わたしは平穏に生きたい庶民です。玉の輿に興味はありません!

まあや

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 リアムは「もう遅いから」と馬車でサシャの家の近くまで送ってくれた。ありがたいが、家が知られていることは少し怖い。

「ただいまー。遅くなってごめんね」

「お姉ちゃん!」

「心配したよ~」

 ドアを開ければ、すぐに弟妹たちが出迎えてくれた。姉二人と違い大人しい弟たちは、サシャの両足にぎゅっとしがみついてきた。二人の頭を撫でてやる。

「あー、ごめんね。新しいバイト先で働いてて……。留守番ありがとう。母さんは?」

「お母さんは、晩御飯の用意してくれたよ」

「建国祭の打ち合わせがあるから、って会合に行っちゃった」

「そっか」

 そんな会話をしながら、サシャたちは台所横の机に移動する。

 サシャは誇らしげな笑みを浮かべながら、机の上に二つの袋を置いた。

「じゃーん、今日のお給料です!」

 紐をほどき、中身を見せると、大量の銅貨に弟たちは「「おー」」と手をぱちぱち叩いた。

「わっ、お化粧道具! すごい!」

 ナナは無邪気に普段手に入らない雑貨類に喜んでいる。その反応にサシャの顔も綻ぶ。

「皆で使おうね。……ネネ?」

 ネネだけは一人、わなわなと震えていた。

「こ、これってレンブラント商会のだよね⁉︎」

「……そうだけど、よく知ってるね? こんなお貴族様御用達のお店のこと」

 ネネはぎくっとした。

「……いや~、お客さんから、美意識高い人がお金貯めて買ってるって聞いて、ずっと気になってたんだ」

「あぁ。ナナとネネのお客さん、お洒落さんが多いもんね」

 得心したサシャにネネは明らかにほっとする。ナナがそっとネネに耳打ちする。

「どうしたの? ネネ」

「レンブラント商会は、リアム様のご実家なの」

「ふぇっ⁉︎ じゃあお姉ちゃん、リアム様のところで働いてたってこと? そんなルートあるの?」

「……ない、ないんだよ。だから混乱してる。何でこんな早く、二人が仲良くなってんの⁉︎」

 妹二人のこそこそ話は、母親お手製の薄いスープを温めるサシャの耳には届かなかった。


 一方、「CLOSED」の札がかかったレンブラント商会王都第三支店に、一人の訪問客の姿があった。

 リアムは客人に深々と礼をする。

「いらっしゃいませ。――アルフレッド殿下」

「あぁ」

 リアムは応接間にアルフレッドを案内し、手ずから最高品質の紅茶を淹れる。

 アルフレッドは毒見なしで紅茶を口に含んだ。それだけリアムのことを信用しているのだ。

「上手くいったか?」

「えぇ。まだ多少の警戒はあるけど、だいぶ心を開いてくれたわ。貴族じゃない、ってところが良かったのかもね」

 アルフレッドは渋面を浮かべた。

「待て。何だそのオネエ口調は。そんな喋り方ではなかっただろう?」

 アルフレッドの指摘に、リアムは艶やかに笑った。

「アルフレッド殿下やオルド様に粉をかけられて、あの子、男に対して警戒心を抱いているようだったから。リリア嬢には早く懐いていたし、男か女か曖昧な感じの方がすぐに仲良くなれると踏んだのよ。しばらくは慣れるために殿下にもこれでいくから、不敬だなんて首を切っちゃやあよ」

「粉をかけるって……オルドと違って私は真剣にだな。……まぁいい。ただ、前のお前を知っているからかとんでもなく気色が悪い」

「そこは慣れてちょうだい」

 ぱちん、と片目を瞑るリアムに、アルフレッドはげんなりする。

「はぁ……それで、分かったことは?」

「んー、割と押しに弱いわね。あと自己肯定感は低め。まだ接触したばかりだから、そんなに踏み込んだことは聞けてないわ」

 アルフレッドは思案する。

「では、積極的に褒めて褒めて褒めまくれば落ちるだろうか」

 リアムは呆れ顔だ。

「それで天狗になって努力を怠るようになったら、わざわざ庶民のあの子を后にする意味がないでしょう? あの子の性質上、そんなことにはならないと思うけど。それに、自信が無い子を下手に褒めても不審に思われるのがオチよ」

「……難しいな」

「陛下のことがあるとはいえ、殿下も多少は恋の駆け引きに興味を持てば苦労はしなかったんじゃない?」

 アルフレッドから表情が消えた。リアムは余計なことを言ってしまったと目を逸らす。

「私は恋なんて邪魔でしかないものに興味はない。……あの人とは違う。だからこそ、サシャがいいんだ」

「……そうだったわね。出過ぎたことを言って、悪かったわ」

 リアムはぴりついた空気を和ませようと、今日描いた絵をアルフレッドに見せる。

「どう? かわいいでしょ。しばらくは店頭に飾るけど、流行が過ぎたらしまうから、その時は殿下が買ってくださらない?」

「あのな、リアム。私は彼女の見た目に惹かれたわけではなく――」

「未来のお后様に似合う服を知っておくのは大事だと思うけど?」

「……買おう」

 商談が成立し、リアムはにやりと微笑んだ。リアムにとってサシャは本当に金の卵だ。

 絵を眺めながら、アルフレッドが不満げに文句を言い出した。

「お前のことは信頼しているが、彼女を男と二人きりにするのはやはり良くないか」

「あの子の情報を探るようにと命令したのは殿下でしょう? あの子は全くあたしを男として見てないから、心配しないでよ。あたしも命が惜しいし」

 リアムは半眼でアルフレッドを見つめた。恋は邪魔だと言い切ったその男の表情には、嫉妬の色が浮かんでいた。
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