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第57話
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「……魁蓮さんっ……お願いしますっ……
僕をっ、殺してくださいっ……今、ここでっ……」
忌蛇は、震える声で懇願した。
分かってしまったのだ。
魁蓮が何もしてこない理由を。
しないのではない、出来ないのだ。
この暴走を、食い止めることが出来ないから。
「魁蓮さんでも、これはどうすることも出来ないんでしょう……?止める手段が何も無いっ……
だったら、親玉である僕が死ぬしかないっ……」
「……………………」
「お願いしますっ……殺してくださいっ……」
心からの、願いだった。
この暴走は、魁蓮でさえ止められない。
止める手段はただ1つ。
モヤを出している忌蛇が、ここで死ぬこと。
もう、それしか無かったのだ。
そしてそれを、忌蛇も魁蓮も理解していた。
「僕は、この毒で色んな人たちを殺してきましたっ……初めはどうでもよかったのに、雪と出会って変わった……誰も殺したくないと思うようになったんです。
なのに、今の僕は何もかも殺しまくっている……彼女が守って欲しいと言ったクスノキも、この森も……全部っ……こんなんじゃ、雪に合わせる顔がないっ……」
「……………………」
「もう、僕は……自分が憎い、何も許せないっ……
だから、殺してくださいっ……」
どうして自分は、こんな毒を持って生まれてしまったのだろうか。
前世か何かで、大きな罪でも犯したのだろうか。
天罰でも下ったかのように、忌蛇の猛毒は親玉を苦しませ続ける。
この1000年近く、忌蛇は誰1人殺さなかった。
彼女が悲しむことは、したくなかったから。
なのに、なぜ彼女が愛したものを壊しているのか。
「……苦しいっ……もう、限界……」
心のどこかで、大丈夫だと言い聞かせる自分がいた。
雪は死んでしまったが、クスノキがある限り大丈夫なのだと。
彼女との思い出は、ここに眠っている。
でも、やはり思い出は忌蛇を苦しめてしまった。
思い出す度に、脳裏に雪の姿が蘇る。
記憶の中の雪は美しく、そして笑っている。
それが辛かった。
「雪にっ…………会いたいっ…………」
愛してしまった。
妖魔でありながら、天敵である人間を。
1000年経った今でも、忘れることが出来ない。
思い出は覚えていても、やはり会いたい。
彼女に会うためには、過去の姿を思い出すことしか出来ないから。
だから守り続けてきたのに。
絶望の底に落ちている忌蛇を、魁蓮は黙って見つめていた。
これほど彼が打ちひしがれているのは、見たことがない。
その時、魁蓮はあることを思い出す。
「時折、お前を見て、考えていたことがある。
妖魔は本当に、感情が無い存在なのかと」
「っ……」
ずっと黙っていた魁蓮が、ふと口を開く。
忌蛇が視線だけ向けると、魁蓮は目を細めて言葉を続けた。
「本当に感情が無いならば、お前は人間を愛することなど出来ないはずだ。教えられたところで、くだらないと済まされる。
だがお前は、今でも女を想い続けている」
「っ………………」
「妖魔は感情がないというのは偽りで、本当は知らないだけでは無いのか……教えられれば、与えられれば、妖魔にも感情というものが芽生えるのでは無いのか……でなければ、お前のそれに説明がつかない」
「………………」
「まあ我はそれを分かって尚、くだらないと思うがな」
魁蓮は、そう言い放った。
どこかで、他者の感情や愛に触れていたら。
鬼の王である魁蓮でさえも、なにか変わっていたのかもしれない。
でも、魁蓮が見据える未来に、そんなもの無かった。
弱みにもなる感情や愛など、魁蓮にとっては不要。
「魁蓮さん……貴方に、分かりますかっ……」
愛などくだらない。
そう言い放つ魁蓮に、忌蛇は震える声で答えた。
「誰よりも愛している人を、自分の手で殺めてしまうのは、何よりも苦しくて、辛いんです……でもこれは、心から愛していた証拠とも言える……。
それでも貴方は、愛はくだらないと思うんですか」
「……………………」
「愛する人を、失う気持ちがっ……貴方にっ……」
すると魁蓮は、ニヤリと口角を上げた。
「我はそれを知らんからな。他者がどうこうするのはどうでもいいが、我自身となれば話は別だ。
我はそれでも、愛はくだらんと考えている」
「っ………………」
「だがまあ、それらは時に強さとなるのも事実……。
証明したいならば、魅せてみろ……小僧」
「……えっ?」
その時だった。
「っ!!!!!」
突如、忌蛇は何かから抱きつかれた。
驚いて目を見開き、抱きついてきたものが何かを確認する。
すると、そこには……
「忌蛇……」
優しい笑みを浮かべる日向がいた。
忌蛇は日向に気づくと、慌てて起き上がる。
「君っ、なにしてるの!?このモヤが何なのか分かってるのか!?」
「大丈夫」
「大丈夫なわけない!君は何を言ってっ」
「大丈夫……信じて。もう、気にしなくていいよ」
「っ……」
その時だった。
日向は力を込めると、忌蛇は淡い光に包まれる。
神秘的な現象に包まれ、忌蛇は言葉を失った。
直後、淡い光はどんどん大きくなっていく。
忌蛇を中心に広がる光は、枯れ果てた森を飲み込んでいった。
そして……
光はモヤを消し、森の木々を蘇らせていく。
「っ!こ、これはっ……」
それだけではなかった。
日向は、忌蛇へ使う力をどんどん強くしていく。
その間、日向は決して忌蛇を離さなかった。
驚いたままの忌蛇を優しく抱きしめたまま、日向は口を開く。
「誰かが、教えてくれたんだ……
君が、ここで苦しんでいるって……」
「っ……?」
それは、数分前のこと。
┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈
『……助けてくださいっ……』
「っ!!!!!」
結界内へ入ろうとした日向に聞こえた、謎の声。
日向は立ち止まり、辺りを見渡した。
「だ、誰!?」
『お願いします……助けてくださいっ……
私の近くで、あの子が苦しんでいるっ……』
周りには誰もいないのに、声だけが聞こえる。
日向は怯えて見回すが、人影すら無かった。
敵なのか、味方なのか。
それすらも判断できなかった。
すると、
『貴方を待っていた、あの子がここへ来てからずっと……』
「えっ、ど、どゆこと?てか、誰なんだよ!」
『彼は、ここから真っ直ぐ行ったところにいます……
貴方の力があれば、この森を救い、この毒も消すことが出来る……』
「っ!」
『私の、残りの力を全て捧げます。
どうか……救ってください……昔のように』
その声の直後。
日向は、体に違和感を持った。
気持ちの悪いものでは無い、むしろその逆で。
胸の奥が、温かくなるような。
初めての感覚だった。
「なにっ……?」
日向が手のひらに視線を落とすと、なにやら花びらのような模様が浮かび上がる。
光を帯びたその模様は、少しすると消えてしまった。
見たこともない現象に、日向は戸惑ってしまう。
全快の力に、なにか変化が起きたのだろうか。
そう思い、日向は試しに力を込めた。
すると、
「わお……」
日向の手のひらから出される全快の力は、なぜか大きくなっていた。
力が強くなり、日向は目を見開いている。
そして日向は、先程の声の言葉を思い出した。
この力があれば、森も忌蛇も救うことができると。
日向はその言葉を信じ、全身に力を巡らせる。
そして……結界の中へと駆け出した。
「うりゃあああ!!!!!!」
日向の体は結界の壁をすり抜け、日向は無事結界の中へ入ることが出来た。
だが、それよりも驚くことが起きた。
「まじかよ……」
全身に全快の力を巡らせていた日向は、毒のモヤの中に突っ込んでも、無傷だった。
それどころか、モヤはうっすらと消えていき、日向が踏んでいったところの草木は、少しずつ蘇っていった。
まさに、神秘的な光景だ。
「魁蓮の力もあるから、無事なのかも……」
毒に触れても無傷、力に触れた草木は蘇る。
ここまで来て、理解できないわけが無い。
このまま奥へ進み、忌蛇にも同じように触れることが出来れば……
そう考えた日向は、力を込めたまま前へ進んだ。
┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈
「良かった……ちゃんと効いてる」
そして現在。
日向は消えていくモヤと、蘇っていく森に安堵していた。
無茶なやり方をしている自覚はあった。
モヤには効いても、忌蛇に触れた瞬間、毒に犯される可能性は十分あった。
だが、今の日向は無我夢中だった。
忌蛇を助けたい、その一心で。
「大丈夫、大丈夫。あと少しだよ」
日向は優しく語りかけながら、忌蛇を腕いっぱいに包み込む。
忌蛇はそのまま身を任せ、消えていくモヤと蘇っていく森を眺めていた。
夢なのだろうか、これは。
絶望のどん底だった光景が、少しずつ消えていく。
そして遂に……モヤは完全に消え、森は蘇った。
ただ1つ、折れたままのクスノキだけを残して。
僕をっ、殺してくださいっ……今、ここでっ……」
忌蛇は、震える声で懇願した。
分かってしまったのだ。
魁蓮が何もしてこない理由を。
しないのではない、出来ないのだ。
この暴走を、食い止めることが出来ないから。
「魁蓮さんでも、これはどうすることも出来ないんでしょう……?止める手段が何も無いっ……
だったら、親玉である僕が死ぬしかないっ……」
「……………………」
「お願いしますっ……殺してくださいっ……」
心からの、願いだった。
この暴走は、魁蓮でさえ止められない。
止める手段はただ1つ。
モヤを出している忌蛇が、ここで死ぬこと。
もう、それしか無かったのだ。
そしてそれを、忌蛇も魁蓮も理解していた。
「僕は、この毒で色んな人たちを殺してきましたっ……初めはどうでもよかったのに、雪と出会って変わった……誰も殺したくないと思うようになったんです。
なのに、今の僕は何もかも殺しまくっている……彼女が守って欲しいと言ったクスノキも、この森も……全部っ……こんなんじゃ、雪に合わせる顔がないっ……」
「……………………」
「もう、僕は……自分が憎い、何も許せないっ……
だから、殺してくださいっ……」
どうして自分は、こんな毒を持って生まれてしまったのだろうか。
前世か何かで、大きな罪でも犯したのだろうか。
天罰でも下ったかのように、忌蛇の猛毒は親玉を苦しませ続ける。
この1000年近く、忌蛇は誰1人殺さなかった。
彼女が悲しむことは、したくなかったから。
なのに、なぜ彼女が愛したものを壊しているのか。
「……苦しいっ……もう、限界……」
心のどこかで、大丈夫だと言い聞かせる自分がいた。
雪は死んでしまったが、クスノキがある限り大丈夫なのだと。
彼女との思い出は、ここに眠っている。
でも、やはり思い出は忌蛇を苦しめてしまった。
思い出す度に、脳裏に雪の姿が蘇る。
記憶の中の雪は美しく、そして笑っている。
それが辛かった。
「雪にっ…………会いたいっ…………」
愛してしまった。
妖魔でありながら、天敵である人間を。
1000年経った今でも、忘れることが出来ない。
思い出は覚えていても、やはり会いたい。
彼女に会うためには、過去の姿を思い出すことしか出来ないから。
だから守り続けてきたのに。
絶望の底に落ちている忌蛇を、魁蓮は黙って見つめていた。
これほど彼が打ちひしがれているのは、見たことがない。
その時、魁蓮はあることを思い出す。
「時折、お前を見て、考えていたことがある。
妖魔は本当に、感情が無い存在なのかと」
「っ……」
ずっと黙っていた魁蓮が、ふと口を開く。
忌蛇が視線だけ向けると、魁蓮は目を細めて言葉を続けた。
「本当に感情が無いならば、お前は人間を愛することなど出来ないはずだ。教えられたところで、くだらないと済まされる。
だがお前は、今でも女を想い続けている」
「っ………………」
「妖魔は感情がないというのは偽りで、本当は知らないだけでは無いのか……教えられれば、与えられれば、妖魔にも感情というものが芽生えるのでは無いのか……でなければ、お前のそれに説明がつかない」
「………………」
「まあ我はそれを分かって尚、くだらないと思うがな」
魁蓮は、そう言い放った。
どこかで、他者の感情や愛に触れていたら。
鬼の王である魁蓮でさえも、なにか変わっていたのかもしれない。
でも、魁蓮が見据える未来に、そんなもの無かった。
弱みにもなる感情や愛など、魁蓮にとっては不要。
「魁蓮さん……貴方に、分かりますかっ……」
愛などくだらない。
そう言い放つ魁蓮に、忌蛇は震える声で答えた。
「誰よりも愛している人を、自分の手で殺めてしまうのは、何よりも苦しくて、辛いんです……でもこれは、心から愛していた証拠とも言える……。
それでも貴方は、愛はくだらないと思うんですか」
「……………………」
「愛する人を、失う気持ちがっ……貴方にっ……」
すると魁蓮は、ニヤリと口角を上げた。
「我はそれを知らんからな。他者がどうこうするのはどうでもいいが、我自身となれば話は別だ。
我はそれでも、愛はくだらんと考えている」
「っ………………」
「だがまあ、それらは時に強さとなるのも事実……。
証明したいならば、魅せてみろ……小僧」
「……えっ?」
その時だった。
「っ!!!!!」
突如、忌蛇は何かから抱きつかれた。
驚いて目を見開き、抱きついてきたものが何かを確認する。
すると、そこには……
「忌蛇……」
優しい笑みを浮かべる日向がいた。
忌蛇は日向に気づくと、慌てて起き上がる。
「君っ、なにしてるの!?このモヤが何なのか分かってるのか!?」
「大丈夫」
「大丈夫なわけない!君は何を言ってっ」
「大丈夫……信じて。もう、気にしなくていいよ」
「っ……」
その時だった。
日向は力を込めると、忌蛇は淡い光に包まれる。
神秘的な現象に包まれ、忌蛇は言葉を失った。
直後、淡い光はどんどん大きくなっていく。
忌蛇を中心に広がる光は、枯れ果てた森を飲み込んでいった。
そして……
光はモヤを消し、森の木々を蘇らせていく。
「っ!こ、これはっ……」
それだけではなかった。
日向は、忌蛇へ使う力をどんどん強くしていく。
その間、日向は決して忌蛇を離さなかった。
驚いたままの忌蛇を優しく抱きしめたまま、日向は口を開く。
「誰かが、教えてくれたんだ……
君が、ここで苦しんでいるって……」
「っ……?」
それは、数分前のこと。
┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈
『……助けてくださいっ……』
「っ!!!!!」
結界内へ入ろうとした日向に聞こえた、謎の声。
日向は立ち止まり、辺りを見渡した。
「だ、誰!?」
『お願いします……助けてくださいっ……
私の近くで、あの子が苦しんでいるっ……』
周りには誰もいないのに、声だけが聞こえる。
日向は怯えて見回すが、人影すら無かった。
敵なのか、味方なのか。
それすらも判断できなかった。
すると、
『貴方を待っていた、あの子がここへ来てからずっと……』
「えっ、ど、どゆこと?てか、誰なんだよ!」
『彼は、ここから真っ直ぐ行ったところにいます……
貴方の力があれば、この森を救い、この毒も消すことが出来る……』
「っ!」
『私の、残りの力を全て捧げます。
どうか……救ってください……昔のように』
その声の直後。
日向は、体に違和感を持った。
気持ちの悪いものでは無い、むしろその逆で。
胸の奥が、温かくなるような。
初めての感覚だった。
「なにっ……?」
日向が手のひらに視線を落とすと、なにやら花びらのような模様が浮かび上がる。
光を帯びたその模様は、少しすると消えてしまった。
見たこともない現象に、日向は戸惑ってしまう。
全快の力に、なにか変化が起きたのだろうか。
そう思い、日向は試しに力を込めた。
すると、
「わお……」
日向の手のひらから出される全快の力は、なぜか大きくなっていた。
力が強くなり、日向は目を見開いている。
そして日向は、先程の声の言葉を思い出した。
この力があれば、森も忌蛇も救うことができると。
日向はその言葉を信じ、全身に力を巡らせる。
そして……結界の中へと駆け出した。
「うりゃあああ!!!!!!」
日向の体は結界の壁をすり抜け、日向は無事結界の中へ入ることが出来た。
だが、それよりも驚くことが起きた。
「まじかよ……」
全身に全快の力を巡らせていた日向は、毒のモヤの中に突っ込んでも、無傷だった。
それどころか、モヤはうっすらと消えていき、日向が踏んでいったところの草木は、少しずつ蘇っていった。
まさに、神秘的な光景だ。
「魁蓮の力もあるから、無事なのかも……」
毒に触れても無傷、力に触れた草木は蘇る。
ここまで来て、理解できないわけが無い。
このまま奥へ進み、忌蛇にも同じように触れることが出来れば……
そう考えた日向は、力を込めたまま前へ進んだ。
┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈
「良かった……ちゃんと効いてる」
そして現在。
日向は消えていくモヤと、蘇っていく森に安堵していた。
無茶なやり方をしている自覚はあった。
モヤには効いても、忌蛇に触れた瞬間、毒に犯される可能性は十分あった。
だが、今の日向は無我夢中だった。
忌蛇を助けたい、その一心で。
「大丈夫、大丈夫。あと少しだよ」
日向は優しく語りかけながら、忌蛇を腕いっぱいに包み込む。
忌蛇はそのまま身を任せ、消えていくモヤと蘇っていく森を眺めていた。
夢なのだろうか、これは。
絶望のどん底だった光景が、少しずつ消えていく。
そして遂に……モヤは完全に消え、森は蘇った。
ただ1つ、折れたままのクスノキだけを残して。
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