転落王子の愛願奉仕

彩月野生

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もう二度と会えなくても

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一触即発。
そんな空気の中、ロルフの高笑いが響き渡る。

「何がおかしい」
「わかっておらんなあ……まさか、我の国と戦りあうつもりではあるまいな?」
「……」

その馬鹿にしたような言葉に、ヴァルドはロルフを睨み付けたまま押し黙る。
殺気を放っているのは変わらないが、剣を引き抜こうとはせず、様子を伺っている。

そんな二人を見守っていたエリオは、ある考えが頭を過って焦り始めていた。

ロルフの国と自国は同盟関係にあるが、ロルフの国は人間にも魔族にも影響のある大国なのだ。
そんな国が、自国と同盟を結んでいる事自体、奇跡のようなもの。

――ロルフと敵対関係になるのは、危険だ。

エリオの中に残された王子としての意志が、言葉を紡がせた。

「俺はロルフ王の妻になる」
「……なんだと?」

最初に反応したのはヴァルドだった。
目を見開き、エリオを凝視している。
ロルフがエリオを自然と下ろしてくれたので、地に足をつけ、一歩ヴァルドに進み出てもう一度はっきりと伝えた。

「この国がロルフ王の国を失えば、隙をついてどんな輩が襲撃してくるか分からない。なら、ロルフ王には、俺が妻となる代わりに永遠の同盟を誓ってもらいたいと思う」
「なるほどなあ、潔い事だ。貴殿も元妻を見習ったらどうだ、ん?」
「――貴様あ……」

「陛下!」

ヴァルドの殺気が頂点に達した、と感じた時、誰かが近づいて来る足音がして、その主がヴァルドの背後から走って来るのを見やる。

ミハイルだ。

「声がしたので思わず様子を見にきてみたのですが、何の騒ぎでしょうか」
「あ……」

エリオはなんとなくミハイルに違和感を感じてはいたのだが、この場を収めるには、彼に事情を知ってらったほうが良いと判断して、一部始終を伝える事にした。

ミハイルはエリオの意志に理解を示し、ヴァルドを宥めるように声をかけてくれる。

「私が口を挟むべき事ではないと承知しておりますが、この場で血を流す事は避けるべきかと……」
「……チッ」
「決まりだな? さあ、行くぞエリオ」
「……」

エリオは自分で決意して宣言したものの、後ろ髪を引かれる思いで、なかなか足が思うように進まない。

視線を落とし、一つの思いに囚われた。

――もう、ヴァルドに会えないんだな。

ミハイルとの約束も消えようとしている。
ヴァルドからこの国を取り返し、自分が王となる。

ヴァルドの過去を知ってしまったエリオには、もうそんな気力は残されていないのだと……せめてミハイルに伝えるべきだったのだ。

――そして、ヴァルドにも伝えたい事がある。

エリオはロルフから離れると、そっとヴァルドに歩み寄りその胸に身を寄せた。
温もりと心臓の音が四肢に伝わってきて、これが最後なのだと思うと、涙腺が緩んでしまう。

それでも、勇気を出さなければ、後悔するだけだと知っている。

「……父が、したことを赦してくれとはいわない……ただ、どうかこの国の民を兵士を苦しませるのは、やめてくれ……俺は、外から力になる、だからどうかニルスにも、危害をくわえないでほしい……我が王族の血は、もうこの国には必要ないんだ」

自然と溢れた言葉だった。
我が父の蛮行は赦されるものではない。
そんな血の入った者が王となるべきではないのだと。

ヴァルドのやり方も人道に反しているのは事実だ。
それでも、国が豊かになり、人々が安心して暮らせる国になるのであれば、この男に託すのも一つの道であると信じた。

「この国を、どうか頼む」
「――ははっ」
「?」
「ハハハッハハハハッ! 何を勘違いしている!! 俺は己の欲望のままにこの国を存分に利用したいだけだ!」

獣のような目つきで叫ぶその声は、咆吼のようであった。

エリオは唖然とするが、なんとなくこの男の虚勢のようなものを感じ取ってしまい、さほど動揺はしておらず、むしろ思考は冷静に働いていた。

思い出したのだ。大切なものがあると。

「持っていきたいものがあるんだ」
「なに?」
 
ヴァルドが訝しむようにエリオを見つめる。
恥ずかしがっている場合ではない。
エリオは口早にその代物について説明した。

それを聞いたヴァルドは無言だったが、ミハイルに耳打ちしてしばしその場で待つ。

やがて戻ってきたミハイルが手にしていた小箱を見て、エリオは笑みを向けて受け取る。

「ありがとう」

開けてみると、大切な刃先はきちんと保管されていた。

――ヴァルドが敵からエリオを守ってくれた時の剣の欠片だ。

エリオはそれを大事そうに手に持つと、ヴァルドに向き直る。

「貴方と一時、結ばれた事は忘れません……どうかお元気で」

こうして王子は国を乗っ取った暴君に想いを伝えて、自国を去った。

自分を愛してくれた王と共に。
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