魔王さまの婚約者

まあや

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第二章 婚前旅行編

21 魔王城案内

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『ここが図書室。本がたくさんある所よ。右に曲がった先の扉から庭に行けるわ。本を選んで、庭のベンチで読みましょうか』
 ミリアは図書室に入ると、勝手知ったる様子で本を物色する。ミリアが普段読むのは魔物の歴史や治癒魔法について書かれた書物だが、子供用の本が置いてあることも知っていた。
 図書室の奥の方に、他の棚と比べてかなり背の低い本棚が並ぶ区画がある。そこに収められた本は色鮮やかな絵でいっぱいの童話や、分かりやすい言葉で説明された図鑑、心が浮き立つような冒険譚――きっと歴代魔王やその部下の子供たちが読んできたのであろう、どれも随分年季が入っている。
 朔は字こそ読めないが、綺麗な絵に少しだけそわそわしている。幼いルーカスも目を輝かせながら読んだのだろうかと思うと、ミリアの頬は勝手に緩んだ。
『本は自由に読めるわ。この本とか、言葉の勉強になるわよ』
 初級レベルの教本を見せると、朔は眉間に皺を寄せてそっぽを向いた。
 苦笑しつつ本を戻し、背表紙に目を走らせる。
(何がいいかしら……)
 少し悩んだが、おそらく日の国から伝わったお伽話を手に取る。竹から出てきた少女が多くの男に求愛されるも、誰とも結ばれずに月に帰るお話だ。
 庭に出ると、爽やかな風が吹いていた。舞踏会に行くときに使った移動用の魔法がある庭とは違い、こちらはまさに楽しむための庭である。ミリアが来てからやる気を出した庭師が丹精込めて手入れしてくれている。
 ミリアは白い瀟洒なベンチに座ったが、朔は立ったままだ。
『横に座って』
 ミリアが隣をぽんぽんと叩いて促すと、朔は戸惑いながらも腰を下ろした。
 子供に読み聞かせするのは初めてではない。父の部下の兵士たちには子持ちが多く、彼らの訓練中に暇をもてあます子どもたちの相手をミリアがすることもあった。
 ただ異国の言葉で読み聞かせをするのは初めてで、「抑揚をつけるのは難しいわ」と思いながらミリアは言葉を紡いだ。
 最後まで読み終わると、ミリアは朔の顔を盗み見た。無表情だが居眠りもしていないし、聞いてくれていたのだろう。たぶん。
 立ち上がり伸びをする。
『ずっと座ってても疲れるし、庭を見て回りましょう? とっても綺麗なのよ』
『…………』
 朔は黙ってミリアについていく。
 ミリアはそんな朔を微笑ましそうに見下ろした。
『ふふ、なんだか変な感じ。わたし、弟妹がいないのだけど、この歳で弟みたいな子が来るなんて思わなかったわ』
『……弟? 俺が?』
『そうよ。これから一緒に暮らすんだから』
 朔は心の中で「どうせ捨てるくせに」と毒づいた。
 そんな朔の想いを見透かしたのか、ミリアは朔と目を合わせる。
『朔、ここいるのは良い魔物ばかりよ。むしろ人間のわたしの方が異端だわ。あなたはここでは一人じゃないのよ』
『人間なのに、どうして化け物の巣窟に来たの?』
 少しはミリアに興味を持ってくれたようだ。ミリアは嬉々として質問に答える。
『わたしはね、わたしが生まれた国の王さまに、魔王さまのお嫁さんになってくれって頼まれたの』
『断れば良かったのに』
『わたし、強い人と結婚したかったの。魔王さまなんて、とっても強そうじゃない? 実際とっても強かったし、婚約できて幸せよ。あの人ならきっと月からの使者も倒せるわ』
 絵本の表紙を撫でながら、幸せそうに笑うミリアは、朔が経験してきたような苦労なんて一度もしたことがなさそうで、朔は妬んでしまった。つい、幸せに水を差すようなことを言ってしまう。
『強い奴なら、悪人でもいいの? 強い奴って威張り散らす奴が多いから、俺は嫌いだ』
 朔はミリアの顔を見ることができなかった。怒らせたかもしれない。
(この女は偉い人みたいだし、すぐ追い出されるかも)
 祖国ならまだしも土地勘のない異国で放り出されたらすぐに野垂れ死ぬかもしれない。城の傍には初めて見る狂暴そうな魔獣どもがうろうろしていたし、罰としてその餌にされるかもしれない。
 朔は余計なことを言ったと後悔しきりだった。だがそれは杞憂だった。
『あら、ルーカスさまは威張ったりしないわよ。むしろもっと自信を持つべきね』
 ミリアの声はどこか面白がっているようで、朔は上目遣いでミリアの表情を盗み見た。
 それは、愛しい男を想う温かい表情だった。
『いい、朔? わたしは正しいことのために力を使う人が好きなの。悪いことに使う力なんて、そんなの強さじゃないわ。朔は、力を正しく使える大人になってね』
 諭すような言葉が心に染み込む前に、朔の背後からいきなり誰かが話に割り込んできた。
「あら。ミリアちゃんと小鬼じゃない。こんなところでどうしたの?」
「ローラ! 今、朔に城を案内してたのよ」
 朔は誰かがローラであることに気づくと、すぐにミリアの後ろに隠れた。
 ミリアは不思議そうに振り返る。朔は無表情ながら小刻みに震えていた。
『どうしたの?』
『怖い』
「昨日は子守唄を歌って添い寝までしてあげたのに、何であたしから隠れるのかしら? あ! 分かったわ。綺麗なお姉さんに照れてるのね」
「歌のせいじゃないかしら」
 ミリアもローラの歌のことは小耳に挟んでいる。
 ローラはミリアの言葉に笑った。
「そうかもね。その子寝付けなかったみたいで気の毒だったから、歌にも気合い入っちゃった。……坊や、また歌ってあげるわよ」
 朔はローラの言葉がわからないはずなのに、何か察知したのか脱兎の如く駆け出した。
 面白がったローラが追いかける。
 置き去りにされたミリアは仕方ないと肩を竦めた。
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