か事件の手がかりを知っていたから、そんなことを言ったんじゃないんですか?」

 新は、黙っている。

「……悔しいんです」

 優奈はぽつりと零した。

「私は新さんに助けてもらえて、こうしてまだ生きてます。でも、野々宮先生はもういない……敵討ちなんて大層なことを言うつもりはありません。でも、犯人はまだ捕まってなくて、報道では事件の被害者も増えています。放っておくなんて出来ません」

 膝の上で拳を握り、言葉を振り絞る。その決死の覚悟めいた台詞に、新が何を思ったかは分からない。けれどしばらくして、めんどくさそうに、新は身体を起こした。

「俺があの場にいたのは……ある妖から頼まれたんだよ」
「頼まれた?」

 片膝を立てたまま、ぐしゃぐしゃと頭を掻いて、新は溜息を吐く。尋ね返すと、「そ」と新は気負いなく言った。

「美咲優奈のストーカーが野々宮秀造を殺した。そいつが実は屍鬼事件の犯人で、このままじゃお前が危ないから助けてくれってな」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って下さい!」

 あまりにも何気なく発せられた情報に、優奈は思わず腰を浮かせた。半ば四つん這いの体勢で、新に詰め寄る。

「私……と、野々宮先生を殺した犯人が屍鬼事件の犯人? が、私のストーカー?」

 ぐるぐると、一気に明かされた情報が脳内を回る。頭が整理できなかった。

「そう。野々宮はお前へのストーカー行為を止めるように警告して、逆上した犯人に殺されたんだ」

 平然とする新の告白に、優奈は絶句する。

「そんな……野々宮先生が……私のせいで……」
「勘違いするなよ」

 顔を青くしていく優奈を制したのは、新の鋭い一言だった。

「悪いのはお前たちを殺した犯人だ」

 頬を叩かれたような、あるいは冷や水を浴びせられたような心地だった。

 目が覚める。
 そうだ。間違っちゃいけない。悪いのは被害者の優奈じゃない。

 ――犯人だ。

 優奈は意を決して尋ねた。

「誰なんですか? 私たちを殺した犯人は」

 思い出すのは、あの夜、優奈の血を啜っていた謎の人物。

 おそらく、人間ではない。

 そして人ならざるモノがこの世には存在していることを、優奈はもう知っている。

 深く息を吸ってから、吐き出し、それから新は言った。

「犯人は真垣陽一――吸血鬼だ」
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