33 / 39
33 嫉妬
しおりを挟む
「昨日、町で妙な事件があったとは通報を受けていたけど……まさか、サシャが巻き込まれているとは思わなかったな」
アルフレッドは皺の寄った眉間を押さえた。ようやく解放されたオルドは地面に膝をついてげほげほと呻いている。流石にかわいそうなので背中をさすってあげたいが、アルフレッドがそれを許す気がしないので動けない。
オルドの様子を横目で窺っていたサシャの頬に、骨張った手が触れる。
「ひゃっ」
完全に油断していたサシャは驚いて声を上げる。
「怪我はなかった?」
顔を近づけ、アルフレッドは心配そうに尋ねた。じっと見つめられ、サシャは落ち着かない気持ちになった。
(……うぅ、手を払いたいけど、流石に不敬だよね)
「無傷です。そこで苦しんでいるバークレイ様のおかげで。あの、お手を放していただけますか」
「そう、良かった。オルドもたまにはやるね。でも、サシャが気づかなかっただけで、どこか怪我しているかもしれないから、じっくり見ないと」
アルフレッドは良い笑顔でとんでもないことを言い出した。サシャは虚ろな目をする。
(……許されるならこの変態王子の整った顔に頭突きを食らわせて逃げ去りたい)
「あの、今の時点で傷まない傷なんて所詮大したことないんで、本当に、放してください」
サシャの切実な嘆願を聴いて、触れていたアルフレッドの手がぴく、と動いた。
「オルドには唇も許すのに、私は手を触れることさえ許されないのか?」
責めるような声音に、サシャは怯えるよりも笑ってしまった。
「駒くらいにしか思っていない女に、よくそんな嫉妬している演技ができますね」
役者ばりの演技力の高さに呆れてそう言うと、アルフレッドの手が急に離れた。
青い目が大きく見開かれ、揺れている。
「私が、嫉妬……?」
口を手で押さえ、信じられないといった様子で呟いた。
態度が急変した王子様に戸惑うサシャは、首を傾げる。
「殿下?」
サシャの声にアルフレッドは我に返る。すぐにいつもの王子様スマイルに戻った。
「何でもないよ。確かに恋人でもないのにとやかく言うのは狭量だったかもね。でも……」
アルフレッドは未だうずくまっているオルドを冷たく一瞥する。
「好きでもない男にキスするのはやっぱ感心しないな。こういう男はすぐ調子に乗るから」
「うっ……それは、反省してます。ちょっと勢いで」
(今更だけど、すごく大胆なことを――)
未遂で終わって良かったと、熱くなった顔を仰ぎながらサシャは胸をなでおろす。しかしすぐに眉を下げた。
「ただ、やっぱり借りを作りっぱなしは落ち着かないんですよね」
「サシャは真面目だね。そういう所が好ましいけれど」
アルフレッドは思案する素振りを見せる。
「借りを返すなら、健全に勉強を教えるとかはどうだい? オルドは座学がさっぱりダメだから」
「そんなことでよろしいのでしょうか」
勉強は好きだが、家庭教師がいるであろうお貴族様に教えるのは少し恐れ多くもある。
オルドの方を見ると、右腕を上げて親指を立てていた。良いらしい。
「じゃあ、決まりだ。二人きりは妙な噂が立ちかねないから、私も同席するよ」
「え」
(いやいやいや、余計変な噂が立つって)
ただ断れる雰囲気でもない。苦し紛れに条件を提示した。
「えっと、勉強会には他の方もお誘いさせていただいても……?」
「もちろん、構わないよ」
オルドへの恩返しのはずなのに、アルフレッドが笑顔で答える。
何だかどっと疲れたサシャは、軽く頭を下げる。
「では、時間と場所は追々……わたし、授業前に図書館に本を返しに行きたいので」
図書館で少し勉強できればとも思っていたが、思いがけず時間を食ってしまった。
「あぁ。私はオルドともう少し話すよ。また教室で」
ほっとしたサシャは顔を上げ――滑らかな感触が、唇に触れた。
「君の可憐な唇が守られて、本当に良かった。大事な相手にとっておかないといけないからね」
いたずらをする子どものように笑うアルフレッドの指が、サシャの唇に触れ、離れていった。触れたのは指なのに、まるで、口づけでもされたような錯覚があって――サシャはごしごしと手の甲で唇を拭いた。
「この変た――っ、失礼します!」
鞄を胸に抱え、全力で走り去る。
どくどくとうるさい鼓動は、ときめきなんかではなく、きっと走っているせいだ。
アルフレッドは皺の寄った眉間を押さえた。ようやく解放されたオルドは地面に膝をついてげほげほと呻いている。流石にかわいそうなので背中をさすってあげたいが、アルフレッドがそれを許す気がしないので動けない。
オルドの様子を横目で窺っていたサシャの頬に、骨張った手が触れる。
「ひゃっ」
完全に油断していたサシャは驚いて声を上げる。
「怪我はなかった?」
顔を近づけ、アルフレッドは心配そうに尋ねた。じっと見つめられ、サシャは落ち着かない気持ちになった。
(……うぅ、手を払いたいけど、流石に不敬だよね)
「無傷です。そこで苦しんでいるバークレイ様のおかげで。あの、お手を放していただけますか」
「そう、良かった。オルドもたまにはやるね。でも、サシャが気づかなかっただけで、どこか怪我しているかもしれないから、じっくり見ないと」
アルフレッドは良い笑顔でとんでもないことを言い出した。サシャは虚ろな目をする。
(……許されるならこの変態王子の整った顔に頭突きを食らわせて逃げ去りたい)
「あの、今の時点で傷まない傷なんて所詮大したことないんで、本当に、放してください」
サシャの切実な嘆願を聴いて、触れていたアルフレッドの手がぴく、と動いた。
「オルドには唇も許すのに、私は手を触れることさえ許されないのか?」
責めるような声音に、サシャは怯えるよりも笑ってしまった。
「駒くらいにしか思っていない女に、よくそんな嫉妬している演技ができますね」
役者ばりの演技力の高さに呆れてそう言うと、アルフレッドの手が急に離れた。
青い目が大きく見開かれ、揺れている。
「私が、嫉妬……?」
口を手で押さえ、信じられないといった様子で呟いた。
態度が急変した王子様に戸惑うサシャは、首を傾げる。
「殿下?」
サシャの声にアルフレッドは我に返る。すぐにいつもの王子様スマイルに戻った。
「何でもないよ。確かに恋人でもないのにとやかく言うのは狭量だったかもね。でも……」
アルフレッドは未だうずくまっているオルドを冷たく一瞥する。
「好きでもない男にキスするのはやっぱ感心しないな。こういう男はすぐ調子に乗るから」
「うっ……それは、反省してます。ちょっと勢いで」
(今更だけど、すごく大胆なことを――)
未遂で終わって良かったと、熱くなった顔を仰ぎながらサシャは胸をなでおろす。しかしすぐに眉を下げた。
「ただ、やっぱり借りを作りっぱなしは落ち着かないんですよね」
「サシャは真面目だね。そういう所が好ましいけれど」
アルフレッドは思案する素振りを見せる。
「借りを返すなら、健全に勉強を教えるとかはどうだい? オルドは座学がさっぱりダメだから」
「そんなことでよろしいのでしょうか」
勉強は好きだが、家庭教師がいるであろうお貴族様に教えるのは少し恐れ多くもある。
オルドの方を見ると、右腕を上げて親指を立てていた。良いらしい。
「じゃあ、決まりだ。二人きりは妙な噂が立ちかねないから、私も同席するよ」
「え」
(いやいやいや、余計変な噂が立つって)
ただ断れる雰囲気でもない。苦し紛れに条件を提示した。
「えっと、勉強会には他の方もお誘いさせていただいても……?」
「もちろん、構わないよ」
オルドへの恩返しのはずなのに、アルフレッドが笑顔で答える。
何だかどっと疲れたサシャは、軽く頭を下げる。
「では、時間と場所は追々……わたし、授業前に図書館に本を返しに行きたいので」
図書館で少し勉強できればとも思っていたが、思いがけず時間を食ってしまった。
「あぁ。私はオルドともう少し話すよ。また教室で」
ほっとしたサシャは顔を上げ――滑らかな感触が、唇に触れた。
「君の可憐な唇が守られて、本当に良かった。大事な相手にとっておかないといけないからね」
いたずらをする子どものように笑うアルフレッドの指が、サシャの唇に触れ、離れていった。触れたのは指なのに、まるで、口づけでもされたような錯覚があって――サシャはごしごしと手の甲で唇を拭いた。
「この変た――っ、失礼します!」
鞄を胸に抱え、全力で走り去る。
どくどくとうるさい鼓動は、ときめきなんかではなく、きっと走っているせいだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
氷のメイドが辞職を伝えたらご主人様が何度も一緒にお出かけするようになりました
まさかの
恋愛
「結婚しようかと思います」
あまり表情に出ない氷のメイドとして噂されるサラサの一言が家族団欒としていた空気をぶち壊した。
ただそれは田舎に戻って結婚相手を探すというだけのことだった。
それに安心した伯爵の奥様が伯爵家の一人息子のオックスが成人するまでの一年間は残ってほしいという頼みを受け、いつものようにオックスのお世話をするサラサ。
するとどうしてかオックスは真面目に勉強を始め、社会勉強と評してサラサと一緒に何度もお出かけをするようになった。
好みの宝石を聞かれたり、ドレスを着せられたり、さらには何度も自分の好きな料理を食べさせてもらったりしながらも、あくまでも社会勉強と言い続けるオックス。
二人の甘酸っぱい日々と夫婦になるまでの物語。
逃げたい悪役令嬢と、逃がさない王子
ねむたん
恋愛
セレスティーナ・エヴァンジェリンは今日も王宮の廊下を静かに歩きながら、ちらりと視線を横に流した。白いドレスを揺らし、愛らしく微笑むアリシア・ローゼンベルクの姿を目にするたび、彼女の胸はわずかに弾む。
(その調子よ、アリシア。もっと頑張って! あなたがしっかり王子を誘惑してくれれば、私は自由になれるのだから!)
期待に満ちた瞳で、影からこっそり彼女の奮闘を見守る。今日こそレオナルトがアリシアの魅力に落ちるかもしれない——いや、落ちてほしい。
モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します
みゅー
恋愛
乙女ゲームに、転生してしまった瑛子は自分の前世を思い出し、前世で培った処世術をフル活用しながら過ごしているうちに何故か、全く興味のない攻略対象に好かれてしまい、全力で逃げようとするが……
余談ですが、小説家になろうの方で題名が既に国語力無さすぎて読むきにもなれない、教師相手だと淫行と言う意見あり。
皆さんも、作者の国語力のなさや教師と生徒カップル無理な人はプラウザバック宜しくです。
作者に国語力ないのは周知の事実ですので、指摘なくても大丈夫です✨
あと『追われてしまった』と言う言葉がおかしいとの指摘も既にいただいております。
やらかしちゃったと言うニュアンスで使用していますので、ご了承下さいませ。
この説明書いていて、海外の商品は訴えられるから、説明書が長くなるって話を思いだしました。
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない
三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。
溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
悪役令嬢のビフォーアフター
すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。
腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ!
とりあえずダイエットしなきゃ!
そんな中、
あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・
そんな私に新たに出会いが!!
婚約者さん何気に嫉妬してない?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる