わたしは平穏に生きたい庶民です。玉の輿に興味はありません!

まあや

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33 嫉妬

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「昨日、町で妙な事件があったとは通報を受けていたけど……まさか、サシャが巻き込まれているとは思わなかったな」

 アルフレッドは皺の寄った眉間を押さえた。ようやく解放されたオルドは地面に膝をついてげほげほと呻いている。流石にかわいそうなので背中をさすってあげたいが、アルフレッドがそれを許す気がしないので動けない。

 オルドの様子を横目で窺っていたサシャの頬に、骨張った手が触れる。

「ひゃっ」

 完全に油断していたサシャは驚いて声を上げる。

「怪我はなかった?」

 顔を近づけ、アルフレッドは心配そうに尋ねた。じっと見つめられ、サシャは落ち着かない気持ちになった。

(……うぅ、手を払いたいけど、流石に不敬だよね)

「無傷です。そこで苦しんでいるバークレイ様のおかげで。あの、お手を放していただけますか」

「そう、良かった。オルドもたまにはやるね。でも、サシャが気づかなかっただけで、どこか怪我しているかもしれないから、じっくり見ないと」

 アルフレッドは良い笑顔でとんでもないことを言い出した。サシャは虚ろな目をする。

(……許されるならこの変態王子の整った顔に頭突きを食らわせて逃げ去りたい)

「あの、今の時点で傷まない傷なんて所詮大したことないんで、本当に、放してください」

 サシャの切実な嘆願を聴いて、触れていたアルフレッドの手がぴく、と動いた。

「オルドには唇も許すのに、私は手を触れることさえ許されないのか?」

 責めるような声音に、サシャは怯えるよりも笑ってしまった。

「駒くらいにしか思っていない女に、よくそんな嫉妬している演技ができますね」

 役者ばりの演技力の高さに呆れてそう言うと、アルフレッドの手が急に離れた。

 青い目が大きく見開かれ、揺れている。

「私が、嫉妬……?」

 口を手で押さえ、信じられないといった様子で呟いた。

 態度が急変した王子様に戸惑うサシャは、首を傾げる。

「殿下?」

 サシャの声にアルフレッドは我に返る。すぐにいつもの王子様スマイルに戻った。

「何でもないよ。確かに恋人でもないのにとやかく言うのは狭量だったかもね。でも……」

 アルフレッドは未だうずくまっているオルドを冷たく一瞥する。

「好きでもない男にキスするのはやっぱ感心しないな。こういう男はすぐ調子に乗るから」

「うっ……それは、反省してます。ちょっと勢いで」

(今更だけど、すごく大胆なことを――)

 未遂で終わって良かったと、熱くなった顔を仰ぎながらサシャは胸をなでおろす。しかしすぐに眉を下げた。

「ただ、やっぱり借りを作りっぱなしは落ち着かないんですよね」

「サシャは真面目だね。そういう所が好ましいけれど」

 アルフレッドは思案する素振りを見せる。

「借りを返すなら、健全に勉強を教えるとかはどうだい? オルドは座学がさっぱりダメだから」

「そんなことでよろしいのでしょうか」

 勉強は好きだが、家庭教師がいるであろうお貴族様に教えるのは少し恐れ多くもある。

 オルドの方を見ると、右腕を上げて親指を立てていた。良いらしい。

「じゃあ、決まりだ。二人きりは妙な噂が立ちかねないから、私も同席するよ」

「え」

(いやいやいや、余計変な噂が立つって)

 ただ断れる雰囲気でもない。苦し紛れに条件を提示した。

「えっと、勉強会には他の方もお誘いさせていただいても……?」

「もちろん、構わないよ」

 オルドへの恩返しのはずなのに、アルフレッドが笑顔で答える。

 何だかどっと疲れたサシャは、軽く頭を下げる。

「では、時間と場所は追々……わたし、授業前に図書館に本を返しに行きたいので」

 図書館で少し勉強できればとも思っていたが、思いがけず時間を食ってしまった。

「あぁ。私はオルドともう少し話すよ。また教室で」

 ほっとしたサシャは顔を上げ――滑らかな感触が、唇に触れた。

「君の可憐な唇が守られて、本当に良かった。大事な相手にとっておかないといけないからね」

 いたずらをする子どものように笑うアルフレッドの指が、サシャの唇に触れ、離れていった。触れたのは指なのに、まるで、口づけでもされたような錯覚があって――サシャはごしごしと手の甲で唇を拭いた。

「この変た――っ、失礼します!」

 鞄を胸に抱え、全力で走り去る。

 どくどくとうるさい鼓動は、ときめきなんかではなく、きっと走っているせいだ。
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