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14 新たなライバル
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アルフレッドは頭を抱えていた。サシャの周囲を探らせていたリアムから、サシャが恋愛に良い印象がないということを伝えられたからだ。
(薄々感じてはいたが……道理で全くなびく気配がないわけだ)
にっこり微笑んで声をかければ、ほとんどの女性は好意的な目で見てくれた。嫌そうな顔をするのはサシャくらいだ。むしろそこを見込んで口説いているわけだが。
次の手を考えるヒントを求め、アルフレッドは図書館に足を運ぶ。その間も、絶えず脳をフル回転させていた。
(どんなに好条件を提示しても、王妃という平穏から程遠い立場になることには頷かない。だからこそ、私という人間に好意を持ってもらい、王妃になりたいと思うよう仕向けたかったのだが)
平穏から外れてもいいと思わせるきっかけ――それが『恋』だとアルフレッドは踏んだのだ。
アルフレッド自身も『恋』なんて大嫌いだ。だが全く自分に興味を持たないサシャなら、アルフレッドに恋をしたとしても浮ついた恋心に呑まれることなく、程よい距離感のパートナーとして政務を取り仕切ることができると期待していた。
図書館に入り、適当に本の森をぶらつく。語学の本が目に入る。
(そういえば、彼女は図書館で勉強をしたというから、外国語を読み書きはできても話せないのでは? 授業ではそのうち会話の練習もすることだし……勉強を教えるという名目で仲良くなれるかもしれない)
良い作戦だと満足気に頷くアルフレッドの視界が、突然冷たい何かに遮られた。
「⁉︎」
アルフレッドに不躾に触れるのはオルドくらいだが、今自分に触れているのは明らかに女性の手だ。
つい魔法を発動しようとするも、ふっとかき消される。
「だーれだ。なぁんて、ね」
明るくなった視界。拘束を解かれてすぐに振り向くと、アルフレッドの体は固まった。
「ソフィー……なぜ学園にいる⁉︎」
驚愕の声を上げるアルフレッドに、ここにいるはずがない女はしーっと注意した。
豊かな白髪はそれだけ見ると老婆のようだが、実際は三十代半ばだ。そしてソフィーは年齢に似つかわしくない若さを保っている。澱んだ紅い瞳が、アルフレッドを捉える。
「殿下、だめですよぉ。図書館ではお静かに。……あのバカ陛下にはそんな常識を教えることもできないですか。……あははっ、しばらく見ない間にすっかり陛下そっくりになって、憎たらしいことこの上ないですねぇ」
呪詛のように流し込まれる言葉に、アルフレッドは眉をひそめる。
「質問に答えてくれ」
「質問? あぁ……何でわたしがここにいるか、ですね。わたしの愛しい教え子が入学したというので、国立図書館と王立学園附属図書館の職員を兼任することにしたんです。悪い虫がつかないよう守るために」
「教え子? 人嫌いのあなたの?」
アルフレッドはにわかに信じられなかった。現国王が原因で起きたある事件の後、ソフィーは国立図書館で人とあまり関わらずに隠者のように過ごしていると聞いていたのだから。
そして先ほどのリアムの報告を思いだす。サシャは紅い瞳の人にお世話になっているという報告を。
アルフレッドは首を傾げたのだ。紅眼は溢れんばかりの魔力をその身に持つという証。貴重な人材としてたいてい王宮に召し抱えられるため、庶民のサシャが出会えるはずがないのに、と。
ソフィーは唇を歪めた。
「そうですよ。かわいいサシャちゃん。こんなわたしに懐いてくれる本当に愛しい子」
アルフレッドはじりじりと後退したが、本棚にぶつかった。
「あなたが心配しなくとも、彼女はこの学園でしっかりやれていますよ。どうぞ国立図書館にお戻りください」
「あら、それは良かったです。でもだめ、もう悪い虫がついてるみたいですからぁ」
ソフィーはアルフレッドの頬に手を伸ばす。
その瞳は、アルフレッドではなく、その向こうにいる国王――ソフィーの元婚約者を見ているようだった。
「あの子にはわたしの後継者に、国立図書館館長になってもらうんです。恋なんて不毛なものは不要。裏切らない本さえあればいいんです」
アルフレッドは焦った。国立図書館の職員は官吏の一部門だ。王妃よりもよほどサシャの希望に合う。
「いいえ。サシャは王妃として私の隣にあるべきです」
「万歩譲って結婚はいいとして、バカ陛下にそっくりな殿下にサシャちゃんは渡せません。どうせ浮気するに決まってます」
淡々とした、しかし実感のこもった声に、アルフレッドは言葉に詰まる。
その動揺を見透かしたように、ソフィーは更に詰め寄った。
「ねぇ、殿下。あなたも怖いのでしょう? 恋に溺れて愚かな行動をとってしまうんじゃないかって。バカな父親の二の舞になるんじゃないかって」
アルフレッドはわなわなと震えながら拳を握った。
「私は、あの人とは違う」
冷たい手が離れていく。
「……ちょっと意地悪し過ぎましたね。今日のところはこれくらいにしておきます。でも殿下、よぉく覚えていてください。サシャちゃんは、あなたなんかに渡しませんよ」
「それはこっちの台詞だ、ソフィー」
サシャの知らぬところで、サシャを巡る新たな戦いの火蓋が切られたのだった。
(薄々感じてはいたが……道理で全くなびく気配がないわけだ)
にっこり微笑んで声をかければ、ほとんどの女性は好意的な目で見てくれた。嫌そうな顔をするのはサシャくらいだ。むしろそこを見込んで口説いているわけだが。
次の手を考えるヒントを求め、アルフレッドは図書館に足を運ぶ。その間も、絶えず脳をフル回転させていた。
(どんなに好条件を提示しても、王妃という平穏から程遠い立場になることには頷かない。だからこそ、私という人間に好意を持ってもらい、王妃になりたいと思うよう仕向けたかったのだが)
平穏から外れてもいいと思わせるきっかけ――それが『恋』だとアルフレッドは踏んだのだ。
アルフレッド自身も『恋』なんて大嫌いだ。だが全く自分に興味を持たないサシャなら、アルフレッドに恋をしたとしても浮ついた恋心に呑まれることなく、程よい距離感のパートナーとして政務を取り仕切ることができると期待していた。
図書館に入り、適当に本の森をぶらつく。語学の本が目に入る。
(そういえば、彼女は図書館で勉強をしたというから、外国語を読み書きはできても話せないのでは? 授業ではそのうち会話の練習もすることだし……勉強を教えるという名目で仲良くなれるかもしれない)
良い作戦だと満足気に頷くアルフレッドの視界が、突然冷たい何かに遮られた。
「⁉︎」
アルフレッドに不躾に触れるのはオルドくらいだが、今自分に触れているのは明らかに女性の手だ。
つい魔法を発動しようとするも、ふっとかき消される。
「だーれだ。なぁんて、ね」
明るくなった視界。拘束を解かれてすぐに振り向くと、アルフレッドの体は固まった。
「ソフィー……なぜ学園にいる⁉︎」
驚愕の声を上げるアルフレッドに、ここにいるはずがない女はしーっと注意した。
豊かな白髪はそれだけ見ると老婆のようだが、実際は三十代半ばだ。そしてソフィーは年齢に似つかわしくない若さを保っている。澱んだ紅い瞳が、アルフレッドを捉える。
「殿下、だめですよぉ。図書館ではお静かに。……あのバカ陛下にはそんな常識を教えることもできないですか。……あははっ、しばらく見ない間にすっかり陛下そっくりになって、憎たらしいことこの上ないですねぇ」
呪詛のように流し込まれる言葉に、アルフレッドは眉をひそめる。
「質問に答えてくれ」
「質問? あぁ……何でわたしがここにいるか、ですね。わたしの愛しい教え子が入学したというので、国立図書館と王立学園附属図書館の職員を兼任することにしたんです。悪い虫がつかないよう守るために」
「教え子? 人嫌いのあなたの?」
アルフレッドはにわかに信じられなかった。現国王が原因で起きたある事件の後、ソフィーは国立図書館で人とあまり関わらずに隠者のように過ごしていると聞いていたのだから。
そして先ほどのリアムの報告を思いだす。サシャは紅い瞳の人にお世話になっているという報告を。
アルフレッドは首を傾げたのだ。紅眼は溢れんばかりの魔力をその身に持つという証。貴重な人材としてたいてい王宮に召し抱えられるため、庶民のサシャが出会えるはずがないのに、と。
ソフィーは唇を歪めた。
「そうですよ。かわいいサシャちゃん。こんなわたしに懐いてくれる本当に愛しい子」
アルフレッドはじりじりと後退したが、本棚にぶつかった。
「あなたが心配しなくとも、彼女はこの学園でしっかりやれていますよ。どうぞ国立図書館にお戻りください」
「あら、それは良かったです。でもだめ、もう悪い虫がついてるみたいですからぁ」
ソフィーはアルフレッドの頬に手を伸ばす。
その瞳は、アルフレッドではなく、その向こうにいる国王――ソフィーの元婚約者を見ているようだった。
「あの子にはわたしの後継者に、国立図書館館長になってもらうんです。恋なんて不毛なものは不要。裏切らない本さえあればいいんです」
アルフレッドは焦った。国立図書館の職員は官吏の一部門だ。王妃よりもよほどサシャの希望に合う。
「いいえ。サシャは王妃として私の隣にあるべきです」
「万歩譲って結婚はいいとして、バカ陛下にそっくりな殿下にサシャちゃんは渡せません。どうせ浮気するに決まってます」
淡々とした、しかし実感のこもった声に、アルフレッドは言葉に詰まる。
その動揺を見透かしたように、ソフィーは更に詰め寄った。
「ねぇ、殿下。あなたも怖いのでしょう? 恋に溺れて愚かな行動をとってしまうんじゃないかって。バカな父親の二の舞になるんじゃないかって」
アルフレッドはわなわなと震えながら拳を握った。
「私は、あの人とは違う」
冷たい手が離れていく。
「……ちょっと意地悪し過ぎましたね。今日のところはこれくらいにしておきます。でも殿下、よぉく覚えていてください。サシャちゃんは、あなたなんかに渡しませんよ」
「それはこっちの台詞だ、ソフィー」
サシャの知らぬところで、サシャを巡る新たな戦いの火蓋が切られたのだった。
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