わたしは平穏に生きたい庶民です。玉の輿に興味はありません!

まあや

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10 思惑

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 サシャは浮かれていた。

 女神としか思えないほど美しく優しい少女、リリアとお友達になれたからだ。

 リリアは授業でペアになってくれただけでなく、昼食も一緒に食べてくれたのだ。

「あなた、一人でお昼を召し上がっているの? ならご一緒しましょう? こ、これはあなたの資質を見極めるためで……い、いやなら断ってもよくてよ」

 リリアの優しい言葉に二つ返事で飛びついた。

 アルフレッドの食事の誘いを断るいい口実にもなるし、なにより、同年代の女子と話せるのが嬉しかった。

 『目立ちたくない』が信条のサシャが間違いなく目立つリリアとご飯を食べたのは、それが理由だ。

(リリア様、明日も一緒にご飯食べてくれるし……なんて優しいんだろう)

 うきうきと中庭を横切っていたサシャは、少し視野が狭くなっていた。

「わっ!」

 何かに引っ掛かり、前に倒れこむ。思わずぎゅっと目を閉じる。

 だが痛みはなかった。代わりにふわりと良い香りが鼻腔をくすぐる。

 何が起こったかわからず、目を閉じたまま固まっていると――。

「……いつまであたしの上に乗っている気?」

「え」

 目を開けると、鼻先が触れ合うほど近くに見知らぬ人の顔があった。

 どうやら中庭で寝そべっていた人に躓いてしまったようだ。

「す、すみません。お怪我はないですか?」

 慌てて立ち上がり、手を差し伸べる。

「あんたみたいな軽い子がぶつかったくらいで怪我なんかしないわよ。それよりあんた……」

 柔らかな金の髪と中性的な美貌を兼ね備えたその人は、まるで天使のように儚げだ。真顔でサシャをじっとみつめる。差し伸べた手をすっと撫でられ、心臓が跳ねる。

「何ですか?」

「今まで女に見向きもしなかったアルフレッド殿下、バークレイ家の遊び人の次男坊、オズワルト家の気難しいリリア嬢を入学して数日でたらしこんだサシャでしょ? あんた、手、荒れすぎよ。元が良いんだから手入れはちゃんとしなさい」

「え、え」

 初めて会った人が、なぜここ数日サシャが接触した人について知っているのだろうか。戸惑うサシャに構わず、美人はサシャの腕を引きどこかへ連れて行く。

「あんた、今日は急を要する仕事ないから空いてるわよね? ついてきて」

「ちょっ、何で知って……しかも、ついてこいって言いつつ無理やり引っ張ってるじゃないですか!」

 美人はにやりとした。綺麗な人は悪そうな顔も様になる。

「あら、嫌なの? ……あぁ、誰かさんが踏みつけてきたせいで身体が痛いわ」

「うっ」

 サシャは何も言えなくなる。それに、儚げな見た目なわりにかなり力が強いので、逃げられそうもない。

「わかりました。ついていきます」

 馬車に乗せられ、連れて行かれたのは豪華なお屋敷だった。

「……城?」

「違うわ」

 サシャの独り言はばっさり否定される。

 裏口から中に入る。

 廊下には華やかな服を纏うトルソーが並んでいた。

「ここは……お店ですか?」

「そう、あたしが経営を任されてるの」

「え⁉︎」

「あたしはリアム・レンブラント。レンブラント商会の跡取りよ」

 リアムは優雅に振り向き、名乗った。

 その所作は庶民のサシャからすれば高貴な血筋の人にしか見えなかった。

「お貴族様じゃないんですね」

「学園には商人も割と多いわよ……でも」

 リアムはサシャの顎を掴み、くいっと上向かせる。

「あんたは、毛色が違うわね」

 品定めするような紫水晶の瞳に、サシャは既視感を覚える。

(そうだ。殿下も、同じ目をしていた)

 まるでサシャが自分にとって有用かどうかを見極めようとしているような目。

「お父様は騎士団勤め、お母様はパン屋の売り子、四人の弟妹がいて……庶民の身ながら有力者たちばかりが通う学園で特待生枠を勝ち取った優秀な頭脳の持ち主で、類まれな美貌から他国からお忍び留学に来た姫君だとも噂されている……ふふっ、あんたって本当に興味深い子ね」

「ど、どうして家族のこと……あと、そんな噂初耳なんですが」

「情報ってね、お金になるの。どこよりも先に情報を得ることは商人にとって重要よ」

 だからサシャの交友関係も把握していたのか。そうだとしても、入学して日が浅いというのにここまで調べつくすのは驚異的だが。

「……わたしのことを調べても、何の価値もないですよ」

「あら、そんなことないわ。皆、あんたに興味深々よ。……どう声をかけようかと考えていたら、そっちから飛び込んできたんだもの。今日はとってもいい気分」

「そこまでわたしのこと知っているのに、まだ何か聞きたいことがあるんですか?」

 リアムの足が止まる。

 流れるように白い扉を開け、サシャに入るように促した。
 
 リアムは音もたてずに扉を閉める。

「あたしはね、あんたを初めて見かけたときからずっと目をつけてたの」
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