愛恋の呪縛

サラ

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第44話

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「私、1年以内に……死んじゃうの」



 告げられたのは、突然のことだった。
 苦しそうに笑う雪の口から出た、何かの終わりを告げる言葉。
 忌蛇は、一瞬理解が出来なかった。



「な、んで?」



 知っている限りでは、人間は80年近くは生きることが出来る。
 だが、雪はまだ16歳だ。
 どうしてそんなに短い人生なのか。
 ひとつも理解ができず、忌蛇は内心焦ってしまう。
 また、人間の分からないことが増えてしまった。
 忌蛇がオロオロとしていると、雪はクスノキへと視線を移した。



「病気なの、私」

「病気……?」

「うん。生まれつき、体が弱くてね。大きな運動も、たくさん走り回ることもできないくらい。毎日お薬飲んで、お医者様にも診てもらってた。でも……良くなるどころか、悪くなるばかりで……
 それでこの前お医者様に、余命を言われちゃって」

「っ……」

「毎年、冬になると会いに来なかったでしょ?
 体を冷やすのが1番の毒だから、冬は基本的に外には出ないの。部屋にこもって、暖かくしてた。
 だから私、雪って名前なのに、雪を見たことも触れたことも無くて。あははっ、なんか不思議よね」



 雪は、困ったように笑った。
 どうして、今まで気にしてこなかったのだろう。
 どうして、聞こうとしなかったのだろう。
 忌蛇が雪と出会ってから、もう10年ほど経っているというのに。
 違和感はあった、なぜ冬になったら会いに来ないのだろう、と。
 それなのに、なぜそのままにしておいたのか。
 時が流れていくのが当たり前で、雪との日々は過程のひとつでしか認識していなかった。

 人間は80年近く生きるものだと、高を括っていた。



「本当は、もっと早くに言うつもりだったんだけど。いつかは治るかな~なんて変な期待しちゃったから、言わない方がいいって思っちゃって……ごめんね」



 病気とは、なんだ。
 死ぬとは、なんだ。
 長く生きられないなんて、なぜなんだ。
 医者に診てもらったら、治るんじゃないのか。
 薬を毎日飲んでたら、少しは良くなるんじゃ。
 分からない、分からない、教えて欲しい。
 まだ20年も生きていない、早すぎる。
 20年なんて、短すぎる。

 色んな考えが、忌蛇の頭を埋めつくした。
 珍しく、冷静な思考が保てない。
 なぜ自分は、こんなにも慌てているのだろう、と。
 もうすぐ死んでしまう、でもそれだけの事。
 他者の死なんて、忌蛇にとってはどうでも良かったはずだった。
 自分の猛毒で、多くの死を目にしてきた。
 理由は違えど、雪もそれと同じように死んでいく。



「蛇さん?」



 人間は、妖魔とは違う。
 そう、分かっていたはずなのに。



「……しい」

「えっ?」

「おかしいよ、そんなの」



 いつの間にか、そう口にしていた。



「ど、どうして?」

「だって、短すぎる。まだ16年しか生きてないよ。人間は80年近く生きるって、雪が教えてくれたんじゃん」

「っ…………」

「病気……?なにそれ……。
 そんなの分かんない。僕は、そんなの知らない。雪は、まだ生きることが出来る。あと70年も残ってる。それに、1年以内って……?
 そんなの、寝てたらすぐじゃないかっ……」

「蛇さん……」



 胸が、苦しくなった。
 初めての感覚。
 これがなんなのかも分からない。
 分からないことだらけで、頭が痛い。
 自分は今、何をしているのだろう、と。
 死ぬなんて、今まで考えたこともない。
 ずっと1人だった、何もしなくても生きていけた。
 なのになぜ、雪は自分が1年以内に死ぬと分かるのか。



「医者ってのが駄目なら、妖力は?まじないとか。僕、そういうのまだ得意じゃないけど、もしかしたら治るかもしれないよ。そしたらっ」

「蛇さん」



 焦って早口になる忌蛇の言葉を、雪は優しい声音で遮った。
 忌蛇が雪を見ると、雪は目を細めて微笑んでいた。
 その笑顔に、忌蛇は言葉に詰まる。



「ありがとう……その気持ちだけでも十分。
 でも、そうよね。まだ治る可能性はあるかもしれないんだから!諦めちゃ駄目よね!」

「……う、うん」

「ふふっ。よーし!私、頑張っちゃうよー!」



 雪は、グンっと手を伸ばした。
 そんな雪の姿に、忌蛇は何も言えなくなってしまった。

 結局この日は、クスノキを眺めるだけで終わり、2人は解散となった。





┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈





 その日の夜。
 いつもの場所で眠っていた忌蛇は、ふとなにかの気配を感じ取る。
 ゆっくりと目を開けて、口を開いた。



「誰」

「おや、気づかれてしまいましたか」



 声のした方へと振り返ると、そこには一体の妖魔が立っていた。
 美しく品のある雰囲気、腰まである茶色い長い髪を垂らしている。
 妖魔は忌蛇の近くまで来ると、優しい笑みを浮かべた。



「夜分遅くにすみません。
 はじめまして、私は司雀と申します」

「…………」



 司雀と名乗った妖魔は、とても人間に近い見た目をしていた。
 殺意は全くないが、力が強いのは確かだ。
 忌蛇は少し警戒しながら、司雀の様子を伺う。



「僕に、なにか用」

「いえ、貴方のことを小耳に挟んだもので。どんな方なのだろうと、興味本位で来てみました。
 生まれながらに、猛毒を宿す希少な妖魔だとか」

「……………………」



 (なんだ……この妖魔……)



 優しい笑みを浮かべていて、殺意は無い。
 というのに、謎の圧を感じる。
 それに、忌蛇は噂が流れるような事件も騒ぎも起こしていない。
 基本的に、目立たないように生きてきた。
 小耳に挟んだ、となると情報通な可能性が高かった。
 そしてなにより、今まで見てきた妖魔の中で、圧倒的に知能が高いのも伺える。

 油断をしたら、どうなるのか分からなかった。



「確かに、貴方からは不思議なものを感じますね。命あるものに触れれば、死に至る猛毒……
 素晴らしい、研究しがいがありますね。ふふっ」

「研究……?」

「おや、これは失礼しました。
 私、料理と研究が趣味でして、珍しいものなどを見ると調べてみたくなるのです。困ったものですね」

「そう……」

「ところで……ひとつ、お伺いしても?」

「なに」



 忌蛇が首を傾げると、司雀は今まで浮かべていた笑みを消して、真剣な表情を浮かべた。



「どうも、貴方から人間の気配を強く感じるのですが。どなたか、身近にいらっしゃるのですか?」

「っ!!!」



 指摘されたのは、予想外のこと。
 司雀は忌蛇を見た時から、妙な違和感を持っていた。
 体も中身も全て妖魔のはずなのに、同時に人間の気配が漂っている。
 妖魔がどれだけ人間を食べても、どれだけ人間と戦っても、このような現象は起きない。
 考えられるのは、深く関わっているということだけ。
 それは、人間と妖魔にとっては有り得ない事態だ。



「……深入り、していませんよね?」

「……………………」



 司雀は少し強めに、忌蛇に質問をする。
 完全に痛いところをつかれていた。
 正直、忌蛇は雪と10年以上関わっている。
 人間の気配が体にこびり付くのは、当たり前。
 否定することが出来ず、忌蛇は目を逸らした。
 司雀はそれを、人間と深く関わっていると肯定したと捉え、話を続けた。



「貴方のために言います。今すぐ手を引きなさい」

「っ……は?」



 司雀が言った言葉に、忌蛇は目を見開く。
 対して司雀は、真剣な眼差しのまま言葉を続けた。



「人間と妖魔は、本来歩むことなどできない。生きる年月も異なれば、生命力も段違いです。
 人間と関わったところで、我々妖魔が迎えるのは……孤独です」

「っ!」

「それに、あまり深入りしすぎると……貴方が辛くなるだけです。ですから、今すぐ関係を断ち切るのが良いかと」



 司雀は、とても真剣だった。
 人間と妖魔が並んで歩くなど、そもそもこの世が許してくれるわけが無い。
 感情をあまり持たない妖魔が、人の心に触れてしまったらどうなるか。
 触れた先はどうなるか、司雀には予想出来ていた。
 だからこそ、まだ取り返しがつく段階で引き返して欲しい。
 悲しくても、妖魔として真っ当に生きて欲しい。

 だが……



「……それは、出来ない」



 忌蛇は、司雀の忠告を聞かなかった。



「……なぜです?」

「…………友達、だから」

「っ……」

「もう、いい?僕、散歩に行くから……」



 忌蛇は司雀から逃げるように、その場を立ち去った。
 散歩なんて嘘だ。
 司雀の言葉を、聞きたくなかったからだ。
 司雀の言っていることは、なにも間違っていない。
 世間からすれば、間違っているのは忌蛇の方。
 でも、そう分かっていても、どうしてか否定したくなってしまう。
 離れるつもりは、絶対にない。
 雪が自分の元を離れるまでは、ずっと……



「……もう、訳分からないっ……」



 そう思う自分のことも、よく分からなかった。
 ただ、雪のことを考えると苦しくなる。
 その理由を、忌蛇は全然理解できなかった。








 忌蛇が居なくなると、司雀は顎に手を当て考えた。




「困りましたね……これはかなり、手遅れでしょうか。
 どうしますか?魁蓮」



 司雀はそう言いながら、背後に立っていた男に声をかける。
 こちらは上手く、気配を消していた。
 司雀に声をかけられると、魁蓮と呼ばれた男は歩み寄り、先程まで忌蛇が座っていた場所を見つめる。



「知らん、我には関係ない」

「貴方が彼の猛毒に興味があると言ったので、接触を図ったのですよ?そんな言い方しなくても」

「猛毒には、興味がある。が……
 奴自身に関しては、心底どうでもいい」



 そう言うと魁蓮は、くるっと振り返って歩き出す。
 冷たい魁蓮の態度に、司雀は小さくため息を吐いた。
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