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「……蓮?」
バスルームから戻ると、蓮はベッドに横になったまま、目を閉じていた。
一瞬、眠ってしまったのかと思う。
でも、近づくと違和感があった。
胸が上下するたび、呼吸が少しだけ荒い。
そっと頬に手を伸ばす。
「……熱い」
思わず声が漏れた。
「……まどか?」
触れた気配に、蓮がゆっくり目を開ける。
「蓮、これ……熱あるよ」
「んー……あるかもな」
どこか気の抜けた声で、蓮は天井を見たまま答えた。
「今日、ドラマの撮影で海入ってさ」
「海って……今、十一月後半だよ?」
思わず眉が寄る。
「仕方ないだろ。そういうシーンなんだから」
そう言って、蓮はふふっと笑った。
でもその笑顔は、いつもより力がない。
「一晩寝れば治るよ。明日も午後からだし」
「そんな簡単に言わないで」
胸の奥が、きゅっと締まる。
「ちょっと待ってて」
私は慌てて部屋の中を動き回った。
引き出しを開けて、スウェット、体温計、常備薬。
冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出して、冷えピタも忘れずに。
一人暮らしが長いと、こういうものだけは自然と揃っている。
スウェットを手に取って、一瞬だけためらう。
それは、翔太が泊まったときに置いていったものだった。
でも、今はそんなことを考えている余裕はない。
広げてみると、サイズはちょうどよさそうだった。
「はい、体温計」
蓮の脇にそっと差し込む。
数十秒が、やけに長く感じられる。
電子音が鳴って、表示された数字を見て、息をのんだ。
「……三十八度、六分」
「結構あるな」
蓮は苦笑いしたけれど、その声も少し掠れている。
私は黙って薬を取り出し、スポーツドリンクのキャップを開けた。
「ちゃんと飲んで」
蓮は素直に頷いて、ゆっくり喉を鳴らした。
額に手を伸ばすと、やっぱり熱い。
冷えピタを取り出して、そっと貼る。
「……冷たい」
「我慢」
そう言いながらも、手つきは自然と慎重になっていた。
ベッドに横になる蓮を見下ろしながら、胸の奥が静かにざわつく。
こんなふうに誰かの熱を気にして、世話をするなんて、
いつぶりだろう。
私はそっと、布団をかけ直した。
「……まどかも、一緒に寝て?」
掠れた声で、蓮がそう言った。
「私は床でいいよ。ゆっくり眠れたほうが、治るでしょ」
そう返すと、蓮は少しだけ不満そうな顔をする。
「来週から忙しくなるんだ。しばらく、あんまり会えなくなるかもしれない」
熱のせいか、言葉がゆっくりだった。
「だから……今のうちに、まどかの匂い嗅いで寝たい」
「匂いって……」
思わず笑いそうになる。
でも、蓮の目は冗談を言っている人のそれじゃなかった。
「……わかった。お風呂入ったらね」
そう言って、頬にそっとキスをする。
蓮は安心したみたいに、目を閉じた。
バスルームに入り、湯船に身を沈める。
熱いお湯が肌を包むと、さっきまでの慌ただしさが嘘みたいに、静けさが戻ってくる。
じわじわと、現実感が追いついてきた。
(……期待しちゃ、いけないのに)
蓮は、これからも私に会うつもりなんだろうか。
それとも、今日が特別なだけなのか。
答えの出ない不安を、シャワーの音に紛らわせる。
体を拭いて、パジャマに着替え、静かにバスルームを出た。
ベッドを見ると、蓮はもう眠っていた。
薬が効いたのか、呼吸はさっきよりも穏やかで、規則正しい。
私はそっと近づいて、ベッドの端に腰を下ろす。
そのまま、起こさないように、静かに隣に滑り込んだ。
——翌朝、七時。
目覚ましをかけた記憶はないのに、自然と目が覚めた。
カーテンの隙間から、冬の朝らしい淡い光が差し込んでいる。
隣では、蓮が規則正しい寝息を立てていた。
昨夜よりも呼吸が落ち着いていて、それだけで少し安心する。
起こさないように、布団の端をそっと持ち上げ、静かに抜け出した。
キッチンに立ち、冷蔵庫を開ける。
中にあるのは、卵が数個、使いかけのねぎ、にんじんと大根。めんつゆやチューブの生姜と塩。
冷凍庫には鶏肉が少し
派手さはないけれど、今の状況にはちょうどいい。
「……お米は」
棚を開けると、まだ少し残っていた。
(おじや、ならいける)
土鍋を取り出し、水を張る。
コンロに火をつけると、底からじんわりと温度が伝わってくる。
大根とにんじんを薄めに刻む。
包丁がまな板に当たる、こつこつという音が、朝の静けさに溶けていく。
鍋の水が温まったところで、野菜を入れる。
しばらくすると、ふわっと湯気が立ち、野菜の匂いが広がった。
その後に鶏肉と酒、チューブ生姜を加える。
火が通ったのを確認してから、洗っておいた米を加える。
蓋をして、弱めの火に落とす。
ぐつぐつと、小さな音。
焦らず、蓋を開けず、ただ待つ。
頃合いを見て蓋を取ると、米がやわらかく開いている。
溶き卵を、鍋の縁からそっと回し入れる。
白から、淡い黄色へ。
卵がふんわりと広がるのを見届けてから、火を止める。
塩を少々、めんつゆ。
味を確かめて、最後に刻んだねぎを散らした。
湯気の向こうに、やさしい香りが立ちのぼる。
(これなら、食べられるかな)
そう思いながら、鍋にふたを戻した。
バスルームから戻ると、蓮はベッドに横になったまま、目を閉じていた。
一瞬、眠ってしまったのかと思う。
でも、近づくと違和感があった。
胸が上下するたび、呼吸が少しだけ荒い。
そっと頬に手を伸ばす。
「……熱い」
思わず声が漏れた。
「……まどか?」
触れた気配に、蓮がゆっくり目を開ける。
「蓮、これ……熱あるよ」
「んー……あるかもな」
どこか気の抜けた声で、蓮は天井を見たまま答えた。
「今日、ドラマの撮影で海入ってさ」
「海って……今、十一月後半だよ?」
思わず眉が寄る。
「仕方ないだろ。そういうシーンなんだから」
そう言って、蓮はふふっと笑った。
でもその笑顔は、いつもより力がない。
「一晩寝れば治るよ。明日も午後からだし」
「そんな簡単に言わないで」
胸の奥が、きゅっと締まる。
「ちょっと待ってて」
私は慌てて部屋の中を動き回った。
引き出しを開けて、スウェット、体温計、常備薬。
冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出して、冷えピタも忘れずに。
一人暮らしが長いと、こういうものだけは自然と揃っている。
スウェットを手に取って、一瞬だけためらう。
それは、翔太が泊まったときに置いていったものだった。
でも、今はそんなことを考えている余裕はない。
広げてみると、サイズはちょうどよさそうだった。
「はい、体温計」
蓮の脇にそっと差し込む。
数十秒が、やけに長く感じられる。
電子音が鳴って、表示された数字を見て、息をのんだ。
「……三十八度、六分」
「結構あるな」
蓮は苦笑いしたけれど、その声も少し掠れている。
私は黙って薬を取り出し、スポーツドリンクのキャップを開けた。
「ちゃんと飲んで」
蓮は素直に頷いて、ゆっくり喉を鳴らした。
額に手を伸ばすと、やっぱり熱い。
冷えピタを取り出して、そっと貼る。
「……冷たい」
「我慢」
そう言いながらも、手つきは自然と慎重になっていた。
ベッドに横になる蓮を見下ろしながら、胸の奥が静かにざわつく。
こんなふうに誰かの熱を気にして、世話をするなんて、
いつぶりだろう。
私はそっと、布団をかけ直した。
「……まどかも、一緒に寝て?」
掠れた声で、蓮がそう言った。
「私は床でいいよ。ゆっくり眠れたほうが、治るでしょ」
そう返すと、蓮は少しだけ不満そうな顔をする。
「来週から忙しくなるんだ。しばらく、あんまり会えなくなるかもしれない」
熱のせいか、言葉がゆっくりだった。
「だから……今のうちに、まどかの匂い嗅いで寝たい」
「匂いって……」
思わず笑いそうになる。
でも、蓮の目は冗談を言っている人のそれじゃなかった。
「……わかった。お風呂入ったらね」
そう言って、頬にそっとキスをする。
蓮は安心したみたいに、目を閉じた。
バスルームに入り、湯船に身を沈める。
熱いお湯が肌を包むと、さっきまでの慌ただしさが嘘みたいに、静けさが戻ってくる。
じわじわと、現実感が追いついてきた。
(……期待しちゃ、いけないのに)
蓮は、これからも私に会うつもりなんだろうか。
それとも、今日が特別なだけなのか。
答えの出ない不安を、シャワーの音に紛らわせる。
体を拭いて、パジャマに着替え、静かにバスルームを出た。
ベッドを見ると、蓮はもう眠っていた。
薬が効いたのか、呼吸はさっきよりも穏やかで、規則正しい。
私はそっと近づいて、ベッドの端に腰を下ろす。
そのまま、起こさないように、静かに隣に滑り込んだ。
——翌朝、七時。
目覚ましをかけた記憶はないのに、自然と目が覚めた。
カーテンの隙間から、冬の朝らしい淡い光が差し込んでいる。
隣では、蓮が規則正しい寝息を立てていた。
昨夜よりも呼吸が落ち着いていて、それだけで少し安心する。
起こさないように、布団の端をそっと持ち上げ、静かに抜け出した。
キッチンに立ち、冷蔵庫を開ける。
中にあるのは、卵が数個、使いかけのねぎ、にんじんと大根。めんつゆやチューブの生姜と塩。
冷凍庫には鶏肉が少し
派手さはないけれど、今の状況にはちょうどいい。
「……お米は」
棚を開けると、まだ少し残っていた。
(おじや、ならいける)
土鍋を取り出し、水を張る。
コンロに火をつけると、底からじんわりと温度が伝わってくる。
大根とにんじんを薄めに刻む。
包丁がまな板に当たる、こつこつという音が、朝の静けさに溶けていく。
鍋の水が温まったところで、野菜を入れる。
しばらくすると、ふわっと湯気が立ち、野菜の匂いが広がった。
その後に鶏肉と酒、チューブ生姜を加える。
火が通ったのを確認してから、洗っておいた米を加える。
蓋をして、弱めの火に落とす。
ぐつぐつと、小さな音。
焦らず、蓋を開けず、ただ待つ。
頃合いを見て蓋を取ると、米がやわらかく開いている。
溶き卵を、鍋の縁からそっと回し入れる。
白から、淡い黄色へ。
卵がふんわりと広がるのを見届けてから、火を止める。
塩を少々、めんつゆ。
味を確かめて、最後に刻んだねぎを散らした。
湯気の向こうに、やさしい香りが立ちのぼる。
(これなら、食べられるかな)
そう思いながら、鍋にふたを戻した。
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