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第一区画

1.会社は家畜小屋です

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 今日も死刑宣告が鳴り響く。

「おい、服部! これを今日の16時までに終わらせておけ」

 毎日の日課に俺はいつのまにかイライラすることも無くなっていた。今日も定時に帰らせない気だろう。

「はあ……」

 俺がため息を吐くと、また俺の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。いい加減会社の中だから静かにしてもらいたい。

「服部聞いているんか!」
 
「今行きます!」

 俺は部長の元まで仕事の案件を聞きに行き、渡された書類を持って席に戻った。

 いわゆる部長の仕事を押し付けられて残業が確定してしまった。

 これが毎日・・の日課になりつつある鳴り響く死刑宣告・・・・だ。

「あの部長お前が仕事できるからってめちゃくちゃだな」

 俺の名前は服部はっとりさとし。今年で入社して3年目になった。今話しているのは同期入職した笹寺だ。

 チャラチャラとしているがコミュニケーション能力が高く、俺と違って営業部のエースと言われている。

 今は外回りから帰ってきて、総務部である俺に何か仕事を頼みに来たのだろう。

「毎度のことだから仕方ない」

「そうやって、仕事を受け持つからあの糞親父は調子に乗るんだぞ」

 上司を残して帰れない風潮があるこの会社では、先に新人が帰ることが許されない。ちょうど予定が入ってしまった俺は一度部長の仕事を手伝ったらこの有様だ。

 その結果、毎日死刑宣告されるようになっていた。

 基本的に定時で帰ろうとすると、"残っているやつがいるのにお前は先に帰るのか"と文句を言われてしまう。

 俺の優しく甘い蜜にあいつは味を占めたのだろう。

 いつのまにか先に仕事を振られるようになっていた。

 俺は自分の仕事も終わっていないのに……。

 ブラック企業過ぎて毎日笑いが止まらない。気づいたらそれが普通になり、俺も社畜の一員となっていた。

「はぁ……こんな仕事辞めたいわ」

「もう俺達しか残ってないもんな」

 数十人もいた同期は2年もしないうちに笹寺と俺の二人になっていた。

 まだ俺がこの職場にいるのはこの会社自体が最近話題になっている有名な企業であり、転職するにもある程度経験を積んだと履歴書に書くためだ。

「服部! 話してないで早く働け」

 この仕事場で唯一の休みである同期との会話も取り上げられる始末。そもそも、この糞親父が自分の仕事を終わらせていたら問題ないのだ。

「慧言われてるぞ」

「あー、あの糞野郎め」

「俺も外回り行ってくるわ」

 イライラすればするほどあいつの思う壺だ。今日もサービス残業覚悟で俺は自分の席に戻って仕事を始めた。





 気がつけば日を跨ぐまで後少しに迫っていた。俺の大事な時間は糞親父の仕事を任され、いつもその日に帰れるかどうかのギリギリなタイミングだ。

「あー、やっと終わった。明日が休みでよかった」

 明日は念願の休みだ。今回は何日連勤したのかも記憶にないほど働いている。

 俺は急いで荷物をまとめて、駅までダッシュする。家まで距離があり、電車を乗り継ぐことを考えると他の人より終電が早いのだ。

 電車で揺られ自宅に着く頃には日を跨ぎ、帰った後は少しの晩酌をする。そして、気絶するようにそのまま眠りにつくのが日課だ。

 夜飯は仕事場で簡単なコンビニ弁当で済ましている。最近ちゃんとしたご飯を食べたのを思い出せないぐらいだ。

「おー、今日も下がってないからよかった」

 そんな俺に最近楽しみが出来たのだ。晩酌をしながら見ているのは最近始めた投資信託。近頃"FIRE"という言葉が流行り、自分も始めたのがきっかけだ。

 FIREとは、Financial Independence Retire Earlyの頭文字をとり、「経済的な自立を実現させて、仕事を早期に退職する生活スタイル」という意味を持っている。

 まさに会社の家畜のように働く俺の最大の目標でもある。

 働かずに好きなことをして、楽しく自分の時間を過ごしたい。

 時間もなく、投資経験もない忙しい俺でもできたのがこの投資信託だった。

 株の売り買いを気にしなくても毎月定額で積み立てられるのがメリットだ。

 俺と一緒で頑張って働いているお金さん・・・・を応援する気持ちで晩酌しながらその日の変化を見ている。

「お金さんも頑張って働いてるな」

 俺と同じ社畜がこの世にいると思うだけで、どこか心でホッとしている自分がいる。

 そんな地味な楽しみを俺は酒を飲みながらいつのまにか寝落ちしてしまう。





 いつもより大きなアラームで俺は目が覚める。

 何かが落ちたような地響きと地震で俺はそれがアラームではなかったことに気づいた。

 普段はアラームの音で起きて仕事の準備をするが、明日は仕事が休みのためアラームを切っていた。

「アラームを切っていたのに地震で起こされるとは最悪だな」

 手元にあったテレビのリモコンを持ち、テレビの電源をつけた。かなり揺れていたため地震の強さを確認しようと思ったのだ。

「あれ? 寝ぼけてたのか?」

 地震が起きていたはずだが、一向に地震速報のテロップが流れて来ることはなかった。朝早くからやっているニュース番組を見ていていても普段通りに進行している。

「ああ、今日も可愛いな……」

 画面に映るのは俺と付き合っていた元彼女。社会に出てから仕事の忙しさと、時間が合わないのを理由に大学時代から付き合っていた彼女に振られた。

 部長の仕事を手伝った時の予定は彼女の誕生日だったのだ。少し遅れた俺は彼女に"最低"と言われて、閉店した店の前でビンタされた。

 仕事にも振り回される俺と煌びやかな世界にいる彼女とは全く別の人生を歩んでいる。

 それが彼女にとっても良い選択だったと俺は思っている。

 テレビの電源を消しお尻を掻きながらベッドに入った。

 正確にいうと久々にベッドに入った。

 体を休めるために20日ぶりの休みは寝たいだけ寝て過ごす予定だ。

 俺は目を閉じるとそのまますぐに眠りについた。

 その時、外では異変が起きていたことに俺はまだ気づいていなかった。


───────────────────
【あとがき】

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