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第二章 婚前旅行編
20 名付け
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「もちろん、説明してくれるんだろうな?」
ルーカスの視線の先には、日の国から来た小鬼がいた。整った顔立ちはしているが、痩せこけていて栄養状態が良くないのは明らかだ。
小鬼の横に並ぶウィルが頷いた。
「はい。この少年と出会ったのは――」
あれはウィルが団子、田楽、蒲焼きを手に、瓦屋根の建物が立ち並ぶ異国の町を歩いていた時――。
「ちょっと待て。満喫しすぎじゃないか?」
「初っ端から割り込まないでください」
「いや報告された経費がやけに高――」
「はい! 続けますよ」
ウィルは都合の悪い話を強引に遮ると、そのまま説明を続ける。
多くの店があり人が活発に行き来する大通りから外れ、人気の無い道を進むと、男たちの怒鳴り声が聞こえた。
火事と喧嘩はなんとやら、短期間の滞在でもそれは身に染みたが、何やら胸騒ぎを覚えたウィルは声のする方へ向かった。
見れば、小さな少年がいかにも柄の悪そうな男たちに追いかけ回されていた。すぐに捕まるかと思いきや、少年は体の小ささを活かして障害物をかわし、追跡者を翻弄している。
ただならぬ雰囲気だが、ウィルも目立つことは避けたい。田楽を腹に収めつつ、少年に手を貸すか考えあぐねていたが――。
「くそっ、ちょこまかと動きやがって、あの小鬼風情が!」
「買い手が決まったのに商品渡せねぇんじゃ親分に何を言われるか……」
ウィルの決心はついた。
音も無く男たちの背後に忍び寄ると、確実に、一発でその意識を奪った。
出来れば尋問して情報を集めたかったが、他にも追っ手の気配があったので、少年の保護を優先することにした。
隙をつくのは得意だが、正攻法だとウィルはそこまで強いわけではない。どちらかといえば守備に特化しているのだ。
ウィルは遠くで様子を窺う少年を見つめた。
少年はいきなり現れたウィルに警戒の色を隠さない。
『怖がるな。悪いようにはしないから、ひとまず一緒に――』
(逃げるってこっちの言葉でどう言うんだっけ――あぁ、思い出した)
『逃げよう』
ウィルが差し出した手を、少年はじっと見つめたまま動かない。
代わりに団子をちらつかせると、すぐに食いついた。
まだまだ甘いな、とウィルは苦笑しながら少年を抱き上げて走り去った。
「で、そこそこ情報も得て、物的証拠――いえ、証人も得たので帰ってきた次第です」
「親元に帰すという手もあったのではないか?」
「それが、話を聞く限り親はいないようで、一人で真っ当に生きる術も無さそうなので――」
「ここで面倒を見るつもりか?」
「いけませんか? 数日共に過ごしましたが、この子はなかなか聡いですよ。きっと役に立ちます」
ウィルは少年に目を落とす。
視線は合わない。少年が顔を伏せているからだ。
思わず嘆息する。出会ってからずっとこの調子なのだ。
「少々周囲の者に不信感を抱いているようで、まだ心を開いてはもらえませんが」
現に、少年はウィルが魔王城での公用語を教えようとしたが学ぼうとはしなかった。
『いつか捨てられるかもしれないのに、そんなものを覚えても無駄、言葉が通じる奴と意思疎通が出来れば充分』。少年は、ウィルと出会った日にそう言った。
魔物を売り捌く悪徳商人を調査しに来たのだと馬鹿正直に伝えたのは悪手だったなとウィルは後悔していた。
以来、首尾よく商人たちを取り締まれば少年に用は無くなり捨てられるのだと思い込んでいる節があるからだ。
(じっくり心を通わせていくしかないか……)
ウィルが決意した時、音を立てて扉が開いた。
「あ、小鬼ちゃん。やっぱりここにいたのね」
ミリアは少年の姿を認めると、ぱっと表情を明るくする。
少年に駆け寄ったかと思うと、いそいそと懐から薄っぺらい白い紙を取り出した。
誇らしげに広げると、そこには紙いっぱいに『朔』と力強く書かれている。
『……いや、いきなり何?』
『あなたの名前を考えてきたの。どう?』
『どう、って。俺、勉強してないから読み書きできないし』
戸惑うばかりの少年に、ミリアは優しい声音で読み方を教える。
「さく」
「さく」とたどたどしく朔は繰り返す。それが自分の名前だと言われても、名前を呼ばれた試しがない朔には実感が湧かない。
『朔、な。新月という意味だったか?』
『はい。わたしと朔が初めて会った日が新月でしたから。まぁ他にも理由はあるんですけど、それはまたいつか』
ミリアはルーカスから視線を外すと、朔に微笑みかけた。
『朔、このお城を案内するわ。一緒に行きましょう』
朔はちら、とウィルを見上げる。
『いいよ。行っておいで』
ミリアは朔と手を繋いで部屋を出る。去り際に、朔はルーカスをどこか馬鹿にしたような目で見た。
残されたウィルは、呆れ混じりの声でルーカスを諌める。
「ルーカス様、相手は子供ですよ? 大人気なく殺気なんて出さないでください」
「……握手はぎりぎり許せるが、手を繋いで歩くのは――」
「いいじゃないですか。繋いだのはミリア様からですし」
それにしても、強烈な殺気を浴びても平然としていた朔は、やはり見所がある。子供に嫉妬するルーカスよりも大物になるかもしれない。
「ルーカス様、結婚する前からそんなに独占欲を剥き出しにしていたら、ミリア様に鬱陶しがられるかもしれませんよ。少しは自重してください」
「……………………わかった。調査の報告を続けろ」
「かしこまりました」
(本当に分かっているんだか)
ルーカスは歯噛みしながらウイルの話に耳を傾けている。
ミリアと出逢ってから、ルーカスはだいぶ感情豊かになった。
ずっと傍にいたウィルとしては、それが嬉しくてならなかった。
ルーカスの視線の先には、日の国から来た小鬼がいた。整った顔立ちはしているが、痩せこけていて栄養状態が良くないのは明らかだ。
小鬼の横に並ぶウィルが頷いた。
「はい。この少年と出会ったのは――」
あれはウィルが団子、田楽、蒲焼きを手に、瓦屋根の建物が立ち並ぶ異国の町を歩いていた時――。
「ちょっと待て。満喫しすぎじゃないか?」
「初っ端から割り込まないでください」
「いや報告された経費がやけに高――」
「はい! 続けますよ」
ウィルは都合の悪い話を強引に遮ると、そのまま説明を続ける。
多くの店があり人が活発に行き来する大通りから外れ、人気の無い道を進むと、男たちの怒鳴り声が聞こえた。
火事と喧嘩はなんとやら、短期間の滞在でもそれは身に染みたが、何やら胸騒ぎを覚えたウィルは声のする方へ向かった。
見れば、小さな少年がいかにも柄の悪そうな男たちに追いかけ回されていた。すぐに捕まるかと思いきや、少年は体の小ささを活かして障害物をかわし、追跡者を翻弄している。
ただならぬ雰囲気だが、ウィルも目立つことは避けたい。田楽を腹に収めつつ、少年に手を貸すか考えあぐねていたが――。
「くそっ、ちょこまかと動きやがって、あの小鬼風情が!」
「買い手が決まったのに商品渡せねぇんじゃ親分に何を言われるか……」
ウィルの決心はついた。
音も無く男たちの背後に忍び寄ると、確実に、一発でその意識を奪った。
出来れば尋問して情報を集めたかったが、他にも追っ手の気配があったので、少年の保護を優先することにした。
隙をつくのは得意だが、正攻法だとウィルはそこまで強いわけではない。どちらかといえば守備に特化しているのだ。
ウィルは遠くで様子を窺う少年を見つめた。
少年はいきなり現れたウィルに警戒の色を隠さない。
『怖がるな。悪いようにはしないから、ひとまず一緒に――』
(逃げるってこっちの言葉でどう言うんだっけ――あぁ、思い出した)
『逃げよう』
ウィルが差し出した手を、少年はじっと見つめたまま動かない。
代わりに団子をちらつかせると、すぐに食いついた。
まだまだ甘いな、とウィルは苦笑しながら少年を抱き上げて走り去った。
「で、そこそこ情報も得て、物的証拠――いえ、証人も得たので帰ってきた次第です」
「親元に帰すという手もあったのではないか?」
「それが、話を聞く限り親はいないようで、一人で真っ当に生きる術も無さそうなので――」
「ここで面倒を見るつもりか?」
「いけませんか? 数日共に過ごしましたが、この子はなかなか聡いですよ。きっと役に立ちます」
ウィルは少年に目を落とす。
視線は合わない。少年が顔を伏せているからだ。
思わず嘆息する。出会ってからずっとこの調子なのだ。
「少々周囲の者に不信感を抱いているようで、まだ心を開いてはもらえませんが」
現に、少年はウィルが魔王城での公用語を教えようとしたが学ぼうとはしなかった。
『いつか捨てられるかもしれないのに、そんなものを覚えても無駄、言葉が通じる奴と意思疎通が出来れば充分』。少年は、ウィルと出会った日にそう言った。
魔物を売り捌く悪徳商人を調査しに来たのだと馬鹿正直に伝えたのは悪手だったなとウィルは後悔していた。
以来、首尾よく商人たちを取り締まれば少年に用は無くなり捨てられるのだと思い込んでいる節があるからだ。
(じっくり心を通わせていくしかないか……)
ウィルが決意した時、音を立てて扉が開いた。
「あ、小鬼ちゃん。やっぱりここにいたのね」
ミリアは少年の姿を認めると、ぱっと表情を明るくする。
少年に駆け寄ったかと思うと、いそいそと懐から薄っぺらい白い紙を取り出した。
誇らしげに広げると、そこには紙いっぱいに『朔』と力強く書かれている。
『……いや、いきなり何?』
『あなたの名前を考えてきたの。どう?』
『どう、って。俺、勉強してないから読み書きできないし』
戸惑うばかりの少年に、ミリアは優しい声音で読み方を教える。
「さく」
「さく」とたどたどしく朔は繰り返す。それが自分の名前だと言われても、名前を呼ばれた試しがない朔には実感が湧かない。
『朔、な。新月という意味だったか?』
『はい。わたしと朔が初めて会った日が新月でしたから。まぁ他にも理由はあるんですけど、それはまたいつか』
ミリアはルーカスから視線を外すと、朔に微笑みかけた。
『朔、このお城を案内するわ。一緒に行きましょう』
朔はちら、とウィルを見上げる。
『いいよ。行っておいで』
ミリアは朔と手を繋いで部屋を出る。去り際に、朔はルーカスをどこか馬鹿にしたような目で見た。
残されたウィルは、呆れ混じりの声でルーカスを諌める。
「ルーカス様、相手は子供ですよ? 大人気なく殺気なんて出さないでください」
「……握手はぎりぎり許せるが、手を繋いで歩くのは――」
「いいじゃないですか。繋いだのはミリア様からですし」
それにしても、強烈な殺気を浴びても平然としていた朔は、やはり見所がある。子供に嫉妬するルーカスよりも大物になるかもしれない。
「ルーカス様、結婚する前からそんなに独占欲を剥き出しにしていたら、ミリア様に鬱陶しがられるかもしれませんよ。少しは自重してください」
「……………………わかった。調査の報告を続けろ」
「かしこまりました」
(本当に分かっているんだか)
ルーカスは歯噛みしながらウイルの話に耳を傾けている。
ミリアと出逢ってから、ルーカスはだいぶ感情豊かになった。
ずっと傍にいたウィルとしては、それが嬉しくてならなかった。
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