わたしは平穏に生きたい庶民です。玉の輿に興味はありません!

まあや

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34 動揺

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 昨日町で起きた事件について、犯人と相対したオルドに話を聞くために、アルフレッドは朝早くから登校した。

 魔法を使った殺人未遂。この辺りで自然発生するはずのない毒のある蝶も同日目撃された。関連するのは間違いない。騒ぎにならなかったのが不思議なほどの大事件だ。本当はその日のうちに王宮に呼び出したかったが、溜まった公務に忙殺されて時間が無かったのだ。

がまともに働いてくれたら、私の負担はもう少し軽くなるんだが)

 ありえない仮定に皮肉な笑みを浮かべながら、アルフレッドは朝練をしているはずのオルドを探す。

 訓練場がある方へ曲がると、道の先に鮮烈な赤が見えた。

(あれは……サシャかな)

 朝日を受け艶やかに輝く赤髪に目を細め、それからやっと、近くに男がいることに気が付いた。

(オルドも一緒だったのか)

 ちょうどいいと歩みを速めたその時、二人は連れ立って移動を始めた。

 どのような会話が交わされているのかは聞こえないが、人目を避けるように木陰に行く二人を見て、言い知れぬ不安を感じた。

 更に足早についていくと――ちょうどサシャがつま先を伸ばして、オルドの頬に口づけようとしているところに出くわした。

 どくん、と、体の奥が揺れた気がした。

(なんで、いつの間にそんな、恋に興味がないはずじゃ)

 疑問がぶわっと思考を支配する。その間にも、体は勝手に動く。


 止めないと。


 気づいた時には、サシャからオルドを引きはがしていた。





『そんな嫉妬して――』

 サシャの声が蘇る。

(あれは嫉妬から来る行動じゃない。嫉妬なんて、恋だの愛だのに狂わされた馬鹿が持つ感情だ)

 私は、そんな感情に囚われたりなどしない。

 アルフレッドはそう自分に言い聞かせ、気持ちを切り替えた。

「……いつまでうずくまっているつもりだ」

 小さくなるサシャの背中を見つめながら、アルフレッドはオルドに声をかける。

「いや、ちょっとサシャちゃんの顔をまともに見られる気がしなくて……」

 頼りない声でそう言ったオルドは、服についた土を払いながら立ち上がった。「うわ、まだ痛いんだけど」と首を押さえてぼやく。

「だいたい、背後をとられても気が付かないなんて、弛んでるんじゃないか?」

「ははっ、流石に何も反論できないや。完全に油断してたー」

 ちくちくと嫌みを言われながらも、オルドはからっと笑う。

「孫をしっかり鍛え直すように騎士団長殿には伝えておくよ」

「げっ、それだけは勘弁してよ」

 心底嫌そうな顔をしていたオルドだが、一転、真剣な顔つきに変わる。

「……サシャちゃんについて行かずに俺のとこに留まったってことは、何か聞きたいことがあるんじゃないの?」

「あぁ。犯人を直接見たのはお前だからな。何か気づいたことがあるかと思って」

「んー。風の魔法が得意なのか、それしか使ってこなかったよ。一気に魔法を展開してたから魔力量はそこそこだろうけど、威力は俺の剣で打ち返せる程度。切り傷を負わせても全く声を上げなかったところを見ると、プロの殺し屋だと思う」

「概ね現場の調査で分かったことと大差ないな。魔力痕も血痕も残っていたが、途中でかき消されてどこに逃げたかまでは辿れなかった」

 つまり暗殺者は、まだ町に潜んでいる可能性が高いということだ。

 オルドは肩をすくめた。

「大した情報出せなくてごめんね」

「いや、他にも敵がいたかもしれない状況だったから、被害者の保護を優先したのは正しい。問題は魔法士たちの調査でも犯人の居場所を全く掴めていないことだ。国内で他にも事件を起こされたら困る」

 アルフレッドを励ますように、オルドは楽観的な意見を述べる。

「狙われていたおっさんが帰国してたら、暗殺者もそれを追っかけて国から出ていったんじゃない?」

「暗殺者の出入国を許しているなんて、治安が悪いにもほどがある。うちの国境警備がそれほど無能だとは思いたくないね」

 それに、レニーという男が今どこにいるのかも把握できていない。入出国の記録にはそんな男の情報はどこにも無かった。

 サシャは『通訳の仕事』でレニーの相手をしていたというから、ソフィーなら事情を知っているに違いない。

「はぁ……結局、彼女に話を聞くしかないのか」

 ぐしゃぐしゃと髪を乱したアルフレッドは、大きくため息を吐く。

「まぁいい。情報提供感謝する」

 感謝の感じられない声音でお礼を言うアルフレッドに、オルドはぼそっと呟いた。

「……俺の方こそ、ありがと。アル」

「?」

 何に感謝されたのか分からないアルフレッドを置いて、オルドは「じゃあ俺、着替えてくるから」と訓練場へ向かった。
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