愛恋の呪縛

サラ

文字の大きさ
74 / 302

第73話

しおりを挟む
 同時刻 現世

 男は、夢を見ていた……。



 目の前に広がるのは、美しい花畑。
 その花畑の中に居座る、1人の姿。
 腰まである長い白髪をなびかせ、その美しさを際立たせている。
 1歩踏み込めば、少しでも触れてしまえば。
 泡のように消えてしまいそうなほど、儚くて。



「 ──── 」



 名を呼んだ途端……その子は振り返る。
 そして、笑顔を浮かべた。



 (君を、もう一度……………………)



























「……ま……るじ様…………主様」

「……んっ……」



 遠くから聞こえた声。
 その声が頭の中まで届いてきて、眠っていた男を夢から呼び起こす。
 ゆっくりと目を開けると、ぼやけた視界に誰かが映っていた。
 瞬きを繰り返し、やっと視界がハッキリしてくる。



「おはようございます」



 男にそう声をかけるのは、高い位置で髪を1つ結びにしている女性。
 キリッとした顔立ちで、冷静に男を見つめる。
 女性の姿を見た途端、男は静かに微笑んだ。



「おや、紅葉。もう帰ってきたのかい?お疲れ様」



 男はそう言いながら、横になっていた体を起こす。
 いつのまに眠っていたのだろう。
 そう思いながら、無理やり頭を覚醒させると、紅葉と呼ばれた女性は不安そうな表情を浮かべた。



「主様……いかが致しましたか?」

「……ん?何がだい?」

「その……涙を流されていたので」

「……えっ……」



 そう指摘された男は、反射的に目を触る。
 触れた途端、指に濡れた感触が。
 男は目を見開いて驚くと、ふと目を伏せて微笑んだ。



 (なんと、情けないなぁ……)



 紅葉の前で泣いたというよりかは、自分が涙を流していることに対して、男は情けなく感じてしまう。
 夢を見て泣くなど、子どもでもあるまいに。
 涙で濡れた目を優しく拭うと、男は深呼吸をした。



「いや、すまない。少し悪い夢を見てね」

「……どこか、具合でも?」

「ううん、大丈夫だよ」



 (悪い夢、ねぇ……あながち間違いではないかな)



 男は自分で言った言葉に、再度納得していた。
 悪夢、と言えば違うが、いい夢とも言い難い。
 心地良さを感じながらも、湧き上がるのは憎悪。
 そして……胸が熱くなる感覚。

 男はゆっくりと立ち上がると、紅葉に背を向けた。
 夜空に浮かぶ、明るい月。
 その月を見上げながら、男は胸に手を当てる。



「白髪……随分、懐かしいものを思い出したよ。
 過ぎたことだと、腹を括ったはずなんだけどね」



 夢のはずなのに、脳裏にはまだ残っている。
 あの花畑、あの美しい長い白髪。
 いや、忘れられるわけが無いのだ。
 思い入れが強いものほど、それが善だろうと悪だろうと、こびり付いたように離れることはない。
 厄介なことこの上ない。



「まあいいか……近々、私のになるんだし」



 男はそう言うと、不気味に口角を上げる。
 心が落ち着いたあと、男は後ろで待っていた紅葉に向き直った。
 紅葉はその場で膝まづき、頭を下げる。



「それで、私に何か用かな?」

「申し訳ございません、今日のご報告をと思いまして」

「あ、そうだった。どうだったかな?」

「本日は、8体捕獲しております」

「8体?それは随分と豊作じゃないか、凄いね」

「恐れ入ります」



 褒められたのが嬉しくて、紅葉は顔には出さず心の中で喜んでいた。
 紅葉の報告を聞いた男は、顎に手を当て考える。



「今日だけで8なら、暫くは大丈夫かな……
 いや、でも油断もできないし……」



 男はうーんと悩む。
 頭の中に張り巡らされる、数多の考え。
 何が1番合理的かを考えながら、次なる行動の予定も考える。
 頭を使うのは嫌いでは無い、結果によっては楽しめるからだ。



「まだ未完成の子がいるから、今は動かない方がいいかな。少し、手を加えたいし」

「では、また新しい獲物を」

「うん、よろしく頼むよ。まだ誰も、私の予想を超える子が居ないからね」

「御意」



 紅葉は頭を深々と下げた。
 その時、男はあることが頭に浮かぶ。



「鬼の王、か……」



 男の脳裏に浮かんだのは、鬼の王の姿。
 禍々しくも美しさを感じる赤い瞳は、誰も映さない。
 鋭い目付きで睨みつけ、相手を絶望に陥れる。
 その身に宿す強さは計り知れない。
 紛うことなき、妖魔の頂点に立つ男だ。



「封印から目覚めたばかりのところ悪いけど、彼にはやって貰わなきゃいけないことがあるからね」

「……なにかお考えでも?」

「うん……」




 男はそこまで言うと、ふと口を閉じた。

 男には、望んでいる未来があった。
 誰も成し遂げられない、野望に近いもの。
 そんな男が望む未来に、鬼の王が必要なのだ。
 世が混沌に満ち、鬼の王が眠り続けた1000年間。
 男は、彼の復活を静かに待ち望んでいた。



「彼にはもう一度……

「……どういう意味ですか?」

「ふふっ……簡単な話さ。
 彼を絶望のどん底に落とす、それだけの事。そして、その引き金を引くのが……

 さ……」

「あの子……?」



 紅葉が首を傾げると、男は目を閉じて微笑む。
 暗闇で生きている鬼の王。
 そんな彼のなかにある、たった一つの光。

 誰もが羨み、その可憐な姿で舞う。
 純白の中にある、澄み渡る程の綺麗な青。
 そして輝く、花のような笑顔。



「ふふっ、やはり欲しいね……
 どうしても勿体ないと思うよ、彼には……」

「なにか、作戦が」

「うん、そうだね。
 もう少ししたら、迎えに行こうか……」



 その時、男の周りにあった木々が、ゆらゆらと音を立てて揺れ始める。
 風が吹き、どこか不穏な空気を感じさせる。



「鬼の王、守ってみるがいい。
 私は何度でも……君の全てを壊してあげるから」
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

拾われた後は

なか
BL
気づいたら森の中にいました。 そして拾われました。 僕と狼の人のこと。 ※完結しました その後の番外編をアップ中です

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

【完結済】どんな姿でも、あなたを愛している。

キノア9g
BL
かつて世界を救った英雄は、なぜその輝きを失ったのか。そして、ただ一人、彼を探し続けた王子の、ひたむきな愛が、その閉ざされた心に光を灯す。 声は届かず、触れることもできない。意識だけが深い闇に囚われ、絶望に沈む英雄の前に現れたのは、かつて彼が命を救った幼い王子だった。成長した王子は、すべてを捨て、十五年もの歳月をかけて英雄を探し続けていたのだ。 「あなたを死なせないことしか、できなかった……非力な私を……許してください……」 ひたすらに寄り添い続ける王子の深い愛情が、英雄の心を少しずつ、しかし確かに温めていく。それは、常識では測れない、静かで確かな繋がりだった。 失われた時間、そして失われた光。これは、英雄が再びこの世界で、愛する人と共に未来を紡ぐ物語。 全8話

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

処理中です...