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9 意外な一面
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これから試合を始めるのがオルドだと気づいた途端、観戦したいという気持ちは霧散した。
「まぁ……かわいそうに」
心底同情すると言わんばかりのリリアの声に、サシャは投げやりな返事をする。
「あんなタラシに同情の余地はありません」
リリアはぱちぱちと目を瞬かせた。
「あら、わたくしがかわいそうと言ったのは――」
「試合始め!」
ひゅっ。
決着は一瞬で着いた。
気づいたときにはオルドは相手を地面に組み敷き、剣を首に押し当てていた。
あまりの早業に、サシャはあんぐりと口を開ける。騒がしかった周囲も静まり返っていた。
「っ、勝者、オルド・バークレイ!」
オルドはさっさと立ち上がり、大男の腕を掴む。
「いや~俺のこと舐めてたのかなぁ? 隙だらけだったよ」
ひょいっと片手で立たせると、顔に張り付けていた笑みを消した。
「ここが戦場じゃなくて幸運だったな」
「……っ、すまない」
オルドの冷ややかな目に、対戦相手はすっかり委縮して逃げ去った。
この前ナンパしてきた男とは全くの別人に見える。
次の試合が始まり、その場を離れたオルドは――間抜けな顔をしたサシャに気づく。
にんまりしながら近づいてきた。
「サシャちゃんじゃ~ん。なになに、アルの応援に来たら、思いがけず俺の雄姿に見惚れちゃったかんじ~?」
「見惚れる間もないほど一瞬で終わりましたが……純粋に驚きました」
「驚いた?」
「この前声をかけられたときは、どうしようもない遊び人だと思いました。いや、今もそれは変わらないです」
「あは、辛辣~」
どこか作り物めいた笑顔を浮かべるオルドに、サシャは柔らかく微笑みかけた。
「ですが、先ほどの試合は素晴らしかったです。あなたは、努力ができる方なのですね。失礼な発言かもしれませんが……見直しました」
オルドは顔を赤らめた。
「は……ちょっ、サシャちゃんったらいきなりかわいいこと言わないでよ! さっきまでの塩対応はどこにいったの⁉︎」
「かわいい……? ただ尊敬できる点を褒めただけですよ? 努力できる人は、好ましいです」
「~~っ。俺に惚れ直しちゃったなら仕方ないなぁ! 今日の放課後デートしよう!」
「惚れ直したんじゃないです。見直したと言ったんです。あと、放課後は所用があるので無理です」
「ふっ、ふふ、ふふふふふ」
突然の笑い声に、サシャもオルドも声の主を見やる。
リリアが何かツボに入ったように笑っていた。大口を開けて笑わないのはさすが良家の子女といったところだ。
「リリア様、どうなさいました?」
「ふふ、いえ、あの女たらしのオルド・バークレイが女性に振り回されている様子がおかしくて……」
「リリアちゃんまで俺をからかわないで!」
オルドは頬を膨らませる。
リリアの発言の意味がよく呑み込めないサシャは戸惑うが、へばっていた女子生徒たちがやってきたのに気づく。
「リリア様、そろそろ走り出した方が良さそうです」
「そのようね。失礼するわ、オルド・バークレイ。……せいぜい頑張ることね」
にやりと不敵な笑みを浮かべ、軽快にリリアは走り始める。
「では失礼します。オルド様」
「あっ、ばいばーい」
一人残されたオルドは、しばらくサシャの背中を見つめていた。
胸がぎゅっと締め付けられている。
目を手で覆い、嘆息した。
「反則でしょ……」
今まで容姿や人当たりの良い性格、剣技を褒められたことはあったが、結果を出すまでの過程――努力を褒められたのは初めてだ。
建国以来の騎士の家柄だから血の滲むような鍛錬は当然――家族からそう言われ、自分でもそう思っていた。
そんな当然のことを褒められるのが、こんなに嬉しいなんて。
(絶対、俺いま締まりのない顔してるわー)
気を引き締めようとぱんっと頬を叩いたその時、背後から殺気を感じ、思わず身をひるがえす。
背後にいたのは――。
「幸せそうな顔をしていたな、オルド」
「……アル」
「さっきの試合じゃ物足りなかっただろう? 私とも手合わせしてくれ」
「もちろん、剣で、だよね?」
「ふふ、先生から魔法の使用許可は得ている。存分に戦えるよ」
「あー、そうなんだ……とほほ」
オルドは剣や槍など、体術だけなら誰にも負けない自信がある。
だがしかし魔法込みとなると……桁外れの魔力を持つアルフレッドと実力は五分、下手すれば負けてしまう。しかも今のアルフレッドは完全に殺る気だ。
「……何が片腕になってもらいたいだけ、だ。ご執心じゃないか」
「何か言ったか?」
「なんでもなーい。やれやれ、お手柔らかに頼むよ?」
「それは保証できないな」
いまだ殺気の消えないアルフレッドの言葉に、オルドは天を仰いだ。
「まぁ……かわいそうに」
心底同情すると言わんばかりのリリアの声に、サシャは投げやりな返事をする。
「あんなタラシに同情の余地はありません」
リリアはぱちぱちと目を瞬かせた。
「あら、わたくしがかわいそうと言ったのは――」
「試合始め!」
ひゅっ。
決着は一瞬で着いた。
気づいたときにはオルドは相手を地面に組み敷き、剣を首に押し当てていた。
あまりの早業に、サシャはあんぐりと口を開ける。騒がしかった周囲も静まり返っていた。
「っ、勝者、オルド・バークレイ!」
オルドはさっさと立ち上がり、大男の腕を掴む。
「いや~俺のこと舐めてたのかなぁ? 隙だらけだったよ」
ひょいっと片手で立たせると、顔に張り付けていた笑みを消した。
「ここが戦場じゃなくて幸運だったな」
「……っ、すまない」
オルドの冷ややかな目に、対戦相手はすっかり委縮して逃げ去った。
この前ナンパしてきた男とは全くの別人に見える。
次の試合が始まり、その場を離れたオルドは――間抜けな顔をしたサシャに気づく。
にんまりしながら近づいてきた。
「サシャちゃんじゃ~ん。なになに、アルの応援に来たら、思いがけず俺の雄姿に見惚れちゃったかんじ~?」
「見惚れる間もないほど一瞬で終わりましたが……純粋に驚きました」
「驚いた?」
「この前声をかけられたときは、どうしようもない遊び人だと思いました。いや、今もそれは変わらないです」
「あは、辛辣~」
どこか作り物めいた笑顔を浮かべるオルドに、サシャは柔らかく微笑みかけた。
「ですが、先ほどの試合は素晴らしかったです。あなたは、努力ができる方なのですね。失礼な発言かもしれませんが……見直しました」
オルドは顔を赤らめた。
「は……ちょっ、サシャちゃんったらいきなりかわいいこと言わないでよ! さっきまでの塩対応はどこにいったの⁉︎」
「かわいい……? ただ尊敬できる点を褒めただけですよ? 努力できる人は、好ましいです」
「~~っ。俺に惚れ直しちゃったなら仕方ないなぁ! 今日の放課後デートしよう!」
「惚れ直したんじゃないです。見直したと言ったんです。あと、放課後は所用があるので無理です」
「ふっ、ふふ、ふふふふふ」
突然の笑い声に、サシャもオルドも声の主を見やる。
リリアが何かツボに入ったように笑っていた。大口を開けて笑わないのはさすが良家の子女といったところだ。
「リリア様、どうなさいました?」
「ふふ、いえ、あの女たらしのオルド・バークレイが女性に振り回されている様子がおかしくて……」
「リリアちゃんまで俺をからかわないで!」
オルドは頬を膨らませる。
リリアの発言の意味がよく呑み込めないサシャは戸惑うが、へばっていた女子生徒たちがやってきたのに気づく。
「リリア様、そろそろ走り出した方が良さそうです」
「そのようね。失礼するわ、オルド・バークレイ。……せいぜい頑張ることね」
にやりと不敵な笑みを浮かべ、軽快にリリアは走り始める。
「では失礼します。オルド様」
「あっ、ばいばーい」
一人残されたオルドは、しばらくサシャの背中を見つめていた。
胸がぎゅっと締め付けられている。
目を手で覆い、嘆息した。
「反則でしょ……」
今まで容姿や人当たりの良い性格、剣技を褒められたことはあったが、結果を出すまでの過程――努力を褒められたのは初めてだ。
建国以来の騎士の家柄だから血の滲むような鍛錬は当然――家族からそう言われ、自分でもそう思っていた。
そんな当然のことを褒められるのが、こんなに嬉しいなんて。
(絶対、俺いま締まりのない顔してるわー)
気を引き締めようとぱんっと頬を叩いたその時、背後から殺気を感じ、思わず身をひるがえす。
背後にいたのは――。
「幸せそうな顔をしていたな、オルド」
「……アル」
「さっきの試合じゃ物足りなかっただろう? 私とも手合わせしてくれ」
「もちろん、剣で、だよね?」
「ふふ、先生から魔法の使用許可は得ている。存分に戦えるよ」
「あー、そうなんだ……とほほ」
オルドは剣や槍など、体術だけなら誰にも負けない自信がある。
だがしかし魔法込みとなると……桁外れの魔力を持つアルフレッドと実力は五分、下手すれば負けてしまう。しかも今のアルフレッドは完全に殺る気だ。
「……何が片腕になってもらいたいだけ、だ。ご執心じゃないか」
「何か言ったか?」
「なんでもなーい。やれやれ、お手柔らかに頼むよ?」
「それは保証できないな」
いまだ殺気の消えないアルフレッドの言葉に、オルドは天を仰いだ。
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