愛恋の呪縛

サラ

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第39話

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 深夜。
 黄泉の世界が寝静まり、日向もぐっすりと夢の中。
 ゴロゴロと寝返りをうっていると、ふと目を覚ました。



「ふわぁっ……げっ、まだ真夜中じゃん」



 変な時間に起きてしまったと、日向は項垂れる。
 日向は目覚めがいいため、あまり二度寝が得意な方では無い。
 1度目が覚めると、起きるか時間をかけて二度寝するかのどちらかなのだ。
 案の定、もう一度目を閉じても眠れない。
 最悪だ。



「しゃーない、歩くか」



 日向は気分転換にと、城の中を歩き回ることにした。
 本当ならば、外や庭を歩いた方がいいのだろうが、忌蛇から出歩くなと注意をされたばかり。
 安全を優先に考え、仕方なく廊下で我慢する。



「静かだな……」



 ゆっくりと扉を開けると、日向は寝巻きのまま歩き出す。
 龍牙たちも眠ったのか、城はいつもの騒がしさを無くして、静寂をまとっていた。
 優しい風が外から入り込み、廊下へと流れていく。
 夏にしては涼しい黄泉の空気を吸い込み、いつもより遅めに歩いていく。
 その時。



「眠れないの?」

「っ!」



 背後から聞こえた声に、日向はバッと振り返る。
 するとそこには、廊下の塀に座る忌蛇がいた。
 日向は忌蛇に気づくと、「あっ」と声を上げて引き返す。
 今は真夜中、起きているのは2人だけだ。



「忌蛇!来てたんだね!」

「うん……普段は、こんなに来ないんだけど」

「そうなん?なら、僕は運が良いね!」



 日向はニコッと笑みを浮かべた。
 その笑顔を見た忌蛇は、ただじっと見つめている。



「忌蛇、今時間ある?実は目が覚めちゃって眠れないんだよね。話し相手になって欲しいんだけど」

「ん?もちろん、大丈夫。というか、君の様子を見に来ただけだから」

「あはは!なら丁度良かった!
 どうせなら、庭に行かん?」




















 日向の提案通り、2人は庭にやって来た。
 今日は忌蛇もいるため、安心して座ることが出来る。
 少し互いに距離を離すと、2人は並んで腰かけた。
 真っ暗な空を見上げ、一息つく。



「なんか、忌蛇と話せて良かったわ~」

「どうして?」

「いやだって、知ってるだろ?龍牙なんて、最初はすっげぇ僕のこと嫌いだったかんね?
 それに比べたら、忌蛇は初めから気にかけてくれるし。まあ司雀もだけど。ほんと助かる」

「……あんまり気にしたこと無かった」

「お?そう?なら、根っから優しいんだな」



 日向の言葉に、忌蛇は何度も驚いていた。

 日向は昔から、ありのままの姿で接し、ありのままの思いを言葉で伝える。
 良いと思った部分は沢山褒め、それを自分でも活かしてみたい。
 何度もそのことを繰り返してきた結果、今の前向きで根明な性格に成長したのだ。
 だが、これこそが彼のいい所でもある。
 妖魔であろうと、すごいと思ったことは褒める。
 日向の平等に扱う姿に、忌蛇は感心していた。



「ねぇ」

「ん?」

「良かったら、君の話を聞かせてくれない?」

「え?僕?」



 優しい日向の姿に魅了され、忌蛇は日向に少しずつ興味を持ち始めていた。
 あまり黄泉にいない忌蛇は、他の妖魔たちに比べて日向の情報が少ない。
 できれば、もっと日向のことが知りたい。
 そう、心の中で思っていた。



「んー、あんまり面白くないかもよ?」

「全然。僕が聞きたいんだ」

「そう?んーと、そうだなぁ」



 日向は顎に手を当て考えると、ふと今までのことを思い出した。



「僕さ、元々孤児だったんだよね」

「え、孤児?」

「そ。親に捨てられた?とかで。まだ赤ちゃんだった時に、ゆりかごに入った状態でさ。
 仙人の拠点の「樹」の前で捨てられてて、それを仙主だった仁おじさんって人が、拾ってくれた」



 物心着いた時には、既に周りには仙人が沢山居た。
 霊力も持たず、どこの子かも分からない。
 そんな素性の知れない日向を、仙人たちは受け入れ、そして家族として接してくれた。



「みんな優しくてさぁ、いい人ばっかなの。
 特に仁おじさんの孫の、瀧と凪って双子がいるんだけど、もうすっげぇ強いの!僕のひとつ上なのに、現代最強の仙人だし、すっげぇ面白い!色んなこと教えてくれて、鍛錬も見せてくれる!なんか、兄ちゃんみたいなんだ!」



 小さい頃から、弟のように接してくれた2人。
 どんな時でも一緒にいて、日向が眠れない時は、絵本を読み聞かせてくれたりなど。
 まるで本当の兄のようだった。
 日向は、2人のことが大好きだった。



「あ、それとね!近くの町に、ちょー美味い大福があるの!何年も食べてるんだけど、全然飽きなくて!そこの茶屋のおばちゃんも、面白いんだぜ!」

「大福……いいなぁ。僕も食べてみたいね」

「だろだろ!また買いに行けたらっ」



 そこまで言うと、日向は言葉につまる。
 突然黙った日向に、忌蛇は首を傾げた。



「どうしたの?」

「……いや、なんでもない!」



 日向は、無理やり笑ってみせた。

 考えてみれば、もう大福なんて買いに行けないのかもしれない。
 思い出語りをした途端、それが二度と叶わないものなのだと改めて思い知らされた。
 黄泉での生活に慣れてきて、なんとか苦労なく過ごせてはいる。
 でも、やはり違うのだ。



 (もう、あの頃には戻れない)



 あの日、山に行っていなければ。
 あの日、祠を見つけていなければ。
 あの日、蓮の蕾に興味を持たなければ。
 あの日……

 魁蓮を、復活させていなければ……。





「……ど、どうしたの……?」



 忌蛇は、目を見開いていた。
 それもそのはず。
 今まで楽しそうに話していた日向の目から、1粒の涙がこぼれ落ちたのだ。
 日向は忌蛇に話しかけられて、やっと涙を流しているのに気づく。



「あれ……あははっ、変だなぁ。あくびしてないのに」



 日向は、涙を少し乱暴に拭う。
 幸いにも、涙は溢れなかった。
 でも、体というものは、時に正直だ。
 どれだけ心地よくなったとしても、どれだけ妖魔たちと仲良くできても。
 心のどこかでは、寂しさが募っている。
 胸の内で、帰りたいと願っている。



「僕は、もう現世での生活は出来ないからさ。ちょっと、懐かしくなったんだと思う。急にごめんな!」



 日向はなんでもないと言うと、いつもの笑みを浮かべた。
 人間の心というのは、実に厄介だ。
 こういう時、皮肉にも感情があまりない妖魔が羨ましくなってしまう。
 寂しさも無く、思い出も無いのだろう。
 だから、魁蓮も簡単に命を奪える。
 命を奪った者たちに、たくさんの思い出があろうと、彼にとってはどうでもいい。
 幸せなんてものは感じずに、ただ奪っていく。



 (未だに不本意だなぁ……もしかしたら僕、アイツに殺されるかもしれないんだもんなぁ)



 できれば、愛ある人に殺して欲しい。
 なんて、馬鹿げたことを考えてしまう。
 無感情で、他人なんてどうでもいいと考えている男など、関わりたくもない。
 だが、そんな男を自分が復活させてしまった。
 罰は、受ける権利がある。
 もう十分だ、幸せに生きるのは。
 これからは、ただ地獄を生きていくだけなのだから。



「まぁとにかく、現世には良いヤツらばっかりだった!みんな、僕の大好きな家族だよ」



 そう話す日向の表情は、とても明るかった。
 全ての悲しさを押し殺し、自分の幸せよりも、他人の幸せを願う。
 他人の不幸を拭い、代わりに不幸を背負う。
 他者を労り、その苦しさを分かり合うことが出来る。
 妖魔には無い、人間の儚く美しい部分。
 それを目の当たりにした忌蛇は、その美しい心の有り様に目を見開いた。
 そして……






【いつかまた、どこかで会えたら……
 もう一度、私を……】






 脳裏に蘇る、あるひとりの姿。






「ふわぁ。なんか思い出話してたら、眠くなってきたわ。忌蛇はどうする?一緒に寝る?」

「っ!い、いやいい。僕は行くところがあるから」

「ありゃりゃ。なら、ここでお別れだな!
 付き合ってくれてありがとう!ちょっとの時間だったけど、楽しかった!おやすみ!」



 日向はそう言うと、城へと戻っていく。
 そんな日向の姿を見つめながら、忌蛇は口を開いた。



「あ、あの!」

「お?なに?」



 忌蛇の呼び止めに、日向は振り返る。
 忌蛇は言いにくそうに口ごもるが、意を決して言葉を続けた。



「いつかまた、君の話を聞かせて。今度は……
 君が好きだって言っていた、大福を食べながらっ」

「っ!!!」



 忌蛇には分かっていた。
 日向がずっと、現世に帰りたがっているのを。
 初めて見た時から、ずっと心配していた。
 呪縛のことも、今思えば教えなければよかったと後悔しているほど。
 ただ、前向きに生きて欲しい。
 いつか、日向が自分の思いを、日向から話してくれる日を待ち続けて。

 そして……のように、真っ直ぐ生きて欲しいと……




「だから……」

「うん!もちろん!忌蛇もきっと気に入るよ!
 約束だかんなー!」

「っ……うんっ」



 日向は忌蛇に手を振ると、城の中へと入っていった。
 忌蛇は日向が見えなくなると、ふと笑顔になる。
 そして、その場から姿を消した。





┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈





 日向と話を終えた忌蛇が来たのは、いつもの場所。
 現世にある、大きな木が立つ森の中。
 忌蛇は木を見上げて、目を細めた。



「雪……君みたいに、明るく笑う子がいるんだ。
 きっと、君とも仲良くなれただろうね……」



 ふと、木に向かってそう零す。
 忌蛇の脳裏に蘇る、淡い記憶。
 それは、忌蛇にとって宝物であり……

 彼にとって、最大の呪いとなった過去だった。
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