愛恋の呪縛

サラ

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第38話

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「何をしている」

「っ!!!!!」



 3歩目を踏んだ途端、背後から声がした。
 その声は、先程大広間の中から聞こえた声と同じ。
 全身の血の気が引く、恐怖に聞こえる低い声。
 日向がバッと顔を上げると、



「んっ!!!!!!」



 突如、日向はガッと口を塞がれた。
 思い切り手で口元を塞がれ、言葉を発せない。
 それと同時に、足元には真っ黒な影が現れ、中から鎖のようなものが飛び出すと、日向の手足をガッシリと掴む。
 手は左右の方向に引っ張られ、足は床に固定されてしまった。
 完全に、身動きが取れなくなっていた。
 そして……



「覗き見とは……随分と偉くなったなぁ、小僧」



 耳元で囁く、魁蓮の姿。
 日向の背中は魁蓮の体にくっついていて、逃げ場など全く無かった。
 抵抗しようにも手足は捕まり、口は魁蓮の手で塞がれている。
 暴れる日向を、魁蓮は冷たい眼差しで見つめた。



「んんっ!んんんんん!!!!!!」

「……全く、喧しい小僧だ」



 そう話す魁蓮の声は、変わらず冷たかった。
 初めから、魁蓮は日向がいることに気づいていた。
 気づいた上で、妖魔たちの話を聞いていたのだ。
 バレていないと余裕を持っていた日向を、哀れだと心の中で嘲笑いながら。
 そして今、日向の元へ来たということ。



 (バレてたのか!?ヤバい、これはっ……!)



 流石の日向でも、この状況がいかに危険な状態か分かっていた。
 覗き見をしたことは、もちろん悪い。 
 だが、何よりも危ないのは、魁蓮の機嫌が悪いこと。
 今は、いつもそばに居る龍牙がいない。
 口を塞がれていて助けを求めることすら出来ない。
 完全に、行き詰まっていた。



 (どうにかしないとっ……くそっ、動けねぇ!)



 ジャラジャラと鎖を鳴らしながら、必死に足掻く日向。
 魁蓮はそんな姿を、薄ら笑みを浮かべて眺めていた。
 その時。



「……ん?」



 ふと、魁蓮が首を傾げた。
 何かに気づき、日向の様子をじっと見つめる。
 直後、魁蓮は日向の口から手を離した。



「っぶはっ!!!!!」



 口が解放されると、日向は思い切り息を吸い込む。
 なぜ、突然離したのか、そこが疑問だった。
 日向は呼吸を整えると、魁蓮へと視線を移す。



「お前っ!急に何してっ」



 そう言いながら顔を上げた日向だったが、すぐ目の前に魁蓮の顔があった。
 あまりにも近い距離だったため、日向は驚きでギュッと口を閉じてしまう。
 対して魁蓮は、何も言わず、ただじっと日向を見つめていた。



「……え、あ、あの……」

「……………………」

「お、怒ってる……?も、もしも~し……?」



 何度声をかけても、魁蓮の反応がない。
 どうしていいか分からず、日向は冷や汗ばかり出てしまう。
 こういう時、何を考えているのか分からない。
 怒るでもなく、殺すでもなく。
 ただ見つめられる新たな恐怖に、日向は歯を食いしばっていた。
 その時、ふと魁蓮が口を開く。





「小僧…………何があった?」

「…………へ?」





 魁蓮の言葉に、日向はポカンとしてしまう。
 あまりにも予想外な言葉に、一瞬思考が停止した。
 だが、魁蓮は片眉を上げて、なにやら不思議そうに日向を見つめている。
 一体、どうしたというのだろうか。



「何がって……何が?」

「……………………」

「な、何のこと?別に、どうもしてない……けど」

「……貴様、しらを切っているのか?」

「え、な、何だよ!ほんとに分かんないって!
 つか心当たりない!一体、何を聞いてるんだよ!」



 日向は、訳が分からなかった。
 何を聞かれているのか、何を疑われているのか。
 本当に心当たりがなく、つい慌ててしまう。
 魁蓮はじっと日向を見つめると、ふぅっと息を吐いた。



「……まあ良い、去ね」



 魁蓮はそう言うと、一気に興味を無くしたような態度に変わる。
 だが、日向は動けないままだ。



「じゃあこれ、外してくれませんかねぇ?」

「自分でどうにかしろ」

「ふっざけんな!僕、霊力ない人間ですけど!?どうやって抜け出せって言うんだよ!!!」

「はぁ……相変わらず、喧しい小僧だ。
 やはり猿だったか?ならば山に帰れ」

「んだとゴラァ!こんのっ!!」

「無様に暴れるその様。実に愉快。
 ククッ、さては大猩々おおしょうじょうの方か?ならば森だな」

「お前なぁ……!!!!!!!!!!!
 いいから、早く外せってのおおおお!!!!!」

「はぁ……つまらん」



 直後、日向を縛っていた鎖がパッと消えた。
 何も構えていなかった日向は、そのまま地面にベタっと倒れる。



「ってぇ……」

「間抜け」

「誰のせいだよこの野郎!!!!!!!」

「黙れ、さっさと退け」

「っ~~!!!!!!
 言われなくても、そうするわ!!!!!」



 日向はイライラしながら立ち上がると、ドスドスと大きく足を踏み込みながら立ち去っていった。



 (なんっだよアイツ!ほんと腹立つ!!!)







 日向が居なくなると、魁蓮は日向の口を塞いだ自分の手のひらを見つめる。



「……妙だな……」



 日向に触れた時、魁蓮はを持った。
 何かは分からない、だが直感で感じたもの。
 言葉では表せないむず痒い現象に、魁蓮は冷たい眼差しで手を見つめている。



 (小僧から、を感じたが……気のせいだったのか……?)



「はぁ……いささか、面倒だ……」



 魁蓮はギュッと手を握ると、再び大広間へと入る。
 ピチャピチャと血溜まりを踏み荒らしながら、転がっていた人間の死体へと近づいた。
 青白くなった死体を見つめ、魁蓮はふと思い出す。
 日向が言った、あの夜の日の言葉。



【命をっ、なんだと思ってるんだ……!】



「………………」



 妖魔からすれば、人間は弱く脆い。
 80年以上生きることが出来れば、長寿だと褒められる。
 だが、妖魔にとっては大したことのない年月だ。
 妖魔が日々を過ごしている中で、人間はどんどん死んでいく。



「長くもない生命を語るとは……くだらん小僧だ」



 魁蓮はため息を吐くと、人間の死体を包んでいた風呂敷ごと持ち上げて、その場を後にした。





┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈





 その日の夜。
 廊下を走る龍牙の足音が、バタバタと鳴り響く。
 向かう先は、食堂。
 たどり着くと、龍牙は思い切り扉を開けた。
 中にいたのは、夕餉を摂っている魁蓮と、ご飯を並べる司雀の姿が。




「おや、龍牙。そんなに慌ててどうしました?」

「どうしたもこうしたもないよ!!!
 ちょっと魁蓮!?俺の部屋に、人間の死体があったんだけど!あれ絶対、魁蓮が置いたでしょ!!!」



 龍牙はそう言いながら、魁蓮を指さした。
 魁蓮は汁物をズズっと飲むと、冷静に口を開く。



「今日来た下劣共からだ、有難く受け取れ」

「いや要らないよ!俺が好きなのは、生きてる人間の肉であって、死んで固くなった肉は好みじゃないっての!!!!」

「人間だということに、変わりは無いだろう」

「人間だったら何でもいいって訳じゃねぇ!!!つか絶対、処分すんのが面倒臭かっただけだろ!?」

「はぁ……まあ良い、しっかり味わえ。我は好かん」

「ほらぁ!!ただの押し付けじゃんかぁぁぁ!!!!」
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