わたしは平穏に生きたい庶民です。玉の輿に興味はありません!

まあや

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20 騎士

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『あん、さつ』

 サシャは聞き間違いかと思った。あまりにも耳慣れない言葉だったから、聞き違いであってほしいと思った。

『そう。おじさんの商売敵が刺客を送り込んできたのかも……。無関係の君を巻き込んで、ごめんね』

『レニーおじさん、後ろ暗い商売でもしてるんですか?』

 ぎょっとしたレニーは全力で否定する。

『してないしてない! おじさんはクリーンな商売を心がけているよ。ただやっぱ、成功を僻む輩は出てくるからね』

 どこか諦めたような顔をするレニーに、サシャは少し同情した。

『とりあえず、今は敵から逃げるのが先決ですね』

『そうだね。身を隠せそうな裏路地に……と思って来たけど、悪手だったかもなぁ』

 レニーは焦げ茶色の髪をぐしゃっとかき上げた。

『どうしてですか?』

『あの蝶は、人目がある場所でもほとんど疑われることなく殺せるのが利点。広場には大勢の人がいたから、敵はあれを使ってきたんだと思う。でもこんな――っと』

「きゃっ」

 レニーはサシャを横抱きにして、走り出した。強烈な風がサシャの髪を揺らす。

 先ほどまでいた石畳には、刃物で切り裂かれたような傷ができていた。

『誰もいないとこだと、敵さんも容赦しないってわけ』

 レニーの頬を冷や汗が伝う。サシャも全身が恐怖で粟立った。

 黒ずくめの人物が音もなく現れる。全身黒のローブを纏うその人は、年齢も性別も分からない。その人の周囲にある樽や木箱が風で吹きあがっていく。

『魔法士かぁ。おじさん魔法苦手なんだよね』

 黒魔法士はすっと手を上げ、場に緊張感が走った、その時。

「うちのサシャちゃんに何触ってんだ、このエロおやじ!」

『げふっ』

 レニーは後頭部を蹴られ、その衝撃で思わずサシャから手を放す。何とか着地を決めたサシャの体が、ぐっと温かな胸に引き寄せられる。

 聞き覚えのある声に目を白黒させながら見上げると、そこには荒い息を吐きながらレニーを睨みつけるオルドがいた。

「オルド様⁉︎」

 驚愕の声を受け、オルドはいつものごとくへらりと笑った。

「大丈夫? サシャちゃん、変なことされてない? 俺が来たからにはもう安心してね」

『痛いっ、いたっ、ちょ、やめさせ――』

 サシャを気遣いながら、オルドは器用にもずっとレニーを殴り続けている。サシャは慌ててその腕に抱き着いた。オルドの頬が少し赤くなる。

「オルド様、攻撃するのはその人じゃなくて、あっちに! 殺し屋なんです!」

「え?」

 オルドはサシャの指さす方を向き、目を眇める。纏う雰囲気が一瞬にして変わった。瞬きの間に剣を抜き、構える。

 闖入者に暗殺者も戸惑っていたようで、魔法も放たずにこちらを眺めていたが、オルドの圧を受けて自分の職務を思い出したようだ。風の刃が放たれる。

 石畳の惨状を思い出し、サシャの顔が青ざめる。

「危ない! オルド、さ――」

「こんなの、アルの魔法に比べたらそよ風同然だよ」

 オルドは剣で風を受け止めたかと思うと、それを打ち返した。暗殺者は身を翻して躱し、再び何本もの風の刃を生み出す。

 一つに結えた亜麻色の髪を揺らしながら、オルドはそれら全てを弾いてみせた。

 自分が放った魔法を全て返された暗殺者は、力の差を理解したのかたまらず上空に逃げる。

「待て!」

 オルドは木箱の上に飛び乗り、壁を蹴り上げて、文字通り飛んだ。振り下ろした剣の切っ先が暗殺者の足を切りつけ、鮮血が飛び散る。

 だが致命傷には至らず、暗殺者はそのまま飛び去り、姿を消した。

「ちっ、逃がしたか」

 危なげなく着地し、雲一つない空を見上げて舌打ちする。剣を振るって、付着した血を払った。

 剣を鞘に納め、凛と立つオルドの姿はまるで物語の騎士そのもので、サシャは目を逸らすことができなかった。

 サシャの視線に気づいたオルドが優しく目を細めた瞬間ーー胸がとくん、と高鳴った。
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