愛恋の呪縛

サラ

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第16話

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「……………………」



 あれから司雀の説明も終わり、司雀と忌蛇が部屋を出ていった後。
 過度な疲れと、既に夜を回っていたため、日向はそのまま寝ることにした。
 1人になった部屋の中、日向は布団にこもる。



「……眠れない」



 3日ぶりに目覚めたからと、司雀が心配して食事を用意しようかと提案してくれたのだが、色々なことが起こりすぎて、食欲もなかった。
 体を休めるためにも、さっさと眠りにつこうと思っていたのに、目は冴えたまま。
 何度も何度も目を閉じては、眠れないことにため息を吐く。



「はぁ……」



 結局眠気も来ず、日向は体を起こす。
 司雀の説明では、今日からこの部屋が日向専用の部屋になるという。
 ほぼ生贄に近い状態だと言うのに、なぜか優遇されているようだった。
 日向はグッと伸びをすると、ゆっくりと寝台から立ち上がる。
 軽く部屋の中を見て回った後に、そっと部屋の扉を開けた。



「……いない」



 扉を開けると、そこは展望できる廊下。
 キョロキョロと辺りを見渡して、誰もいないことを確認する。
 そして、足音を立てないように部屋を出た。
 少し前に出ると、黄泉の景色が一望できた。



「すげぇ……」



 そこは、あまりにも神秘的な光景が広がっていた。
 全体的に暗い感じではあるが、ひとつの世界として存在している。
 町もあれば、自然もある。
 灯りは赤を基調としており、現世と同じで和風な雰囲気を感じた。
 夜も遅いせいか、黄泉は静かだった。



「この場所を、魁蓮アイツが……」



 伝説の中では、魁蓮が黄泉を作ったとされている。
 妖魔には、そんな力があるのだろうか。
 この世に生きる妖魔が、不自由なく暮らせる世界。
 これを、たった1人で。
 そう考えると、魁蓮の力の強さを実感する。

 とはいえ、初めて見る景色は気分転換になる。
 日向は両肘をついて、ただじっと眺めていた。
 一望できる感じからして、日向がいるこの城も、外から見たら大きいのだろう。
 そんな呑気なことを考えながら、黄泉の世界を見つめていた。
 静かに、何も考えずに見ていると……



 ギシッ。



「っ!」



 誰かが、近づいてくる音が聞こえた。
 日向はビクッと肩を跳ね上がらせ、音が聞こえた方へと視線を送る。
 すると、曲がり角からひとつの姿が。



「……?」



 曲がり角から出てきたのは、魁蓮だった。
 魁蓮は日向に気づくと、僅かに片眉を上げる。
 だが、日向は魁蓮の姿に驚愕していた。



「小僧か」



 そう話す魁蓮は、真っ赤な血に染まっていた。
 衣には無数の血が飛び散り、顔や腕にも広がっている。
 そして魁蓮の手には、妖魔の生首や手足が握られていた。
 何があったのかなど、考えなくても分かる。
 その無惨な姿に、日向は言葉が出てこない。
 驚いた拍子で開いた口が、ずっと塞がらない。



「……何を見ている、不愉快だ……」



 魁蓮は眉を顰め、じっと日向を睨みつけた。
 日向はゴクリと唾を飲み込むと、絞り出すような声を出す。



「なんだよ……それ……」



 日向は、魁蓮が持っていたものを指さす。
 魁蓮は自分の手元を見ると、僅かに口角を上げた。



「……我を殺そうと牙をむいた下劣共の残骸だが?」

「そ、れは……分かるけど……」



 日向が聞きたかったのは、そうではなかった。
 いや、知りたかった訳でもない。
 恐らく、彼は戦ってきたのだろう。
 見たところ、約束通り人間は殺していないようだった。
 その代わり、魁蓮はなんの躊躇もなく妖魔を殺して、挙句無情な顔をしている。
 殺すだけでなく、その死体の一部を持っている。
 思考が、全く理解できなかった。



「なんだ、気に入ったか?」

「……なわけないだろ……」



 力の序列、と教えられたものの。
 こうも無惨なことになるのだろうか。
 信じられない、というような表情を浮かべる日向に、魁蓮は長いため息を吐く。



「腹立たしい面だ」



 そう言うと魁蓮は、持っていた妖魔の残骸をポイッと外に投げ捨てた。
 直後、下からグチャっと潰れる音が小さく聞こえた。
 その音に、日向の背筋が凍る。
 対して魁蓮は血で汚れた自分の手を見て、汚物を見るような視線を向ける。



「下劣の血は、汚らわしいな……」



 魁蓮は手を軽く振りながら、血を払っていた。
 日向は終始、驚愕の目を向ける。
 目の前の妖魔は、紛れもない悪だ。
 命を尊ぶこともなく、あの手で簡単に奪う。
 自分の力で人を癒してきた日向とは、真逆の考え。
 嫌悪感が酷かった。
 すると、魁蓮は冷たい視線を日向に向ける。



「……ね……」



 低く、重みのある声。
 魁蓮はその一言だけ話すと、日向には目もくれずに歩き出す。
 ギシ、ギシ、と魁蓮が床を踏む音が響いた。
 ゆっくりと、魁蓮がこちらに近づいてくる。
 でも、今の日向に恐怖なんてものは無かった。
 簡単に命を奪う魁蓮が、何一つ理解できない。
 そして……体は感情に従った。
 


「なんで、そんな簡単に命が奪えるんだ……」

「…………」



 何を血迷ったのか、日向はそう口にしていた。
 言葉にした途端、日向は自分の発言を後悔する。
 疑問に思っていたのは事実だが、聞くつもりはなかった。
 魁蓮は、丁度日向の横を通り過ぎた所。
 最悪なことに、彼の姿が見えない。
 どんな顔をしているのか、分からなかった。
 日向は拳をぎゅっと握る。



「くだらん質問だな……まあよい、教えてやる」
 


 背後から、魁蓮の声が聞こえた。
 日向は返事をしてくれたことに驚き、そのまま振り返ることなく魁蓮の言葉を待った。
 通り過ぎたはずの足音は、再び日向の元へと戻ってくる。
 そして、日向の背後に気配を感じた瞬間、頭上から魁蓮の声が聞こえた。



「退屈しのぎだ」

「っ!!!」



 ろくな答えが返って来ないことは分かっていた。
 だが、その答えはあまりに酷く、彼の恐ろしさを物語る。
 日向は目を見開き、そのまま固まっていた。



「とはいえ、挑んでくる者は弱く脆い。退屈しのぎにもならん。だから殺しているのだ。
 この我を更に退屈にさせた罰として」

「…………………………」

「まあ殺された者は、あの世で懺悔している事だろう。我に楯突くことが、どれほど罪深いか」



 そう話す魁蓮は、どこか楽しげだった。
 顔は見えていないのに、彼の機嫌が伝わってくる。
 聞けば聞くほど理解はできず、憎悪が募る。
 我慢なんて、出来るわけもなかった。



「……命をっ……」

「……?」

「命をっ、なんだと思ってるんだ……!」



 日向は魁蓮に振り返り、怒りの視線を向けた。
 分かっている、こんなことをしても無駄なことは。
 人間が呼吸することを当たり前としているように、目の前の妖魔は殺すことを当たり前としている。
 己にとっての普通を指摘したところで、何も変わりはしない。
 それでも、これは酷すぎる。



「……………………」



 睨みつけてくる日向を、魁蓮は静かに見下す。
 以前の日向ならば、恐怖を抱いて逃げていたかもしれない。
 でも、今の日向は呪縛をかけられていた。
 命を奪うことを厭わない、目の前の妖魔に。
 だから、もう怯えている場合ではなかった。
 すると魁蓮は目を細め、冷たい視線を向ける。



「ほう……我に歯向かうか……」

「……っ……」

「死に急ぎも困ったものだな、殺されるという思考は抱えなかったのか。今ここで、我にっ」

「うるせぇ!」



 魁蓮の言葉を、日向は怒声で遮る。
 きっと、殺されても仕方ないのだろう。
 そう思うのに、冷静な判断は出来ない。
 恐怖も憎悪も、今は怒りに塗りつぶされていた。



「もう、殺されるんじゃないかって心配もしない。
 僕は死ぬ訳にはいかないんだ、みんなを守るために。例え何度殺されても、何度も縋りついてやる。
 負けっぱなしなんて、御免だ!!!!!」



 死ぬのが、怖くなくなった訳ではなかった。
 でも、愛する町の人々、尊敬する仙人、大好きな幼なじみ。
 その全てが、目の前の男によって消されるのは、日向にとっては1番許せない。
 この際、自分のことはどうでもよかった。
 胸糞悪い未来なんて、絶対に嫌だった。



「僕の力を知りたいなら、あぶり出せばいい!
 どんな目に合おうとも、僕は生き永らえてやる!
 皆は、絶対に殺させない!!!!!」



 力強く放った言葉。
 そこに嘘はなかった。
 固まった意思、誓った思い。
 その全てが日向の背中を押し、そしてぶつけた。
 日向が言い切ると、じっと日向を見つめていた魁蓮は、ニヤッと笑みを浮かべた。



「いい面だ、小僧。実に無様だな。
 我にここまで歯向かうのは、お前を除いて誰もいないだろう」

「っ……」

「だが………………」



 すると魁蓮は、日向に顔を近づけた。
 至近距離にきた魁蓮に、日向はビクッと肩が跳ねる。
 その反応も、魁蓮は愉しんでいるようだった。



「その威勢の良さは、褒めてやろう。
 今日はいい夢が見れそうだ」

「っ……!」

「またな、小僧」



 そう言うと魁蓮は、日向の目の前でフッと消えた。
 1人になった途端、日向は全身の力が抜け、膝から崩れ落ちる。
 心臓がバクバクと鳴り響き、体はガクガクと震えている。
 日向は震えを止めようと、必死に体を抑え込む。
 食い込むほどに握る手は、力を入れすぎて白くなるほどに。



「……くそっ……」





┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈





 その頃。
 部屋に戻ってきた魁蓮は、湯浴みの準備をしようとしていた。
 血で汚れた着物は投げ捨て、風呂へと向かう。
 その時、日向の言葉が脳裏に蘇った。



【僕の力を知りたいなら、あぶり出せばいい!
 どんな目に合おうとも、僕は生き永らえてやる!
 皆は、絶対に殺させない!!!!!】



「……はぁ……生意気な小僧だ……
 ククッ……あれはあれで、面白い…………」
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