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第43話
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「でっか……」
「わぁ!こんな近くで見たの初めてー!」
圧倒的な大きさのクスノキ。
200年生きている忌蛇でも、こんな大きな木は見たことがない。
目を見開いてド肝抜かれている忌蛇とは違い、雪は間近で見れる喜びで溢れていた。
先程よりも、雪の目はキラキラとしている。
「ところで、どうしてここに来たかったの?」
ふと、忌蛇は先程までのことを思い出す。
すると、雪は目を輝かせたまま口を開いた。
「ここ、お父様とお母様が出会った場所なの」
「っ…………」
それは、雪が幼い頃に亡くなった両親。
妖魔に食い殺されたと雪が教えてくれたこと。
忌蛇は言葉につまり、クスノキをじっと眺める雪を見つめた。
「このクスノキは長い間ここに立っているから、神様が守ってくれている特別な木だって、よくお母様が言っていたの。どんな時でも、私たちをここから見守ってくれているんだって。
森の奥にあるから、1人だと危ないって婆やに何度も止められてね、1度も来たことが無かったの。両親の思い出の場所だったから……来れてよかった」
そう話す雪の瞳は、とても輝いていた。
早くに両親を亡くしても、彼女は明るく前向きに生きている。
悲しんでいるところを見せることなく、笑顔を絶やさずに。
これも、人間ゆえのものなのだろうかと、忌蛇は考えていた。
「この木は、ずっと残ってて欲しい。両親の思い出の木……そして……
私たちの、思い出にもなるんだから」
「……私たち?」
忌蛇は首を傾げると、雪はクスノキから視線を外して忌蛇を見つめた。
美しく優しい笑みを浮かべながら。
どうしてか、忌蛇はその笑顔から目が離せなかった。
まるで宝石のような輝き、美しくある雪の笑みは、何よりも綺麗で。
つい、固まってしまう。
「ずっと来たかったこの場所に、貴方と来れた。
私にとっては、十分幸せな思い出になるわ」
「……思い出?」
「そう。忘れたくない、大切な時間のこと。
このクスノキの木を見たら、今日のことを思い出すでしょう?だから、ここは貴方との大切な思い出」
雪は、僅かに頬を赤らめる。
忌蛇は、突然赤くなった雪の顔に、少し驚いていた。
具合でも悪いのか、今の一瞬で虫にでも刺されたか。
そんな考えばかりが思い浮かぶ。
やはり、人間というものは、まだ分からないことだらけだ。
思い出も、なんのことやら、と。
「思い出して、なにかいい事でもあるの?」
忌蛇は、そう言って首を傾げた。
妖魔にとって、思い出はよく分からないもの。
思い出したところで、それは思い出ではなく記憶になるだけ。
思い出に浸ることもなければ、興味を無くせば忘れてしまう。
だから、忌蛇は雪の言っていることが理解出来ていなかった。
「とってもいいこと。私にとってはね」
「?」
雪はいつものように明るく笑った。
それでも、忌蛇は疑問があった。
「思い出なんかに頼らなくても、
また、一緒に見に来ればいいでしょ?」
「っ!」
「1人が駄目なら、僕がいればいい。
思い出じゃなくて、何度も一緒に来ればいいよ。記憶よりも実物の方が、全然いいでしょ?」
なぜ人間は、思い出に縋るのだろう。
忌蛇には、決して理解できなかった。
200年も生きていれば、やり残したことも取り戻せるし、自分で叶えてしまう。
思い出すだけならば、もう一度行けばいい。
忌蛇の考えは、こんなものだった。
だが、雪は少し悲しみを含んだ笑顔を浮かべる。
「それも素敵だけど……
人間の寿命って、妖魔に比べてとても短いの。いつのまにか大人になってるんだから」
「っ…………」
「限られた人生の中で、こんなこともあったなぁって思い出すのがいいの。この時間は、この時間でしか味わえないでしょう?そういう意味では、1度限りのものなのよ」
人間の感性とは、よく分からない。
そんなふうにも考えられるのか、と忌蛇は驚いている。
妖魔では決して考えられない、人生や思い出に対する儚い思い。
教えてくれなければ、知ることもなかっただろう。
考えれば、雪と初めて会ったあの頃に戻ることは無い。
雪も、幼い頃の姿には戻らない。
もし、幼い頃にクスノキを見に来ていたら、今となにか変わっていたのだろうか。
それも、今とは違う思い出になったのだろうか。
「いつか、蛇さんの思い出の中に、私がいたらいいなぁ」
「っ、なんで?」
「嬉しいもん。長い年月を生きている妖魔の記憶の中に、短い数年の私との思い出が残ってるなんて。
大事な思い出として、覚えてるってことだから」
「……人間とはあまり関わらないから、異色の日々としては覚えてると思うけど……まあ、忘れるまでかな」
「ふふっ、それもそうね」
忌蛇はきっと、これから先では人間とは関わりを持たないだろう。
そもそも、今の時間も人間がどういうものか気になるという、ちょっとした好奇心から始まった。
人間にとっては長いかもしれないが、妖魔にとっての数年は、ただ過ぎ去っていくだけの時間。
長く感じることなど無い。
「まあでも、またここに来ればいいじゃん。雪も人間とはいえ、80年くらいは生きられるんでしょ?
だったら、もう一度来ることくらいできるさ。僕は80年なんてあっという間だけど、暇つぶしにもなるし」
「っ………………」
忌蛇は、クスノキを再び見上げた。
限られた人生とはいえ、1度しか来れないほど人生は短いものでもないだろう。
ならば、思い出を沢山増やせばいい。
何度もここに来て、思い出を積み重ねればいい。
大人になっても、お婆さんになっても、何度でも。
「……できないの」
「……ん?」
そう考えていた忌蛇の耳に、雪の小さな声が聞こえてきた。
忌蛇が雪へと視線を戻すと、雪はなにやら俯いていた。
ギュッと手を握り、黙っている。
「できない?なんで?だって、あと70年近くは人生があるんだよね?余裕じゃん」
「……………」
「雪?」
忌蛇が声をかけても、雪の返事がない。
何かがおかしいと感じた忌蛇は、そっと顔を覗こうとする。
その時、ゆっくりと雪が顔を上げた。
雪は、どこか苦しそうな笑顔を浮かべていた。
そして、何かを決心したように、重たい口を開く。
「私、1年以内に……死んじゃうの」
「…………は?…………」
「わぁ!こんな近くで見たの初めてー!」
圧倒的な大きさのクスノキ。
200年生きている忌蛇でも、こんな大きな木は見たことがない。
目を見開いてド肝抜かれている忌蛇とは違い、雪は間近で見れる喜びで溢れていた。
先程よりも、雪の目はキラキラとしている。
「ところで、どうしてここに来たかったの?」
ふと、忌蛇は先程までのことを思い出す。
すると、雪は目を輝かせたまま口を開いた。
「ここ、お父様とお母様が出会った場所なの」
「っ…………」
それは、雪が幼い頃に亡くなった両親。
妖魔に食い殺されたと雪が教えてくれたこと。
忌蛇は言葉につまり、クスノキをじっと眺める雪を見つめた。
「このクスノキは長い間ここに立っているから、神様が守ってくれている特別な木だって、よくお母様が言っていたの。どんな時でも、私たちをここから見守ってくれているんだって。
森の奥にあるから、1人だと危ないって婆やに何度も止められてね、1度も来たことが無かったの。両親の思い出の場所だったから……来れてよかった」
そう話す雪の瞳は、とても輝いていた。
早くに両親を亡くしても、彼女は明るく前向きに生きている。
悲しんでいるところを見せることなく、笑顔を絶やさずに。
これも、人間ゆえのものなのだろうかと、忌蛇は考えていた。
「この木は、ずっと残ってて欲しい。両親の思い出の木……そして……
私たちの、思い出にもなるんだから」
「……私たち?」
忌蛇は首を傾げると、雪はクスノキから視線を外して忌蛇を見つめた。
美しく優しい笑みを浮かべながら。
どうしてか、忌蛇はその笑顔から目が離せなかった。
まるで宝石のような輝き、美しくある雪の笑みは、何よりも綺麗で。
つい、固まってしまう。
「ずっと来たかったこの場所に、貴方と来れた。
私にとっては、十分幸せな思い出になるわ」
「……思い出?」
「そう。忘れたくない、大切な時間のこと。
このクスノキの木を見たら、今日のことを思い出すでしょう?だから、ここは貴方との大切な思い出」
雪は、僅かに頬を赤らめる。
忌蛇は、突然赤くなった雪の顔に、少し驚いていた。
具合でも悪いのか、今の一瞬で虫にでも刺されたか。
そんな考えばかりが思い浮かぶ。
やはり、人間というものは、まだ分からないことだらけだ。
思い出も、なんのことやら、と。
「思い出して、なにかいい事でもあるの?」
忌蛇は、そう言って首を傾げた。
妖魔にとって、思い出はよく分からないもの。
思い出したところで、それは思い出ではなく記憶になるだけ。
思い出に浸ることもなければ、興味を無くせば忘れてしまう。
だから、忌蛇は雪の言っていることが理解出来ていなかった。
「とってもいいこと。私にとってはね」
「?」
雪はいつものように明るく笑った。
それでも、忌蛇は疑問があった。
「思い出なんかに頼らなくても、
また、一緒に見に来ればいいでしょ?」
「っ!」
「1人が駄目なら、僕がいればいい。
思い出じゃなくて、何度も一緒に来ればいいよ。記憶よりも実物の方が、全然いいでしょ?」
なぜ人間は、思い出に縋るのだろう。
忌蛇には、決して理解できなかった。
200年も生きていれば、やり残したことも取り戻せるし、自分で叶えてしまう。
思い出すだけならば、もう一度行けばいい。
忌蛇の考えは、こんなものだった。
だが、雪は少し悲しみを含んだ笑顔を浮かべる。
「それも素敵だけど……
人間の寿命って、妖魔に比べてとても短いの。いつのまにか大人になってるんだから」
「っ…………」
「限られた人生の中で、こんなこともあったなぁって思い出すのがいいの。この時間は、この時間でしか味わえないでしょう?そういう意味では、1度限りのものなのよ」
人間の感性とは、よく分からない。
そんなふうにも考えられるのか、と忌蛇は驚いている。
妖魔では決して考えられない、人生や思い出に対する儚い思い。
教えてくれなければ、知ることもなかっただろう。
考えれば、雪と初めて会ったあの頃に戻ることは無い。
雪も、幼い頃の姿には戻らない。
もし、幼い頃にクスノキを見に来ていたら、今となにか変わっていたのだろうか。
それも、今とは違う思い出になったのだろうか。
「いつか、蛇さんの思い出の中に、私がいたらいいなぁ」
「っ、なんで?」
「嬉しいもん。長い年月を生きている妖魔の記憶の中に、短い数年の私との思い出が残ってるなんて。
大事な思い出として、覚えてるってことだから」
「……人間とはあまり関わらないから、異色の日々としては覚えてると思うけど……まあ、忘れるまでかな」
「ふふっ、それもそうね」
忌蛇はきっと、これから先では人間とは関わりを持たないだろう。
そもそも、今の時間も人間がどういうものか気になるという、ちょっとした好奇心から始まった。
人間にとっては長いかもしれないが、妖魔にとっての数年は、ただ過ぎ去っていくだけの時間。
長く感じることなど無い。
「まあでも、またここに来ればいいじゃん。雪も人間とはいえ、80年くらいは生きられるんでしょ?
だったら、もう一度来ることくらいできるさ。僕は80年なんてあっという間だけど、暇つぶしにもなるし」
「っ………………」
忌蛇は、クスノキを再び見上げた。
限られた人生とはいえ、1度しか来れないほど人生は短いものでもないだろう。
ならば、思い出を沢山増やせばいい。
何度もここに来て、思い出を積み重ねればいい。
大人になっても、お婆さんになっても、何度でも。
「……できないの」
「……ん?」
そう考えていた忌蛇の耳に、雪の小さな声が聞こえてきた。
忌蛇が雪へと視線を戻すと、雪はなにやら俯いていた。
ギュッと手を握り、黙っている。
「できない?なんで?だって、あと70年近くは人生があるんだよね?余裕じゃん」
「……………」
「雪?」
忌蛇が声をかけても、雪の返事がない。
何かがおかしいと感じた忌蛇は、そっと顔を覗こうとする。
その時、ゆっくりと雪が顔を上げた。
雪は、どこか苦しそうな笑顔を浮かべていた。
そして、何かを決心したように、重たい口を開く。
「私、1年以内に……死んじゃうの」
「…………は?…………」
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