四十路の側近はただ王の傍にいたい

彩月野生

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それぞれの想い

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シルヴィオが何かを察知して、森の中に降り立つ。
アダルは日の光に包まれた木々を眺め、シルヴィオから慌てて離れた。

「ここにいるのですか?」
「……気配がする」
「辺りを見てきます!」

朝なのだから、危険は少ないだろう。
森で警戒すべきは夜行性の狂暴な獣達だ。
アダルは木々の合間を確認しながら歩き回る。

生い茂る雑草から飛び出す野うさぎや、木の上で飛び回る小鳥の群れ。
のどかすぎる光景にあくびがでてしまい、緊張感の無い己の頬をひっぱたく。

――何をしているのだ! シルヴィオ様の為にも、奴等を探さなければ。

「だが、フェリクスだけは見逃してもらえるように進言しなければ」

独り言を呟いていると、ふいに人の気配を感じて振り返る。

――あいつらか?

そう思ったのは勘違いだった。
アダルが見たのは、自分に向かって剣をふりあげているシルヴィオの姿だった。

「――っ」

アダルは声も出せず、その場に転がってどうにか刃を逃れる。
殺気を全身に浴びてしまい、身動きできず、ただシルヴィオを見上げた。

「我に仇なす者は消す!」
「へ、陛下!」

――明らかに様子がおかしい!
――ま、まさか奴の幻術か!?

「消えろ!」
「!」

恐怖のあまり目を閉じたアダルの耳に、甲高い金属音が聞こえる。
同時に低い男の声がした。

「よう、側近殿」
「ん、なっ?」

そっと目を開けると、見慣れた傭兵上がりの兵士が、アダルをシルヴィオの剣から守っているではないか。

「カルバス!」
「陛下を元に戻したければ、俺のモノになると誓え!」
「はっ!?」
「なんだ貴様も斬るぞ!」

凄まじい勢いで剣がぶつかり合い、二人はお互いに一旦距離をとり、しばしにらみ合う。
剣の腕は、互角のようだ。

アダルは息を飲み、戦いに魅入る。

「おい! アダル様!」
「はっ」
「どうするんだ!」

カルバスはシルヴィオの素早い攻撃をなんなく受け止めて、笑みまで浮かべていた。

――なんという余裕。

シルヴィオが奇声を発しながら、さらに素早い動きで剣を振り回す。
もはや、何と戦っているのかわからない様子だ。

アダルは危機感を募らせる。

「い、いかん」

このままでは、シルヴィオは自分の肉体を傷つけてしまう。
過去にもこんな激しい戦い方をした姿を見ており、その際は、最終的にはひどく身体に負担がかかって、重症だったのを思い出す。

「シルヴィオさまあっいけませんっ!」
「がああああっアアアッ」
「うぐっ」

猛攻を受け止めるカルバスと視線が交わる。

――こやつなら、陛下を止められるのか?

しかし、それを願えば、自分はこの男の物になると約束しなければならない。

脳裏には婚姻の儀式の記憶が過る。

アダルはギリギリと唇を噛み、目をきつく閉じて開くと叫ぶ。

「私はシルヴィオ様の伴侶だ! 他の誰かの物にはならん!」

思いの限りを言葉にして叫ぶと、シルヴィオめがけて走り出す。
どうにか背後に回り込み、その背中に抱きついてまた叫んだ。

「シルヴィオさまあっ!!」
「お、おい!」
「ウグアアアアッ!」

カルバスと戦い続けていたシルヴィオが背後に回った敵を認識し、アダルに剣をふりかざす。

――シルヴィオ様!

アダルは目を閉じて覚悟を決めた。


衝撃はなかった。

「……あ」

――?

小さな声にゆっくり目を開く。
目の前で剣を地に落とし、膝をつくシルヴィオに抱きついた。

「シルヴィオさまあ」

声が震えて掠れてしまうが、シルヴィオは背中に腕を回してさすってくれる。
その感触と温もりに目頭が熱くなった。

「すまない、油断した」
「いったい何が?」
「ジェイムに、術をかけられて、剣を持たされた」
「やはり」

ガサリ。
どこからか草を踏みしめる音がして、その正体が傍に現れた。
紫髪の道化のような男。

「ジェイム! 貴様、陛下になんていう事を!」
「あっけなくかかりすぎだよお、色ボケちゃってさあつまんないなあ」
「……ジェイム、お前は、アダルを……」
「はあん? 嫉妬ってか?」

シルヴィオが立ち上がるのを、アダルは手伝う。
険悪な雰囲気で向き合うシルヴィオとジェイムに、アダルは固唾を飲んで見守る。

しかし、また陛下に何かするのであれば赦さない。
そんな意志を込めて睨み付けた。

ジェイムがアダルを見て、顔を歪ませて笑い声をあげる。

「ははははっあの子がなつくだけはある!」
「フェリクスは関係ないだろう!」
「まあ、もういいや。シルヴィオに一泡吹かせてやったし。君ももう気がすんだだろ?」

ジェイムが声をかけたのは、剣を未だに手にしたままのカルバスだった。

シルヴィオを睨み付けている。
まだ殺気を消していない。

アダルは彼の前に進み出た。

「アダル様」
「お前は、本当にわたしを?」
「……」

瞳を伏せる様子に息を飲む。

「なぜ、私をそこまで」
「覚えてないだろうが……」

それは、カルバスがまだ傭兵だった、五年ほど前の話だと語り始める。

「傭兵同士の小競り合いで瀕死だった俺を、アダル様が助けてくれたんだ」
「私が」
「ああ。それがきっかけで兵士になろうって決意したんだ。いざ城に入ったら、あんたは陛下にぞっこんだった……機を伺ってたんだが、無理か……」

俯くカルバスにアダルは複雑な心境で咳払いをして、意志を伝える。

「何にせよ、お前がした事は赦される事ではない。それに……私が想うのは、陛下だけだ」
「言われなくても、わかってる」
「カルバス、お前を国から追放する」
「……陛下」
「仲間を連れて出ていけ、命を取られない事を感謝しろ」
「……御意」

カルバスは頭を垂れると大人しく背中を向けて、立ち去った。

これで、この場にはアダル、シルヴィオ、ジェイムの三人だけとなる。

「ジェイム、お前は陛下とどんな関係なんだ?」

肩を竦めるだけで答える気はなさそうだ。

「かつて、俺と組んで戦った、戦友であり右腕だった男だ」

見かねたらしいシルヴィオが、ジェイムの代わりに答えてくれる。
アダルは意外だなと思う。
この男が戦場にいたとは。
そんな雰囲気は感じない。

「そうだよお? 今隣にいる君があまりにも弱っちくてイライラしたんだ」
「弱っちい?」

カチンときたが、ぐっとこらえる。

「ジェイム、私は、確かに弱いただの人間かもしれないが、誰よりも陛下の理解者でありたいと願い、傍にいる覚悟は持っている」
「だから?」
「私を、陛下の傍にいることを、赦して欲しい」
 
まっすぐにジェイムの目を見つめ、はっきりと言葉にした。
しばし見つめあう。

やがてジェイムが顔を背けると、疲れたような声をあげる。

「まあ、仕方ないかあ。なにせ、結婚しちゃったし、それに君……もう歳とらないでしょう?」
「!」
「何、かたまってるの? 知らないわけないでしょ、魔族だよ俺
!」
「フェリクス、は?」
「知ってるよ当然!」
「……はあ」

なんだか疲労感で身体が重い。

「アダルさん!」

突然響いた声に振り返ると、そこにはフェリクスが困り顔で佇んでいた。 
アダルは安心して頷く。

「大丈夫そうだな、良かった」
「こんな事になって、ごめんなさい! でも、できたら処罰はどうか僕だけにして頂けないでしょうか!?」
「フェリクス」
「お願いします!」

何度も謝るフェリクスにため息をついたシルヴィオは、ジェイムに向き直ると腕を組んで睨み付けた。

「こいつは本当に卑怯な男だ」
「べつに俺様もフェリちゃんも罰を受けるつもりないけど?」
「ジェイム様!」
「――ならば」

シルヴィオがアダルの肩を抱く。
アダルはビクリとしてシルヴィオを見た。
優しい笑顔を向けられてドキリとする。

「お前の幻術に簡単にかかる俺にも非はある。そこでだ、お前たち俺とアダルにしばらく化けてくれないか」
「シルヴィオ様?」
「こいつと新婚旅行に行きたい」
「ひぇっ!?」

間抜けな声を出したアダルに、シルヴィオが苦笑して頭を撫でられた。

フェリクスがおずおずと口を開いた。

「あ、あの、それが罰の代わりなのでしょうか」
「ああ」
「ジェイム様?」
「あ~まあ、いっかあ。国の中なら鏡で連絡取れるし?」
「じゃ、決まりだな」

ニヤリと笑うシルヴィオにアダルは叫んだ。

「し、新婚旅行!?」
「思い切り甘やかしてやる」

突然過ぎて、心の準備が……!

アダルの意見は無視され、強引な新婚旅行へ、シルヴィオに連れて行かれる事になった
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