34 / 39
34 動揺
しおりを挟む
昨日町で起きた事件について、犯人と相対したオルドに話を聞くために、アルフレッドは朝早くから登校した。
魔法を使った殺人未遂。この辺りで自然発生するはずのない毒のある蝶も同日目撃された。関連するのは間違いない。騒ぎにならなかったのが不思議なほどの大事件だ。本当はその日のうちに王宮に呼び出したかったが、溜まった公務に忙殺されて時間が無かったのだ。
(あれがまともに働いてくれたら、私の負担はもう少し軽くなるんだが)
ありえない仮定に皮肉な笑みを浮かべながら、アルフレッドは朝練をしているはずのオルドを探す。
訓練場がある方へ曲がると、道の先に鮮烈な赤が見えた。
(あれは……サシャかな)
朝日を受け艶やかに輝く赤髪に目を細め、それからやっと、近くに男がいることに気が付いた。
(オルドも一緒だったのか)
ちょうどいいと歩みを速めたその時、二人は連れ立って移動を始めた。
どのような会話が交わされているのかは聞こえないが、人目を避けるように木陰に行く二人を見て、言い知れぬ不安を感じた。
更に足早についていくと――ちょうどサシャがつま先を伸ばして、オルドの頬に口づけようとしているところに出くわした。
どくん、と、体の奥が揺れた気がした。
(なんで、いつの間にそんな、恋に興味がないはずじゃ)
疑問がぶわっと思考を支配する。その間にも、体は勝手に動く。
止めないと。
気づいた時には、サシャからオルドを引きはがしていた。
『そんな嫉妬して――』
サシャの声が蘇る。
(あれは嫉妬から来る行動じゃない。嫉妬なんて、恋だの愛だのに狂わされた馬鹿が持つ感情だ)
私は、そんな感情に囚われたりなどしない。
アルフレッドはそう自分に言い聞かせ、気持ちを切り替えた。
「……いつまでうずくまっているつもりだ」
小さくなるサシャの背中を見つめながら、アルフレッドはオルドに声をかける。
「いや、ちょっとサシャちゃんの顔をまともに見られる気がしなくて……」
頼りない声でそう言ったオルドは、服についた土を払いながら立ち上がった。「うわ、まだ痛いんだけど」と首を押さえてぼやく。
「だいたい、背後をとられても気が付かないなんて、弛んでるんじゃないか?」
「ははっ、流石に何も反論できないや。完全に油断してたー」
ちくちくと嫌みを言われながらも、オルドはからっと笑う。
「孫をしっかり鍛え直すように騎士団長殿には伝えておくよ」
「げっ、それだけは勘弁してよ」
心底嫌そうな顔をしていたオルドだが、一転、真剣な顔つきに変わる。
「……サシャちゃんについて行かずに俺のとこに留まったってことは、何か聞きたいことがあるんじゃないの?」
「あぁ。犯人を直接見たのはお前だからな。何か気づいたことがあるかと思って」
「んー。風の魔法が得意なのか、それしか使ってこなかったよ。一気に魔法を展開してたから魔力量はそこそこだろうけど、威力は俺の剣で打ち返せる程度。切り傷を負わせても全く声を上げなかったところを見ると、プロの殺し屋だと思う」
「概ね現場の調査で分かったことと大差ないな。魔力痕も血痕も残っていたが、途中でかき消されてどこに逃げたかまでは辿れなかった」
つまり暗殺者は、まだ町に潜んでいる可能性が高いということだ。
オルドは肩をすくめた。
「大した情報出せなくてごめんね」
「いや、他にも敵がいたかもしれない状況だったから、被害者の保護を優先したのは正しい。問題は魔法士たちの調査でも犯人の居場所を全く掴めていないことだ。国内で他にも事件を起こされたら困る」
アルフレッドを励ますように、オルドは楽観的な意見を述べる。
「狙われていたおっさんが帰国してたら、暗殺者もそれを追っかけて国から出ていったんじゃない?」
「暗殺者の出入国を許しているなんて、治安が悪いにもほどがある。うちの国境警備がそれほど無能だとは思いたくないね」
それに、レニーという男が今どこにいるのかも把握できていない。入出国の記録にはそんな男の情報はどこにも無かった。
サシャは『通訳の仕事』でレニーの相手をしていたというから、ソフィーなら事情を知っているに違いない。
「はぁ……結局、彼女に話を聞くしかないのか」
ぐしゃぐしゃと髪を乱したアルフレッドは、大きくため息を吐く。
「まぁいい。情報提供感謝する」
感謝の感じられない声音でお礼を言うアルフレッドに、オルドはぼそっと呟いた。
「……俺の方こそ、ありがと。アル」
「?」
何に感謝されたのか分からないアルフレッドを置いて、オルドは「じゃあ俺、着替えてくるから」と訓練場へ向かった。
魔法を使った殺人未遂。この辺りで自然発生するはずのない毒のある蝶も同日目撃された。関連するのは間違いない。騒ぎにならなかったのが不思議なほどの大事件だ。本当はその日のうちに王宮に呼び出したかったが、溜まった公務に忙殺されて時間が無かったのだ。
(あれがまともに働いてくれたら、私の負担はもう少し軽くなるんだが)
ありえない仮定に皮肉な笑みを浮かべながら、アルフレッドは朝練をしているはずのオルドを探す。
訓練場がある方へ曲がると、道の先に鮮烈な赤が見えた。
(あれは……サシャかな)
朝日を受け艶やかに輝く赤髪に目を細め、それからやっと、近くに男がいることに気が付いた。
(オルドも一緒だったのか)
ちょうどいいと歩みを速めたその時、二人は連れ立って移動を始めた。
どのような会話が交わされているのかは聞こえないが、人目を避けるように木陰に行く二人を見て、言い知れぬ不安を感じた。
更に足早についていくと――ちょうどサシャがつま先を伸ばして、オルドの頬に口づけようとしているところに出くわした。
どくん、と、体の奥が揺れた気がした。
(なんで、いつの間にそんな、恋に興味がないはずじゃ)
疑問がぶわっと思考を支配する。その間にも、体は勝手に動く。
止めないと。
気づいた時には、サシャからオルドを引きはがしていた。
『そんな嫉妬して――』
サシャの声が蘇る。
(あれは嫉妬から来る行動じゃない。嫉妬なんて、恋だの愛だのに狂わされた馬鹿が持つ感情だ)
私は、そんな感情に囚われたりなどしない。
アルフレッドはそう自分に言い聞かせ、気持ちを切り替えた。
「……いつまでうずくまっているつもりだ」
小さくなるサシャの背中を見つめながら、アルフレッドはオルドに声をかける。
「いや、ちょっとサシャちゃんの顔をまともに見られる気がしなくて……」
頼りない声でそう言ったオルドは、服についた土を払いながら立ち上がった。「うわ、まだ痛いんだけど」と首を押さえてぼやく。
「だいたい、背後をとられても気が付かないなんて、弛んでるんじゃないか?」
「ははっ、流石に何も反論できないや。完全に油断してたー」
ちくちくと嫌みを言われながらも、オルドはからっと笑う。
「孫をしっかり鍛え直すように騎士団長殿には伝えておくよ」
「げっ、それだけは勘弁してよ」
心底嫌そうな顔をしていたオルドだが、一転、真剣な顔つきに変わる。
「……サシャちゃんについて行かずに俺のとこに留まったってことは、何か聞きたいことがあるんじゃないの?」
「あぁ。犯人を直接見たのはお前だからな。何か気づいたことがあるかと思って」
「んー。風の魔法が得意なのか、それしか使ってこなかったよ。一気に魔法を展開してたから魔力量はそこそこだろうけど、威力は俺の剣で打ち返せる程度。切り傷を負わせても全く声を上げなかったところを見ると、プロの殺し屋だと思う」
「概ね現場の調査で分かったことと大差ないな。魔力痕も血痕も残っていたが、途中でかき消されてどこに逃げたかまでは辿れなかった」
つまり暗殺者は、まだ町に潜んでいる可能性が高いということだ。
オルドは肩をすくめた。
「大した情報出せなくてごめんね」
「いや、他にも敵がいたかもしれない状況だったから、被害者の保護を優先したのは正しい。問題は魔法士たちの調査でも犯人の居場所を全く掴めていないことだ。国内で他にも事件を起こされたら困る」
アルフレッドを励ますように、オルドは楽観的な意見を述べる。
「狙われていたおっさんが帰国してたら、暗殺者もそれを追っかけて国から出ていったんじゃない?」
「暗殺者の出入国を許しているなんて、治安が悪いにもほどがある。うちの国境警備がそれほど無能だとは思いたくないね」
それに、レニーという男が今どこにいるのかも把握できていない。入出国の記録にはそんな男の情報はどこにも無かった。
サシャは『通訳の仕事』でレニーの相手をしていたというから、ソフィーなら事情を知っているに違いない。
「はぁ……結局、彼女に話を聞くしかないのか」
ぐしゃぐしゃと髪を乱したアルフレッドは、大きくため息を吐く。
「まぁいい。情報提供感謝する」
感謝の感じられない声音でお礼を言うアルフレッドに、オルドはぼそっと呟いた。
「……俺の方こそ、ありがと。アル」
「?」
何に感謝されたのか分からないアルフレッドを置いて、オルドは「じゃあ俺、着替えてくるから」と訓練場へ向かった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
氷のメイドが辞職を伝えたらご主人様が何度も一緒にお出かけするようになりました
まさかの
恋愛
「結婚しようかと思います」
あまり表情に出ない氷のメイドとして噂されるサラサの一言が家族団欒としていた空気をぶち壊した。
ただそれは田舎に戻って結婚相手を探すというだけのことだった。
それに安心した伯爵の奥様が伯爵家の一人息子のオックスが成人するまでの一年間は残ってほしいという頼みを受け、いつものようにオックスのお世話をするサラサ。
するとどうしてかオックスは真面目に勉強を始め、社会勉強と評してサラサと一緒に何度もお出かけをするようになった。
好みの宝石を聞かれたり、ドレスを着せられたり、さらには何度も自分の好きな料理を食べさせてもらったりしながらも、あくまでも社会勉強と言い続けるオックス。
二人の甘酸っぱい日々と夫婦になるまでの物語。
逃げたい悪役令嬢と、逃がさない王子
ねむたん
恋愛
セレスティーナ・エヴァンジェリンは今日も王宮の廊下を静かに歩きながら、ちらりと視線を横に流した。白いドレスを揺らし、愛らしく微笑むアリシア・ローゼンベルクの姿を目にするたび、彼女の胸はわずかに弾む。
(その調子よ、アリシア。もっと頑張って! あなたがしっかり王子を誘惑してくれれば、私は自由になれるのだから!)
期待に満ちた瞳で、影からこっそり彼女の奮闘を見守る。今日こそレオナルトがアリシアの魅力に落ちるかもしれない——いや、落ちてほしい。
モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します
みゅー
恋愛
乙女ゲームに、転生してしまった瑛子は自分の前世を思い出し、前世で培った処世術をフル活用しながら過ごしているうちに何故か、全く興味のない攻略対象に好かれてしまい、全力で逃げようとするが……
余談ですが、小説家になろうの方で題名が既に国語力無さすぎて読むきにもなれない、教師相手だと淫行と言う意見あり。
皆さんも、作者の国語力のなさや教師と生徒カップル無理な人はプラウザバック宜しくです。
作者に国語力ないのは周知の事実ですので、指摘なくても大丈夫です✨
あと『追われてしまった』と言う言葉がおかしいとの指摘も既にいただいております。
やらかしちゃったと言うニュアンスで使用していますので、ご了承下さいませ。
この説明書いていて、海外の商品は訴えられるから、説明書が長くなるって話を思いだしました。
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない
三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。
溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
悪役令嬢のビフォーアフター
すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。
腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ!
とりあえずダイエットしなきゃ!
そんな中、
あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・
そんな私に新たに出会いが!!
婚約者さん何気に嫉妬してない?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる