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第三章 ラキ

第三章 ラキ 4

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 ――意外に反応が良いっ。
 トールの突撃に合わせ、下腕左右の二本の剣を突き出してきたキラーアーマー。
 剣の間合いに入る半歩手前で停止したトールは、突き出されてくる剣を二本とも金棒で弾き飛ばす。
 振り被った上腕の剣が振り下ろされる前に、胴の真ん中を金棒でぶん殴った。
 重い金属と金属が激しくぶつかり合う音。
 渾身に近いトールの打撃は、キラーアーマーを吹き飛ばしはしなかったが、想像以上に重いその身体を浮かして後退させることには成功していた。
 ――だけど、ダメですね。
 全力に近かったトールの打撃。
 それでもキラーアーマーの身体に小さな凹みひとつできず、傷すらついていない。
 やはりオリハルコンの武器でなければ、オリハルコンの鎧は破壊することができない。トールはそれを改めて感じていた。
 ――どうにかしなければなりませんね。
 剣を手に前に出てくる兵士たちを左手で制し、トールは一歩前に出て再び四本の剣を構えたキラーアーマーと対峙する。
 無機物妖魔の行動原理は非常にシンプル。
 元々は怨みや破壊への欲求が集まり凝縮して生まれたキラーアーマーであるが、思考や情動を持たないため、すべての感情は特定の行動へと純化される。
 つまり、破壊を行う、そのためだけに活動する。
 まさに破壊の権化とも言うべき存在が、キラーアーマー。
 少ない出現報告の中で、破壊に成功した場合を除けば、活動を停止したという話をトールは聞いたことがなく、倒すか封印する以外に対処法はないとされる。
 オリハルコンの鎧を破壊する方法が現実的にない以上、トールにできるのは戦い、時間を稼ぐことだけだった。
 向こうから突進してきたキラーアーマーに、金棒を引いて構えたトールは、小柄な敵よりも有利なリーチを活かし、狙い澄ました突きを繰り出した。
 胸を突かれてわずかに体勢を崩したキラーアーマーに、天高く振り上げた金棒を叩き込む。
 ――分解することも難しいようですね。
 先ほどよりも強力な打撃を与えたが、直撃を受けた兜が外れることもズレることもない。
 腕や脚をもぎ取って、行動を制限することも難しいようだと、トールはいまの一撃で悟った。
 うつぶせに倒れた敵が立ち上がる一瞬、トールは考えに囚われてしまっていた。
「トール!」
「大丈夫です。この剣は鋭いですが、人間の鍛えたもののようです。この程度ならば気を張っていれば、怪我すらしませんっ」
 突き出された剣を左腕で受け止めたが、袖をまくり上げた皮膚には傷はない。
 かなり鍛え上げられ、切れ味の鋭い剣であることは感触からわかったが、トロールの能力である皮膚の強化が上回った。
 剣は鎧と違い、オリハルコン製でないことが幸いした。
 けれど、対処法ができたわけではない。
 足を止めての打ち合い。
 決して機敏ではないキラーアーマーは、四本の腕は厄介ではあったが、トールはそのすべての攻撃を金棒でいなし、腕で受け止める。さらに反撃の一撃を何度となく与え、林の方へと後退させていく。
 魔族を敵としているときのような、周囲に破壊を撒き散らすといった戦いにはならない。
 地味な武器と武器による殴り合い。
 ――勝てませんね。
 体力には自信があるから、トールはひと晩でもこうしてキラーアーマーと戦い続けられると確信できていた。
 けれどふた晩は戦えない。体力が尽きる。
 キラーアーマーの方は動く場所がなくなるほど叩き潰すか、何らかの方法で瘴気の影響を消してやらない限り活動を続ける。
 そして何度となくオリハルコンの鎧に叩きつけた金棒は、既にガタが来始めていて、そのうち使い物にならなくなるだろう。逆に四本の腕を巧みに使っているキラーアーマーの剣を奪い取ったり、叩き折ったりするのは容易ではない。
 この戦いは、そう長くは続かない。
 ――ん?
 キラーアーマーと戦い続けていたトールは、敵の動きに何かの方向性があることに気がついた。
 ――どこかに向かおうとしている?
 後退させても後退させても、キラーアーマーは向かってきている。
 しかしトールに向かってきているというより、もう少しだけズレた、別の場所に一直線に向かおうとしているような気がしていた。
 ――もしかして……。
「トール!!」
 そんなことを考えた瞬間、タクトの悲痛な声が聞こえてきた。
 徐々にひしゃげ、曲がってきていた金棒。
 キラーアーマーは下腕の剣をクロスして打撃を受け止め、上腕の剣を同じように交差させたまま金棒に打ち下ろしてきた。
 二本のハサミによって挟まれたような金棒は、思いのほか容易く半分に切断された。
「くっ」
 顔を守りながら腰を落とし、全身に力を込めて皮膚を硬化させ追撃に備える。
 それなのにキラーアーマーは、トールに攻撃して来ずに横をすり抜け、どこかに向かっていった。
「タクト!」
 キラーアーマーが向かっていったのは、タクトのいる場所。
 リディとともに屋敷に向かっていったカエデの元でも、驚いて逃げ惑う兵士の方向にでもなく、身体が硬直して立ち止まってしまっているタクトのいる場所に、一直線に走って行く。
「絶対に、守ります!」
 言葉とともに地を強く蹴ったトールは、鈍足なキラーアーマーを済んでのところで追い越し、タクトに覆い被さる。
「トールーーーっ!!」
 皮膚を硬化させるヒマがあればこそ、背中に四本の剣が突き立てられるのを、トールは感じていた。
「大丈夫、です。深くは刺さって、いませんっ」
 そう言って胸の中に抱き締めたタクトに微笑みつつ、彼の身体を突き飛ばしたトール。
 一歩大きく前に出て、かろうじて筋肉に力を入れて深く刺さるのを防いだ剣を引き抜き、振り向きざまにキラーアーマーの身体を蹴り飛ばした。
 ――何故、タクトを狙った。
 最初からだったのか、それとも途中からだったのか、タクトを狙っていた様子があるキラーアーマー。
 意思も思考もないと考えられているキラーアーマーが、目の前の破壊や殺戮以外の行動に出ることは予想外だった。
 だが実際にいま、起こったことでもある。
 ちらりと後ろを見て、突き飛ばしてしまって尻餅を着いていたタクトが、無事に立ち上がっている姿を確認した。
 金棒を失ったトールは、回復力を高め、背中からまだ流れ出している血を急いで止めるよう能力を使いながら、考える。
「キラーアーマーは無機物の妖魔。いや、しかし、妖魔ということは……」
 考えながら、まだ止まらない血に、どんどん体力が流れ出していくのを感じる。
 剣を隙なく構えたキラーアーマーに、トールは素手を構えているが、せめて金棒程度の武器がなければ捌ききるのは難しいと思えた。
「いまだ! やれ!!」
 キラーアーマーが一歩踏み出し、攻撃を再開しようとした瞬間、カエデの声が響いた。
 声と同時に、縄が打たれた。
 先端を輪にした七本の縄がキラーアーマーに殺到し、四本の腕と首を拘束する。
 七人の兵士がそれぞれの方向に引っ張り、キラーアーマーの動きを止めようとするが、力が足りない。徐々に引っ張られている。
 それでも、時間を稼ぐことはできた。
「考えがあります! 少しの間、頼みますっ」
「おう! トールの姉御の頼みとあらば、頑張るぜっ」
「あんまり長くは持ちそうにないがなっ」
「頼んだぜ!」
 トールの発した声に兵士たちがそれぞれに応え、さらに縄を引っ張った。
 ――推測が正しければ、どうにかなるかも知れない。
 トールはまだあと少し持ちそうな兵士たちを見、後ろを振り返った。
「タクト! 相談がありますっ」
 厳しそうな顔をしているタクトに声をかけ、駆け寄った。


            *


 近づいてきたトールは、縄によって捕らえられているキラーアーマーをちらりと見てから、俺の両肩に手を置いた。
 最初は激しく、縄を手にした兵士を引きずるほど暴れていたキラーアーマーだけど、縄を木に結びつけられてからはそれほど暴れていない。その気になれば大きく身体を動かして手にした剣で縄を切ることだってできそうなのに、いまはテンションを確かめるように腕を動かしてる程度だ。
 ――どうも、暴れ方にムラがあるな。
 理由がわからないが、とりあえずいま少し時間がありそうだ。
 息を整え、けれど何故かためらうように眉を顰めているトールの顔を見つめる。
「もしかしたら、キラーアーマーをどうにかできるかも知れません」
「それは倒せる、ということか? トール」
 俺が言うよりも先に、警戒しつつもリディさんと一緒に近づいてきた姫が、トールに向かってそう問うた。
「いえ、おそらくオリハルコン製のキラーアーマーを倒す方法は、同じオリハルコン製の聖剣を借りてくるか、ディータなどの亜神の力を借りるしかないでしょう」
「それでも、どうにかなるかも知れない、と?」
「はい」
「ふむ。話を聞こう」
 姫から俺に視線を移し、真っ直ぐな瞳を向けてくるトールは言う。
「あのキラーアーマーは、現実的には倒す方法がほぼありません。わたしとしてはいますぐここから逃げ出すことを推奨します」
「逃げるって! だって俺たちは、姫と屋敷の護衛を――」
「わかっています。しかしながらそれは報酬である金と情報のため。命を失うかも知れない状況で、それらは戦う理由に不足します」
「そうかも知れないけど……」
「まぁ、依頼を受けた以上は最後まで全うしてもらいたいものだが、トールの主張もわかる。命を失うかも知れない状況で、得られる報酬と、信用を捨てて逃げるのは確かに判断のひとつではあるな」
「はい。守ることが依頼内容だと言うのならば、カエデとともに逃げれば屋敷を守るという依頼は達成できずとも、もう片方であるカエデを守るという依頼は達成が可能です」
「確かにそれはそうだけど……」
「しかしながらカエデ。貴女はここから逃げ出すことはありません。違いますか?」
「その通りだ、トール。私がここから撤退するということは、次にキラーアーマーが狙うのはリーリフの町だ。現実的にあやつを倒す方法がない以上、町の住人は殲滅される。さらにはここに向かっている本隊、その次はあやつの行く手にある村や町、最終的には王都をも皆殺しにされるやも知れぬ。私はここで引くわけにはいかない。どんな立場であろうと、私はこの国の王女なのだからな」
 両手を腰に当て、顎を反らしながら言う姫の覚悟は立派だと思う。
 けれど、倒せないキラーアーマー相手に引かないということは、彼女が死ぬことを意味する。
 倒す事ができずに死ぬのならば、それは犬死にと変わらない。
 王族にとって国民を見捨てて逃げることは死よりも選ぶべきではない選択肢だったとしても、ただの人間でしかない俺には、あり得ない選択肢だ。
 同時に、俺は姫に死んでほしくないと考えている。
「そしてタクト。貴方はカエデに死んでほしくないと思っている」
「うっ……。確かに、その通りだけど」
「それであれば、わたしたちであのキラーアーマーをどうにかするしかありません」
「……うん」
 思っていることをずばりと言い当てられて怯む俺だけど、トールの話はいつもよりも長すぎる。
 何かを言うのを、ためらっているかのように。
「それで、どうするつもりだ? トール。なかなか本題に入らないようだが」
「えぇっと……、それなのですが……」
 姫も焦れたようにそう指摘し、トールは困ってるみたいに視線を彷徨わせ始めた。
「……無機物である鎧に、魂はありません。瘴気に曝されても本来、妖魔にはならないのです。けれどキラーアーマーは無機物が妖魔化したものです。それは人間や歪魔の怨みといった感情が染みついたことによって、妖魔となるのです。そして妖魔は、倒すことにより魔石を残します。魔石とは瘴気によって魂が固着した、ソウルコアが結晶化したものと言われています。さらにキラーアーマーも、倒されたものについては魔石になったと伝えられています」
「ふむ。なるほど、なるほど」
 ずいぶん遠回りな説明だったけど、どうやら姫はそれで理解できたらしい。
 何故か妙に納得した顔になって、うんうんと頷いている。
「どういうことだ?」
「なんということはない、簡単なことだ。お前の出番だということだよ、タクト」
「俺の?」
 にやけた笑みを見せる姫に、俺は首を傾げるしかなかった。
「つまりな? あのキラーアーマーはオリハルコン製にしろ、魂を持たぬ鎧でしかなかったが、妖魔化したことでソウルコアを持つに至っている。――あやつを、お前の女にしろ、とトールは言っているのだ」
「え?!」
 姫にそう言われて、俺は声を上げながらトールの顔を見る。
 なぜだろうか、トールは不機嫌そうに目を細め、俺のことを睨みつけてきていた。
「そういうこと、なのか?」
「……はい。カエデがここから撤退せず、カエデに死んでほしいと思っていないタクトの思いを実現するには、タクトのソウルアンリーシュを使い、ソウルコアを瘴気から解放してやるしかありません。つまり、権能によって女体化するしかないか、と……」
 さらに不機嫌そうに眉根にシワを寄せるトール。
 その意味はわからなかったが、俺のやることはわかった。
「わかった。やろう。いまはたぶん、それしか方法がない」
「……はい。わかりました。タクトがそう言うのであれば。私が引きつけますので、隙を見てキラーアーマーに触れてください」
「うん」
 ひとつ大きな息を吐き出して、トールは俺に背を向け、キラーアーマーを睨みつけた。
「くくくくっ。まぁ、頑張ってくれ、タクト」
「お気をつけを、タクト様」
 笑っている姫はともかく、なんでかリディさんまで俺に微妙な半眼を向けてきていた。
 よくわからなかったが、俺がやるしかない。それだけはわかった。
 目配せを飛ばしてきたトールに頷き、俺はすぐに走り出せるよう、構えを取った。


            *


 武器を持たない両手を構え、背中にいるタクトから離れて一歩前に出た瞬間、キラーアーマーが動き始めた。
 ロープを強く引き、四本の腕を巧みに使って剣で斬り落とす。
 まるでトールが動き出すのを待っていたようなキラーアーマーは、無表情な――兜であるから表情すらないのだが――相貌を向けてきた。
 空の両手を強く握り締め、皮膚の硬化を腕に集中させ、トールは立ち向かう。
 新たな武器を構える兵士たちに目配せを飛ばし、頷き合った後、トールは前に出た。
 走り始めたトールに剣を振り上げるキラーアーマーだったが、その瞬間に放たれたのは、矢。
 弩から放たれた矢はオリハルコンに傷ひとつつけることはなかったが、一瞬注意を引くことに成功した。
 ほんのわずかな隙に近づいたトールは、下腕の剣をつかみ取り、金棒との打ち合いによってガタガタになっていたその二本をへし折った。
 しかし次の瞬間、上腕が振り下ろされ、二本の剣が肩に食い込む。
「くっ……。けれど、思った通り!」
 振り下ろされたキラーアーマーの両腕の内側から自分の腕を通し、上腕と下腕、四本すべてを自分の腕に抱え込む。
「タクト!」
「あぁ!」
 声をかけられたタクトは、トールの背中から飛び出し、キラーアーマーの背後に回った。
「おわっ」
 手を伸ばそうとした彼に襲いかかったのは、脚。
 鋭いトゲが多く取り付けられた脚部は、かすめただけでも大怪我しそうなほど。それを激しく蹴り上げるキラーアーマーに、タクトは近づくことができなかった。
「おらっ!」
「とりゃっ!」
 そのとき、飛び出してきたのはふたりの兵士。
「何をするつもりなのかはわかりませんが、トールの姉御のためならっ!」
「小僧に何できるかわかりゃしねぇが、なんか作戦あるんだろうからなっ」
 言いながら兵士は脚を抱え込み、トゲが当たって顔が傷つくのも厭わず押さえ着ける。
 それでもまだ暴れ続けるキラーアーマーを、さらに四人の兵士が押さえ着け、どうにか動きが鈍くなる。
「いまです!」
「わかった! ソウル、アンリーシュ!!」
 トールの声に応え、右手をキラーアーマーの背中に伸ばしたタクトは、そう叫んだ。
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