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第59話
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「双璧!」
忌蛇の猛毒の暴走から1時間後の深夜。
森の調査に行っていた仙人の門弟が、拠点の樹で待っていた瀧と凪に声をかける。
2人は門弟に気づくと、話をやめて振り返った。
門弟は衣から報告書を取り出すと、凪に渡す。
「村人はどうだった?」
凪が書類を確認する間、瀧は口頭で簡単な情報を聞いた。
「とりあえず、村への被害はありませんでした。怪我人もおらず、特に目立ったことは何も……」
「そうか、分かった。
まだ油断はするなよ、引き続き頼む」
「はい!」
門弟は一礼すると、ササッとその場から去っていった。
2人になると、瀧は凪が見ていた報告書を覗く。
「報告書には、なんて?」
「森に張られた結界の主は不明ってなってるけど、鬼の王のもので間違いないと思うよ。あんな高度な結界術、並の妖魔では絶対無理だから」
「チッ……好き勝手やってんな……」
「それと……森で異型妖魔の痕跡があったって」
「…………」
凪の言葉に、瀧は眉間に皺を寄せた。
魁蓮たちが追っている異型妖魔。
それは、仙人たちも問題視している事柄だった。
魁蓮の復活に伴って現れるようになった、普通の妖魔とは異なる種類のもの。
異型妖魔の出現により、仙人の被害も日に日に増していた。
「異型妖魔は、魁蓮の仕業ってことはねぇのかよ」
「それは無いと思うよ。仮にそうだとしたら、もっと酷いことになってる。人間は滅亡するくらいだと思う」
「確かにな……アイツなら真っ先に人間殺しにくるだろうし……
それで?その異型妖魔の痕跡ってのは?」
「森の中にある大きなクスノキ。その切断部分から感じ取ったって。それも、結構な妖力だってさ」
「……クスノキ……ははっ、クスノキねぇ」
突然、瀧は笑みを零した。
凪が首を傾げると、瀧は近くにあった椅子にドカッと座る。
「いや、ちょっとガキの頃のこと思い出してさ」
「なに?」
「覚えてるか?日向が話せるようになったばかりの頃。アイツ、花とか木とかと喋ってただろ?」
「ん?ああ……ふふっ、覚えてるよ」
「枝が折れてる木を見つけたらさ
「木さん、泣いてる。枝ないって泣いてる」なんて言ってさぁ。ははっ、意味わからなかったよな」
「心配してたんだよきっと。可愛いじゃん」
「まあな」
それは、まだ日向が言葉を話せるようになったばかりの、まだ幼い頃の話。
何事にも好奇心を持つ明るい性格の日向は、赤ちゃんの頃から花や植物が大好きだった。
木や花が風に揺れると、言葉を発していると言っていた。
そしてそれを、瀧と凪にいつも報告していた。
日向は、花や植物の言葉が聞こえると、幼い頃は主張していたのだ。
「花を摘もうとしたら、「そっちはダメ!こっち!」って止められたこともあったっけ」
「あははっ!懐かしいなぁ!
でも、小さい頃だけだったよな?今となっちゃ、そんなこと言ってたことすら、アイツ忘れてんだから」
「小さい子どもなりに、何かを感じてたんじゃない?
この花蓮国は、国が誕生した時から、ずっと綺麗な花が咲くからね」
「ほんと。どこ行っても花だらけ、植物だらけ」
「ふふっ」
長い歴史のある花蓮国。
大昔より続くこの国の特徴は、なんといっても無数の花に囲まれた国であること。
普通の植物とは違い、生命力の強い花が毎年咲くことが多いのだ。
四季全てを大事にし、季節ごとにあった美しさで、国を彩っている。
「そういや、この国で1番有名な花ってなんだっけ」
瀧が首を傾げて聞くと、凪は優しく微笑んで答える。
「蓮だよ」
「ああ、それそれ。でも、なんで蓮?
桜とか薔薇とかさぁ、他にもっとあんだろ」
「私も詳しくは分からないけど……聞いた話では、
この国にとって蓮は、愛と幸せの象徴だったらしいよ」
「あ?愛と幸せの象徴?なんだよ、その空想みたいな話」
「ふふっ、さあね。でも言い伝えなんだって」
「また謎だらけの歴史かよ~。多すぎだろ」
グタッと椅子にもたれかかる瀧に、凪は困ったように笑った。
この花蓮国は、長い歴史が続いているのだが、その歴史は謎に包まれていることが多い。
この国が誕生した時代、四季折々の植物のこと。
何より謎に包まれているのが、鬼の王である魁蓮が誕生した頃の時代。
その時代のことは、あの伝説を残した当人である魁蓮以外は、誰も知らないと言われているほど歴史に記されていないのだ。
「蓮の花ねぇ……日向も昔から蓮好きだったよな」
「うん。この時期になると、いつも湖を見て回ってた」
「……無事かなぁ、アイツ……」
「大丈夫だよ、絶対。日向はそんなに弱い子じゃないでしょ?私たちが信じてあげないと」
「……おう。絶対に助けてやる……
魁蓮は、俺たちが倒すんだ」
日向を奪われてから、2人は日々鍛錬を積んだ。
その成長ぶりは凄まじく、さらに名を轟かせている。
どんどん力を強めていく2人は、いつか魁蓮と戦う日を心から待っていた。
「日向にひでぇことしたら、俺が絶対殺す」
「顔が怖いよ、瀧」
「ははっ、これで怯んだりしねぇかな?鬼の王」
「ふふっ、するわけないでしょ?」
「ちぇー。あははっ」
2人は笑いあった。
確実に、強くなっていく2人。
妖魔を倒し勝利する未来は、見えているかもしれない……
┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈
同時刻。
「主ー!?どこにいるのよー!!!」
誰もいない、謎の空間。
真っ暗闇に包まれたその場所で、1人の女性が誰かを探していた。
手に持っていたロウソクを頼りに、暗闇の中を進んでいく。
「おや、来てたのかい?こっちにいるよ」
ふと、前から声が聞こえた。
女性はその声を頼りに前へ進むと、1人の男性が椅子に座って、なにやら机に置かれた水晶玉を見つめていた。
女性が到着すると、男性は笑みを浮かべる。
「珍しいね?君がこんな時間に来るなんて」
「いつ来ようと勝手でしょ?
そういえば、あの召使いは?案内してもらおうとしたら、居なかったわよ」
「ん?あぁ、紅葉のことかい?あの子なら、今は食材を取りに行ってるよ」
「ふ~ん、あらそう」
自分が質問したにも関わらず、女は興味が無さそうに返事をする。
男はその反応に、困ったように笑うと、机に肘を着いた。
「それで、私に何の用かな?巴」
「聞いてよ~!貴方が妾にくれたお人形、変な妖魔の毒で壊されちゃったの~!お気に入りだったのにぃ!」
「おや、大事にするって言ったのに?」
「してたわよ!どっちが多く強い妖魔を殺せるか勝負しようとしたのに、ガッカリよ!」
巴と呼ばれた女性は、手をブンブン振りながら駄々をこねている。
頬をプクッと膨らませ、そのうっぷんを言葉に乗せていた。
その仕草は、まるで小さな子どものようだ。
だが、なぜか巴は頬を赤らめ始める。
熱くなる頬を両手で抑え、どこか恥ずかしがるように言葉を続けた。
「でもねぇ、いい事もあったのよ~。
魁蓮の結界術を、この目で見たのぉ~♡」
「それは良かったじゃないか」
「そうなのよ!やっぱり、これから妾の殿方になる方は、誰よりも美しく誰よりも素晴らしい。そして誰よりも残酷で、誰よりも非道。全部が大好きなのよ♡」
「相変わらず、一途すぎる片思いだね」
「何言ってんのよ!魁蓮が妾を好きになるのは、必然的なことよ!妾が魁蓮を愛し、そして魁蓮は妾の愛を受け取って、愛というものを知るの!
片思いなんて今だけ!そう約束したんだもの!」
「約束?鬼の王とかい?」
「当たり前じゃない」
男は、顎に手を当て考えた。
歴史に名を刻んだ大事件を起こした鬼の王、魁蓮。
彼は全てに恐れられながら、その整った美しい容姿と並外れた強さから、想いを向けられることは多い。
だが、魁蓮自身が誰かを妻にする話は聞いたことがない。
というより、想像がつかないのだ。
「彼が婚儀の約束なんて、しないと思うけど……
どんな風に約束したんだい?」
「うふふっ、内緒よっ」
「えぇ、そこまで言っておいて……?」
「妾たちの馴れ初めは、しっかり夫婦になってから聞かせてあげるわよ!」
巴はそう言うと、くるっと背中を向けて歩き出す。
その足は、どこか浮き足立っていた。
機嫌がいいのだろうか。
「ねえ、主」
ふと、巴は何かを思い出すと、立ち止まって男に振り返った。
男が首を傾げると、巴は色気ある笑みを浮かべた。
「今は貴方の作戦ってやつに乗ってあげてるけど、妾の最優先は魁蓮なの。貴方が少しでも魁蓮を傷つけたら、真っ先に息の根を止めてあげる」
「……それは光栄だよ。君のような強い妖魔に殺されるのは……私も死にがいがあるさ」
「相変わらず、不気味な男ね?
そろそろ本名を教えてくれてもいいんじゃない?」
「んー、それはまだダメかな。あ、でも……そうだね」
そう言うと男は、ある日を思い出していた。
あの日、誰もいなかった庭。
ただ1人佇む白髪の少年から言われたこと。
【好きに呼んでいいん?】
【もちろん】
【なら……超長い黒髪だから、黒って呼ぶ!】
「黒って呼んでくれたら、嬉しいかな」
「あら、どうして?主って呼ばれるの慣れてるんでしょ?というか、貴方のどこに黒の要素が?」
「ふふっ、理由は簡単だよ。
私の……この世で何よりも大事な宝から、そう呼ばれたから。もしかしたら、私も君と同じく片思いをしているのかもしれないね」
「うふふっ、貴方が愛なんて変だわ?頭冷やしたら?」
「言い方酷くない?」
「当然のことを言ったまでよ。
とにかく、妾と喧嘩したくないなら、魁蓮には手を出さないでね?妾の大事な大事な、殿方だから♡」
巴はそう言い放つと、返事を待つことなくどこかへ行ってしまった。
1人取り残された男は、呆れたように笑みを浮かべる。
「やれやれ……彼女の一途さには、毎度驚かされちゃうね。あの男のためならば、なんでも出来るのか。
ふふっ……愛ってものは、案外厄介だね」
忌蛇の猛毒の暴走から1時間後の深夜。
森の調査に行っていた仙人の門弟が、拠点の樹で待っていた瀧と凪に声をかける。
2人は門弟に気づくと、話をやめて振り返った。
門弟は衣から報告書を取り出すと、凪に渡す。
「村人はどうだった?」
凪が書類を確認する間、瀧は口頭で簡単な情報を聞いた。
「とりあえず、村への被害はありませんでした。怪我人もおらず、特に目立ったことは何も……」
「そうか、分かった。
まだ油断はするなよ、引き続き頼む」
「はい!」
門弟は一礼すると、ササッとその場から去っていった。
2人になると、瀧は凪が見ていた報告書を覗く。
「報告書には、なんて?」
「森に張られた結界の主は不明ってなってるけど、鬼の王のもので間違いないと思うよ。あんな高度な結界術、並の妖魔では絶対無理だから」
「チッ……好き勝手やってんな……」
「それと……森で異型妖魔の痕跡があったって」
「…………」
凪の言葉に、瀧は眉間に皺を寄せた。
魁蓮たちが追っている異型妖魔。
それは、仙人たちも問題視している事柄だった。
魁蓮の復活に伴って現れるようになった、普通の妖魔とは異なる種類のもの。
異型妖魔の出現により、仙人の被害も日に日に増していた。
「異型妖魔は、魁蓮の仕業ってことはねぇのかよ」
「それは無いと思うよ。仮にそうだとしたら、もっと酷いことになってる。人間は滅亡するくらいだと思う」
「確かにな……アイツなら真っ先に人間殺しにくるだろうし……
それで?その異型妖魔の痕跡ってのは?」
「森の中にある大きなクスノキ。その切断部分から感じ取ったって。それも、結構な妖力だってさ」
「……クスノキ……ははっ、クスノキねぇ」
突然、瀧は笑みを零した。
凪が首を傾げると、瀧は近くにあった椅子にドカッと座る。
「いや、ちょっとガキの頃のこと思い出してさ」
「なに?」
「覚えてるか?日向が話せるようになったばかりの頃。アイツ、花とか木とかと喋ってただろ?」
「ん?ああ……ふふっ、覚えてるよ」
「枝が折れてる木を見つけたらさ
「木さん、泣いてる。枝ないって泣いてる」なんて言ってさぁ。ははっ、意味わからなかったよな」
「心配してたんだよきっと。可愛いじゃん」
「まあな」
それは、まだ日向が言葉を話せるようになったばかりの、まだ幼い頃の話。
何事にも好奇心を持つ明るい性格の日向は、赤ちゃんの頃から花や植物が大好きだった。
木や花が風に揺れると、言葉を発していると言っていた。
そしてそれを、瀧と凪にいつも報告していた。
日向は、花や植物の言葉が聞こえると、幼い頃は主張していたのだ。
「花を摘もうとしたら、「そっちはダメ!こっち!」って止められたこともあったっけ」
「あははっ!懐かしいなぁ!
でも、小さい頃だけだったよな?今となっちゃ、そんなこと言ってたことすら、アイツ忘れてんだから」
「小さい子どもなりに、何かを感じてたんじゃない?
この花蓮国は、国が誕生した時から、ずっと綺麗な花が咲くからね」
「ほんと。どこ行っても花だらけ、植物だらけ」
「ふふっ」
長い歴史のある花蓮国。
大昔より続くこの国の特徴は、なんといっても無数の花に囲まれた国であること。
普通の植物とは違い、生命力の強い花が毎年咲くことが多いのだ。
四季全てを大事にし、季節ごとにあった美しさで、国を彩っている。
「そういや、この国で1番有名な花ってなんだっけ」
瀧が首を傾げて聞くと、凪は優しく微笑んで答える。
「蓮だよ」
「ああ、それそれ。でも、なんで蓮?
桜とか薔薇とかさぁ、他にもっとあんだろ」
「私も詳しくは分からないけど……聞いた話では、
この国にとって蓮は、愛と幸せの象徴だったらしいよ」
「あ?愛と幸せの象徴?なんだよ、その空想みたいな話」
「ふふっ、さあね。でも言い伝えなんだって」
「また謎だらけの歴史かよ~。多すぎだろ」
グタッと椅子にもたれかかる瀧に、凪は困ったように笑った。
この花蓮国は、長い歴史が続いているのだが、その歴史は謎に包まれていることが多い。
この国が誕生した時代、四季折々の植物のこと。
何より謎に包まれているのが、鬼の王である魁蓮が誕生した頃の時代。
その時代のことは、あの伝説を残した当人である魁蓮以外は、誰も知らないと言われているほど歴史に記されていないのだ。
「蓮の花ねぇ……日向も昔から蓮好きだったよな」
「うん。この時期になると、いつも湖を見て回ってた」
「……無事かなぁ、アイツ……」
「大丈夫だよ、絶対。日向はそんなに弱い子じゃないでしょ?私たちが信じてあげないと」
「……おう。絶対に助けてやる……
魁蓮は、俺たちが倒すんだ」
日向を奪われてから、2人は日々鍛錬を積んだ。
その成長ぶりは凄まじく、さらに名を轟かせている。
どんどん力を強めていく2人は、いつか魁蓮と戦う日を心から待っていた。
「日向にひでぇことしたら、俺が絶対殺す」
「顔が怖いよ、瀧」
「ははっ、これで怯んだりしねぇかな?鬼の王」
「ふふっ、するわけないでしょ?」
「ちぇー。あははっ」
2人は笑いあった。
確実に、強くなっていく2人。
妖魔を倒し勝利する未来は、見えているかもしれない……
┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁ ┈┈┈┈┈┈┈┈
同時刻。
「主ー!?どこにいるのよー!!!」
誰もいない、謎の空間。
真っ暗闇に包まれたその場所で、1人の女性が誰かを探していた。
手に持っていたロウソクを頼りに、暗闇の中を進んでいく。
「おや、来てたのかい?こっちにいるよ」
ふと、前から声が聞こえた。
女性はその声を頼りに前へ進むと、1人の男性が椅子に座って、なにやら机に置かれた水晶玉を見つめていた。
女性が到着すると、男性は笑みを浮かべる。
「珍しいね?君がこんな時間に来るなんて」
「いつ来ようと勝手でしょ?
そういえば、あの召使いは?案内してもらおうとしたら、居なかったわよ」
「ん?あぁ、紅葉のことかい?あの子なら、今は食材を取りに行ってるよ」
「ふ~ん、あらそう」
自分が質問したにも関わらず、女は興味が無さそうに返事をする。
男はその反応に、困ったように笑うと、机に肘を着いた。
「それで、私に何の用かな?巴」
「聞いてよ~!貴方が妾にくれたお人形、変な妖魔の毒で壊されちゃったの~!お気に入りだったのにぃ!」
「おや、大事にするって言ったのに?」
「してたわよ!どっちが多く強い妖魔を殺せるか勝負しようとしたのに、ガッカリよ!」
巴と呼ばれた女性は、手をブンブン振りながら駄々をこねている。
頬をプクッと膨らませ、そのうっぷんを言葉に乗せていた。
その仕草は、まるで小さな子どものようだ。
だが、なぜか巴は頬を赤らめ始める。
熱くなる頬を両手で抑え、どこか恥ずかしがるように言葉を続けた。
「でもねぇ、いい事もあったのよ~。
魁蓮の結界術を、この目で見たのぉ~♡」
「それは良かったじゃないか」
「そうなのよ!やっぱり、これから妾の殿方になる方は、誰よりも美しく誰よりも素晴らしい。そして誰よりも残酷で、誰よりも非道。全部が大好きなのよ♡」
「相変わらず、一途すぎる片思いだね」
「何言ってんのよ!魁蓮が妾を好きになるのは、必然的なことよ!妾が魁蓮を愛し、そして魁蓮は妾の愛を受け取って、愛というものを知るの!
片思いなんて今だけ!そう約束したんだもの!」
「約束?鬼の王とかい?」
「当たり前じゃない」
男は、顎に手を当て考えた。
歴史に名を刻んだ大事件を起こした鬼の王、魁蓮。
彼は全てに恐れられながら、その整った美しい容姿と並外れた強さから、想いを向けられることは多い。
だが、魁蓮自身が誰かを妻にする話は聞いたことがない。
というより、想像がつかないのだ。
「彼が婚儀の約束なんて、しないと思うけど……
どんな風に約束したんだい?」
「うふふっ、内緒よっ」
「えぇ、そこまで言っておいて……?」
「妾たちの馴れ初めは、しっかり夫婦になってから聞かせてあげるわよ!」
巴はそう言うと、くるっと背中を向けて歩き出す。
その足は、どこか浮き足立っていた。
機嫌がいいのだろうか。
「ねえ、主」
ふと、巴は何かを思い出すと、立ち止まって男に振り返った。
男が首を傾げると、巴は色気ある笑みを浮かべた。
「今は貴方の作戦ってやつに乗ってあげてるけど、妾の最優先は魁蓮なの。貴方が少しでも魁蓮を傷つけたら、真っ先に息の根を止めてあげる」
「……それは光栄だよ。君のような強い妖魔に殺されるのは……私も死にがいがあるさ」
「相変わらず、不気味な男ね?
そろそろ本名を教えてくれてもいいんじゃない?」
「んー、それはまだダメかな。あ、でも……そうだね」
そう言うと男は、ある日を思い出していた。
あの日、誰もいなかった庭。
ただ1人佇む白髪の少年から言われたこと。
【好きに呼んでいいん?】
【もちろん】
【なら……超長い黒髪だから、黒って呼ぶ!】
「黒って呼んでくれたら、嬉しいかな」
「あら、どうして?主って呼ばれるの慣れてるんでしょ?というか、貴方のどこに黒の要素が?」
「ふふっ、理由は簡単だよ。
私の……この世で何よりも大事な宝から、そう呼ばれたから。もしかしたら、私も君と同じく片思いをしているのかもしれないね」
「うふふっ、貴方が愛なんて変だわ?頭冷やしたら?」
「言い方酷くない?」
「当然のことを言ったまでよ。
とにかく、妾と喧嘩したくないなら、魁蓮には手を出さないでね?妾の大事な大事な、殿方だから♡」
巴はそう言い放つと、返事を待つことなくどこかへ行ってしまった。
1人取り残された男は、呆れたように笑みを浮かべる。
「やれやれ……彼女の一途さには、毎度驚かされちゃうね。あの男のためならば、なんでも出来るのか。
ふふっ……愛ってものは、案外厄介だね」
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