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第三章 ラキ

第三章 ラキ 3

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 耳に届く姫と魔王のやりとりを聞きながら、俺はできるだけみんなに近い位置の、けれどトールの身体も隠せる茂みを探して細かに移動していた。
 やっとはっきり見えるようになってきた、姫と魔王の顔。
 髪を振り乱して魔王に言い放った姫の言葉に、兵士もリディさんも戦闘態勢を取った。
 それに応じて言葉を返した魔王の顔をじっくり見た瞬間、俺は思わず声を上げてしまっていた。
「え?! もしかして、ゴロー?」
 予想外のことで思ったよりも大きくなった声は、全員に聞こえてしまったらしい。
 姫も魔王も、兵士やリディさん、魔王の側近も、俺とトールが隠れている茂みの方を見つめてきている。
 隠れていられなくなった俺は、仕方なく立ち上がった。一緒にトールも立ち上がり、茂みから屋敷の前の広場に出て行った。
「なんだ? タクト。お前は魔王スイミーと知り合いだったのか?」
「いや、魔王のことは知らないんだけど……」
 姫のところまで行くと、顔を顰めた彼女にそう問われた。
「どういうことなのか、教えてください、タクト」
「あぁ、教えてくれ、タクト」
 訝しむように目を細めてる魔王をちらりと見てから、俺は話す。
「あいつは……、あの顔は、元の世界で俺のことを、……その、イジメてきた奴にそっくりなんだ」
「イジメ、だと?」
「……うん。金をせびられたり、買い物に行かされたり。大半は断ってたけど、そしたら殴られたり、物を隠されたり盗まれたり……。近くにいた奴ら全員で同じようなことをしてきて、誰も助けてくれなくて、俺は外に出られなくなった。人が嫌いになった。その原因がゴロー、柳井小五郎(やないこごろう)って奴だったんだ」
「悪質な……。タクトになんてことをっ」
「いや、でも……。あいつは俺がこの世界に来る半年くらい前に、バイクって乗り物の事故で死んだはずなんだ」
 怒りを露わにするトールに対し、顎に手を添えた姫は難しそうな顔をする。
「つまりタクト、そのゴローといか言う奴は、お前の敵なのだな?」
「え? まぁ、そう……、かな?」
 ためらいつつも頷いた俺に、姫は口元に笑みを浮かべていた。
「――てめぇ、もしかして、タクトか? 新庄拓斗。やっと思い出したぜ」
 そう魔王から声をかけられて、俺は奴のことを見る。
 俺をいじめてきたときと同じ、イヤな笑みを浮かべ始めた魔王。――いや、ゴロー。
「ははっ。てめぇもこの世界に転世してきたのか。なんだ? その俺様を睨みつけてきてるでけぇ女は。お前の女か? もしかしておめぇマザコンだったのか? そういう女を彼女にするなんてよ」
 何も知らないゴローにとって根拠のない誹謗中傷だとわかっているのに、俺は目を逸らしてうつむくことしかできない。
「よくも、タクトをっ」
 怒りに顔を赤く染めたトールが前に出ようとするのを、姫が右腕で制し、一歩前に出た。
「タクトのことを知るお前は、つまり転世者なのだな? 魔王スイミーではなく」
「いいや、それは違うね。いまは俺様がスイミーだ」
「どういうことだ?」
「スイミーって魔人はな、俺様が取り込んだ。だから俺様がスイミーであり、魔王さ」
 少しだけ顔を上げ、ニヤニヤと笑っているゴローのことを見る。
 ――取り込んだ?
 どんな方法を使って、なんてことはわからない。
 けれど思いつくことがあった。
「もしかしてお前も、ジョーカーの使徒なのか?」
「ジョーカー? よくわからんが、飛び出してきたババアをバイクで轢こうとしたら、バイクがスリップして俺様は死んだ。でもそのババアが死に際に出てきて、力をくれてやるから異世界に行けって言うから、OKしてやったぜ。あれがジョーカーだったのか? まぁ、そういうことなら俺様もそのジョーカーの使徒って奴なんだろ」
「ではお前はもらった権能で、スイミーを取り込んだのか?」
「その通りさ。俺様の権能はキマイラ。歪魔同士とか、歪魔を俺にとか、ソウルコアとか魂を合成する権能だよ。何にせよ、キマイラでスイミーを取り込んだ俺様が、魔王ってことさ」
 姫が話していた、不可思議な歪魔であるスイミーが、メイプル要塞に攻め込んだ理由がわかった気がした。
 ゴローが取り込んだからだ。
 まだわからないこともあったが、スイミーをゴローが取り込んだのだとしたら、いくつかのことが腑に落ちる。
「まぁ、んな話はどうでもいい。面倒臭い姫様も、タクト、てめぇも、その臭そうな大女も、まとめて全員ここで死んでもらうぜ。ガルド!」
 名を呼ばれた魔王の側近は、正面に手をかざした。
 直後に俺とゴローの間に現れたのは、鎧。
 でも人間が着るものではなく、金色の金属を青や白で彩り、四本の腕と角を生やしたその鎧は、ゴローよりもよほど禍々しい空気を放っていた。
「もしそいつを倒せたらまた会おうぜ、姫様、タクト。まぁ無理だろうがな。――やれ、キラーアーマー!!」
 鎧にそう命じた後、間を置かずゴローは側近とともに姿を消した。
 出現直後、弛緩していて中身が入っていないと思われた鎧。
 しかしゴローが消えるのと同時に四本の腕が動き、背中と腰に佩いた剣を引き抜いた。


            *


「キラーアーマー?」
 袖をまくり、俺の前に立ったトールの背中を見ながら、俺は疑問の言葉を口にする。
「はい。あれはキラーアーマーです。本来、瘴気は生物の魂に干渉し、それを変質させ、妖魔に変えます。しかし時として、生物ではなく、あの鎧のような無機物すら妖魔に変えてしまうことがあります」
 剣を抜いたが、まだ動きがぎこちなく、攻撃の態勢を取っていない金色のキラーアーマー。
 トールだけではなく、屋敷を警備している兵士たちも、刺激しないようにゆっくりとした動きで奴を取り囲んでいく。
「厄介な妖魔なの?」
「厄介どころではない。ヘタをすれば我が王国が、それどころかこの周辺の国々もまとめて、ありとあらゆる動物が殲滅されかねん」
 そんな姫の言葉に、俺は首を傾げていた。
 ゲームの中で出てくる鎧のモンスターと言えば、確かにたいてい防御力が高くて力が強いこともあり、厄介な敵だ。でもけっこう序盤の方から出てくることが多くて、弱点もあったりしてそんなに無茶苦茶強い印象はない。
 それなのにいま、トールや兵士、姫やリディさんの顔に走る緊張は、魔王のゴローと相対していたとき以上のようだった。
「瘴気は魂を犯す世界の歪み。魂のない無機物は、本来妖魔にはなり得ないのです。ですが今回のような鎧であれば、身につけていた者や、その周囲の者たちの怨念を吸い、強い瘴気に曝されることにより、本当に極々まれに無機物が妖魔と化すことがあります」
「無機物の、妖魔?」
 姫の前に立ち、じりじりと後退していくリディさんの緊張した声。
「はい。生物の妖魔であれば、倒す方法は簡単です。強さの違いはありますが、心臓や頭、首と言った場所を攻撃することにより、生命活動を止めてやれば、魔石になります。ゾンビやスケルトンなどの、遺体が変質したアンデッドも生命活動をしていない妖魔と言えますが、金属で構成されたキラーアーマーと違い、強度はさほどでもありません」
 だんだんと、みんなが緊張している理由がわかってきた気がする。
 設定にもよるが、ホラー映画のゾンビやスケルトンはけっこう頭部を破壊することで倒せることが多い。でもたまに、肉片だったり関節が一個でも残っていれば活動し続けられるアンデットもいたりする。
 元々生きていないキラーアーマーは、どうやったら倒せるんだろうか。
「キラーアーマーの出現は過去の歴史で、何度か記録がある。最後に出現したのはつい十年ほど前、ここからもっと西の、聖都にほど近い場所で行われた、数万対数万の大きな合戦の際だ。多くの兵士や騎士が命を落とした合戦の中盤と言える頃、戦場を濃い瘴気が覆い、キラーアーマーが生まれた」
「そのときの奴は、どうなったの?」
「既に退治済みだ。だが、ある騎士の強靱な鎧として生まれたキラーアーマーは、倒されるまでに三千とも四千とも言われる兵士を虐殺した。最終的に戦争を止めた両陣営が協力し、囲むように並べた大砲の前に誘い出してその身体をひしゃげさせ、それでも動く奴をよってたかって叩いて部品をバラバラにし、なお魔石とならないので融けた鉄に沈めることでやっと魔石にできたと伝えられている。他では森のあらゆる生き物を殺すキラーアーマーを、アールヴたちが迷いの森の妖術で森ごと封印したり、とある王都を壊滅させたキラーアーマーは多大な犠牲を払いながら燃える山に誘い出し、火口に落として倒したり、だな」
 身体が震えた。
 俺もゆっくり後退しながら、隣に並んだ姫の言葉に戦慄する。
 元々命のないキラーアーマーは、攻撃したくらいでは倒せず、鎧としての機能を完全に失わせなければ倒せないんだろう。その労力は、ゴブリンやオーク、ハウリングウルフと戦うのですら比にならないほどのものだと、俺でもわかる。
「それだけではありませんね。あれ、大魔王グラム・スパイズの鎧です」
「やはりそうなのか? トール」
「はい、確かに。あの特徴的な四本腕と全体の形。トロールであった頃のことはあまり憶えていませんが、わたしはあれを以前、直接見たことがあるのかも知れません。あの鎧は、大魔王の着ていたものです」
「だとしたら、厄介どころの話ではないな」
 緊張から一転、姫はため息を吐いて肩を竦めおどけて見せた。
 キラーアーマーの動向を鋭い視線で見つめるトールは、頬に汗を垂らし、絶望にも似た空気を背中から発している。
 どういうことなのかわからなかったが、時折話に出てくる大魔王の鎧が、普通のものとは明らかに違う、とんでもないものであることは俺にも理解できる。
「おそらくわからないであろうから解説してやろう」
「う、うん」
「大魔王はその力を使い、あるものを集め、鎧とした」
「あるものとは?」
「オリハルコン」
「オリハルコン……」
 ゲームだったらオリハルコンと言えば、ごく少数のみ出てくる強い金属で、勇者の剣とか鎧くらいにしか使われることがないくらいには希少だ。ある意味正義の象徴としての、勇者の武具の素材というプラスの要素だと言える。
 でもそれを、もし大魔王が使ったとしたら、どうなるだろうか。
「オリハルコンは神々の武具にも使われると伝えられ、地上にはほとんどないとまで言われるほどに希少で、強靱な金属だ。精錬方法は岩の妖精と呼ばれるドヴェルグの中でもごく一部にしか伝えられず、力によって多くのオリハルコンを集めた大魔王は、ドヴェルグを脅して鎧を造らせたという」
「どれくらい強いの?」
「オリハルコンを破壊できるのはオリハルコンのみ。もしくは神にも手が届く亜神クラスの力がなければ傷つけることすら叶わないという。大魔王討伐に参加したのがゴローに取り込まれる前のスイミーや、大型巨人ディータ、先々代の竜王ライム、妖精王など亜神か、それに近い力を持つ者のみだったのは、オリハルコンの鎧を纏うグラム・スパイズにダメージを与えるのにそれだけの力が必要だったからだ」
「……」
「そして大魔王討伐が成功しても、鎧はほぼ無傷で残ったと伝えられている。おそらくはそれを、スイミーが保管していたのだろう。大魔王の怨念でキラーアーマーと化したという話は聞かなかったから、あのゴローがキマイラとかいう権能を使って妖魔や魔族を合成し、完全なキラーアーマーに仕立て上げたのだろうな」
「……倒す方法は?」
「ない。オリハルコンを傷つけられるのはオリハルコンだけだ。私の知る限り、オリハルコンの武具は一番近くでは西の聖都にあると伝えられる剣のみ。神から与えられたとされる神剣はおそらく持ち出されることはなかろうし、本当にあるかどうかもわからん。ライムの竜王はスイミーに殺されているし、妖精王やディータには接触する方法すらわからない。中身である大魔王がいない分、攻撃はあやつが手にした剣だけであろうから、そこは少しはマシだがな」
「トールはどう思う?」
「同じです。傷つけられないオリハルコン製のキラーアーマーは倒せません。オリハルコンの武具が手に入らないのであれば、封印するしかありません。しかし大魔王ほどの力がないとはいえ、土に埋めた程度ではすぐ抜け出してくるでしょう。町に連絡し、融けた鉄を用意してもらうのが良いかと」
「それで倒せる?」
「無理です。オリハルコンは熱を含むあらゆる攻撃が通じません。鉄の塊に封じることができれば、身動きできず簡単には出てこられないでしょう。それでもしばらくすれば出てくるでしょうが、それまでに深い海の底にでも沈めてしまえば、数十年か、よければ数百年くらいは凌げます」
 倒せないことを前提で話している姫とトール。
 話を聞いてるだけの俺でも、オリハルコン製のキラーアーマーなんて倒せる気はしない。
「感情を持たない無機物妖魔であるキラーアーマーは、純粋な死と破壊の権化です。あれはいま、ここでどうにかしなければなりません」
 緊張と絶望を含みつつも、トールが決意を籠めるように言う。
 まるでこちらの話を聞いているかのように動いていなかったキラーアーマーだけど、そろそろ時間切れらしい。
 剣を振り上げ、威嚇するように攻撃の構えを取った。
「大丈夫です、タクト。わたしは貴方の眷属。オルグだったわたしを権能を使い魂を解放し、誇りを守ってくれ、この新しい身体をくれた貴方を、わたしは命を賭しても守ります」
 わずかに振り向きニッコリと笑ってくれたトールは、一歩踏み出してきたキラーアーマーに向かい、風のような突撃を開始した。
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