愛恋の呪縛

サラ

文字の大きさ
43 / 302

第42話

しおりを挟む
 それから、雪は毎日来るようになった。
 時には遊び道具を持ってきたり、時には絵本を読み聞かせてくれたり。
 いつもやりたいことを自由にやっているだけだったが、忌蛇は毎日その声を聞いていた。
 その度に、人間というものに触れていった。
 今まで知ることもなかった、不思議な感覚だ。
 毎日が濃く、2人の世界を彩っていく。





へびさん蛇さん!明日は何したい?」

「別に、なんでも」

「じゃあ、明日はお菓子持ってくるね!
 一緒に食べよ!」





 忌蛇は人間のことを、雪から教わっていた。
 文字は、本を読み聞かせてもらいながら覚えて、どんな風に過ごしているのかは話を聞いていた。
 忌蛇は、今まで知ろうともしなかった人間のことを雪から聞く度に、少しずつ人間がどういうものか、理解するようになっていた。
 そして、何かを覚えれば雪がたくさん褒めてくれた。



「雪、少し大きくなった?」

「だって私、もう12歳よ?お姉さんになったの~」

「子どもだけど」

「えぇ!少しは大人になったよー!」

「僕、200歳以上」

「うぐっ……」



 そうして、年月は流れていた。

 春は、距離をとって居眠りしたり、
 夏は、雪が氷を投げつけてきたり、
 秋は、落ちている紅葉で遊んだり……

 だがひとつ、疑問があった。




「まただ……」



 雪と出会って数年。
 いくつもの季節を過ごしてきた忌蛇と雪だったが、何故か雪は、冬になると忽然と姿を消す。
 初めて会った年の冬から、毎年だ。
 はじめは寒いから外に出たくないんだと思っていたが、冬になると決まったように毎年来なくなる。
 流石に気になってはいた。
 でも、聞こうとはしなかった。



「なにか、あるのかな……」



 季節は冬真っ只中。
 なぜ彼女は、冬になると会いに来ないのだろう。
 彼女が来ない代わりに、彼女と同じ名前の雪が、綺麗に降り積もっていた。



















「今日はね、物語を持ってきたのよ!」



 季節は巡り、春。
 いつの間にか、雪は16歳になっていた。
 綺麗な若い女性へと成長しながらも、未だにあの頃の幼さを残している。
 そして、2人はいつものように距離を取り、忌蛇は変わらず鬼の面をつけている。
 特に意味は無いのだが、外す理由も特に無かったため、雪と会う時はつけるようになっていた。



「最近見つけた恋愛ものよ!すっごくドキドキして、何度も読み直してるの。きっと蛇さんも気に入るわ!」

「恋愛……?恋愛って、どんなもの?」

「あ、そっか。
 恋愛はね……恋とか愛のこと!」

「……全然分からない」

「えぇ!?」



 年頃なのだろう。
 雪は、恋や愛に興味を持っていた。
 恋愛ものの本を買っては、何度も何度も読み返し、その度にときめいている。
 だが、忌蛇は全く分からない。
 そもそも、妖魔は感情そのものがあまり無い。
 そんな存在が、愛などわかるわけが無いのだ。



「今まで好きな子、いなかったの!?200年も生きているのに」

「僕、生まれてからずっと1人」

「じゃあじゃあ、この子可愛いなぁ!とか!」

「……興味無い」

「えぇ!勿体ない!長生きしてるんだからさ、素敵な恋しなきゃー!」

「必要ないよ……よく分からないし」



 忌蛇は、退屈そうに話す。
 素っ気ない忌蛇の態度に、雪はプクッと頬を膨らませていた。
 何となくは分かっていたことだが、やはり愛する気持ちは知って欲しい。
 それが雪の本音だった。
 その時、雪はあることを思い出す。



「ねえ蛇さん!ちょっと、お願いがあるの!」

「……なに?」

「実は、一緒に来て欲しい場所があって!まだ行ったことないんだけど、1人だと寂しくて」

「……どこ?」



 忌蛇が首を傾げると、雪は森の奥を指さした。



「この森にね、とっても大きなクスノキがあるの。そこに行きたい!」

「クスノキ……?なんで?」

「理由は、着いてから教えてあげる!」



 雪は、明るい笑顔を浮かべていた。
 忌蛇は指さした方向を見ると、確かに大きな木が見える。
 忌蛇もあまり行ったことのない場所だった。
 なぜそんなところに行きたいのかが不思議だったが、クスノキがある方角を見つめる雪の目が、キラキラと輝いていた。
 その姿がどこか美しく見え、忌蛇はどうしてか断る気になれなかった。



「……わかった、行くよ」

「やったぁ!じゃあ、これ持って!」

「え?」



 そう言うと、雪はなにやら紐を取り出した。
 片方の端を手に巻き付けると、もう一方の紐の端を、忌蛇の前に置く。



「蛇さんには触れられないから、これで!はぐれないように、繋ぐの」



 雪は、紐を巻きつけた手を見せて微笑んだ。
 いわゆる、手を繋ぐ代わり、というわけだ。
 忌蛇にはひとつも分からなかったが、雪の真似をする感覚で、同じように紐を手に巻き付ける。
 幸い、紐は物なので、毒に犯される心配は無い。
 忌蛇が紐を巻き付け終わると、雪は軽く手を揺らす。



「これで、何があっても離れない。迷子にならなくて済むわ」

「こんな事しなくても、雪が迷子になったら僕が見つけるのに」

「いいの!私がこうしたいんだから!ほら、行こ!」



 雪はそう言って歩き出した。
 忌蛇は半ば強引に引っ張られ、雪の後をついて行く。
 長くもなく、短くもない。
 適度な長さに伸ばされた紐は、2人の距離を保っていた。
 ゆらゆらと揺れる紐を見つめながら、忌蛇は雪の背中を追う。



「どれくらい大きいのかなぁ?」

「さっき見えてたけど」

「もう!夢がないなぁ蛇さんは!さっき見えたからこそ、近くで見る楽しさが増えるんじゃない!」

「……そういうもの?」

「そういうもの!覚えておいて!」

「……わかった」



 忌蛇は、少し納得が出来ないまま返事をする。
 感情とは、凄いものだと思っていた。
 いつも笑顔の雪が、クスノキひとつでこんなにも喜んでいる。
 楽しさや嬉しさ、その明るい感情は、これほど人の心を揺れ動かすのだろうか。 
 そしてなにより、忌蛇は雪の笑顔を何度見ても飽きなかった。
 いつも浮かべる笑顔にも、色々な感情が含まれていて。
 他には、どんな表情をするのだろうか。
 もっと、知らない表情を知りたい、と。



 (いつの間に、こんなに大きくなってたんだろ)



 出会ってから10年ほど経った。
 人間の成長とは、随分と早いものだ。
 


「ん?どうしたの?蛇さん」



 雪に声をかけられ、忌蛇は我に返る。
 どうやら、見つめすぎたようだ。
 忌蛇は少し戸惑い、なんでもないと言うように視線を逸らす。
 だが。



 (あれ、なんで逸らしてるんだ……?)



 つい反射で逸らしてしまったが、別に逸らさなくてもいいのでは。
 頭と行動が一致せず、忌蛇は驚いている。
 今、自分がなぜこんな行動を取ったのかも理解できない。
 戸惑いながらも、「別に」と言葉を漏らす。



「ふふっ、変な蛇さ~ん」



 案の定、変だと言われた。
 不本意でしかないが、引かれずには済んだようだ。
 雪は笑いながら、再び前を向く。
 
 しばらく歩き続けていると、なにやら開けた場所が見えてきた。
 雪と忌蛇が気づくと、少し足早に向かう。
 そして……



「わぁ!見て!」

「っ!」



 2人の前に現れたのは、
 圧巻の大きさを誇る、立派なクスノキだった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

拾われた後は

なか
BL
気づいたら森の中にいました。 そして拾われました。 僕と狼の人のこと。 ※完結しました その後の番外編をアップ中です

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

【完結済】どんな姿でも、あなたを愛している。

キノア9g
BL
かつて世界を救った英雄は、なぜその輝きを失ったのか。そして、ただ一人、彼を探し続けた王子の、ひたむきな愛が、その閉ざされた心に光を灯す。 声は届かず、触れることもできない。意識だけが深い闇に囚われ、絶望に沈む英雄の前に現れたのは、かつて彼が命を救った幼い王子だった。成長した王子は、すべてを捨て、十五年もの歳月をかけて英雄を探し続けていたのだ。 「あなたを死なせないことしか、できなかった……非力な私を……許してください……」 ひたすらに寄り添い続ける王子の深い愛情が、英雄の心を少しずつ、しかし確かに温めていく。それは、常識では測れない、静かで確かな繋がりだった。 失われた時間、そして失われた光。これは、英雄が再びこの世界で、愛する人と共に未来を紡ぐ物語。 全8話

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

処理中です...