愛恋の呪縛

サラ

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第36話

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 夜。
 夕餉もお風呂も終えた日向は、1人庭に出ていた。
 青空がない黄泉の空を見上げ、無限に広がる暗闇を見つめている。
 穏やかに風が吹いて、日向の頬を優しく撫でていた。
 その間も、日向の頭を埋め尽くすのは忌蛇のこと。



「何を、考えてるのかな」



 心を開いてくれているわけでもなく、守ってくれるわけでもない。
 本当に、何を考えているのか分からなかった。
 だが、以前の龍牙のように、日向を殺そうとしている雰囲気は全く感じられない。
 中間の位置にいるような、微妙な感じだ。
 ただ静かに考えていると、



 カサっ。



「っ!」



 ふと、日向の背後から草むらを踏む音が聞こえた。
 日向が反射で振り返ると、



「やぁ」



 そこには、見知らぬ男が立っていた。
 どこから来たのか、優しい笑みを浮かべて歩み寄ってくる。
 見た目は人間のようだが、黄泉にいる以上は妖魔であることは確かだろう。
 綺麗な衣を纏い、長い黒髪を揺らしている。
 日向は突然現れた男に、警戒心を抱く。



「あのぉ、誰?」

「直球だね。心配しないで、怪しい者じゃない」

「いやぁ、怪しい奴はそう言うんよ」

「ははっ、それもそっか」



 (誰……?こんなやつ、いた?)



 男は日向の前まで来ると、手を胸元に持ってきて、紳士のように浅く一礼する。



「はじめまして、美しい子。
 私はしがない旅人さ、この世を放浪している。
 名は無いんだ、好きに呼んでくれ」

「よ、よろしく……?」



 名を名乗らず、旅人と言った男は、真っ直ぐに立って再び笑みを浮かべた。
 日向は警戒したまま、男の様子を伺う。
 教えられた知識によれば、妖魔は強ければ強いほど人間に近い姿となり、知能がつくと同時に言葉を話すことができる。
 ほとんど人間に近い男は、まさに当てはまっていた。



 (しがないって言ってたけど……多分、強いよな?)



 日向は疑問を抱えながら眺めるが、なるべくありのままでいようと考え、持ち前の明るさを全面に出す。



「好きに呼んでいいん?」

「もちろん」

「なら……超長い黒髪だから、くろって呼ぶ!」

「あははっ、いいね。理由も個性的」

「ほんじゃあ、黒。僕になんか用?」



 日向が尋ねると、黒はコテンと首を傾げた。
 そして、優しい笑みは崩さないまま口を開く。



「君に、会いたくて来たんだ」

「……え」

「一度、話してみたかったんだよ。君と、2人きりで」



 黒は、目を細めて笑った。
 なんだろうか、この不思議な雰囲気は。
 引きずり込まれそうな、ちょっと怪しい魅力を感じる。
 おまけに、面が良かった。
 日向はドキッとしてしまい、少し戸惑っている。



「僕、黒のこと知らないんだけど……つか初対面」

「うん、知ってる。それでもいいんだ」

「なんで僕?ははっ、人違いとかじゃなくて?」



 日向が冗談交じりに尋ねると、黒は突然顔を近づけてきた。
 至近距離に来た顔面に、日向は目を見開いて驚く。
 黒は淡い光を目に宿し、優しい眼差しで日向を見つめる。



「人違いじゃない……ちゃんと、君だよ」

「っ!あ、あのっ」

「可愛い反応するんだね、よく見せてくれるかい?」



 頬を赤らめる日向に、黒が触れようと手を伸ばす。
 日向は思わず目をギュッと閉じた。
 しかし……



「おやおや……」

「……ん?」



 日向がゆっくりと目を開けると、黒はなにやら微笑んでいた。
 なにか楽しそうに、目を細めて。



「随分と、独占欲の強い……悪趣味だねぇ、ほんと」

「?」



 ポツリと呟かれた言葉に日向が首を傾げると、黒は日向へと視線を戻し、どこか怪しげに微笑んだ。



「触れない方がいいんだろうけど……
 でも……まあ、私にはどうでもいいかな」

「えっ?」



 その時、黒は再び日向へと顔を近づけてきた。
 そして目を閉じて、自分の唇を日向の唇へと近づけてくる。
 日向が反応に遅れて、唇が触れ合いそうになったその時。



 ぶわっ!!!!!!!!



 突然、その場に風が立ち上がった。
 日向は思わず目を閉じる。



「な、なんだ……?」



 日向が目をゆっくりと開けると……



「この子に、触らないで」

「っ!」



 日向の目の前には、どこからか来た忌蛇がいた。
 忌蛇は日向から離れた黒に向かって、短剣を構えていた。
 日向を背後にして、戦闘態勢に入っている。
 黒は忌蛇を見つめ、薄ら笑みを浮かべていた。



「残念。いい感じになりそうだったんだけど」

「貴方、誰。この子に何の用」

「ふふっ、邪魔が入ってしまっては……仕方ないかな」



 そう言うと黒は、日向へと視線を向けてきた。
 そして、先程と同じ優しい笑みを浮かべる。



「また会いに来るよ。
 次は……ちゃんと最後まで2人きりの時に」

「っ!」



 黒はそう言うと、フッと姿を消した。
 黒が居なくなると、忌蛇は肩の力を抜き、短剣を片付ける。
 周りを確認したあとで、日向の方へと振り返ってきた。



「怪我、ない?」

「お、おう!ありがとな!忌蛇!
 本当はちょっと危なかったんだわ~、僕の初ちゅー奪われるところだったから!」

「………………」



 日向は、何事も無かったというように笑っていた。
 良くも悪くも、昔から日向は他人を誑し込んでしまう。
 初対面の相手だろうと、まるで以前から友人だったように接するので、現世にいた頃は瀧と凪が傍で守ってくれていた。



 (ちゃんと守られてたんだなぁ、僕)



 日向は、じんわりと感動していた。
 それと同時に、反省もしていた。
 警戒心を持っていたというのに、結局危ない目にあいそうになったのだから。
 すると、日向は忌蛇の仮面に目が止まる。
 なにやら、汚れのようなものが付いていた。



「あれ、忌蛇。仮面になんかついてっ」



 日向が、忌蛇の仮面に手を伸ばした途端



「いたっ!」



 忌蛇は衣から取り出した紐で、近づいてきた日向の手を弾いた。
 紐にしてはあまりにも俊敏に動き、日向は痛みと同時に紐の動きにも驚いている。
 すると、忌蛇は呆れたような声を出す。



「駄目だよ。僕に触れたら、死んじゃう」

「あっ」

「君は人間だから、どこまで触れていいか分からない。危ないから、これからはやめて」



 そこで日向は思い出した。
 司雀から聞いた、忌蛇の猛毒の話。
 完全に頭から抜け落ちていたため、自分の今した行動を酷く後悔する。
 悲惨な現実だと気にしていたというのに、自分が気を遣わせてしまった。
 最悪な状況だ。



「ご、ごめん……」



 日向は申し訳なくなり、肩をすくめる。
 そんな日向の反応に、忌蛇は優しい眼差しを向けた。
 取り出した紐を衣に入れて、手に怪我をさせてないか確認する。



「気にしないで、いつもの事」

「っ……」

「それと、夜はあまり外に出ないで。城の敷地内だけど、魁蓮さんがいないから。
 もし出る時は、なるべく龍牙さんと一緒に」

「わ、分かった」

「じゃあ、僕は行くから」

「あ、ま、待って!」



 どこかへ行こうとする忌蛇に、日向は慌てて呼び止める。
 会えなくなる訳では無いかもしれないが、次はいつになるのか分からない。
 たまたま会えた今しか、確認ができない。



「どうして、そんなに気にかけてくれるの?」



 日向が尋ねると、忌蛇は立ち止まった。
 そして、ゆっくりと日向に振り返る。



「なんでだろう、よく分からない。でも……
 、凄く。だから、放っておけないのかも」

「似てるって……誰に?」



 すると忌蛇は、そっと自分の仮面を撫でた。
 その手つきはとても優しく、まるで愛でるように。
 そして、答える。



「僕に、一生分の呪いをかけた人……」



 そう言った忌蛇の声音は、とても優しかった。
 でも同時に、どこか悲しそうにも聞こえる。
 優しいて付きで撫でる仮面は、日向がずっと気になっていたもの。



「……ねぇ、その仮面は……なに?」

「……………………」

「ずっとつけてるけど、大切なものなの?」

「……あまり、深入りしない方がいいよ。
 僕は、妖魔なんだから」

「えっ」



 日向が忌蛇の返答に驚いていると、忌蛇は日向など気にせずに姿を消した。
 その場に取り残された日向は、忌蛇の言葉を思い返していた。



【僕に、一生分の呪いをかけた人……】



「……一生分の、呪い……どういうこと……」
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