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EP4_②
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「見てたかよ!? 俺のオーバーヘッド! 今年のワールドカップは、我らが"ゴルソント"が頂きだな!」
「……あっ! 貴方もしかして、"ゴルソントの閃光・ゼスト"ですか!?」
「おう! サッカーの貴公子たぁ、俺の事よ!」
晩餐の会話は、大抵がゼストの声で埋まっていた。
元より老紳士、病弱、性悪女が集まった席なので、他に会話を切り出す者が居なかったのだ。
ゼストはチャラくて、毎晩を遊び歩くパリピ。しかし、ただ遊んでいるだけではない。
彼は大都市ソントのサッカーチーム、"ゴルソントのエースストライカー"だった。
セレアは趣味でサッカーを観戦する。当然、選手の事も知っている。特に地元チームの選手には、接客でもプライベートでも、抱かれた機会は数知れない。
その中でも地元チーム、"マフィーオルゼ"と毎回のように決勝でぶつかるチームのエースを、彼女が覚えていない筈が無かった。
「いやぁ、嬉しいねぇ! 他の奴はサッカーに興味が無くてよ! 俺様の活躍を見ようともしねぇ!
相手チームのサポーターでも、名前を知られてるのは嬉しいもんだ!……ところでよぉ。」
ゼストはそこまで、楽しそうに自分の話を続けていたが、今度は父親に質問した。
「なぁ親父? この、めっちゃエロいお姉さん、一体何者?」
「ゼスト、失礼だ。」
「"ウシ乳お姉さん"なら、良いか?」
「失礼だと言ってるだろう、ゼスト。」
「ウフフフッ♡ 良いですよ、褒めて頂き光栄です♡」
普通の女性なら顔をしかめる会話だが、セレアは淫魔。こんな会話、ただの褒め言葉に他ならない。
「兄さん、この女はヴィルの奴隷妻よ。 淫魔の血を引いてるらしいわ。」
「へぇっ! こんな美人、てっきり兄貴の嫁さんかと思ったぜ! 淫魔なら納得だが、それにしても綺麗だなぁ!」
「もうっ! 冗談がお上手ですこと……!」
ここに来て、兄妹の順番が確定した。
分かっている限りの順序は、長男アウレスタ、次男ゼスト、長女フィラ、三男ヴィルヘルムII世だ。
「お父様、この女がヴィルの嫁って、本当なんですか?
まぁ確かに、お似合いかも知れませんわ。 どちらも肉だらけで、下品ですものね。」
「いやいや、優しそうで良いじゃん! ヴィルに合ってるぜ!」
「ゼストの言う通りだ。 そもそも庶民からの妻は、健康な女性を連れて来るのが通例。 どう見ても、彼女は健康そのものだ。
それに、アイツは人見知りが激しいからな。 優しく包容力のある女性でなければ、そもそも夫婦として成り立たない。」
「優しくて、包容力があるなんて……///」
そこまでベタ褒めされると、セレアは少し恥ずかしくなった。
だがフィラは、当主の意見に納得出来ないようだ。いや、認めたくないだけだろう。
「性格なんて、問題じゃありませんよ。 なんせ、遺伝しませんから。
大事なのは能力です。 たとえ淫魔とは言え、乳と尻しか取り柄の無い売女と、まともに会話も出来ない醜男。
この二人が交わったところで、どんな子が産まれるのか、本当に見ものですわ。 さぞかし、我が家の名を冠するに相応しい子でしょうね。」
「確かに乳と尻は凄いけど、明らかに普通の女とは違うと思うぜ。 魔力の流れが人間離れしてる。
それに言葉の節々から、娼婦には無い"気品"みたいなのを感じるんだよな。 "エロいだけのお姉さん"には、思えないぜ。」
(あら! そこに気付くのは流石!)
馬鹿そうに見えて、ゼストはかなり聡明である事をセレアは悟った。
きっと、学問は微妙だろう。だが少なくとも、セレアをタダの娼婦ではないと見抜ける観察眼は有るようだ。
「……フィラ、お前はセレアティナ殿が我が家に相応しくないと、そう言いたいのか?」
「はい、そうです。 奴隷妻制度は、元より好きではないので。」
(うん?意外と、まとも?)
「庶民の女なんて、使い捨てにすれば良いんですよ。 曲がりなりにも、貴族として扱うから歪になるんです。
子を産ませた後は、奴隷として働かせれば良いんですよ。 奴隷妻が産んだ子も貴族として扱わず、召使いにするべきです。」
(同じ女の発言とは思えん……。)
奴隷妻制度に異を唱えるのかと思いきや、むしろ更なる過激な方向に推進しようとするフィラの発言に、セレアは少し落胆した。
「俺は奴隷妻制度も悪くないと思うぜ。
お袋が"女優"じゃなかったら、俺のイケメンフェイスも無かった訳だしな!」
「フフッ♪ 確かに、ゼスト様はハンサムですね。」
「だろ~? お義姉さんみたいな美女に言われると、嬉しくなるぜ!」
貴族とて、皆が整った顔立ちをしている訳ではない。
それならば、外から美女の血を混ぜ込むと言う制度は、ある意味で正解かも知れない。
それに、貴族ばかりでの婚姻が続くと、大抵まともな事にならないのは、歴史が証明している。
「お母様は例外ですよ。 女優は高貴な職ですから。 でも、娼婦は違うと思いませんか?」
「どの辺が違うと言うのだ?」
「幾度となく男に股を開いて、汚れ切った女ですよ。 それに、他の職に就けない"知性の低い女"の仕事です。」
(……うん?)
セレアはここまで、自分に対する罵詈雑言を黙って耐えて来た。と言うより、気にしていなかった。
何を言われても笑って済ませるし、孕み袋扱いされるなら、それも仕方ないと割り切っていた。
(今なんつった?)
だが、フィラは地雷を踏んだ。
セレアは娼婦という職業に、"並々ならぬプライド"を持っていたのだ――。
「そもそも、あなた学歴はどうなの?
穢らしいオルゼの出身らしいわね。酔っ払いとゴロツキの町でしょう?
朝から晩まで犯されて、学校に通う余裕はあったの? 文字は読める? ピアノは弾ける? そもそも、学校って分かる?」
セレアの事を馬鹿にし切った嘲笑の目が、真正面から彼女を睨み付ける。
だが彼女の方も、流石に我慢の限界だった――。
「オルゼに住む方々は、酔っ払いでもゴロツキでもありませんわ。 皆が日々を必死に生きている、命の輝く町です。
朝から晩まで犯されるなんて、とんだ偏見ですわ。 町の人達は私を、我が子のように可愛がってくれました。 成人するまで、町の人から手を出された事は一度も有りません。
学費も工面してくれて、シフトも代わってくれて、食事を奢ってくれて、進学に際して様々な手助けをして頂きました。」
「へぇ~?で、学歴はどうなの? 学費を工面と言っても、小卒じゃ何の意味も無いわよ?」
あくまでもセレアを馬鹿だと、貧民街出身の"下品なクズ"だと言いたいフィラは、更なる詰問を続ける。
だが職業を馬鹿にされ、故郷を馬鹿にされ、同郷の仲間への偏見を浴びせられたセレアは、"最後のカード"を切る事にした――。
「Under Heaven central unitersity, 淑女教養学部。」
「え?」
「私は中央大学の淑女教養学部卒です。」
この言葉が意味する物、それは即ちセレアが"天才的な頭脳"を持っている証だ。
「ほらな! エロいだけのお姉さんじゃないって、言っただろ!」
「ちゅ、中央大ですって!? それに、"偏差値75"の学部よ! ふざけるのも大概にしなさい!」
アンダーヘブンにおける、最高レベルの大学。その中でも特に、女子の偏差値が最も高い学部を、セレアは卒業していた。
もし彼女がこの世界の貴族なら、裏口の可能性も有っただろう。だが、貧民街の出身ならば、裏口など殆ど有り得ない。
そもそも魔族は、古来より人類を遥かに超越する頭脳を持っている。
淫魔と言えども、彼女は悪魔とのハーフ。ならば、頭が悪い筈がなかった。
そんな彼女の主張を裏付けるように、当主は追い討ちを掛ける――。
「フィラ、見苦しいぞ。 嘘だと思うなら、コレを見なさい。」
当主は胸ポケットから、小さな水晶玉を取り出した。
そこに映し出されているのは、一枚の写真である。魔法で浮き上がったソレは、ホログラムとして空間に映写される。
「あっ、懐かしいですね!」
「おい親父、この写真は?」
「天陰暦313年の、中央大学ミスコン。 その表彰式だ。」
「へぇ、ミスコン……ミスコン!?」
フィラは仰天して、椅子を蹴り倒して立ち上がった。
ミスコンに参加する資格を持っているのは、当然ながら学生のみ。そして、トロフィーを受け取っているのは、間違いなくセレアだ。
「フィラ、良い加減に認めなさい。 セレア殿は間違いなく、我が家に相応しい女性だ。」
「くっ……でも……能力の有無とは関係なく……娼婦の血が……。」
「そもそも、お前の母も庶民である事は知っておろう。
それなのに、セレア殿を差別するのは何故か。 その理由が、私には見え透いて分かる。」
「え……?」
「ヴィルが、弟が羨ましいのだろう? それでいて、見下していないと自尊心が保てない。」
「な、何を言ってるんですか! 私がヴィルを!? 冗談じゃないです! あんな肉だるま!」
「そんな事言うなよ! ポッチャリしてて可愛いだろ!」
ゼストはどうやら、弟の事を気に入っているようだ。体型も含めて、むしろ可愛がっている事が分かる。
そんな問答に全くの関心を示さず、当主は言葉を続ける。
「ヴィルの子供は娼婦の子。 それならば、女優の娘である自分よりも、"卑しい存在だと思いたい"。
そうすれば、自分に自信を持てる。 少なくとも、ヴィルの子よりも優秀だと思える。」
「ち、違います! そんな事は!」
「お前は心の奥底で分かっているんだ。
ヴィルヘルムⅡ世に、自分は勝てないと。 だから嫁を見下して、子を見下そうとする。」
(ヴィル君に……勝てない?)
セレアには、当主の言葉の意味が分からなかった。確かにヴィルは優しくて素直だが、コミュ障でブサメンである。
セレアとしてはそんな所も可愛いと思うが、客観的に見ればフィラの方が上に思える。少なくとも、今の段階では。
「大学を留年、中退したお前にとって、自分の能力はコンプレックスそのもの。 そして、その所以は母の血にあると考え、疑わない。
……"同じ胎から生まれた二人の兄"は優秀なのに、なぜ自分は違うのか。 そうは思わないのか?」
「えへへ照れるな!」
「黙れ。」
「すまん。」
あまりにも重苦しい空気を和ませようと、ゼストは会話に茶々を入れた。
しかし当主はドスの効いた声で彼を一蹴し、瞬時に黙らせる。
「そして、お前はセレア殿に出会って、更に妬ましく思えた。
貴族の血が微塵も混ざっていない彼女を見て、"才能の違い"を見せ付けられた気がしたんだろう。」
「うっ……!」
(私の才能……色々有り過ぎて分かんない……///)
彼女は正に、才能の塊とも言える存在。
男を誘うイヤラしい体付きは勿論のこと、目鼻立ちも魔法の才能も頭脳も、全ては両親から譲り受けた物。
有りとあらゆる人から妬まれては、その全てを友人やファンにして来た。
貧乳魔法少女のミサラ(※無頼勇者の奮闘記のキャラ)など、その良い例だ。
そう考えると、彼女の"コミュ力"もまた、才能に他ならない――。
「もし、ヴィルと庶民のセレア殿の間に、自分より優秀な子が生まれたら……そう思うと、疎ましくて仕方なかった。
セレア殿も、その子供も、ここから消えてほしかった。 貴族との間に生まれた子なら、どんな能力や才能でも許せる。 だが、逆は許せないからだ。」
(流石は父親、いや"領主"ね……。)
人の心を奥底まで見通すような、正に"統率者の資質"とも呼べる物が、ヴィルヘルム1世には備わっているようだ。
図星を突かれ続けて、フィラはついに泣き出した。
「うっ……うぅっ……そ、そうです……だって……だってぇ……! ヴィルなんかに……負ける理由は……血筋以外にあり得ないと……思ったので……!
それなのに、庶民の娼婦を娶って、その間に生まれた子供が優秀なら、それはヴィルの血が優秀と言う意味。
それを否定すれば、庶民の娼婦が優秀になり、本当に私が失敗作という意味になる……!」
(うわぁ……想像以上に、どうしようもない……。)
救えないクズとは、正にこの事。コンプレックスに脳を侵され、思考が常人から外れている。
どうやらフィラは、ヴィルを羨ましく思っているようだ。そして、見下している弟よりも劣る自分に、理由を見出そうとした。
その理由が、血筋。
話の流れから察するにヴィルは貴族の妻、つまり本妻から生まれた子供なのだろう。
自分が劣っているのは、貴族以外から生まれたから。そう思ったのだ。
だから、貴族でもないのに優秀なセレアが、なおさら許せなかった。
そして、そんなセレアが孕む子が優秀ならば、弟に完全敗北したも同じ。フィラのプライドは、それを許せなかった。
だが、彼女と当主が共有する理論には、大きな穴が有った――。
「まぁ、セレア殿は正真正銘の貴族。 と言うか、王族なんだがな。」
「は?」
あまりに突拍子の無い掌返しを受けて、フィラは目を丸くした。困惑する彼女をよそに、領主は話を続ける。
「セレアティナ=バイオレット。 人間とのハーフとは言え、立派な"バイオレット家"の末裔。 先代の女王、"セレスティアナ"の実の娘だ。」
「あ、あはは~……そうですね、一応は王族です……。」
別に隠していた訳ではないが、知られるつもりも無かった事実。
そんな事を知られていたので、正直言ってセレアは驚いていた。
だがフィラは、そんな父の発言に納得出来ない。
「くっ……騙したんですね! お父様ッ!!!」
「いいや、騙していない。 彼女は庶民だろう?」
「え?」
(そうそう、私は庶民よ。 派閥争いは、"スカーレット家"の勝ちなんだから。)
セレアは貴族扱いが好きな訳ではないが、母と共に"対立派閥のクーデター"から逃げ延びた日の事を思い出すと、少し悔しい気持ちになる。
貴族で居たかった訳ではない。
ただ、腹違いの兄弟を殺された光景が、目に焼き付いて離れないだけだ。
「淫魔の女王が孕んだ、人間の庶民の子。 それがセレア殿だ。……どうだ?既視感が有るのでは?」
だが当主の言いたかった事は、そんな単純な事実ではなかった。
セレアですら気付かなかった彼女の立場を、言葉巧みに論戦に交えている。
それは正に、フィラを論破する"ロンギヌスの槍"だった――。
「え?え?どういう事ですか?」
「まだ分からんのか? 奴隷妻の子が庶民なら、"種族的に悪魔に劣る人間"の男、その娘のセレア殿も庶民になる。
それが、お前の論理だ。 なら、お前は先ほど自分で言ったように、庶民に劣っている事になる。」
「あっ……!」
(あぁぁぁッ!!!なるほどぉッ!)
セレアはその時、当主の論理の全てを理解した。
人間は、正直言って"悪魔の下等生物"に過ぎない。始祖を神と同じにする悪魔は、人間とは遠い存在なのだ。
そんな悪魔が、"下賎な種族の庶民"と交わって出来たのが、セレアティナと言う娘。
フィラの言うように、奴隷妻との間の子が貴族でないなら、セレアは"それ以下の存在"に過ぎない筈なのだ。
「ですが悪魔と人間では、そもそも頭脳に差があります!」
「彼女が淫魔である事は、既に伝えていた筈だ。
それなのに、貴族であると知って動揺したのは、悪魔でも人間でも、"貴族である事が重要"だからでは無いか?」
「おぉっ! 親父スゲェッ!!!」
「ゼスト、お前も男なら、この程度の説教が出来なければ話にならんぞ。」
「手厳しィーッ! 脳筋サッカー野郎に、そこまで求めんなよッ!?」
「まぁ良い。 取り敢えずフィラ、私の言いたい事は分かった筈だ。」
悪魔の頭脳を持つセレアですら、置いてかれる程の論理の高速展開。
それを"程度の低い論戦"だと断じれるヴィルヘルム1世は、格の違う男に見える。
(凄い……ここまで言い包めるなんて……やだ、濡れちゃう……///)
セレアの雌の本能が、ヴィルヘルムの放つ"支配者のオーラ"に反応し、発情を促された。
風呂上がりに替えたばかりのパンツが、ジンワリと濡れている。そんな事は、触らなくても分かった。
淫魔として、そして一人の女として持つ、男を見定めるセンサーが、敏感に反応している。
『この男になら、抱かれても良い。』と――。
「くっ……そ、それはっ!!!」
「良い加減に、庶民だの貴族だの気にするのは、もうやめなさい。
セレア嬢ほどの女性でも、その境界は曖昧なのだ。 あえて線引きする事で、区別するほどの物でもない。 その事が分かった筈だ。」
「うっ……うぅっ……!」
再び泣き出してしまったフィラは、これ以上の反論が見つからないようだ。
正に"完全無欠の論破"、これ以上は何を言っても意味が無い。
だが当主は、フィラを言い負かして悲しませたい訳ではなかった――。
「今の自分を恥じるのなら、まだ人間として成長出来る。 私はお前を信じてるぞ。」
少し酷な気もするが、コレも親の愛だ。
真っ当に育って欲しいなら、多少の鞭もくれてやるのが教育という物。
しかしフィラには、それが分からない――。
「余計なお世話ですッ!」
あまりの恥ずかしさに、フィラは夕食を放り出し、出て行ってしまった。
ゼストは後を追おうとするが、当主がそれを静止する。
出て行ったフィラの代わりと言っては変だが、別の顔がドアから覗いている。
「姉さんが……出て行ったけど……何かあったの?」
「あっ、ヴィル君っ!」
「遅くなって……ごめんね……セレア……あと、お父様も……。」
「学問に打ち込んでおったのだろう。 なら、何も謝らなくて良い。 早く座れ、夕食が冷めるぞ。」
「失礼します……。」
ヴィルはそう言うと、セレアの右に設けられた席に座った。
どこか自信無さげに震えていた彼だが、アウレスタが居ない事を確認すると、少し安心したようだ。
「……あっ! 貴方もしかして、"ゴルソントの閃光・ゼスト"ですか!?」
「おう! サッカーの貴公子たぁ、俺の事よ!」
晩餐の会話は、大抵がゼストの声で埋まっていた。
元より老紳士、病弱、性悪女が集まった席なので、他に会話を切り出す者が居なかったのだ。
ゼストはチャラくて、毎晩を遊び歩くパリピ。しかし、ただ遊んでいるだけではない。
彼は大都市ソントのサッカーチーム、"ゴルソントのエースストライカー"だった。
セレアは趣味でサッカーを観戦する。当然、選手の事も知っている。特に地元チームの選手には、接客でもプライベートでも、抱かれた機会は数知れない。
その中でも地元チーム、"マフィーオルゼ"と毎回のように決勝でぶつかるチームのエースを、彼女が覚えていない筈が無かった。
「いやぁ、嬉しいねぇ! 他の奴はサッカーに興味が無くてよ! 俺様の活躍を見ようともしねぇ!
相手チームのサポーターでも、名前を知られてるのは嬉しいもんだ!……ところでよぉ。」
ゼストはそこまで、楽しそうに自分の話を続けていたが、今度は父親に質問した。
「なぁ親父? この、めっちゃエロいお姉さん、一体何者?」
「ゼスト、失礼だ。」
「"ウシ乳お姉さん"なら、良いか?」
「失礼だと言ってるだろう、ゼスト。」
「ウフフフッ♡ 良いですよ、褒めて頂き光栄です♡」
普通の女性なら顔をしかめる会話だが、セレアは淫魔。こんな会話、ただの褒め言葉に他ならない。
「兄さん、この女はヴィルの奴隷妻よ。 淫魔の血を引いてるらしいわ。」
「へぇっ! こんな美人、てっきり兄貴の嫁さんかと思ったぜ! 淫魔なら納得だが、それにしても綺麗だなぁ!」
「もうっ! 冗談がお上手ですこと……!」
ここに来て、兄妹の順番が確定した。
分かっている限りの順序は、長男アウレスタ、次男ゼスト、長女フィラ、三男ヴィルヘルムII世だ。
「お父様、この女がヴィルの嫁って、本当なんですか?
まぁ確かに、お似合いかも知れませんわ。 どちらも肉だらけで、下品ですものね。」
「いやいや、優しそうで良いじゃん! ヴィルに合ってるぜ!」
「ゼストの言う通りだ。 そもそも庶民からの妻は、健康な女性を連れて来るのが通例。 どう見ても、彼女は健康そのものだ。
それに、アイツは人見知りが激しいからな。 優しく包容力のある女性でなければ、そもそも夫婦として成り立たない。」
「優しくて、包容力があるなんて……///」
そこまでベタ褒めされると、セレアは少し恥ずかしくなった。
だがフィラは、当主の意見に納得出来ないようだ。いや、認めたくないだけだろう。
「性格なんて、問題じゃありませんよ。 なんせ、遺伝しませんから。
大事なのは能力です。 たとえ淫魔とは言え、乳と尻しか取り柄の無い売女と、まともに会話も出来ない醜男。
この二人が交わったところで、どんな子が産まれるのか、本当に見ものですわ。 さぞかし、我が家の名を冠するに相応しい子でしょうね。」
「確かに乳と尻は凄いけど、明らかに普通の女とは違うと思うぜ。 魔力の流れが人間離れしてる。
それに言葉の節々から、娼婦には無い"気品"みたいなのを感じるんだよな。 "エロいだけのお姉さん"には、思えないぜ。」
(あら! そこに気付くのは流石!)
馬鹿そうに見えて、ゼストはかなり聡明である事をセレアは悟った。
きっと、学問は微妙だろう。だが少なくとも、セレアをタダの娼婦ではないと見抜ける観察眼は有るようだ。
「……フィラ、お前はセレアティナ殿が我が家に相応しくないと、そう言いたいのか?」
「はい、そうです。 奴隷妻制度は、元より好きではないので。」
(うん?意外と、まとも?)
「庶民の女なんて、使い捨てにすれば良いんですよ。 曲がりなりにも、貴族として扱うから歪になるんです。
子を産ませた後は、奴隷として働かせれば良いんですよ。 奴隷妻が産んだ子も貴族として扱わず、召使いにするべきです。」
(同じ女の発言とは思えん……。)
奴隷妻制度に異を唱えるのかと思いきや、むしろ更なる過激な方向に推進しようとするフィラの発言に、セレアは少し落胆した。
「俺は奴隷妻制度も悪くないと思うぜ。
お袋が"女優"じゃなかったら、俺のイケメンフェイスも無かった訳だしな!」
「フフッ♪ 確かに、ゼスト様はハンサムですね。」
「だろ~? お義姉さんみたいな美女に言われると、嬉しくなるぜ!」
貴族とて、皆が整った顔立ちをしている訳ではない。
それならば、外から美女の血を混ぜ込むと言う制度は、ある意味で正解かも知れない。
それに、貴族ばかりでの婚姻が続くと、大抵まともな事にならないのは、歴史が証明している。
「お母様は例外ですよ。 女優は高貴な職ですから。 でも、娼婦は違うと思いませんか?」
「どの辺が違うと言うのだ?」
「幾度となく男に股を開いて、汚れ切った女ですよ。 それに、他の職に就けない"知性の低い女"の仕事です。」
(……うん?)
セレアはここまで、自分に対する罵詈雑言を黙って耐えて来た。と言うより、気にしていなかった。
何を言われても笑って済ませるし、孕み袋扱いされるなら、それも仕方ないと割り切っていた。
(今なんつった?)
だが、フィラは地雷を踏んだ。
セレアは娼婦という職業に、"並々ならぬプライド"を持っていたのだ――。
「そもそも、あなた学歴はどうなの?
穢らしいオルゼの出身らしいわね。酔っ払いとゴロツキの町でしょう?
朝から晩まで犯されて、学校に通う余裕はあったの? 文字は読める? ピアノは弾ける? そもそも、学校って分かる?」
セレアの事を馬鹿にし切った嘲笑の目が、真正面から彼女を睨み付ける。
だが彼女の方も、流石に我慢の限界だった――。
「オルゼに住む方々は、酔っ払いでもゴロツキでもありませんわ。 皆が日々を必死に生きている、命の輝く町です。
朝から晩まで犯されるなんて、とんだ偏見ですわ。 町の人達は私を、我が子のように可愛がってくれました。 成人するまで、町の人から手を出された事は一度も有りません。
学費も工面してくれて、シフトも代わってくれて、食事を奢ってくれて、進学に際して様々な手助けをして頂きました。」
「へぇ~?で、学歴はどうなの? 学費を工面と言っても、小卒じゃ何の意味も無いわよ?」
あくまでもセレアを馬鹿だと、貧民街出身の"下品なクズ"だと言いたいフィラは、更なる詰問を続ける。
だが職業を馬鹿にされ、故郷を馬鹿にされ、同郷の仲間への偏見を浴びせられたセレアは、"最後のカード"を切る事にした――。
「Under Heaven central unitersity, 淑女教養学部。」
「え?」
「私は中央大学の淑女教養学部卒です。」
この言葉が意味する物、それは即ちセレアが"天才的な頭脳"を持っている証だ。
「ほらな! エロいだけのお姉さんじゃないって、言っただろ!」
「ちゅ、中央大ですって!? それに、"偏差値75"の学部よ! ふざけるのも大概にしなさい!」
アンダーヘブンにおける、最高レベルの大学。その中でも特に、女子の偏差値が最も高い学部を、セレアは卒業していた。
もし彼女がこの世界の貴族なら、裏口の可能性も有っただろう。だが、貧民街の出身ならば、裏口など殆ど有り得ない。
そもそも魔族は、古来より人類を遥かに超越する頭脳を持っている。
淫魔と言えども、彼女は悪魔とのハーフ。ならば、頭が悪い筈がなかった。
そんな彼女の主張を裏付けるように、当主は追い討ちを掛ける――。
「フィラ、見苦しいぞ。 嘘だと思うなら、コレを見なさい。」
当主は胸ポケットから、小さな水晶玉を取り出した。
そこに映し出されているのは、一枚の写真である。魔法で浮き上がったソレは、ホログラムとして空間に映写される。
「あっ、懐かしいですね!」
「おい親父、この写真は?」
「天陰暦313年の、中央大学ミスコン。 その表彰式だ。」
「へぇ、ミスコン……ミスコン!?」
フィラは仰天して、椅子を蹴り倒して立ち上がった。
ミスコンに参加する資格を持っているのは、当然ながら学生のみ。そして、トロフィーを受け取っているのは、間違いなくセレアだ。
「フィラ、良い加減に認めなさい。 セレア殿は間違いなく、我が家に相応しい女性だ。」
「くっ……でも……能力の有無とは関係なく……娼婦の血が……。」
「そもそも、お前の母も庶民である事は知っておろう。
それなのに、セレア殿を差別するのは何故か。 その理由が、私には見え透いて分かる。」
「え……?」
「ヴィルが、弟が羨ましいのだろう? それでいて、見下していないと自尊心が保てない。」
「な、何を言ってるんですか! 私がヴィルを!? 冗談じゃないです! あんな肉だるま!」
「そんな事言うなよ! ポッチャリしてて可愛いだろ!」
ゼストはどうやら、弟の事を気に入っているようだ。体型も含めて、むしろ可愛がっている事が分かる。
そんな問答に全くの関心を示さず、当主は言葉を続ける。
「ヴィルの子供は娼婦の子。 それならば、女優の娘である自分よりも、"卑しい存在だと思いたい"。
そうすれば、自分に自信を持てる。 少なくとも、ヴィルの子よりも優秀だと思える。」
「ち、違います! そんな事は!」
「お前は心の奥底で分かっているんだ。
ヴィルヘルムⅡ世に、自分は勝てないと。 だから嫁を見下して、子を見下そうとする。」
(ヴィル君に……勝てない?)
セレアには、当主の言葉の意味が分からなかった。確かにヴィルは優しくて素直だが、コミュ障でブサメンである。
セレアとしてはそんな所も可愛いと思うが、客観的に見ればフィラの方が上に思える。少なくとも、今の段階では。
「大学を留年、中退したお前にとって、自分の能力はコンプレックスそのもの。 そして、その所以は母の血にあると考え、疑わない。
……"同じ胎から生まれた二人の兄"は優秀なのに、なぜ自分は違うのか。 そうは思わないのか?」
「えへへ照れるな!」
「黙れ。」
「すまん。」
あまりにも重苦しい空気を和ませようと、ゼストは会話に茶々を入れた。
しかし当主はドスの効いた声で彼を一蹴し、瞬時に黙らせる。
「そして、お前はセレア殿に出会って、更に妬ましく思えた。
貴族の血が微塵も混ざっていない彼女を見て、"才能の違い"を見せ付けられた気がしたんだろう。」
「うっ……!」
(私の才能……色々有り過ぎて分かんない……///)
彼女は正に、才能の塊とも言える存在。
男を誘うイヤラしい体付きは勿論のこと、目鼻立ちも魔法の才能も頭脳も、全ては両親から譲り受けた物。
有りとあらゆる人から妬まれては、その全てを友人やファンにして来た。
貧乳魔法少女のミサラ(※無頼勇者の奮闘記のキャラ)など、その良い例だ。
そう考えると、彼女の"コミュ力"もまた、才能に他ならない――。
「もし、ヴィルと庶民のセレア殿の間に、自分より優秀な子が生まれたら……そう思うと、疎ましくて仕方なかった。
セレア殿も、その子供も、ここから消えてほしかった。 貴族との間に生まれた子なら、どんな能力や才能でも許せる。 だが、逆は許せないからだ。」
(流石は父親、いや"領主"ね……。)
人の心を奥底まで見通すような、正に"統率者の資質"とも呼べる物が、ヴィルヘルム1世には備わっているようだ。
図星を突かれ続けて、フィラはついに泣き出した。
「うっ……うぅっ……そ、そうです……だって……だってぇ……! ヴィルなんかに……負ける理由は……血筋以外にあり得ないと……思ったので……!
それなのに、庶民の娼婦を娶って、その間に生まれた子供が優秀なら、それはヴィルの血が優秀と言う意味。
それを否定すれば、庶民の娼婦が優秀になり、本当に私が失敗作という意味になる……!」
(うわぁ……想像以上に、どうしようもない……。)
救えないクズとは、正にこの事。コンプレックスに脳を侵され、思考が常人から外れている。
どうやらフィラは、ヴィルを羨ましく思っているようだ。そして、見下している弟よりも劣る自分に、理由を見出そうとした。
その理由が、血筋。
話の流れから察するにヴィルは貴族の妻、つまり本妻から生まれた子供なのだろう。
自分が劣っているのは、貴族以外から生まれたから。そう思ったのだ。
だから、貴族でもないのに優秀なセレアが、なおさら許せなかった。
そして、そんなセレアが孕む子が優秀ならば、弟に完全敗北したも同じ。フィラのプライドは、それを許せなかった。
だが、彼女と当主が共有する理論には、大きな穴が有った――。
「まぁ、セレア殿は正真正銘の貴族。 と言うか、王族なんだがな。」
「は?」
あまりに突拍子の無い掌返しを受けて、フィラは目を丸くした。困惑する彼女をよそに、領主は話を続ける。
「セレアティナ=バイオレット。 人間とのハーフとは言え、立派な"バイオレット家"の末裔。 先代の女王、"セレスティアナ"の実の娘だ。」
「あ、あはは~……そうですね、一応は王族です……。」
別に隠していた訳ではないが、知られるつもりも無かった事実。
そんな事を知られていたので、正直言ってセレアは驚いていた。
だがフィラは、そんな父の発言に納得出来ない。
「くっ……騙したんですね! お父様ッ!!!」
「いいや、騙していない。 彼女は庶民だろう?」
「え?」
(そうそう、私は庶民よ。 派閥争いは、"スカーレット家"の勝ちなんだから。)
セレアは貴族扱いが好きな訳ではないが、母と共に"対立派閥のクーデター"から逃げ延びた日の事を思い出すと、少し悔しい気持ちになる。
貴族で居たかった訳ではない。
ただ、腹違いの兄弟を殺された光景が、目に焼き付いて離れないだけだ。
「淫魔の女王が孕んだ、人間の庶民の子。 それがセレア殿だ。……どうだ?既視感が有るのでは?」
だが当主の言いたかった事は、そんな単純な事実ではなかった。
セレアですら気付かなかった彼女の立場を、言葉巧みに論戦に交えている。
それは正に、フィラを論破する"ロンギヌスの槍"だった――。
「え?え?どういう事ですか?」
「まだ分からんのか? 奴隷妻の子が庶民なら、"種族的に悪魔に劣る人間"の男、その娘のセレア殿も庶民になる。
それが、お前の論理だ。 なら、お前は先ほど自分で言ったように、庶民に劣っている事になる。」
「あっ……!」
(あぁぁぁッ!!!なるほどぉッ!)
セレアはその時、当主の論理の全てを理解した。
人間は、正直言って"悪魔の下等生物"に過ぎない。始祖を神と同じにする悪魔は、人間とは遠い存在なのだ。
そんな悪魔が、"下賎な種族の庶民"と交わって出来たのが、セレアティナと言う娘。
フィラの言うように、奴隷妻との間の子が貴族でないなら、セレアは"それ以下の存在"に過ぎない筈なのだ。
「ですが悪魔と人間では、そもそも頭脳に差があります!」
「彼女が淫魔である事は、既に伝えていた筈だ。
それなのに、貴族であると知って動揺したのは、悪魔でも人間でも、"貴族である事が重要"だからでは無いか?」
「おぉっ! 親父スゲェッ!!!」
「ゼスト、お前も男なら、この程度の説教が出来なければ話にならんぞ。」
「手厳しィーッ! 脳筋サッカー野郎に、そこまで求めんなよッ!?」
「まぁ良い。 取り敢えずフィラ、私の言いたい事は分かった筈だ。」
悪魔の頭脳を持つセレアですら、置いてかれる程の論理の高速展開。
それを"程度の低い論戦"だと断じれるヴィルヘルム1世は、格の違う男に見える。
(凄い……ここまで言い包めるなんて……やだ、濡れちゃう……///)
セレアの雌の本能が、ヴィルヘルムの放つ"支配者のオーラ"に反応し、発情を促された。
風呂上がりに替えたばかりのパンツが、ジンワリと濡れている。そんな事は、触らなくても分かった。
淫魔として、そして一人の女として持つ、男を見定めるセンサーが、敏感に反応している。
『この男になら、抱かれても良い。』と――。
「くっ……そ、それはっ!!!」
「良い加減に、庶民だの貴族だの気にするのは、もうやめなさい。
セレア嬢ほどの女性でも、その境界は曖昧なのだ。 あえて線引きする事で、区別するほどの物でもない。 その事が分かった筈だ。」
「うっ……うぅっ……!」
再び泣き出してしまったフィラは、これ以上の反論が見つからないようだ。
正に"完全無欠の論破"、これ以上は何を言っても意味が無い。
だが当主は、フィラを言い負かして悲しませたい訳ではなかった――。
「今の自分を恥じるのなら、まだ人間として成長出来る。 私はお前を信じてるぞ。」
少し酷な気もするが、コレも親の愛だ。
真っ当に育って欲しいなら、多少の鞭もくれてやるのが教育という物。
しかしフィラには、それが分からない――。
「余計なお世話ですッ!」
あまりの恥ずかしさに、フィラは夕食を放り出し、出て行ってしまった。
ゼストは後を追おうとするが、当主がそれを静止する。
出て行ったフィラの代わりと言っては変だが、別の顔がドアから覗いている。
「姉さんが……出て行ったけど……何かあったの?」
「あっ、ヴィル君っ!」
「遅くなって……ごめんね……セレア……あと、お父様も……。」
「学問に打ち込んでおったのだろう。 なら、何も謝らなくて良い。 早く座れ、夕食が冷めるぞ。」
「失礼します……。」
ヴィルはそう言うと、セレアの右に設けられた席に座った。
どこか自信無さげに震えていた彼だが、アウレスタが居ない事を確認すると、少し安心したようだ。
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