わたしは平穏に生きたい庶民です。玉の輿に興味はありません!

まあや

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11 商売人

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「あんたにはね、あたしが作った服のモデルになってもらいたい」

「も、モデルですか」

「そう。綺麗な服は、美しい人が来てこそ魅力が引き立つでしょ?」

「わたしには荷が重いです。美人ならそれこそリリア様の方が……」

 面倒事の気配に、サシャはどうにか回避しようと必死である。

 リアムは有無を言わさぬ笑顔を浮かべ、ぐっと顔を寄せる。

「あんた、あたしの目を疑うつもり? あぁ、もちろん、対価は払うわよ」

「お引き受けします」

 お金を得られるなら文句はない。

「交渉成立ね」

 満足げに頷いたリアムは、「そこで待っていなさい」と言うと部屋を出て行った。入れ替わりに、メイドらしき女性がお茶を運んでくる。

(……こんなに色が濃くて、香りのするお茶初めて見たな)

 住む世界の違いを改めて感じた。

 残すのももったいないのでちびちびと口をつける。味も今まで飲んできたものは何だったのかと思うほど美味しい。

 戻ってきたリアムの手には、総レースのワンピースが握られていた。

「今日はこれを着てもらうわ」

「……可愛らしすぎてわたしには似合わないかと」

「向こうに試着室があるから、そこで着替えてきて」

「うわぁ、話を聞いてもらえない」

 渋々受け取り、試着室に入った。

 恐る恐る着替え、目の前の鏡に映る自分の姿を見た。

(思ったよりは、変じゃない、かな)

 着替え終えたサシャを見て、リアムは柔らかく目を細めた。

「やっぱり似合うじゃない」

「馬子にも衣裳ってところですね」

「褒めてやってるのに、可愛げのないこと。それより、着心地はどう?」

「どこかに引っ掛けるんじゃないかと冷や冷やしますね」

「いつか宝石を縫い付けたものも着てもらうから、それくらい慣れなさい」

 ひええ、と悲鳴をあげるサシャの姿は、お世辞抜きで美しかった。誰が見ても平民だとは思わないだろう。

 リアムはサシャの肩に触れ、光が差し込む窓の傍の椅子に座らせた。

「あんたはそこに座っていればいいから」

「はあ……」

 戸惑うサシャのことなど気にも留めず、リアムはキャンバスを移動させ、筆を握った。

 じっとサシャを見つめるリアムの目は、真剣だ。

「わたし、動かない方がいいですか」

「そうね。できれば呼吸も止めて……って、冗談よ。そんな絶望した顔しないで。別に動いたって構わないわ。あ、そうだ」

 リアムは立ち上がり、大きな棚から、何かを持ってきた。

 それは絹の布と、色とりどりの刺繍糸、それに針だった。

「あんたの性分じゃ、じっとしているのは落ち着かないでしょう? ハンカチに刺繍をしてほしいの。意匠に指定はないけど、対価は出来次第よ」

「! 分かりました」

 サシャは張り切って仕事に取り掛かった。それにしてもリアムはどこまでサシャのことを調べ上げたのだろうか。聞くのが怖い。

 無難に花や鳥などを縫い付けたハンカチを数枚仕上げると、デザイン案に悩み始めた。

「……レンブラント様のお好きなものは何ですか?」

「リアムでいいわ。……なぁに、あたしのこと気になるの? 情報は高いわよ」

「いえ、次の刺繍はリアム様の好みに合わせようと思っただけで、お金がかかるなら今の質問は無かったことに」

 即答したサシャに、リアムは苦笑いを浮かべる。

「今は機嫌が良いから、特別にタダで教えてあげるわよ。そうねぇ、好きなもの……価値のあるものなら、何でも好きよ。でもこれは、あんたの求める答えじゃないわね」

 リアムは頬に手を当て、首を傾げた。そんな些細な動作でさえ絵になる人だ。

「……これといって特定の何かは思いつかないわ。また考えておくから、今日は終わりましょう。絵も一応完成はしたし」

「え、もう出来たんですか⁉︎ 見せてもらってもいいですか?」

「いいわよ。ハンカチも見せて」

 サシャはリアムに仕上がったハンカチを渡すと、キャンバスに向き合った。思わず息をのむ。

 とても、美しい絵だった。

 窓から差し込む光の柔らかさ、紅い髪に映える純白のワンピース、針仕事をする女性の真剣な表情——どれもが現実のもののように絵の中に再現されている。

 自分がモデルとは思えないくらい出来の良い絵に、サシャは目が離せなくなった。

「……きれい、です。主役の服も素晴らしいものに見えますが、それよりもこの絵自体が売り物になるレベルだと思います」

「そう、ありがと。あんたの腕も、話には聞いていたけど素晴らしいわ。うちで雇っている針子と大差ないんじゃないかしら」

「そんな、素人同然ですよ」

 さすがにプロと比べるのはおこがましいと、首をぶんぶん横に振るサシャを後目に、「給料とってくるから着替えておいて」とリアムは部屋から出ていった。

 細心の注意を払って着替えたサシャは、手持ち無沙汰で部屋に飾られた絵を眺める。

 芸術方面の知識は浅いサシャだが、どれも心のこもった作品だと思った。

 しばらくして、リアムが戻ってきた。

「待たせたわね。はい、これは今回のお給料」

 二種類の袋を渡され、サシャは戸惑った。ひとまず重い方の袋の中を見て、反射的に突き返す。

「多すぎます。適正価格とは思えません」

「あら、そんなことないわよ。拘束時間と、納品されたものの質を考慮するとそれぐらいが妥当だわ。あんたが使いやすいようにわざわざ銅貨で用意したんだから、受け取ってちょうだい」

「ですが……」

 食い下がるサシャに、リアムはわざとらしくため息を吐く。

「いい? この絵のおかげでどれだけの儲けが出ようとも、あんたに払う報酬はこの一回きり。結果的にあたしの方が得をするの。だから遠慮しないで、きっちり報酬を受け取りなさい」

「……はい」

 このまま受け取りを拒否し続ける方がリアムの迷惑になると悟ったサシャは、渋々と言った様子で引き下がった。そしてもう一つの袋を覗く。

「こちらは何ですか?」

 中には見慣れない可愛らしい雑貨が入っていた。

「ハンドクリームや化粧道具諸々。あんた、現物支給じゃないと給料全部、食費か家族のために使いそうだから。それを使えば手荒れも少しはましになるでしょ。お偉いさんの中には粗探しが好きな輩もごまんといるんだから、付け入る隙を与えちゃだめよ」

「は、はい。何から何まですみません」

 色々気を使わせて申し訳ないと頭を下げる。顔を上げると、リアムは魅力的なウインクを一つ寄越した。

「いいのよ、代わりに周りからどこの化粧品を使っているか聞かれたら、『レンブラントの店で買った』って宣伝してちょうだい」

 どこまで行ってもリアムは商売人だ。サシャはぶれないリアムの言動に笑うしかなかった。
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